常闇街のマスコット
「やあ! キューはこの夢の楽園の案内人だよ! ハハッ!」
妙に甲高い声でぬいぐるみは喋った。
「こ、こんにちは。ええと……キューっていうのが名前なの?」
ピンクのモフモフっとした身体全体をお辞儀させるようにして、セクシー大使――キューは大きな首を縦に振った。
というか、首と身体に継ぎ目がないから、頷くにしても全身使うんだな。
「ええと、ここは夢の楽園なんですか?」
人差し指を立ててキューは片足のつま先を上げ気味にしながら、ポーズを決めて言う。
「ゴメンね! 元々この街には子供なんていないから、こんなに小さなゲストさんが来るとは思ってなかったんだ! きみがもう少し大人になったら案内してあげるね!」
いったいどこから声を出しているんだろう。
キューはその場でくるりとターンしてから、ビシッと両手を広げて俺に立ち塞がった。
今、背中にスキマがあったぞ。
どうやらこれは、中に誰か入っている巨大ぬいぐるみなんだな。
声の感じからして女性が入っているみたいだ。
「あ、あの、僕ね、行く当てがないんです。鍛冶職人街で働き口を探したりしたんですけど、断られちゃって……」
光の神に誓って嘘は言っていない。
キューは腰に手を当てて、またを開き気味にしながらビシッと俺の顔を指さした。
「見たところきみは天使族みたいだから、街の中心地にある大聖堂に行くといいよ! ハハッ!」
いちいち喋るたびにポーズをつけているんだが、疲れないんだろうか。
ええい、ままよ。質問は想定内だが開いてがこんな毛むくじゃらとは思わなかった。
幸い、会話は可能なのだから行けるとこまで行ってみよう。
「教会には最初に行ったんだけど……ううっ」
俺はこれまでに心に刻まれた悲しみを思い出した。
自分が死ぬのには慣れているが、誰かを失った時の悲しみが胸に溢れる。
その涙さえ利用する自分はきっと、最後には地獄に落ちるだろう。
構うものか。最後に誰かを救えるならば。
一筋涙が頬を伝った。俺はガーネットとの間に授かった娘の記憶を思い出す。二人の命が自分の腕の中で消えた瞬間の、なにもしてやれなかった魂が砕けるような音を思い出す。
キューの動きがピタリと止まった。
ピンクの毛玉は膝を着いてしゃがむと、俺の背中にもっふりとした腕を回してそっと抱きしめる。
不思議と涙はいつの間にか引っ込んでいた。
そっと俺を解放して三歩下がると、ぬいぐるみは手招きする。
「今日は特別にきみを夢の楽園に案内してあげるね! ハハッ!」
甲高い声でセクシー大使は俺を楽園――常闇街に招き入れた。
街並みに大差は無いのだが、出ている看板が魔力灯を使ったきらびやかなものばかりだ。
朝なので消灯しているのだが、夜になれば通り沿いの看板が点灯してさぞや賑わうのだろう。
細い路地に吐瀉物がそのままにされていたり、建物の上にやたらと黒凶鳥がいたりと、すがすがしい朝がぶち壊しだ。
通りを行くのはスキップして先導するキューと俺だけだった。
「ランランラーン♪ ルンルンルーン♪」
鼻歌まで甲高いキューは、そのオーバーな動きとは裏腹に進む速度はゆっくりだった。
俺の歩幅に合わせてくれているみたいだ。
もしかして……良い奴なのか? いや、こうやって親切なフリをして俺を騙そうとしているのかもしれない。
「ハイ到着~!」
目抜き通りの奥――宮殿のような建物の門前でキューは立ち止まった。
あくび混じりのオークがキューの姿を見るなり一礼する。モヒカンに立派な牙をした、全身傷跡だらけの強面だ。
こんなのが立っていたら、誰も寄りつかないだろう。
キューはオークに軽やかな身のこなしで手を振って、挨拶を返した。
このピンクの毛むくじゃらは顔パスみたいだな。
改めて宮殿を見る。
庭園を囲むようにぐるりと回廊が巡り、中心となる建物には涙滴のような形状の屋根が乗っていた。
なんというか……おっぱいだ。継ぎ目の無い美しい、先端がツンとたった白くて丸いおっぱい屋根の宮殿は、この街の他の建物とは建築の様式そのものが違う。
どことなくだが、機械人形系の魔物――ビスクーラにも似た雰囲気だった。
一足先にナビが庭園に入って、流れる人工の小川に前足を入れたり出したりしては「水遊びができるねゼロ」と、今日も今日とて少しズレたレポートをしてくれた。
それにしても……子供だからということもあってかデカイな。
陶磁器の滑らかな壺を建物にしたような、不思議で立派な建物である。
もしかすれば文化が違うだけで、大聖堂とも肩を並べるようなものなのかもしれない。
なによりも、雑然とした常闇街に似つかわしくなかった。
「うわぁ。これがキューの家なの? すっごくおっきいね」
「ここは常闇街のギルドみたいなところだよ! ハハッ!」
宮殿めいたギルドといえば錬金ギルドもそうだが、朝早いとはいえ宮殿は静かだった。
物品の買い取り窓口も無さそうだ。
「ギルドみたいな?」
「常闇街でトラブルがあった時の駆込み寺なんだって! ハハッ!」
教会ではなく寺院か。正式な名称がわかるまで、おっぱい宮殿寺院と呼称しよう。
「そういえばきみの名前、まだ聞いてなかったね! よかったら教えてくれるかい?」
「僕はゼロ」
「これでキューとゼロはお友達だね! ハハ!」
俺の肩にポンポンっと軽く触れてから、キューはスキップで中庭を縦断すると中央の建物に入っていった。
この謎の生き物は、ギルドに出入りするくらいには常闇街の住人だ。
それならクインドナの事も知ってるかもしれない。
慎重に事を進めるのも大事だが、チャンスとあらば思い切って飛び込んでみよう。
幸い、どんな罠だろうと、やり直せる俺には一度しか通じないのだから。
名前:ゼロ
種族:中級天使
レベル:39
力:G(0)
知性:D(64)
信仰心:D+(65)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:冒険者風の服
中級天使のローブ 儀礼用
銀の十字架 教会の修道士の証
白魔法:中級回復魔法 中程度の傷を癒やし、体力を回復する
中級治癒魔法 猛毒などの強力な状態異常を治療する
操眠魔法 対象を眠らせる&眠っている対象を目覚めさせる
精神浄化魔法 混乱状態やパニックになった精神を鎮める
火力支援 腕力を強化して武器による攻撃力を上げる
肉体硬化 肉体を硬化させ防御力を上げる
氷炎防壁 炎と氷から身を守る
お姉ちゃん:シスターヘレン
お友達:キュー
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力。
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる。
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力