救いの手
「……あなたはとっても不思議な子だものね。それに強い子だから……」
呟くドナの視線が苦しげなマリアに向いた。
「ねえマリア。紹介がまだだったわね。この子はゼロ。今朝、あたしの養子になったの。これもきっと……光の神様の思し召しだと思うわ。どうかこの子にあなたの治療をさせてもらえないかしら」
マリアは呼吸するのがやっとのようだ。かすかに頷くと俺に微笑んでみせた。
レパードは「ですがドナ様……」と、何か言いたげだが、マリアの死を受け入れた表情にそれ以上は何も言わなかった。
チャンスをくれてありがとう。
俺は彼女の上掛けをそっと外した。
石化は左手から肩にかけて進行している。左の乳房が石となり痛ましい。心臓に達するのも時間の問題だ。
先ほどの白魔法が初級の、正直なところ拙いレベルだったから、症状の促進もまだマシだったのかもしれない。
下手に中級回復魔法など使っていれば、それがマリアの命を奪っていた可能性すらあった。
俺は瞳に魔法力を込めて集中して“視る”。
エルフの力を魂の奥底から引きずり出した。
病気や毒といったものなら、何も見えないはずだが……石になったマリアの手にかすかな魔法力の残滓を見つけた。
黒魔法の構築じゃない。白魔法だ。こいつは……恐らく肉体を強化する魔法の一種を、改編したものに違いない。
いや、改編なんて綺麗なもんじゃないぞ。歪ませて暴走させたんだ。
白魔法は癒やしだが、使い方を誤れば呪いと化す。
命を甦らせる魔法と奪う魔法も、きっと表裏一体なのだ。
こいつはまさに、肉体硬化の裏面だな。
「マリアお姉ちゃんは白魔法を反転させた呪いを受けてるみたい。たぶん中級治癒魔法でも治せないし、回復魔法系は症状を進めちゃうんじゃないかな」
俺の診断にレパードの耳がピクンと反応した。
「お坊ちゃま、それは真にございますか?」
「うん。マリアお姉ちゃんには肉体硬化を元に歪ませた呪いがかけられてるんだ」
レパードが集めた女の子たちが、自分たちの治療が逆効果と言われて泣きそうな顔になった。
「だ、大丈夫だよお姉ちゃんたち。僕がマリアお姉ちゃんを元気にしてあげるから!」
さあ……魔物を倒すためだけに使ってきた力を、たまには人のため誰かを癒やすために使ってやろうじゃないか。
俺が選ばれし者だってんなら、救ってみせろ。
呪いの解き方はわからないが、白魔法だって魔法には違いない。
俺は右手に肉体硬化の魔法を構築した。ヘレンから受け取った白魔法の力は、もはや俺の一部だ。歪みの無い、正しい姿の白魔法である。
そして左手で得意の黒魔法を編み上げた。
構築したのは――呪封魔法。魔法を打ち消す魔法だ。
歪みを打ち消し正しい魔法で上書きする。ヘレンが俺にした“上書き“とは異なるが、効果を置き換えるようイメージした。
黒魔法の知識と白魔法の感性を総動員だ。
両手を合わせて祈るように魔法を合成する。
白と黒。二つの力は反発することなく、虹色の光となって一つに合わさった。
そっと手を開き、虹の輝きを仰向けになったマリアの心臓に静かに送り込む。
身体の中を巡り巡るようイメージして。
瞬間――
灰色の石化した身体の表面に、細かなひびが入ったかと思うと、マリアの肩も腕も手の指先までもパリパリと音を立てて、表皮が剥がれ落ちるように石化した部分だけが砕けて消えた。
マリアの胸も元通りだ。岩石から新芽のような柔らかさを取り戻した。
苦悶の顔が嘘のように、マリアは目をぱちくりさせてから、いきなり上半身をがばっと起こすと、俺に抱きついて声を上げる。
「苦しくない……苦しくないよ! ありがとう! 君は小さいのにすごいのね!」
急に元気になったマリアに一同、唖然としてしまうほどだ。だが、それも一瞬で――
「すっごーい! きみは白魔法が得意なんだ!」
「わあぁ、今の白魔法綺麗だったねぇなんでなんで?」
「……天才あらわる」
「マリア元気にしてくれてありがどぉ~~! ウオォォォンよがっだよぉ」
「やるじゃん……つーか、偉いぞボウズ」
俺はマリアにギュッとされたまま、残る五人にももみくちゃにされた。
いろんな所を撫でられた。背中の羽の付け根やめて! くすぐったいからマジで!
「みな、それくらいに」
レパードの一声で「ちぇー」だの「はぁい。けど感謝しだりないよぉ」だの、それぞれ言いながら五人の少女は離れていった。
マリアもどことなく惜しむように、俺を解放する。
すべすべお肌に戻ったのは、俺の顔に押しつけた彼女の胸の膨らみの柔らかさで確認済みだ。
治療は上手くいった。自分で思っていた以上の大戦果だ。
あとはレパードだな。宮殿ではドナが優しく甘い分を、彼女が引き締めている。
きっとドナなら俺を無条件に許すだろう。受け入れてしまうだろう。
だが、俺がレパードの立場なら、今朝ふらりと現れて誰もできなかった難病を治療した少年を、怪しまないはずがない。
レパードの鋭い眼光が俺を見据えた。
「お坊ちゃま……」
「え、えっと……なぁに? レパードお姉ちゃん」
今さら媚びを売ったところで、どうにもならないか。
と、思った矢先のことだ。
女執事はその場で跪き頭を垂れた。
「この度はマリアを救っていただき、これ以上の感謝の言葉もございません。正直に申し上げますと、私はお坊ちゃまを教会の手の者ではないかと、本当に疑っておりました」
正解だ。
「あ、ええと……僕が魔法を使えるのはそのぉ……」
レパードは顔をあげると、じっと俺を見つめた。
「それ以上は何もおっしゃらないでください。お坊ちゃまがどこの誰であろうと、マリアを救っていただいたという事実は揺るがないのです」
黒い瞳はまっすぐだ。
どうやら俺の正体については、言及せず呑み込んで腹の中に納めてくれるらしい。
「あ、あのね……僕もこんなに上手くできるなんて思ってなくて……自分でもびっくりしてるんだ」
俺の言葉に小さく「左様にございますか。ともあれ、マリアをお救いいただいたことで、ドナ様も救っていただいたのです」と、レパードはゆっくりと立ち上がる。
「では、ドナ様……ご自由に」
女執事の許しが出た途端、ドナは俺に抱きついてキスの雨を降らせた。
ほっぺたにだけど。
「あなたは神様の贈り物ね……あたしのお願い、訊いてくれるかしら」
「な、なぁにドナママ?」
「あと三人、マリアと同じ症状の子たちがいるの」
「じゃあ、すぐに治療しないとね」
白魔法と黒魔法の合成は疲労感が強いのか、エルフだった頃よりも魔法を使う負担を感じはするのだが、三人くらいならなんとかなるだろう。
「今夜はみんなの快気祝いにしましょうね。岩窟亭さんから料理人を呼んで、警備の子たちもみんなでパーッとやっちゃうましょう!」
すぐにレパードが「警備の者たちには仕事をしてもらいましょう。代わりに今月の給金に上乗せを経理担当者に命じておきます」と、迅速に処理した。
それにしても、俺が黒魔法を使ったことに誰一人気づいていないみたいだ。
かくして俺は宮殿にて白魔導士の仕事を請け負うことになるのだった。
掃除とか洗濯といった雑用も修道院で覚えたんで、そっちでも良かったわけだが……まあ、特技を活かすならこれでいいのかもしれないな。
名前:ゼロ
種族:中級天使
レベル:33
力:G(0)
知性:D+(64)
信仰心:E(42)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:冒険者風の服
中級天使のローブ 儀礼用
銀の十字架 教会の修道士の証
白魔法:中級回復魔法 中程度の傷を癒やし、体力を回復する
中級治癒魔法 猛毒などの強力な状態異常を治療する
操眠魔法 対象を眠らせる&眠っている対象を目覚めさせる
精神浄化魔法 混乱状態やパニックになった精神を鎮める
火力支援 腕力を強化して武器による攻撃力を上げる
肉体硬化 肉体を硬化させ防御力を上げる
氷炎防壁 炎と氷から身を守る
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
お姉ちゃん:シスターヘレン
ママ:クインドナ
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力 白魔法と黒魔法でも可能
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力。
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる。
※警告 レベルドレイン発生 戦闘力の低下に注意