慎重かつ強行に
地下通路の中には、火付けネズミだけでなく、黒く平べったいカサカサ動く虫の魔物――ブラックローチや繭の魔物――糸吹きサナギがいた。
ブラックローチは素早いためこちらから攻撃は仕掛けずやり過ごした。動かない糸吹きサナギに関しては、力一杯モルゲンシュテルンで叩けば経験値になる。
「もう少しリーチの短い手斧か棍棒でもあればもっと捗りそうだな」
壁に貼り付いた糸吹きサナギを叩きつぶして、俺は小さく息を吐く。
ナビも「そうだね。状況によって武器を使い分けるのはとても有効だよ」と、俺の成長に目を細めた。
第十一階層に降りてからしばらく、薄暗い地下道で戦い続けてレベルが二つ上がった。
当然、ステータスポイントは一極集中だ。
名前:ゼロ
種族:オーク
レベル:10
力:E+(35)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:ゴルドラモルゲンシュテルン レア度B 攻撃力80
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
「力がEになったね。おめでとうゼロ」
ジメッとした地下通路の壁に赤い光でステータスを映し出すと、俺の足の間にすっぽりはまり込むようにお座りをしてナビが祝福する。
「新しいスキルだな。力溜めか。なになに……相手の行動が終わるまで? なんだかよくわからんな」
「溜めた時間に応じて次の一撃の威力が上がるスキルだね。最大で十秒まで溜めることができるみたいだよ」
「カウンター向けだな。しかもこっちは一発食らわなきゃならないとなると、使い所が限定されそうだ」
「その点は問題無いよ。相手が攻撃してきても、防御したり避けたりはできるからね」
「防ぐ盾も無ければ避ける身のこなしもないんだが」
「ああ、そうだったね。気を落とさないでがんばって」
優しく言われると逆に心へのダメージが大きくなるっての。
まあ、ともあれ試しに火付けネズミで試してみよう。
ちょうど一匹だけで行動しているのを見つけて、俺は力溜めを行った。火付けネズミは松明を振り回してくるが、それはモルゲンシュテルンで防ぐ。
お! 武器で敵の攻撃を防いでも、力が抜けてしまうようなことは無いみたいだ。
あとは普段通り、狭い通路ということも加味して踏み込み、モルゲンシュテルンで突きを放つ。
瞬間――
ドゴオオオオオオオオッ!
と、風を切るような爆音が響いて火付けネズミは通路の奥に吹っ飛んでいった。
「おお、こいつはすごいな」
ナビも目を丸く見開く。
「キミの成長方針に口出しするつもりはなかったけど、力の一極集中だとこんな威力になるんだね」
これなら地上に出て、宿敵を倒すのもいけるんじゃないか? 突きよりも振り回す方がモルゲンシュテルンの威力も出せるしな。
地下水路の果てにたどり着くと、俺は肩にナビを乗せたまま地上に向かうハシゴを登った。天井は例の金属の円盤で蓋がされている。慎重に蓋を少しだけ持ち上げて周囲を確認した。
大きな通りのようだ。幸い、ドグーラの姿は無い。蓋を完全に持ち上げて外に出る。
ナビは周囲をキョロキョロ見回してから、最後に首を上に向けた。
「どうやら塔はすぐそこだね。ここは中央通りの終着地点みたいだよ」
十一階層に降りてすぐ、祭壇から遠くに見えた巨塔が目前だった。地下通路をたどるうちに、ずいぶん遠くに来たもんだな。
「次の階層に続く祭壇は近いのか?」
「あの塔の前に広場があってね、そこなんだけど……」
「また祭壇を守る強い魔物がいるのか?」
「祭壇の入り口付近をドグーラが巡回してるんだ。強さは通常の個体と変わらないけど、冒険者を発見するとけたたまし音と光で仲間を呼ぶんだって。
ドグーラが交代するタイミングがあるみたいで、その時にうまく祭壇に滑り込めば戦わずに先に進めるみたいだよ」
ここも時間経過で先に進むことはできるみたいだが、交代のタイミングを見極める必要があるらしい。タイミングを間違えれば袋だたきか。シビアだな。
「なあナビ。仲間を呼ぶっていっても、すぐに来るわけじゃないんだろ?」
「そうだね。ドグーラが警報を出す前に倒せばいいんだし」
「警報を鳴らされてからの猶予はどれくらいだろうな?」
「さすがにそこまではボクにもわからないよ」
強行突破は命取りになりかねない。
慎重に進むなら、今回はドグーラの行動パターンを観察して隙を探すのがいいかもしれないな。
城塞廃虚の地上には公園や広場が点在しており、そこには水の出る魔導器が設置されていた。幸い、飲んでも大丈夫そうだ。
また、定期的に密封された固めたパンのようなものが補充される箱があった。補充するのはドグーラと同じ土人形だが、俺のことなど見えていないらしく黙々と仕事を続けている。
味は最悪だが固めたパンはかさばらないため、廃虚で見つけた袋に詰めて持ち歩くことにした。
休憩を挟んで力試しにドグーラと戦う。もちろん狙うのは一体のみだ。
初手合わせの時とは打って変わって、ファイアボルトの一撃に俺は耐えると溜めた一撃で易々ドグーラを粉砕することができた。
とはいえ、連戦は厳しい。耐えたといってもギリギリだ。
ドグーラと一戦するごとに、食事と給水と休憩を挟む必要があった。
オークが魔法に弱いというのは歴然で、レベルを上げても基本的には覆りがたい事実のようである。
ナビの忠告に従って、今回は無理な突破はせずに祭壇周辺の巡回型ドグーラの行動パターンを観察した。
二晩ほど巡回型ドグーラの動きの確認を行い、三日目の早朝の交代タイミングに、俺とナビは塔の前の広場を駆け抜けた。
ウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
交代で現れたドグーラの目から赤い光が四方八方に飛び、けたたましい警告音とともに、連中がダース単位でわらわらと集まってくる。
祭壇の上に乗った俺とナビに全方位から無数のファイアボルトが放たれた。
ナビを庇うように俺は仁王立ちして、一番最初に放たれたファイアボルトの一発受けた。あと二発も受ければ身体が動けなくなる。
「ナビ! 急げ!」
「行くよゼロ」
連中のファイアボルトが祭壇に群がった瞬間――
俺とナビの身体は光の粒子となって、足下に広がる魔法陣の中へと吸い込まれた。