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見た目は子供、頭脳は大人。その名は……

 記憶すら無い俺が明確な意志を持ったのは、いつからだろう。


 ナビ以外の誰かと会うまでは、どうして自分が生きているのかもわからなかった。


 ただ、前に進めるから進んだ。ナビの言葉以外に、俺を方向付けるものなんて何も無かったんだ。


 今は違う。


 俺は自分の意志で最果ての街に戻ってきた。


 やり残したことが山積みだ。


 膝下でナビが尻尾をピーンと立てて、ナビが俺の足に顔をスリスリさせながら言う。


「ようやく最果ての街にたどり着いたね」


 崖の先端に立ち、眼下に広がる街を見つめた。


 朝の訪れを告げる鐘の音が教会の鐘楼から響き渡る。


 かいつまんで言えば、もはやレベル上げなど些細な事だった。


 威力も落ちたし杖も手甲も無いので、改編魔法の精度は低いものの、道中出くわす魔物はどれも相手にならない。


 最も効率良く稼げる相手を“狩り”つつ、一日一階層のペースでたどり着いた。十五階層は素通りなので、十日と掛からなかった。


 青い猫は目を細める。


「さっそく目抜き通りに行ってみよう。冒険者がたくさんいるよ」


「うーん、それもいいけど、あの高い建物なにかな?」


「あれは教会の大聖堂だね。キミと同じ天使族を中心とした信徒たちがいるよ」


「わあ! じゃあ、僕も入信した方がいいのかな?」


「そうだね。同族ならきっとキミを温かく迎えてくれるよ」


 子供らしいしゃべり方もだんだんと板についてきた。


 旅の最中、ナビとのお喋りでこなれたのは思わぬ幸運だったな。


 さてと、この外見でどこまで大人の天使族をだませるか……失敗すればここまで同じ手法で戻ればいいのだし、まずは大聖堂で司教に直接ぶちかますとしよう。


 ナビを引き連れた丘を降りると、途中で道を少し外れて森に向かった。そこで少しだけようを足す。


「穴なんて掘ってなにをしてるんだいゼロ?」


「ちょっとね。街で襲われた時のためだよ」




 森で準備を済ませて街道に戻ると、街はもう目と鼻の先だった。


 到着するなり目抜き通りを避けて、あえて裏路地を選んで進む。


 ガーネットとシルフィには出逢わなかった。




 朝のすがすがしい空気が大聖堂の静謐せいひつに満ちる。


 射し込む日射しがステンドグラスを、色とりどりに響かせた。この世に天の世界を再現したような光景だ。


 なぜか俺には、巨大な神兵が守る真理に通じる門の門前の広場と、光景がダブって見えた。


 朝から信徒たちが何人か、膝を折って手を組み祈りを捧げている。


 俺は一番奥の壇上で、その祈りを受け止めるように立つ天使族の青年の元へと歩み出た。


「おや、地下迷宮世界で貴方のような方は珍しいですね」


 巨大な十字架のモニュメントを背にして、司祭は俺を見るなり片方の眉を小さく上げた。


 この世界で子供は珍しい。親子連れで迷宮に挑む者など、よっぽど変わり者か地上に居場所をなくした逃亡者だ。


 新たに子供を授かることもないため、俺くらいの外見年齢は一目で“訳あり”と、察しの良いヤツなら思うだろう。


 そしてこの司祭は、恐らく表と裏の顔を使い分ける頭の良い男だ。


 俺は少年を演じた。


「あ、あのぉ司祭様。僕……どうしてここにいるのかわかんないんです」


 隣でナビが「キミは真理に通じる門を探すために、この街にやってきたんだよ」とアドバイスをした。相変わらず空気を読まないな。


 司祭は壇上から降りると膝をついて視線を俺の高さに合わせた。


「詳しくお聞かせください。救いを求めて教会を訪れたのなら、私には貴方の言葉に耳を傾ける義務があります」


 助けてくれるとは言わないんだな。まあいいさ。こっちも最初から助けてもらおうなんて気はさらさら無い。


 あわよくばぶっ潰してやるつもりだ。


 目を見開いて涙目になりながら、精一杯の媚態びたいで俺は言う。女の子と見まごう外見だから、男女問わずこの顔は“効く”はずだ。


「記憶が無いんです。途中まで、もしかしたら誰かと一緒に来たのかもしれないけど……思い出せなくて。変な祭壇に」


「紅玉のペンダントはお持ちのようですから、貴方が冒険者であることは間違い無さそうですが……」


 認識が歪んでいるのも変わらず、ナビは俺にしか認知できず、他の者は俺がステータストーンを生み、戦利品を収集する紅玉のペンダントを装着しているように見えるらしい。


「ぼ、冒険者ってなんですか? 僕、怖かったんです。覚えてないけど……すごく怖くて」


「それは大変でしたね。魔物に襲われて本当に怖い思いをしたのでしょう。記憶の欠落は、その恐怖を忘れようとして起こったのかもしれませんね」


 よっしゃー! 計画通り。察しの良い奴は自分の頭の良さを無自覚に誇るからな。


 俺に好都合な解釈をしてくれてありがとう。勝手に推測してろ。


 柔和な口振りのまま司祭は続けた。


「もう安全ですから。街の中では危険な種族とも共存しています。貴方が誰かに危害を加えない限り、命を落とすようなことはありません」


 嘘つけやああああああああ! シルフィの雷撃魔法は彼女の過剰ながらも正当防衛だが、お前んとこの暗殺者ヒットマンに殺されたんだぞ!


 街の発展に寄与した結果がアレかよ。


 と、怒りを覚えつつも顔はあくまで怯えたまま、俺は恐る恐る訊く。


「あ、あの……僕、行くところがなくて。お金もないから……お腹もペコペコで……」


 恥ずかしそうに下を向くと司祭は小さくうなずいた。


「葡萄酒は貴方には早すぎますが、スープとパンでしたら用意させましょう」


「ありがとうございます! 優しい司祭様!」


「貴方は天使族としては感情表現が豊かですね。きっと恐怖を覚えた時に、他の感情も抑制が効かなくなったのかもしれません。それにまだ子供ですから、感情を制御する術が身についていないのかもしれません。となると聖都の出身ではないかもしれませんね」


「……?」


 首を傾げると司祭は小さく息吐いた。


「故郷がどこかわかりますか?」


「ごめんなさい。わからないです」


 わざと甘ったるい声を出すと司祭はそっと首を左右に振った。


「問題ありませんよ。しかし困りましたね。護衛をつけて地上に送り届けようにも、故郷がわからなければ連れて行きようもありませんし」


 記憶喪失設定がドンピシャではまりっぱなしだな。


「僕、これからどうしたらいいんですか司祭様?」


 まさか幼気いたいけなガキから金銭巻き上げようとか言わないだろうな。


「そうですね。ここに来るまでに貴方は魔物と戦いましたか?」


「覚えてないんです」


「その紅玉は討伐した魔物から得た戦利品を収納することができます。中身を出してみてはくれませんか?」


 戦利品は見る者が見れば、どの程度の力量か一目瞭然だ。


 不自然な……白魔法しか使えないはずの俺が持っているわけがないものが、一つでもあれば疑念を持たれる、いわば身体検査だった。

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