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女子の「かわいい」と子供の「大好き」は信用ならない

 今日は早朝から教会が管理する葡萄畑で軽作業を行った。


 海辺の斜面に作られた畑に、ずらりと葡萄の木が並んでいる。醸造に適した品種で、そのまま食べても美味しくないらしい。


 葡萄は外の世界では、開花から数えて収穫まで百日程度かかるのだが、ヘレンいわく一ヶ月で実が熟すのだそうだ。


 最果ての街の葡萄酒は品質が高く、土産物として人気らしい。


 と、まあそういった話を、手を動かしながらもヘレンは淡々と聞かせてくれた。


「……この畑では白葡萄酒用の品種を栽培。果実の色は白」


 長い銀髪を後ろで結いまとめ、ローブではなく畑仕事用の作業着姿でヘレンは中腰になる。彼女の長い指が、そっと朝露に濡れる緑の葉をめくった。手のひらほどの大きさの葉の裏で、薄緑がかった白い粒が房になっている。


 まだ小ぶりだが、十日もすれば収穫可能になるらしい。


「へー。ちっちゃいいねー。まだまだ赤ちゃん葡萄なんだね」


 我ながらピュアボーイのフリが板についてきたと思う。


 と、ヘレンは唐突に俺の腋の下に手を射し込んで、身体を掴むとぐいっと持ち上げた。


「ちょ、おま……わああああ! 急にどうしたのヘレンお姉ちゃん!?」


 いきなりすぎて、ちょっと素が出そうになったぞ。


 彼女は俺を高い高いした。視線が上がって丘の向こうの海まで見える。


「……海際の畑は赤葡萄酒用の品種を栽培。果実の色は黒」


「そ、そうなんだぁ。すごいなー。ありがとねヘレンお姉ちゃん」


「…………」


 黙り込んだまま、ゆっくりと俺の身体を地面に下ろして、ヘレンは作業を続けた。


 彼女にならい、しばらく俺も真面目に草むしりをする。


 封印地域の監視や先進的なエルフを排除するイメージが強かっただけに、雑用を黙々とこなすのが意外だ。これも“命令”に従っているだけかもしれないが、喪服のような黒いドレス姿で巨大な魔物を一撃のもと葬り去ったヘレンと、土にまみれて額にうっすら汗を掻く彼女が同一人物とは思えないくらいだ。


 彼女を印象づける黒翼も白く偽装され、素顔も伊達眼鏡で覆い隠されていた。


 入れて見るか? 探り。


「葡萄にも白と黒があるんだねヘレンお姉ちゃん?」


「……?」


 俺の言葉に彼女は草むしりの手を止める。細い銀縁の眼鏡の奥で、赤い瞳が揺らいだ。


「どーしたのお姉ちゃん?」


「……魔法と同じ?」


「あ! うん! そうそう! 魔法にも白と黒があるんだよね?」


「……肯定」


「お姉ちゃんは魔法使える?」


「……肯定」


「どんな魔法が使えるの?」


「……白魔法……中級全般」


 どころか、エルフの黒魔導士を越える雷撃を放っただろうに。と、ツッコミたい気持ちを抑えて、俺は彼女を見上げた。


「わあぁ! ヘレンお姉ちゃんすごいなぁ。僕は初級の回復魔法しか使えないや」


「……防御や治癒の魔法は?」


 いわゆる回復系は傷を塞ぎ体力を戻す魔法で、治癒は毒や麻痺の治療を行う魔法だ。


 一応、治癒魔法も使ったことがないだけで、初級治癒なら使えそうだが、ぶっちゃけ最果ての街にたどり着くまで“状態異常”はすべて、前々オークの超回復力で対応できていた。


 防御魔法に関してはいわずもがな。られる前にるのが黒魔導士の流儀だ。


「うーん、防御も治癒も、使ったことないんだ。できるかわかんないや。誰か上手い人に教えてもらいたいんだけどなー」


 チラッチラっと様子見の観測気球をあげてみたのだが――


「……そう」


 再びヘレンは草むしりに没頭し始めた。会話が終わっちまったぞ。


 除草が終わると、彼女は白い果実を一房ずつ確認しては、いくつかの実を取り除いていた。


「ねえねえ、何してるのヘレンお姉ちゃん?」


「……傷んでいる実や病気の気配のある実を排除。そうすることで全体を守るのが使命」


 どこかで耳にしたフレーズだ。


 俺もシルフィもヘレンの手で、傷んだ果実のように命を摘み取られた。


「へー。そうやってみんなを守るんだね」


「……みんな?」


 またヘレンの手が止まった。しゃがんだままじっと俺を見る。


「あ! ちょっと間違えちゃったかも。みんなって言い方だと、僕も葡萄の仲間ってことになっちゃうよね。ぎゅーって絞られるのは嫌だよぉ」


「……肯定。貴方は天使族であって、葡萄ではない」


 ちょっとズレたところはナビとも似てるな。


 そんなナビはといえば、どこからか舞い込んだ蝶を追いかけて、俺の目の届く範囲内で葡萄畑をぐるぐるピョンピョンと跳び回っていた。




 天球の光量が穏やかにあがり、だんだんと早朝から朝になっていく。


 作業が一区切りついたところで、俺はヘレンに訊く。


「僕ね、仕事と日々の糧を与えてくださった司祭様やヘレンお姉ちゃんのために、何か恩返しがしたいんだ」


「……?」


 ヘレンは銀髪を揺らして不思議そうに首を傾げる。仕草だけみれば、表情こそ淡々としているものの、どこにでもいそうな普通の少女だ。


「誰が迎えに来ても、僕はずっとここにいたいんだ。もっともっとたくさん仕事を覚えて、ヘレンお姉ちゃんのお手伝いしたい……けど、だめかな?」


「……なぜ?」


 いつも通り「肯定」と受け入れてはくれなかった。かといって、俺を警戒しているようでもない。純粋に疑問なのだろう。


「決まってるじゃん! そんなの……ヘレンお姉ちゃんが大好きだからだよ!」


 子供って怖い。こんなセリフを平気でぶつけられるのだから。


 いくつも言葉を尽くさず、同じ時を長く一緒にいなくても最短ルートで相手の懐に飛び込めてしまう。


 それが子供の特権だ。


「…………」


 みるまにヘレンの顔が真っ赤になった。頭から湯気でも上げそうな勢いだ。


 三種族目となった天使族――少女と見まごうばかりの少年の姿は、圧倒的な威力を誇る。魅力を磨いたら、きっと男だろうがとりこにしちまいかねない。


 十階層――蒼穹の森にある幻影湖で、波の立たない湖面に映った自分の姿を見て、俺自身が「男の子でもいいや」と、思ってしまうくらいの美少年っぷりだ。


 だとすると、うかつに魅力は上げられん。常闇街でオークのオッサンに誘拐されて調教なんてハメになったら……って、何を考えてるんだ俺は。


 いやまあでも! 怖いから! 常闇街には行かないぞ! うん。


 なんてことを俺が考えている間も、ヘレンは呼吸を乱しながら、その困惑の度合いをますます深めていた。


「……私のこと……好き?」


「うん! 美人だし物知りだし親切だし、近くにいると、とっても良い匂いがするんだもの」


「…………」


 うつむいてヘレンは膝のあたりをモジモジとすりあわせる。


「どうしたのヘレンお姉ちゃん? 顔が真っ赤だし、なんだか苦しそうだよ? 僕が回復魔法をしてあげよっか?」


「……自己診断モード……状態異常検知されず。問題無し」


「本当に大丈夫?」


「……心配してくれて……ありがとう」


 かすかに笑みを漏らすと、ヘレンは小さくうなずいた。


「……これからは貴方の呼称を……その……ゼロ君と呼んでも?」


「うん! 貴方よりそっちの方がいいかも!」


「……了解したゼロ君。君の要望については司祭様に私からも伝達。見習いではなく正式な修道士になれるよう協力する」


 前世エルフの俺を殺した時も、ヘレンの感情はかすかに……だが、確実に動いた。


 いつも表情が一定なだけに、ほんの小さな変化が大きく目立つ。


 天使族に感情がないのではない。彼ら彼女らは訓練によって感情の発露はつろを抑えているんだ。


 種族全体が成熟した大人とでもいいたげだな。


 ええい、かまうもんか。子供の俺はノビノビと笑顔いっぱいで返す。


「わああい! やったー! ありがとねヘレンお姉ちゃん! 僕、いっぱいいっぱいがんばるからね!」


「…………」


 戸惑いながらもヘレンはうんうんと二度、首を縦に振って見せた。


 白魔法の秘密を曝くのに、また一歩前進だな。

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