第五話
プロローグ~第四話まで修正を加えました。
これからもちょくちょくそういったことがあるかもしれませんが、大筋は変わっていないので読み直さなくとも物語は分かります。(ただ、少し文章を加えたり表現を変えたりしているだけです)
「――レイモンドさん、最近変な方々に絡まれているようです」
ポツリ、と零された彼女の声は重く暗い。いつもは優しい色を灯す彼女の瞳も、今は憂いを帯びている。
「変な奴ら、か」
「ええ、私達『Aクラス』が成績優秀者を集めているのだと勘違いしているようで……」
その言葉だけで分かってしまった。つまり、「能力が優れている」と勘違いした奴らが的外れな嫉妬を抱き、その矛先がAクラスで唯一の年下であるレイモンドに向かった、というわけだ。
しかし、これは残念ながら初めてのことではない。以前から勘違いをする者たちは多くいて、それはきっと学園長が直接目をかけている者が多いこと――そして、もう一つは単なる偶然である。
学園長曰く、「Aクラスには『ワケあり』の子を集めた」そうだ。それは例えば魔法の調節が不器用な者、両親がおらず精神的が不安定である者など。意外ではあるが、ソーレ学園には両親が二人ともいない、という子供が少ない。それは家族単位でここまで逃げてきたからであったり、両親がここで出会ったために生まれたからであったり。
だが、Aクラスで両親がともにソーレ学園にいるのはドラキリーだけである。その他は皆行方不明であったり、訳あって別々に暮らしていたり、……死別したり、している。
そんな俺達を慰めるかのように、学園長はよく俺達と接してきた。喧嘩が起きたら宥めに来てくれ――しかしほとんどは揶揄いに来ていたが――、トラブルが起きた時も一番に駆けつけてくれた――しかしトラブルが起きるほとんどの原因は彼女である――。
……おや? こう思うと、一番俺達を支えてくれているのは担任であるマルガータ先生なのでは。
「どうにかして、守れないものでしょうか……」
そんな迷走し始めた俺の内心とは裏腹に、セレシアは心憂げにため息をついた。その表情は誰がどう見ても心を痛めているようにしか見えない。
仲間の危機であるにも関わらず他事を考えてしまった自身に深く反省しつつ、俺は口を開いた。
「そうだな。……『守る』、か。レイモンドがそれをよしとするかは分からないが」
「え? それは、一体どういう……」
「レイモンドも強いってことだ」
ただ優しいだけの少年ではないことを、俺は知っている。あの兄と共に生活をしているため、嫌でも精神は鍛えられているだろう。
しかし、セレシアの表情は暗いままだ。
「ですが、あの方々はレイモンドさんが傷つけられても大丈夫だと思っているような、そんな感じがしたんです。……確かに、ルークさんは強いです。クラス一番の怪力だと、自身も豪語されています。……ですが、レイモンドさんは」
「セレシア」
「分かっています。分かっていますよ。レイモンドさんも強いです。魔法の才能は、ドラキリーさんほどでは無いにせよ威力が高く、高度なものもいくつか使えます。強いのは分かっているんです。でも……」
ふいに、言葉が途切れた。隣を歩いていたはずのセレシアの姿が見えず、慌てて振り返れば俯いた姿の彼女がそこにいた。
「――いいえ。弱いのは、私なんですよね」
セレシアは人間が中々取得することのできない回復魔法の達人である。人が持つ本来の回復力を増大させ、傷を癒す。大変珍しい能力を持っているが――彼女はそれだけしか持っていなかった。
勉強はできる。だが、回復魔法とわずかな防御魔法以外からっきしであり、武術などもってのほか。そんな自身の能力をいつも憂えていた。
「セレシアも、弱くはない」
いつも努力している彼女が弱いはずがない。他人を労り、守ろうとする彼女が弱いわけがない。
そう言いたかったが、生憎自分の口はうまく回るほどよくできてはいない。結局、そんな短い言葉しか出なかった。
「……はい」
しかし、それでもセレシアは顔を上げ微笑んでくれた。そんな彼女の表情に内心安堵の息をつく。
「それにしても、よく分かったな。俺は気付かなかった」
「ええ、まあ……最近レイモンドさんが暗い表情をしていることが多かったので」
「そう、だったか?」
思い返してみるも、いつものレイモンドと変わらなかったように見える。強いて言うなら先程の中庭に佇んでいた姿に違和感を覚えたぐらいだ。
なんという観察眼、と舌を巻く。やはり、セレシアは弱くなどない。
「あ……もの憂げな表情をしているのは、どんなに些細であってもすぐに気が付いてしまうんです」
「なる、ほど?」
「えっと……回復魔法の能力があるからでしょうか、『傷付いているもの』はすぐに分かってしまうんです」
「――なるほど」
今度こそ納得した。彼女の「回復魔法」という能力が、観察眼を鋭くさせていたのだ。傷付くものをすぐに癒すために。
だが、そうであっても彼女の鋭さには恐れ入るものがある。人の喜怒哀楽をすぐに見抜けるなど、少しでもいいからドラキリーに見習わせたいものだ。それとルーク。
「ですが、私は心の傷は癒せませんから……」
そう言って、セレシアはまた俯いてしまった。自身のふがいなさに嫌気がさしているのだろうが、十分俺達の役に立っていることを彼女は知らないのだろうか。
Aクラスの中で一番優しい彼女は、個性豊かで少々口の悪い者の集まりの中で潤滑剤のような役割を果たしてくれていた。喧嘩の際はまず一番に宥め、怪我をしたときは手当てをしてくれ、いつも笑顔を浮かべている。
――ただ、あと少し自身への評価が高かったのなら。過小評価が少々過ぎるところが玉に瑕である。
「そんなことはない。いつも、俺達を救ってくれている」
そんな俺の言葉にセレシアは数度目を瞬かせ、苦笑を浮かべた。
「いいえ、私なんて。……それよりも、レオンさんの方が……」
「え?」
「……何でもありませんよ」
また、苦笑いを俺に向けた。
「それより、レイモンドさんのことは、彼自身に任せるという事なのですか?」
話題を変えられる。もうこのことについては話したくないのだと悟り、俺もそれに乗った。
「ああ、そうだな。……しかし、このままではだめだ」
「と、言いますと?」
「きっと、レイモンドは事を荒げたくないと我慢してしまう。以前と同じように、な」
以前、今と同じような状況になった時、レイモンドはただただ隠し続けてしまった。その結果、隠しきれなくなった時にルークにばれ、それはもう修羅場となったのだ。殴り込みに行こうとするルークに、珍しく顔を青くして宥めるライラ。……そういえば、この時はまだセレシアとフィオナがいなかった。
案の定、セレシアは不思議そうな表情を浮かべている。
「以前? ……まさか、前も同じようなことが起きたのですか」
「……まあ」
表情を歪めてしまった自覚はあった。そんな俺を見て、セレシアが顔を青くさせる。
「……じゃあ、」
「だが。……だが、ここで守るだけではだめだ。レイモンド自身が動かないと、意味がない」
「年下なのに」と見くびられているなら――それを覆させないと。
「俺達はあいつらが思っている『成績優秀者』の集まりとは違う。……だが、だからといって、弱いわけでもない」
幸いなことに、生徒同士の「少しの衝突」は先生や学園長は目を瞑ってくれる。子供であるなら喧嘩し、そこからもまた学ぶことがあるでしょう――と。
「セレシア、少し手伝ってほしいことがある――」