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メモリーフロー


――一年後――


 その日、岩窟亭は臨時休業で、お店がまるごと宮殿に移ってきたみたいだったんだ。


 快気祝いはまるでお祭りだよ。夜にお仕事するお姉ちゃんたちも、みーんなお休みなんだって。


 ドナママは僕に言ったんだ。


「あなたには五〇人以上もお姉ちゃんがいるのよ。みんなあなたのことを、すぐに好きになるわ」


 お昼に働くお姉ちゃんと、夜に働くお姉ちゃんとで、合わせるとすごい数だよね。


 みんな僕に優しくしてくれたよ。いっぱいいっぱい、ほっぺにチューされちゃった。


 なんか恥ずかしいなぁ。くすぐったいし。けど、僕も嬉しかった。


 快気祝いは大盛り上がりだったんだ。


 そのあと、僕はみんなより少し早めに寝ることになったんだけど、ドナママがずっとベッドのそばで椅子に座って、本を読んでくれたんだよ。


 温かい気持ちになって、すぐに寝ちゃった。ドナママは僕のおでこに「おやすみ」ってチューしてくれるの。


 とっても良い匂いがして、ふわふわしちゃうんだよ。


 それから僕は得意の魔法で、お姉ちゃんたちが疲れている時に癒やしてあげたんだけど、だんだん魔法が使えなくなっちゃって。


 最初は悲しかったけど、お姉ちゃんたちは魔法じゃなくても、手でマッサージしたらいいって、やり方を教えてくれんたんだ。


 だから魔法がなくてもへっちゃらなんだよ。


 万能薬っていうのも用意できるようになったから、変な病気も広まらなくなったんだ。


 お仕事無くなっちゃったけど、すぐに新しい仕事を僕は見つけたよ。


 ドナママのお手伝いを一生懸命やるようにしたんだ。掃除はレパードお姉ちゃんに教わって、いつも宮殿はピッカピカ。


 宮殿の外にも出られるようになったんだけど、ドナママのお店があるあたりまでしか行っちゃだめなんだって。


 お空の天球が赤くなって、鐘の音が聞こえたらちゃーんと宮殿おうちに帰らなきゃ。


 今日はこっそり常闇街の入り口の方まできちゃったから、バレたらお尻をぺんぺんされちゃうんで秘密なんだよ。


 えーと、それでね、それでね、今日はドナママが美味しいキッシュを焼いてくれるから、とっても楽しみなんだ。


 僕が宮殿に来てから一年経ったお祝いなんだって。あのね、僕って忘れっぽいみたいで、誕生日もわからないから、ドナママの子供になった日を誕生日にしたんだ。


 みんなで祝ってくれるんだよ。誰かが誕生日を覚えててくれたら、自分が忘れちゃっても「もうすぐ誕生日だよ」って、教えてもらえるんだって。


 あれ? どうしたの眼鏡のお姉ちゃん。なんでそんなに悲しそうな顔をしているの。


「……いや、悲しくはない。ゼロ君は今、幸せ?」


「うん! とっても幸せ!」


「……了解。きっとゼロ君はこのままである方が良いと判断。監視任務を終了」


「どうしたのお姉ちゃん? なんで……泣いてるの?」


「……私に感情は存在しない」


「そうだ! お姉ちゃんも寂しいなら宮殿に来る? 賑やかで楽しいよ!」


「……私はそちらにはいけない。誘ってくれて……ありがとう」


 お姉ちゃんはそっと背を向ける。白い翼だ。僕と同じ種族だね。


 立ち止まったまま、眼鏡にローブ姿の銀髪のお姉ちゃんは僕に言った。


「……君はずっと戦ってきた。君に中級レベルの白魔法を上書きした時、私は君の記憶の洪水に呑み込まれた。いくつかの記憶にはアクセスできなかったが、君は何度となく失敗を繰り返し、それでも諦めず立ち上がり、自分の姿が三度変わろうと、世界を救うため世界に挑み続けた」


 なんでだろう。胸の奥がジンジンゾワゾワする。


「……後のことは任せてほしい。君がこれ以上傷つくことはない。私が……君の幸せな世界を守るから」


「え? お姉ちゃん……僕のこと知ってるの?」


「……知っていただけ」


 変なの。なんで知って“た”なんだろ?


 不思議に思ってたら、お姉ちゃんの身体がだんだん透明になって……フッって消えたんだ。


「うあああ! 消えたああああ! ねえねえお姉ちゃんどこに消えたの! それ、どうやったらできるの? よかったらおしえてよ! そしたら僕、ドナママやお姉ちゃんたちとかくれんぼしたとき、一番になれるね!」


 眼鏡のお姉ちゃんは本当に消えちゃったみたい。


 そしたら今度は青い猫ちゃんが僕の足下にやってきて、言うんだ。


「ねえゼロ。お願いだよ。キミの使命を思い出して」


「猫ちゃんは僕にしか見えないんだよね。不思議だなぁ」


 しゃがんで頭を撫でると、猫ちゃんは目を糸みたいにするんだ。


「だめだよゼロ。立ち止まってはいけないんだ。真理に通じる門を探してよ」


「門なら宮殿に立派なのがあるけど、あれじゃだめなの猫ちゃん?」


「ああ……ゼロ……ゼロぉ……」


 青い猫ちゃんはそれっきり、どっかに行っちゃった。


 ドナママに言ったら「それはきっと、ぼうやがちょっとだけ大人になったからかもしれないわね。小さな頃は他の誰かに見えないお友達がいたりするの」だってさ。


 その日の夜は、お姉ちゃんたちも集まって僕の誕生日をお祝いしてくれたんだ。


 いつか僕も大人になって、ドナママの元を離れなきゃいけないのかな。


 なんだか寂しいな。ずっとこんな毎日が続けばいいのに。




 三度目の誕生日のキッシュは焼かれることはなく、俺は黒い闇の風が吹き荒れる中、息絶えるドナの胸に抱かれた時にようやく全てを思い出した。


 俺の代わりに世界を守ると消えたヘレンは失敗したらしい。


 世界は終わる。


 一つハッキリしたことは、やはりこの終末の発信源は、地下迷宮世界なのだということだ。


 


――トライ・リ・トライ――

リトライはマリア治療後から

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