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あー。岩窟亭の飯が恋しい。
身体は子供だが、今ならエルフの時よりも美味しく酒が楽しめる気がする。
おっぱい揉みたい。
そんなことばかり考えているからか、ヘレンが教えてくれる神学の授業が、頭にすんなりと入ってこなかった。
今日も食堂を兼ねた談話室で、彼女から礼法作法に祈りの言葉などなど、大切な教えを受けている。
「ゼロ君。私の胸に異常検知?」
「えっと……いつもヘレンお姉ちゃんは綺麗だなぁって、見とれちゃうんだよね僕」
「……恥ずかしい」
ポッと頬が赤らむ。事実を言ったまでだ。ガーネットのイイ女っぷりとも、シルフィの慎ましやかな愛らしさとも違う魅力を感じた。
ヘレンはまるで、透き通った水晶でできている。光が受肉したような存在だ。
なんて、しばらく聖典とにらめっこする生活が続いたせいか、詩的な感じになったが……整った顔つきも肉体も、すべてにおいて均衡がとれていた。
誰かの手でデザインされたような天使族の少女――
他の天使族とも一線を画す存在だが、普段のヘレンはローブのフードを目深にかぶり、眼鏡までして自身を偽装していた。
「ねえヘレンお姉ちゃん。僕、中級の白魔法が使えるようになりたいんだ。どうしたらいいのかなぁ。こうして聖典のお勉強をしてても強くなれないよ」
「……ゼロ君は強くなるのを希望?」
「うん! 強くなってヘレンお姉ちゃんを守ってあげるんだ」
「……非推奨。気持ちだけで充分」
「ええぇ、ダメなのヘレンお姉ちゃん? 二十階層にだって魔物はいるでしょ」
「……街を離れなければ問題なし」
白魔法強化の秘密については、なかなかガードが堅い。
方法を知っていてもヘレンには実行不能で、司祭でなければできないのだろうか?
白魔法の学習方法について、聖典にヒントは無かった。
椅子に座ったまま、足をプランプランと揺らして俺は口を尖らせる。
「街を出るようなお使いがあった時は、困るじゃん。僕はお姉ちゃんが心配だよ。時々、どこを探しても修道院にも大聖堂にもいないよね? ねえねえ、どこに行ってるの? もしかして、こっそり美味しいモノを食べに行ってたりして?」
「…………」
ちょっと踏み込みすぎたか。ヘレンの視線がかすかに険しくなった。
「ご、ごめんねヘレンお姉ちゃん。お姉ちゃんがそんなことするわけないよね」
「……肯定」
「ヘレンお姉ちゃんは忙しいんだよね。僕もヘレンお姉ちゃんのお仕事を手伝えるようになりたいなぁ」
「……ダメ」
否定ではなく、ダメ……と、彼女は口にしてうつむいた。
肯定、否定に主体性を感じないことが度々あったが、今のヘレンの言葉は彼女の感情が乗っている。
俺を巻き込みたくないという気持ちだ。
シスターヘレンの裏の顔は殺し屋で、直接手を下さなくとも封印地域に侵入した冒険者が、魔物の餌食になるまで監視するのが使命なのである。
そういえば彼女は姿を消す魔法も使えるんだよな。
集中したエルフの目にも映らない高度な隠蔽の術だ。あれも使えるようになったら、行ける場所が増えるぞ。
女湯とか女湯とか女湯とか。
いかん。ピュアな少年を演じる反動で、俺の中身がどんどんゲスさを増してるぞ。
オークの時はガーネットが積極的だったし、エルフの時もシルフィのおかげで発散できていたんだが……。
ヘレンは席を立つと、座ったままの俺を上からじっと見る。赤い瞳は先ほどから、ずっと揺らぎっぱなしだ。
「どしたのお姉ちゃん? 今日の勉強はおしまい?」
まあ、シルフィが教えてくれたというか、拷問のように椅子に身体を縛り付けられたかのような地獄の座学と比べれば、神学のそれは勉強というのがおこがましいレベルだけどな。
退屈さだけを比べれば、圧倒的に黒魔法より神学の方が上だ。
「……君の気持ちを尊重。中級の白魔法を教える」
「ほ、本当ッ!? やったぁ!」
普通に嬉しくなって、久しぶりに本音をストレートに口にできたぞ。
ぴょんっと椅子から跳ねるように降りると、ヘレンはそっと床に膝を着いて視線の高さを俺に合わせた。
「……条件あり。君が強くなりたいというのなら、力を貸す。けど……」
「けど、なぁに?」
「……これから君は幻影を見る。それを忘れること。そして……私を心配しないでほしい」
ゆっくりとヘレンの顔が俺に近づいてきた。
えっ! い、いきなりキスだなんて唐突すぎ……違った。
少女のおでこがぴたりと俺のおでことくっつく。熱がないか確認するような動作だ。
「……司教様と違って、こんなやり方でしか分けられないから……」
ガーネットが中級の白魔法を覚えた時は、祈りと洗礼だった気がする。
「……目を閉じて」
「う、うん……これでいい?」
言われたとおりにぎゅっと目を閉じた。
同時に暗転した視界に光が広がる。
幻影? おでこにはヘレンとふれ合っている感触があるのに、俺の目の前には……透明で巨大なガラス管がそびえ立っていた。
何かの液体で満たされたガラス管はその一つだけでなく、無数に並んでいる。
中に誰か入っていた。
見たことも無い“種族”の青年だ。
翼の無い天使族。耳の短いガッシリとしたエルフ。背の高いドワーフ。耳と尻尾をもたない獣人族。
不思議だ。いったい誰なんだろう。俺がその巨大なガラス管に手を伸ばそうとすると……そのガラスの表面に誰かが映り込んでいるのに気づいた。
ヘレンだ。じっとガラス管を見つめるヘレンの視線に俺は“なって”いる。
もしかしてこれは、彼女の記憶なのか?
「……同調継続。白魔法を複製……対象の深層心理に張付」
深層心理に同調だって!?
学ぶのではなく俺の中にヘレンが入りこんでくるのを感じた。
「……抵抗は無意味」
やばいんじゃないかコレ。離れようとしたが身体が……う、動かない。まるで指先の末端に至るまで、肉体の命令系統をヘレンに掌握されてしまったみたいだ。
まずい。ヘレンの記憶を垣間見るだけじゃ終わらないぞ。
意識の合一なんてされたら、俺がおっぱい揉みたいとか思ってたことがバレる。
じゃない!
俺の正体が……。
「……私がいる。君を……私は……排除……ッ!?」
突然拘束が解かれたように、俺の身体は自由を取り戻した。
目を開くと目の前で、ヘレンは右手で自分の側頭部を押さえるようにしてうずくまる。
「……理解……不能……ううッ……」
苦しげに息を吐くと、ヘレンの背中を覆う純白の翼が、インクを落としたように黒く染まり始めた。
「だ、大丈夫、ヘレンお姉ちゃん?」
これは苦しいな。俺の方が。ヘレンが俺の中の何を見たのか詳細なところまではわからないが、知らぬ存ぜぬで通せない時は……再生も覚悟した方がいいかもしれん。
教会に潜り込んで内情を探るという基本戦略は合っていたみたいだが、うかつに中級の白魔法を得ようとするのは危険みたいだな。
ヘレンはゆっくりと立ち上がる。その表情は今までないほど、苦悶に満ちた天使族らしからぬ、感情の発露したものだった。
見下すような赤い瞳に薄ぼんやりと魔法力の光が灯る。
死んだかな、俺。
名前:ゼロ
種族:中級天使
レベル:39
力:G(0)
知性:D(64)
信仰心:D+(65)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
白魔法:中級回復魔法 中程度の傷を癒やし、体力を回復する
中級治癒魔法 猛毒などの強力な状態異常を治療する
操眠魔法 対象を眠らせる&眠っている対象を目覚めさせる
精神浄化魔法 混乱状態やパニックになった精神を鎮める
火力支援 腕力を強化して武器による攻撃力を上げる
肉体硬化 肉体を硬化させ防御力を上げる
氷炎防壁 炎と氷から身を守る
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力。
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる。
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力




