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いざ常闇の街へ

「……ゼロ君の派遣に反対」


「少年である彼にしか、この仕事はできないのです。心配かもしれませんが、ブラザーゼロのやる気を尊重してはいかがですか?」


 リチマーンが帰ってすぐのこと、ヘレンが俺の初任務について確認しに司祭の部屋を訪れた。


 事情を訊くなり彼女は俺を行かせないと言い出したのだ。


「だ、大丈夫だよヘレンお姉ちゃん。人捜しくらいできるから」


「……常闇街は普通の街とは違う」


 それは前世エルフの時に、その入り口付近まで近づいて物怖じしたくらいだから知っている。


 各地区が大なり小なりよそ者を受け入れない雰囲気を持っているが、あそこは入ってきたよそ者が食い物にされそうな気配だ。


 オークを始めとした闇の種族が多いらしい。出逢ったばかりの頃、ガーネットがオークの俺に言ってたっけ。


 常闇街で仕事が見つかるかも……って。


 様々な愛のカタチに応える欲望の街――それが常闇街だ。


 ニコラスティラ司祭は溜息交じりにヘレンに告げる。


「どうかブラザーゼロを見送ってあげてください。これは命令です」


「…………」


 無言だが、ほんのかすかにヘレンはうなずく。少年であれば誘惑に屈しないというのが司祭の考えなのだろうが、俺がムッツリだということをヘレンは知っていた。


 司祭は「こちらで支度金を用意しました。服も裁縫ギルドに依頼済みです。夕方には届くでしょう。明日からさっそく取りかかってもらいます。いいですね二人とも」


 急な話だな。まあ、早いにこしたことはない。


「はい! がんばります!」


「……承知」


 納得ずくの俺と、不満げなヘレンは揃って部屋をあとにした。




 翌朝、鐘塔から朝を告げる鐘の鳴り終えたところで、俺は新しい服に袖を通して、潜入調査の支度金を持って――


「……君がおっぱいに負けてしまわないか心配」


「だ、だだ大丈夫だよヘレンお姉ちゃん」


 修道院の玄関先で、俺はぎゅーっとヘレンに抱きつかれた。


「……光の神のご加護があらんことを」


「くすぐったいよぉ。それに苦しいから」


 彼女の柔らかい胸に顔がうずまり気持ち良い。じゃない、息苦しい。


 言ってもしばらく、ヘレンを俺の身体を離してくれなかった。


 心臓の鼓動が百を数えたあたりで、やっと解放された。


「それじゃあ行ってくるねヘレンお姉ちゃん」


「……くれぐれも注意」


 俺にたっぷりとおっぱいマーキングをしても、なお心配されるなんて信用なさ過ぎだ。


 歩き出すと今にもヘレンはついてきそうだった。


「本当に大丈夫だから……あはは」


 困ったように俺が笑うと、彼女は視線をそらして、胸元で小さく拳を握った。


 十数歩進んで振り返る。まさかついてきてないだろうな?


「あれ? いないや」


 諦めたのかヘレンの姿は修道院の玄関先からから忽然と消えていた。


 あんなに俺を引き留めようとしていたのに、煙のようにいなくなるなんて拍子抜けだ。


 せめて姿が見えなくなるくらいまでは、背中を見守ってくれてもいいだろうに。




 さてと、独りになったところで街の西側――常闇街を目指す前に、俺は回り道をしてドワーフたちで賑わう鍛冶職人街に足を向けた。


 岩窟亭は朝ということもあって開いていないが、その前を通った途端に美味しい料理とお酒を思い出した。


 身体が子供になっていようと、馴染みの店に胃袋が反応してしまう。


 いつか戻ってくるぞ。それまでどうかお元気で。


 とりあえず常闇街に流れ着くまでのストーリーが必要だ。


 記憶喪失という設定はそのまま採用して、どこか手頃なところで「働かせて欲しい」とお願いして、断られるという流れだ。


 ついたのは最果ての街でも腕利きで名高い、女鍛冶職人の自宅兼店舗兼工房だった。


 金を払って酒を脳に詰め、記憶を飛ばしてさえ居なければ普段のガーネットは早起きである。


 たとえ店の表札が閉店中でも、呼べば出てくる可能性はあった。


「すいませーん! どなたかいらっしゃいませんかー!」


 ま、出てくるわけないか。と、おもいきや、上の方で窓が開く。


「なんだいこんな朝っぱらから……ん? 子供? 珍しいねぇ」


「あのー! ガーネットさんですか?」


「そーだけど、アンタみたいなちびっ子がアタイに用事たぁ……誰かのお使いかねぇ?」


 二階の窓から顔を出して、あくび混じりで彼女は目をこする。


「お使いじゃないです。僕、働く場所を探してるんです。ガーネットさんに弟子入りしたいんですけどだめですかー?」


「んー。悪いけど弟子はとってないんだよねぇ。っていうか天使族じゃん。困ったら教会に頼りな。そいじゃ悪いけどアタイはもう一眠りさせてもらうよ」


 赤毛を揺らして首を引っ込めると、窓はそっと閉じられた。


 もとよりガーネットに頼るつもりはないが、これで次に彼女の元を訪れた時、覚えていてくれれば少しだけ話しやすい。


 しかし――


「こいつは盲点だったな」


 俺は歩きながら呟いた。


 仕事が欲しいと天使族が頼るなら、まず真っ先に教会に向かうのが自然だ。


 常闇街に向かうなんてあり得ない。


 となると、教会に頼れない理由も考えておかないとな。


 司教にイタズラされそうになったとか……いやいや、取り入るために任務をこなしてるんだから、これはまずいぞ。


 そうだな。感情を抑えることができないので教会から追い出された。これでいこう。


 甘えたり泣いたりと、感情豊かでも疑われなくなるし、我ながら悪知恵が回るもんだ。


 子供の足で街を行くのは時間もかかったが、ほどなくして西側の区画――闇の種族が跋扈ばっこすると噂の常闇街の入り口が見えてきた。


 街には明確に区切りはないのだが、常闇街の目抜き通りのあたりが“いかにも”って感じの裏路地感ある雰囲気だ。


 前はシルフィと二人して、ここで尻尾を巻いてUターンしたんだが……今回は進むしか無い。


 目抜き通りをじっと見る。朝なのでガラの悪そうな連中はいないのだが、俺はそこに異様な存在を発見した。


 ピンク色の毛で覆われた獣人族……でもない。耳と尻尾はあるのだが、どう表現したものかわからん。


 一番近いのは、ナビを四頭身にしてずんぐりむっくりな体型にして立たせた……ってところだ。


 魔物か!?


 と、身構えたものの、ピンクの巨大ぬいぐるみは目抜き通りの入り口付近で直立不動のままだった。


 目はぱっちりと大きく愛らしいが、まさにぬいぐるみのそれであって、作り物である。


 たすきをかけており「常闇街セクシー大使」の文字が楽しげにおどっていた。


(――なんなんだアレーッ!?)


 というのが率直な感想だった。


 時々その場で屈伸運動をしたりしている。ああ、ぬいぐるみ型の立て看板じゃないのか。


 ああいう種族がいるんだろうか?


 思わぬ門番(?)の登場に、早くも俺の常闇街侵入計画は頓挫とんざの危機に瀕したのだった。

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