宮殿の住人に蹂躙されるということ
宮殿の中に入ると、中央のホールに執事服姿の女性が立っていた。
黒髪黒目の長髪を後ろに束ねた美形で、切れ長の目をした獣人族だ。耳は黒く尻尾もスリムで長い。黒豹という印象だ。
ジャケットもベストもシャツもサイズぴったりだが、腰はくびれて胸元は少しだけ苦しそうに見えた。
「お帰りなさいませ」
女執事は恭しく一礼する。
最初は誰に言ってるのかわからなかったが、玄関ホールには俺とキューしかいない。
「おはよー! キューは今日も元気もっりもりだよー! ハハッ!」
みればホールの中央階段から二階へと続く中二階に、幅二メートル高四メートルほどの巨大な額縁が飾られていた。
素晴らしい絵画でも飾ってあるのかと思ったが、そこにはピンクの毛玉が描かれている。
錫杖を手に王冠とマントで着飾ったキューの姿だ。
隣で身体をクネクネと踊らせるキューに俺は確認した。
「あの、キューってもしかして王様なの?」
「キューはセクシー大使だよ! ギルドはさしずめ大使館さ!」
俺の足下で青い猫が呟いた。
「なんだかボクと似てるね」
ナビはどことなく不機嫌そうだ。こちらの小動物は融通が利かない時もあれば、感情を持っていないのでは? と感じることも多々ある。
が、ナビから俺が離れそうになると感情を露わにした。
色味こそ対照的だが、モフモフとした属性が近いこともあってか、導く者は御機嫌斜めだな。
まあ、本当に怖いのは俺が知らぬ間にナビの“越えて離らない一線”を越えてしまった時のコード66だ。未来に関するアレコレを俺が知りすぎていると悟られるのだけは気をつけたい。
キューは俺の足下をじっとみつめた。
「どうしたのゼロ? 下を向いててもいいことなんてないよ! 落ちてる小銭は拾えるかもしれないけど、上を向いて男の子ならでっかい夢を青空のキャンパスに描こうよ!」
宮殿の天井を指差すピンクの毛玉に女執事が「ご主人様。ここは地下世界にございます」とツッコミを入れた。
「んもー! レパードの意地悪! 本当は可愛い女の子なのに、いつも男の服ばっかり着て!」
「ご主人様こそ、その汚らわしい桃色の毛皮をお脱ぎください」
主従関係というよりも、友人同士の会話みたいだ。
「紹介するねゼロ。彼女はレパード。宮殿の支配人だよ」
「は、初めまして」
俺がちょこんとお辞儀をすると女執事――レパードはキランと目を輝かせた。
「おや少女かと思いましたが少年でしたか。しかし天使族の少年愛とは、ご主人様らしいマニアックなご趣味ですね」
「キューは同意のない愛は好きじゃ無いよ! ハハッ! だから安心してね。子供に手を出すなんて許さないから」
手を出すってまさか……ここは無法こそが法の常闇街だ。こういう時こそ――
「あ、あのぉ……僕、よくわかんないや。あはは」
笑って誤魔化す俺の頭をキューはそっと撫でる。
「だいじょーぶだいじょーぶ。キューに任せて! ゼロはとても悲しいことがあったみたいで、教会を頼れないみたい。レパード、なにかこの子にできそうなお仕事はない?」
女執事は白手袋に包まれた手で、そっと自身の顎を摘まむようにして首を傾げた。
「雑用ならいくらでもありますが、稼ぎたいというのであれば良い方法がございます。いかがかなゼロ少年?」
「い、いやぁ……ご飯と寝る場所があれば僕はそれ以上は……」
「なるほど。さて……そろそろでしょうか」
黒い燕尾服のポケットから銀の懐中時計を取り出し、レパードが言うやいやな――
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
遠く教会の鐘楼から時刻を告げる鐘の音が鳴った。
それが合図のように、宮殿の二階から……裸の女の子たちがわらわらと現れる。
いや、裸のは言い過ぎか。みんな必要最低限の薄い布地を纏っていた。
今にもはちきれんばかりの大きな胸を揺らしたり、引き締まって上がったお尻をくねらせるようにしたり、長い足がより長く見えるようにヒールを履いていたり……ドワーフの腹筋系な女性もいれば、シルフのスレンダーな女性の姿もあった。
肌の色も小麦色から乳白色まで多種にして多彩。目の色も髪の色や髪型も。
獣人族も様々だ。大別すると猫系か犬系かだが、もふっとした羊系の女の子や、俺の頭くらいある豊満な胸の持ち主な牛系女子まで様々だった。
総勢二十名ほどが玄関ホールに集まると、キューを囲むようにずらりと並ぶ。
「「「「「「「「「「おはようございます! キュー様!!」」」」」」」」」」
一斉に挨拶する彼女たちは、おっとりした口振りからはつらつとしたものまでごちゃ混ぜだった。
ハーレムだ。
目のやり場がない。おっぱいがいっぱいでおっぱいでいっぱい……あああああああこれはいけない。
キューが俺を肘で小突いた。
「もしかしてゼロはおっぱいが好き? ならよかったね! お姉ちゃんがいっぱいできたと思って甘えてもいいんだよ」
「だ、だ、ダメだよ僕はその……故郷にお姉ちゃんがいるからぁ」
そんな故郷は無いのだが、ヘレンの事を思い起こしながら俺は耐えた。
ぶるるん! っと胸を揺らして牛系女子が手を上げる。
「キューさまぁ。その小さな子も新しい子ですかぁ?」
おっとり口調の牛少女にキューは首をブンブンと大きく左右に振った。
「この子は楽園に迷い込んだ子ウサギちゃんのゼロだよ。こんなに可愛いのに男の子なんだって!」
「へぇぇ男の子だぁ」
「うっそマジで? 超美少年じゃん」
「あとでおねーさんのとこ来る? 男にしてあげるから」
「あっ! ずるーい! オジサマのお相手するのもいいけど、たまには若い子とも遊びたいし」
「み、みなさんいけませんわ。幼気な少年を惑わすなんて……はうっ! あ、あとでわたくしの部屋で紅茶はいかがかしら?」
「どーせアンタのことだから変な薬が入った紅茶なんでしょ?」
「言葉はいらぬ。早い者勝ちだ!」
ウサギ系の獣人族が飛び出すと、全員が一斉に俺に殺到した。
抱きしめられ腕を引っ張られもみくちゃにされる。美女美少女てんこもりだ。
どちらに顔を向けても柔らかい胸があった。
股間に誰かの手が触れる。
「わああああ! たすけてキュー」
「ゼロは幸せそうに見えるけど?」
シャツのボタンがいつの間にか全部外されていた。
誰かが「ほんとに男の子だ。かわいいぃ」と俺の胸に触れる。
ビリッと腰の骨に軽く雷撃を受けたようになって、文字通り腰砕けになり床にぺたんと尻餅をつく。見上げると360°女の子だらけだ。
むちむちの太ももで閉ざされた檻である。
女の子たちのうちの誰かが言った。
「この子の童貞欲しい人!」
全員が一斉に応える。
「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
うおぉい! なんて幸せな……いや、喜んでる場合じゃないぞ、これは。




