とうきびと硬い桃
僕は、おもちゃの時計を巻き戻す。
おもちゃの時計は、しっかり自分の役目を果たそうと時計回りに秒針を動かす。
しかし僕はその抵抗を無視して巻き戻す。
何周も何周も巻き戻す。そしたら子供の頃に戻れそうな気がして。
前にも一度巻き戻したことがあった。
あの時は夏休み、まだ僕は子供だった。
もう一度君に会いたくて、昨日までは居た君に会いたくて。
僕はあのときも何度もおもちゃの時計を巻き戻した。
巻き戻していくうちに君との夏休みを思いだした。
はじめましてから始まって、何も知らない二人同士。川に行ったり、山に行ったり。
お互い服のまま泳いだり、ラジオ体操に行ったり。そうだ蝉取りを教えたんだっけ、そして対決して負けたんだっけか。
あの夏は今年ほど暑くなかったけど今より日焼けしていた気がする。
まだ僕はぐるぐると時計を巻き戻している、もう名前も忘れてしまった君を思い出して。
こんなにも会いたいのに名前すら思い出せない自分に苛立ってくる。でもそうやっていろんなことを忘れられているからなんだかんだ楽しく生きていけるのかもな。
そんなことを思っているうちに僕は時計を巻き戻すことを止めていた。
「ごめんくださーい」
ガラガラと玄関を開ける音とともに可愛い声が聞こえる。ここではおそらく初めて聞いた声だ。
「はいはい」
僕はおもちゃの時計を投げ出しいそいそと玄関に顔をだす。
「あっすいません、いきなり。とうもろこしでいいのかな、おばーちゃんはとうきびって言ってたけど。うちでいっぱい採れたのでおすそ分けです」
可愛い声の正体は可憐な女の子だった。限界集落ギリギリのここにこんな女の子はまず居ない。お盆で帰省しているのだろう。
「あーどーもどーも、ちょっと待っててもらっていいですか、お返し持ってくるから」
僕は急いで台所へ行く、そこには桃が腐るほど置いてある。
うちは桃農家で夏になると腐るほどの桃がいたるところに置いてあり、もう見るのも嫌になってくる
その大量の桃の中から、形が良くて硬い桃を5つほど取り、レジ袋に入れて玄関に向かう。
「多分、食べたことないでしょ、硬い桃。ここみたいに田舎じゃないと食べれないらしいから是非食べてみて」
僕はちょっと格好をつけて桃が入っている袋を渡す。女の子はちょっとニヤッとした顔で桃を見る。
「実は一回食べたことあるんですよ、硬い桃、美味しいですよね」
あんなことを格好をつけて言ったのが恥ずかしくなった。
「あーそうなんだ、ここには立ち寄るのかな」
ちょっと格好つけたことをごまかそうとおどおど言った。
「いえ、久しぶりなんです、そうですねぇ、12年ぶりくらいかな」
12年前‥‥‥僕はちょっとドキッとした、丁度時計を回して戻りたかった時間が12年前なのだ。
「たしか君は柔らかい桃が好きだったよね」
女の子がもっとにやついた顔で話す。
僕は胸の鼓動が早くなる。同時に名前を顔を見たのに思い出せないことに焦っていた。
「あーえーっと確か君は……」
名前は当然出てこない。
「大丈夫、私も君の名前忘れちゃった」
その言葉を聞くと僕の顔に焦りは消えた。
「えっと・・・じゃあお久しぶり同士で自己紹介でもしようか」
僕はちょっと照れながら言った。
「そうですね、じゃあ柔らかい桃が好きな人から自己紹介お願いします」
彼女が僕の顔を見つめて言う。僕は彼女の顔を見れない。
「わかりました、じゃあえーっと。お久しぶりまして――」
そしてお久しぶりましての自己紹介が始まった。
おもちゃの時計はコチコチと時を刻んでいた。
読んでいただいた方はじめまして、もしくはお久しぶりです。
久々に書きましたー
ちゃんとした小説を書きたいなーと思い。長編の本文を書いているのにそれを中途半端に止めてぐだぐだとまた雰囲気小説を書いてしまいました。
まだまだ夏は中盤です、熱中症に気をつけながら、読んでくれた人にもこのような出会いがありますようにとポカリをがぶ飲みしながら願っております。
よしはらゆうみ