タイトルしかない英雄譚
クインドナの養子に迎え入れられた俺は、宮殿に部屋を与えられた。
やっと一息つけそうだ。風呂の出てからもずっと、ドナが俺のことを心配そうにそわそわしながらついてきて、大変だった。
女執事レパードの「心配ばかりしていては、お坊ちゃまが自分は信頼されていないと、勘違いなさいますよ」と、一言釘を刺してくれたおかげで、ようやく独りの
宮殿三階の角にある部屋のテラスからは、常闇街を一望できる。
天蓋付きの大きなベッドに、ぬいぐるみや絵本といった、子供が喜びそうなものまでずらりと揃っていた。
服もクローゼットにずらりと並ぶ。俺がクインドナに風呂に入れられている間に、もろもろ女執事が揃えたのだそうな。
その中から、当たり障りの無い緑のシャツと茶色いズボンを選んだ。
膝小僧が出る半ズボンしかないのは、この際我慢しよう。
なにせクローゼットには、女物のドレスや綺麗でさわり心地の良いシルクの下着なども入っていたのだから。
“ご自由に”と女執事に言われたが、まあ、ねぇ。
この天使族の少年という外見である。用意されてしまうのも仕方なし。
前々世だったら絶対に着られないよな。
魅力を99まで上げたオークよりも、なにもしていない今の俺の方が、魅力的なのかもしれない。
もし天使族の俺が魅力を99まであげてしまったら……老若男女どころか魔物の心さえも鷲づかみにしかねんな。
もしかしたら、真理に通じる門の門番も、顔パスで通してくれるかもしれん。
ってのはやり過ぎだが、もしかしたら対人関係でデメリットが大きくなるかもしれない。
好かれすぎるというのも、密偵としてやりにくいしな。
「はぁ~小さいなぁ。こんなのみんな着てるのかぁ」
薄布を両手でつまみ上げた。シルクの光沢をたたえたパールホワイトのパンツは、かなりギリギリ感のあるローレグだ。小さいとはいえ俺にはチンコがついてるわけだから、こんなものを装着したらふっくらぷっくりと膨らんでしまうだろう。
ああ、けど撫でればするするサラサラとした感触に頬ずりしたくなる。滑らかな感触がたまらない。こんな手触りなのだから、着心地もさぞや快適に違いない。
「って、いかんいかん」
首を左右に振ってからパンツを投げ捨てると、いつの間にか部屋の扉が開いていた。
そして――
クマやウサギのぬいぐるみに混ざるようにして、ピンクの巨大毛玉――キューがぐったりと、さも中身は入っていません本当です嘘じゃないです信じてください……と、言わんばかりに壁に背を持たれさせて、お尻を床につけたまま力無くたたずんでいた。
気配を感じなかったぞ。クインドナママ超怖いんですけどぉ。
相手によってはハイキックの一撃でも食らわせてやるところだが……。
「あ、あれぇ? おっかしいなぁ。キューの着ぐるみなんてあったっけぇ」
子供らしく探りを入れてみたところ、一瞬だけピンク毛玉はビクンと動いた。
バレバレだ。
「そうだ! ドナママに会いにいーこおっと! どこにいるのかなぁ? 宮殿は広いから迷子になりそう」
ガバッとキューは立ち上がると、背中がパッと割れて中からドナが姿を現した。
「嬉しいわ。もうあたしのことが恋しくなったのね」
着替えだのなんだのでおよそ二十分か。短かったな……独りの時間。
「わぁ! 中にいたんだ気づかなかったよ」
「よくキューが混ざったのに気づいたわね。とっても偉いわ」
ドナはまた、素肌をほとんど晒さないタイトなドレス姿だった。
手袋越しだが俺の頭を優しく撫でる。
しかし……なにをしても褒めてくれるんだな。そのうち歩いているだけでも、呼吸をしているだけでも褒めてくるかもしれない。
「だから本を読んであげましょうね。少し早いけどお昼寝もしましょう。疲れが取れたら美味しいご飯を準備するわ。嫌いなものや食べられないものがあったら、遠慮せずに言ってちょうだいね」
棚から一冊――ゆうしゃのでんせつと表題の本を手にして、ドナはベッドの脇に腰掛けた。
膝をポンポンと叩いて俺を呼ぶ。
これって……膝枕だ。
三食昼寝付き甘やかされ放題。
俺は……素直に従った。これはあくまで調査のためである。
嬉しそうに目を細めるとドナは俺に優しく本の内容を読み聞かせた。
内容は勇者の冒険譚だ。
星の空から飛来した邪神を倒すため、立ち上がった英雄の叙事詩を、子供にもわかるようにカンタンにしたものだ。
教会の聖典よりも脚色されていて、時折ドナがアドリブを入れてくれることもあって、退屈して眠くなるどころか昼寝するのがもったいないと思えてしまった。
時折、ページをめくろうとする彼女の胸の下半分が、俺の頬に触れたりもする。
柔らかいのに弾力があって(以下省略)――
ページも最後に近づき、ドナはゆったりとした口振りで物語を読み進めた。
勇者の剣が邪神の額にある、第三の赤い目を貫きました。
永い永い戦いでした。邪神は何度もよみがえり、そのつど強くなりました。
まるで勇者の力を知っていたように、再生を繰り返すと、邪神は勇者の攻撃を防いでしまうのです。
額の目のように見えたそれは、赤い赤い宝石でした。
この宝石の力によって、邪神はよみがえり続けたのに、勇者は気づいたのです。
勇者の一撃は宝石を砕き、赤い光が溢れかえって渦を巻き、これまで邪神が奪い、ためこんできた魂の力は、はるか天へと昇っていきます。
邪神はその力の源を失い、巨大な身体が地面にドサリと倒れたのです。
とどめをさそうと、勇者は自分に残された力を最後のひとしずくまで、剣に込めました。
勇者もまた邪神との戦いで、力のほとんどが失われてしまったのです。
残されたもの。それは勇者の命の輝きでした。
すべてを救うため、放たれた最後の一撃が邪神を……
トントン! と、不意にドアがノックされて、ドナは本をぱたりと閉じると「あいてるわよ。どうぞ」と、おっとりした口振りで告げる。
「失礼いたしますドナ様、お坊ちゃま。ええと……ドナ様、こちらでは少々……」
養子になったからか、女執事レパードの俺への呼び方も恥ずかしいものに変わっていた。
「大半の問題はレパードが解決できるのよ。ごめんなさいね。あたしじゃないとどうにもならない時は、こうして呼ばれてしまうの」
「ううん。ドナママを僕が独り占めしてちゃわるいよね。お仕事がんばってね」
名残惜しいが俺は膝枕からそっと頭をあげた。
ああ、最後が気になる。勇者が邪神を倒して世界を救ったのは、この世界が存続しているのだから間違い無い。
とはいえ、ドナに情感たっぷりで語られると、最後まで物語をききたかった。
ま、ドナがいなくなったら自分で読むとしよう。
それに問題は緊急のようだ。レパードは走ってここまでやってきたらしく、かすかに服装に乱れがあった。
ドナはゆっくり頷くと俺の頬にそっとキスをした。
「とっても良い子ね。少し時間がかかってしまうかもしれないから、退屈なら宮殿をお散歩するのもいいかもしれないわ。女の子たちにはきちんと言っておいたから……あっ。あなたが好きになった女の子となら、いっぱい仲良くしてもいいからね。恋愛は自由主義よ」
とんでもないことを子供におっしゃられる。
ピンクの毛玉の着ぐるみを着込み、キビキビとキレのある足取りで、ドナ改めセクシー大使は執事を従え、颯爽と部屋から出ていった。
さてと……さっきの本の続きを読んでおこう。
ドナが棚に戻した本を背伸びしてとると、開いて俺は絶句した。
「なにも……書いてないじゃないか」
白紙だ。装丁はしっかりとしているのに、その本の中にはインクのシミの一つすら無かった。
名前:ゼロ
種族:中級天使
レベル:35
力:G(0)
知性:D+(64)
信仰心:E(48)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:冒険者風の服
中級天使のローブ 儀礼用
銀の十字架 教会の修道士の証
白魔法:中級回復魔法 中程度の傷を癒やし、体力を回復する
中級治癒魔法 猛毒などの強力な状態異常を治療する
操眠魔法 対象を眠らせる&眠っている対象を目覚めさせる
精神浄化魔法 混乱状態やパニックになった精神を鎮める
火力支援 腕力を強化して武器による攻撃力を上げる
肉体硬化 肉体を硬化させ防御力を上げる
氷炎防壁 炎と氷から身を守る
お姉ちゃん:シスターヘレン
ママ:クインドナ
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力。
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる。
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力
※警告 レベルドレイン発生 戦闘力の低下に注意