第六話
剣が、武術が、魔法が、乱雑しその場に飛び交っていた。誰かが剣で攻撃をすればそれは魔法で受け流され、誰かが魔法を使おうとすれば武術で叩きのめされてしまう。誰もが本気で相手を仕留めようとしていた。
目の前にいる橙色の髪の少年が魔法を操り、攻撃の矢を向ける。少年から繰り出された炎はまるで雨のように降り注いでくる。しかし、一分の隙も見せないように、一回転するような動作でそれをかわしながらカウンターを繰り出した。
静かな心の中、結ばれた藍色の髪がふわりと風にすくわれるのを感じた。意表を突かれた少年は、成す術もなく後方へと吹き飛んだ。
「やりやがったな……」
しかし気絶することもなく、乱暴に髪をかき上げ杖を持ち直した。
全力で叩き付けたというのに、まだ、立ち上がるというのか。彼の頑丈さに内心驚くも、今は戦闘中、そんな感情を読み取られないように無表情を貫いた。
剣を構えなおす。そして、彼と睨みあう時間が数秒続き――
キーンコーンカーンコーン……
――授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
と、同時に対峙していたセレシアとレイモンドが座り込む。二人ともが苦しそうに息を切らし、汗をぬぐった。
「レイモンドもセレシアも、本当に体力ねェなァ」
呆れた表情を隠そうともせず、ルークは二人に向かって言葉を投げかける。それに肯定するかのように、ライラが大きく頷いていた。
その言葉に、セレシアは困ったような微笑みをこぼすだけだった。しかし、レイモンドは自分とよく似た銀髪緑眼の背高のっぽを睨む。
「じゃあ、セレシアさんと戦ってみなよ。防壁魔法に回復魔法、いくら攻撃してもその攻撃が通ってる気がしないんだよ」
「その防壁魔法を壊せば、攻撃は通るだろ?」
「……兄さんの筋肉ダルマ」
彼は口を尖らせながら自身の兄であるルークに向かってボソリと呟く。身体能力の高いルークはそれを聞き逃す筈もなく、「あァ!?」と声を荒げた。レイモンドの目もやや鋭さを増す。
「……あー! また俺が負けたみたいになってるんだぜ!? あともう少し時間があれば、レオンに膝をつかせられたのにッ!」
だが、俺と対峙していた空気の読めない少年、ドラキリーはそんな雰囲気などお構いなしに叫んだ。もちろんルークは「うるせェ」とドラキリーを睨んでいる。しかし、そのドラキリーは俺を睨んでおりルークの視線に気付きはしない。
はあ、と小さなため息をついた。それを聞いたドラキリーは額に青筋を立てながら服の土をはらい、自身のオレンジ色をしたくせ毛を手で梳かした。
「……いくら強くても、そんなに不愛想じゃ人から好かれないぜ」
「負け惜しみか、ドラキリー?」
「なっ……!」
図星を突かれたのか、つい出てしまった俺の嫌味な言い方に腹が立ったのか。ドラキリーは怒りで顔を赤くさせた。
何度も不思議に思ったことがある。こいつは何故こんなにも学ばないのか、と。そして俺を苛つかせる天才なのか、と。
ドラキリーは俺の地雷をとことん踏み抜き、そして怒らせてくる。もう何年も共にいるのだから、そろそろ俺の地雷を理解して踏まないように努力してくれてもいいのでは、と。だが、彼は踏まないどころか喜々としてその上を歩き、自爆している。無自覚であろうが大変困る。
――本当は、俺が気にしないように対応しなければいけないのは分かっている。
だが、それでは何となく彼に負けて様な気がして対応を変えるのが嫌だった。と、思いついたところで存外俺もまだまだ意地っ張りな子供なのだと内心苦笑する。
ドラキリーに負けるのは悔しい。だから、態度は変えてやらない。それを子供と言わずなんという。案外俺とドラキリーは良いライバルなのかもしれないと思いつつも、そんな言葉を口に出してはきっと彼が調子に乗るから絶対に言わないことを心に誓った。
「おうおう、子供は元気なこった」
と、今まで忘れていた「先生」の存在を思い出した。
無精ひげを生やし、いかにも怠そうな雰囲気を醸し出している彼、「ホルク先生」だが――その実力は、彼の前で悔しそうな表情をしているフィオナを見れば一目瞭然だろう。
「あー、ガイデニー。そんな顔はしなくていい。お前の魔法はそりゃー立派なもんだ。ただ、ちょっと単純なだけでな」
「フィオナが単純って、俺は、どうなるんだぜ……!?」
「エンドリムは、あー……うん、うん」
「せめて一言でも言葉が欲しいんだぜ!?」
俺から見てもドラキリーは威力が強いだけの単純な魔法である。ホルク先生から見れば、尚更であろう。
「いいえ、慰めは、いりません。……私にはまだ技術が足りないのですから」
そんな中、フィオナだけは悲痛な面持ちで言葉を発した。悔しそうな、悲しそうな、しかしどこか憧憬の念を抱いたような眼だった。
それに対し、ホルク先生は苦虫を噛み潰したような、変な表情をしていた。何と言えばいいのか思い悩んでいるようだ。
「技術っつーより……うーん、これは相性の問題、か? 多分今のガイデニーなら、魔法だけで戦えばビッケルトは瞬殺だ」
「ホルク先生!? そんなぁ、あんまりです!」
「え、いや、むしろビッケルト先生に勝てなくては落ち込みます」
「フィオナちゃんまでぇ……!?」
生徒にまで曝されたのが心にきたのか、ビッケルト、と呼ばれた彼は大きく肩を落とした。そんな姿を見てホルク先生は朗らかに笑う。
「わははっ! まあそんな落ち込むなや。お前も剣を持てば立派なもんだ」
「魔法は、どうですか」
「……うん」
「慰めの視線が身に染みて痛い!」
……と、まるでコントのような会話を交わすが、彼もまたこの学校の教師であることを忘れてはならない。まだ新人ではあるが。
確かにホルク先生が言うように、ビッケルト先生は魔法が壊滅的に下手くそ、と言ってもいい。攻撃は明後日の方向へ、威力もランク分けをするなら毎回天から地までの差が開くほどだ。
だが、ひとたび剣を握らせると、途端に逞しくなる。いや、剣だけではない。レイピアや鎌、投げナイフなど、各種様々な武器を使いこなす事ができる天才だ。武器を振るう横顔を見て「本当にビッケルト先生なのか」と疑ったことがあるぐらい、彼は武器を扱う達人だ。
だが、もう一度言おう。魔法はてんでだめだ。回復魔法と防御魔法以外苦手なセレシアでさえ気を遣うほど、彼は魔法ができない。
「まあ、もう一度言うが、これは相性ってー問題もあんだ。そんなに気負うな。ほら、俺と同じように戦うセレシアとは、苦戦はするが勝てたこともあんだろー?」
「……でも、苦戦している。だから、私にはまだ防御魔法への突破口を身に着けていない、そういうことになります」
そう言うと一礼し、フィオナは訓練場からでていった。ある意味、何処までも一途な彼女にホルク先生は参ったように頭をかく。
「……真面目なもんだ」
「ホルク先生が不真面目すぎるだけなんですよ」
確かに、と心の中で相槌を打つ。ホルク先生は昨日、光魔法の制御を忘れ、マルガータ先生を派遣させるほどの被害を出したばかりだ。しかも、これが初めてではない。以前も水魔法を暴走させて中庭が大洪水に見舞われた。
ホルク先生も、ビッケルト先生までではないにしろ魔法の制御が不得意のようだ。しかも、それを自覚しておきながら魔法を使うのだからたちが悪い。
「先生なんですから、しっかりしてくださいよ!」
……そう言うビッケルト先生こそ、何かあればマルガータ先生に泣きつく癖をどうにかしては、とは口が裂けても言えなかった。