キューの中の人
「う、うう、うわあああああああああん!」
嘘泣き。子供の武器を発動するよりほかなかった。
キューが女の子たちの壁を破って俺の前に滑り込む。
「んもー! みんながっつきすぎ。こんな目にあってゼロが女の子恐怖症になって、男の人と愛し合うようになったら困るでしょ」
女執事レパードが「それはそれでありかと」と余計な一言を付け加えた。
「はい散って散って! ゼロには女の子が気持ち良いって自発的に思えるようなるまで、手出しは御法度だよ。ハハッ!」
俺はクインドナの手紙を思い出す。
常闇街で働く理由は様々だが、彼女の管轄する場においては強制はしていないと。
この宮殿の住人たちをみるに、自発的というかなんというか……。
もし俺が子供でなければ、今頃どうなっていたことやら。
キューの号令で女の子たちは整列しなおした。
「それじゃあ今日も早番がんばって、ガンガン稼いじゃおーね! 昼間からでもゲストはみんなの愛を待ってるよ!」
「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
声を揃えると女子たちは蜘蛛の子を散らして宮殿の自室に戻っていった。
レパードが一礼する。
「今日はマリアが体調不良を訴えております」
「きちんと診療は受けてる?」
突然、真面目な声色に変わったキューに面食らった。レパードは「白魔導士の治療も受けたのですが、どうにも……先月からこれで四人目です」と、こちらも先ほどの喧噪が嘘のように、淡々とした口振りだ。
「そっかー。マリアは苦しそう?」
「仕事ができないことを恥じておりました」
「無理は禁物。健康で気持ちいーのが一番だから! けど、ああ……錬金ギルドさんに薬の調合は頼める?」
「常闇街と知ると怖がられてしまい、中々良い腕の錬金術士が手配できませんもので……万能薬の材料集めも、腕利きの冒険者がいないことには始まりません」
ピンクの着ぐるみは大きな頭を抱えた。といっても、顔が大きく腕が短いので、抱えるような仕草をしても、耳まで手が届かない。
「あー! んもー!」
あれ? 万能……薬? 材料を調合してそんなものが錬金合成できるのか。
そういえば前世で俺は常闇街からの依頼を受けて、いくつか材料を集めたよな。たしか――
「砂海イッカクの肝。三つ首黒牛のニカワ。白虎の牙。化石竜の骨。神秘鹿の角……」
シャツのボタンを留め直しながら一つ一つ言うと、レパードが俺にずいっと迫った。
「おや、どこで貴方はそれを?」
「え? あ、あの……僕、今なにか変なこと言っちゃいましたか?」
キューがしゃがむと俺の顔をじーっと見つめた。
「もしかしてぇ……ゼロは教会の送り込んできたスパイだったりしてぇ!」
ビシッと顔を指さされる。
バレた。いや、これは俺の失言だ。正確に言えばバラしたである。
キューとレパードがじーっと俺を見つめ続けた。
どう返す? なんと言えばごまかせる?
手に汗が浮かんだその時――
「なーんて、こんな子供がスパイなんてするわけないよねー!」
「左様にございますご主人様」
口は災いの元だ。
が、ナビのコード66は発動しなかったが、こうなるとどこまで踏み込めるか試してみたくもなる。
かつて常闇街の“母”と紹介され、教会ではまるで悪の総本山のような言われようだった、あの名前も出してみよう。
「あ、あのぉ……クインドナさんってお二人は知ってますか?」
スッ……とレパードの白い手袋に包まれた指先が指差す。それは宮殿の出入り口でも奥でもなく……キューの顔を指さしてていた。
「そちらにいらっしゃるではありませんか?」
キューはその場でくるんとターンしてからポーズを決めた。
「キューは常闇街のセクシー大使さ! ハハッ!」
レパードが溜息をつく。
「街の顔役が自ら客の呼び込みなどなさらないでいただきたい。着ぐるみで素性を隠してまで、どうしてご主人様がそこまで働く必要があるのですか?」
「キューは大使として気持ち良い幸せをみんなにふりまきたいんだ!」
「いい加減お脱ぎください」
「キューを脱がせてどうするつもりなの! レパードのスケベさんめ! 嫌いじゃないよ! ハハッ!」
ハハッ……って“母”!? いや、それはこじつけすぎるが、思えばキューという名前にヒントがあったのかもしれない。
気づくかよ!
キュー=Q=Queen=クインドナ。
しかし……手紙じゃ落ち着いた女性の雰囲気だったんだが、こんなおちゃらけ着ぐるみピンク毛玉とは思わなかった。
レパードが俺に向き直る。
「ところでゼロ少年。どこでご主人様の名を?」
「え、ええとぉ……お、お母さんみたいな人って噂を聞いて……ぼ、僕お母さんがいないからぁ」
途端にキューの動きがぴたりと止まった。内部でもごもごと蠢いたかと思うと、まるでサナギが蝶になるように、着ぐるみの背中が割れて中からタイトなドレス姿の女性が姿を現した。
紫色のウエーブがかった片方が目隠れ気味の長い髪。
身体のラインが出る黒系のドレスには足下にスリットが入っていた。タイツかスパッツか、薄いストッキングに包まれた足のラインが美しい。
胸も大きく、かといって大きさに崩れてしまうようなことは無かった。
光彩は怪しく光るアッシュグレイだ。
着ぐるみの中だというのに、肘まで包むようなロングの手袋をしていた。
肌が出ているのは顔のみという徹底ぶりだ。まるで日焼けを恐れているかのようだ。
この地下迷宮世界を照らす光球も、階層によっては灼熱だったりビーチリゾートだったりと、日照の激しい所は少なくない。
とはいえ、二十階層の安定した気候を開いてにするにはやりすぎなほど、彼女は素肌を隠していた。
さっきの水着というか薄布だけの下着というか、あの露出度と比べるものじゃないだろうけど、逆に気になる。
なにより対処に困るのは――彼女が……着ぐるみの中から姿を現したクインドナ(?)が、全身汗まみれの汁だくだったということだ。
「ハァ……ハァ……フゥ……あぁん……こんなに濡れちゃうなんて」
口振りもキューとは別人だ。どうやらキャラも甲高い声もつくっていたらしい。
どさりと毛玉の着ぐるみが床に落ちて、全身を露わにしたクインドナは呼吸を整えると俺に告げた。
「この子を養子にするわ」
「それはけっこうなことですねご主人様」
え、えええーッ!?
いや、母親がいないっていうのは嘘じゃないぞ。だけど……それでいきなり養子って……。
止めない女執事もたいがいだが、とりあえず教会の調査対象に俺は接触できたみたいだ。
名前:ゼロ
種族:中級天使
レベル:39
力:G(0)
知性:D(64)
信仰心:D+(65)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:冒険者風の服
中級天使のローブ 儀礼用
銀の十字架 教会の修道士の証
白魔法:中級回復魔法 中程度の傷を癒やし、体力を回復する
中級治癒魔法 猛毒などの強力な状態異常を治療する
操眠魔法 対象を眠らせる&眠っている対象を目覚めさせる
精神浄化魔法 混乱状態やパニックになった精神を鎮める
火力支援 腕力を強化して武器による攻撃力を上げる
肉体硬化 肉体を硬化させ防御力を上げる
氷炎防壁 炎と氷から身を守る
お姉ちゃん:シスターヘレン
お母さん:クインドナ
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力。
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる。
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力




