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黒き天使は黙して祈る

 月明かりの無い夜だった。


 気づけば新月だったらしい。岩窟亭の前で見上げた地下世界の天井は、薄ぼんやりとした光すらなく真っ暗だ。


 魔力灯の街路灯がじんわりと導くように、街のあちこちに灯っていた。


 すっかりできあがったガーネットが、俺とシルフィに背中を向けて手を振る。


「んじゃあ明日な! 待ってるぜ!」


「おう! おやすみガーネット!」


「おやすみなさいッス! げぷ……」


 小さなゲップを出してシルフィは苦しげだ。


「ちょっと無理して食べ過ぎたみたいだな」


「お、おっぱい大きくなるっていうからぁ……がんばって乳製品も食べたんスよ」


「シルフィはシルフィのままでいいんだって。辛いようなら背負っていこうか?」


 装備はガーネットの家に預けっぱなしで、背中はまるっと空いている。彼女一人背負っていくくらい、すっかり慣れっこだ。


「うぷ……ちょっと腹ごなしに歩くッス」


 シルフィはそっと俺の左手をとった。手を繋いで夜道を並んで歩く。


 こんな時間だけあって、当然人通りなど皆無だった。


 街は眠りについていた。息を潜めるように風さえも通らず、まるで大深雪山の雪が積もった平原のような静けさだ。


 ほんのりと上気した顔のシルフィの、小さな手はかすかに汗ばんでいた。


「明日、装備を受け取ったらどうするッスか?」


「そうだな……ガーネットも三人で探そうって言ってくれてるし……手伝ってもらうお願いをしよう」


「それはいいッスね。姐御と三人で冒険できるのは、ぼくも楽しいッス。守ってもらってばっかりだけど……ああ、探し物が見つかったら、今度はぼくが姐御を守るッスよ!」


 最強魔法。それさえあれば、たとえ世界を隔てる門の守り手だろうと撃ち抜けるに違いない。ナビも「遠回りに見えた道が、案外正解への近道かもしれないからね」と、最強魔法探しに好意的だ。


 しばらく夜の街を行くと――


「あれ? 魔力灯が消えちゃったッス」


 魔法力を切らしたのか、道を照らす街路灯がパッと消えた。


 どこからか羽音がバサリと降り立つ。


 薄暗さに目が慣れると、俺とシルフィの前に銀髪の少女が降りたった。


 背中の翼は暗闇に溶けて消えてしまっている。


 赤い瞳に魔法力が灯っているのか、ほのかに“ぼうっ”っと光って見えた。


「あっ! あなたはボクらを助けてくれた……」


 シルフィが驚きの声を上げた。そういえば、彼女は――天より舞い降りた天使族シロガネは、ヘカトンケイルから俺とシルフィを救って以降、エルフの少女の前には現れていないらしい。


「ずっとお礼が言いたかったんスよ! 今日はラッキーッスねゼロさん」


 シロガネの手には白い槍が握られていた。


 背筋に冷たいものが走る。嫌な予感がした。だが、シルフィは異変に気づかない。


 俺は身構える。が、今日に限って武器が……杭打式杖パイルバンカースタッフ改も魔導式手甲ガントレット無い。


 いや、無いからこそこのタイミングで現れたのかもしれない。


 シルフィは首を傾げる。


「えっと、お名前はなんて言うんスか? ぼくはシルフィーネ・カライテン。こっちのイケメンはカレシのゼロさんッス。こう見えても、ぼくらけっこう有名なんスよ」


「…………命令により排除」


 槍の切っ先がまっすぐにシルフィの喉元に向かった。とっさに魔法を左手でぶっ放す。


中級氷撃魔法アイス・ストーム氷柱壁シャッターッ!!」


 氷壁を二人の間合いの中点に展開した。道全体を埋め尽くすように氷壁が生まれる。


 突き出した槍が当たる寸前のところで、切っ先ごと氷壁に取り込まれて固まった。


 シルフィはその勢いに気圧されて、ぺたんと尻餅をつく。


「へッ? な、なんで? ぼくらのこと……助けてくれたのに……」


「逃げるぞシルフィ!」


 どこへ? ギルド本部か? いや、武器が先だ! 迷惑は承知でガーネットに助けを求めるしかない。


 シルフィの腕を引き上げて俺は走る。


「は、早すぎるッス!」


 相手は空を飛ぶことができた。氷壁を飛び越えて俺たちの前に回り込むと、今度は退路が無い。


 槍は手にしていない……か。


「それなら条件は同じだな……シロガネ。いったい誰の差し金だ?」


「……秘密漏洩を避けるため解答不能」


 概ね秘密主義の教会の連中だろう。


 だが、なぜシルフィを狙ったんだ? 一度は俺たちを助けてくれたのに。


 あれは彼女の意志であって、彼女を動かす者の意志ではなかったのかもしれない。


「シルフィ……下がってろ」


「そ、そうはいかないッスよ! いきなり攻撃してくるなんて良い度胸ッスね。この街での掟は一つ。自分の身は自分で守る……あ、あれ!?」


 杖が無いことに今になって気づいたらしい。シルフィは俺と違って魔法を改編アレンジできない。杖が無ければただの女の子だ。


 俺は左右の手に魔法力を込める。シロガネは強力な攻撃魔法の使い手でもあった。右手はシルフィに照準を合わせて、魔法障壁マジルシドを用意する。


 左手は反撃の魔法だ。


 街への被害も考えると、自然と氷撃を選択していた。


 瞬間――


 シロガネが何か魔法の文言を口にすると、黒い風が通り抜けた。


 とっさにシルフィに魔法障壁マジルシドを展開する。


 が、黒い風は俺の身体を通り抜けるだけだった。


 攻撃魔法ではないのか? 毒や麻痺といった状態異常でもない。


「大丈夫かシルフィ?」


 前を向いたままシロガネに注意を払いつつ訊くが、返事は無かった。


 魔法障壁マジルシドが破られた感触もない。




 ドサリ……




 音を立てて何かが倒れた。他に誰も居ない。となれば考えられるのは――


 胸騒ぎが俺を振り向かせる。


 そこには……シルフィがうつ伏せになって倒れていた。


「シルフィ? お、おい! シルフィ!」


 頭の中が真っ白になった。シロガネに背を晒すこともいとわず、俺は彼女の身体を抱き上げる。


 冷たい。まるで石のようだ。


 あの黒い風を俺は知っている。あれは三年後、この世界を覆い尽くす禍々しい闇と同じ匂いを運んできた。


 避けようのない、逆らいようのない……死の匂い。


 シルフィは目を閉じたままだ。


 鼓動もない。熱もない。吐息もない。たった一片の別れの言葉すらも……。


 ない……ない……ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないうわああああああああああああああああああああああああああああああああッ!




「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」




 抱きしめてもくすぐったそうな素振りすら見せず、シルフィの首はだらりと下がったままだった。


 ナビが声を上げる。


「逃げてゼロ! キミ独りでは勝てる相手じゃないよ」


 シルフィを置いてどこに逃げろっていうんだ。


 俺は一瞬で体温を失い冷たくなった少女の身体をギュッと抱きながら、黒翼の天使族を見据えた。


 眉一つ動かさず、彼女はゆったりとした足取りで俺の前に立つ。


「……命令により排除」


「待てよ……なあ、何が気にくわなかったんだ? どうして助けた俺たちを殺す? 誰がその命令をお前に出したんだシロガネ!」


「……秘密保持のため解答不能」


 俺は笑っていた。


「ハハッ……そんなこと言うなよ……。なあ、もしかしてリチマーンを消したのはお前か?」


「……解答不能」


「いいじゃないか? 意地悪しなくてもさ。エルフの失踪に絡んでるのもお前なんだろ?」


「……解答不能」


「秘密保持のためってか? 俺を殺すんだから話してくれてもいいだろ」


「…………」


 俺の周囲を駆け回ってナビが「逃げてゼロ! 逃げてゼロ! キミがいなくなったら誰が真理に通じる門を開くのさ!」と、けたたましく叫び続けていた。


「なあ……教えてくれよシロガネ?」


「……疑問。どうして私に名前を?」


「呼びやすいだろ。お前やあんたじゃ誰の事だかわからんからな。それより答えろシロガネ! こいつは誰の差し金だッ!!」


「……教会は世界の維持を目的としている。発展をもたらす存在は平和を乱す危険とみなす」


「だから封印地域なんてものを作ってたのか? 何かあるんだな……たとえば……最強魔法とか」


「……肯定。エルフは知的好奇心が高い種族。封印地域に足を踏み入れ、死ぬまでを見届けるのが私の使命」


「じゃあなんで俺とシルフィを一度は助けたんだよ?」


「……封印地域外では救うのが使命」


「ここは違うだろ! 街のど真ん中だ! 封印地域でもなんでもねぇ!」


「……命令は絶対」


「警告も無しかよ!」


「……充分に……した……つもり」


 抑揚の無い声がかすかに震えた。


 警告はした……か。俺が独りの時に、彼女はさんざんしてきた。が、こんな結果を招くなんて俺は知らなかったんだ。


「あんなんで伝わるかよ……ったく」


 俺は攻撃のための魔法力もすでに解いている。今、ここでシロガネとやり合っても意味が無いからだ。


「……貴方を殺す」


「ああ、そうなるだろうな。さっきの黒い風も魔法か? あれで俺も殺すのか?」


「……肯定。白魔法は生と死すらも操る。今のは死の魔法。苦しみはなく、自分が死んだことにも気づかない」


 それがせめてもの慰めと言わんばかりだ。


 怒りはすでに通り越していた。


「じゃあ生き返らせることもできるんだな?」


「……蘇生の魔法は封じられている」


 黒天使は何か文言を祈りのように呟き始めた。再び黒い風がつむじを巻く。


「なあ、最期さいごに訊かせてくれよ。お前の……本当の名前を。あるんだろ?」


「……シスターヘレンと呼ばれている。さようならゼロ」


 今はそれだけで充分だ。


 俺はシルフィを胸に抱いたまま笑顔で告げる。


「必ずお前を見つけ出す。シスターヘレン。何度死んでも……何回痛めつけられても……絶対にッ!!」


 目の前を黒い風が吹き抜けて、世界は闇に飲まれた。


「ゼロ! しっかりしてよゼロッ!! ゼロおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 ナビの声がかすかに聞こえた気がする。


 ああ、久しぶりだなこの感覚は。




 ――トライ・リ・トライ――



名前:????

種族:unknown

レベル:0

力:????

知性:????

信仰心:????

敏捷性:????

魅力:????

運:????

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