氷炎の覇者
足りなかった腕力は、シルフィとガーネットの二人と一緒に封印地域以外の魔物を相手にしてあげることにした。独りでは太刀打ちできない敵でも、三人で連携すればなんとかなってしまうものだ。
杭打式杖改も扱えるようになった。改良による基本性能の向上に加えて、相談数も6から8に増えている。さらに、自動装填機構が組み込まれ、連射可能になったのだが、瞬時に全弾を叩き込むこの技は、今の俺の腕力では制御できない禁断の奥の手だ。
氷塊石から製錬した氷結晶はガーネット特注の防具に宝飾品のようにちりばめられた。
制御の錬金術式はシルフィが手がけ、前世の頃よりも高性能だ。
俺とシルフィは機動性を重視して、耐熱マントに錬金強化で重量を軽減した聖白金の軽鎧を着込んだ。
通常ならエルフの身では重くて動きづらいのだが、防御力はそのままに重量を軽銀鋼と同程度まで軽くしてある。
超一流の鍛冶職人と錬金職人に依頼した場合、胸当て一つで二千万メイズはくだらない逸品と言えるな。
装備も準備も余念無し。俺たちは意を決して火炎鉱山の最下層までたどり着く。
緊張はしていなかった。シルフィもガーネットも初対決に胸の鼓動が早まっているようだが、俺の心臓は普段通りのリズムを刻む。
勝利の自信しか無かった。それが確信に変わるまで間もなくだ。
マグマの泉の中心に浮かぶ小島。そこにまっすぐ橋のように伸びた道を進み、炎竜王アグニールの庭に足を踏み入れる。都合三度目だ。
「手はず通り、一気に行くぞ!」
「はいッス!」
「あいよ~っと」
来客に気づいて、猫のように丸めていた巨体を炎竜王が背中の翼を広げる前に、俺とシルフィは魔法を共鳴させる。
「「鈍重魔法!!」」
アグニールの動きが水の中に没したように、ゆったりと緩慢になった。
共鳴の効果で敵の動きは二分の一の速度になる。
炎竜王からすれば、俺たちは倍速で動いて見えるという寸法だ。
後方からガーネットの魔法が飛ぶ。
「火力支援!」
俺の腕力が魔法で一時的に強化され、杭打式杖改はさらに軽く扱いやすくなる。
本来なら熱気で走れば五秒と持たず息が上がるはずが、氷結晶の効果で爽やかな高原にでもいるような快適さだ。
戦いを長引かせるつもりはない。
ガーネットとシルフィが力を合わせた時点で、もはや勝負はついているのだから。
奥の手を最初から使うのも、想定内だ。
正面から突っ込んでいって、俺は炎竜王の頭の真下に滑り込んだ。
グルゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
ゆっくりと首を上げながらスローモーションがかった声を上げる炎竜王。
情けないやつめ。その顎のめがけて俺は下で杖を掲げて待機した。
同時にシルフィの魔法が炸裂する。
「上級氷撃魔法ッ!!」
熱風吹き荒れる炎熱地獄に静寂の絶対零度が沈黙を奏でる。
ガキンッ! と、頭部が氷漬けになり炎竜王は手足をばたつかせた。
同時に巨大な頭が重力に引かれて俺の頭上に落ちてくる。
腰を落とし槍で天を衝くように、杭打式杖改を全力連射する。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
両手で支えても激しく振動する杖の砲身は今にもブレそうだ。
さらにガーネットの魔法が俺の身体を強化した。
「ほらガンバリな! 肉体硬化だよ!」
氷の棺に収まった竜の頭部に隕石鋼の杭が突き刺さった。
バリンッ! と炎竜王を覆っていた氷が砕け散る。
俺に金属のシャフトを打ち込まれたまま、あごひげを撫でるように炎竜王は前足を薙いだ。
動きは緩慢だが俺は杖から手を離せない。
「やらせないってーの!」
赤い髪を揺らして盾を構えた女鍛冶職人が、炎竜王の爪と俺の間に割り込み――弾く!
ガーネットは一撃を受けて転がったが、盾は軽く表面に傷が付いた程度で彼女自身も素早く立ち上がる余裕を見せた。
シルフィは俺のタイミングで魔法を放つため、じっと“その時”を待っている。
顎下に刺さった小骨のような杖の先端など、本来なら炎竜王は意に介する傷ではないのだろう。
無視してシルフィめがけ、その顎を開き、火炎を吐きかけようとした巨竜。
いかにエルフの少女の装備が強化されていても、障壁や防壁の魔法抜きでは直撃が死に直結する威力だ。
だが、それを俺もシルフィも待っていた。
「「中級氷撃魔法ッ!!」」
炎竜王の炎が放たれる寸前――そのわずかな瞬間を逃さず、シルフィは正面から再び、炎竜王の口の中……体内めがけて氷撃魔法を放った。
そして、俺も沸騰する竜の血肉に直接流し込む。熱を奪い内部から魂までも凍らせる、とっておきの氷結魔法だ。
グルギャラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
威嚇の咆吼ではなく、悲痛な叫びを上げて王の赤熱した赤い鱗に霜が降りた。
口から放たれるはずだった炎は氷の中に閉じ込められ、さらに竜の全身を衝撃と冷血が駆け巡る。
シルフィはその場に膝を着いた。この一撃に全魔法力を出し切ったのだ。
仕上げは俺の仕事だな。
左手の魔導式手甲で杖をぎゅっと握りこみ、空になったカートリッジを交換して、一発ずつ打ち込む。
「上級氷撃魔法」「上級氷撃魔法」「上級氷撃魔法」「上級氷撃魔法」「上級氷撃魔法」「上級氷撃魔法」
最後にもう一度、ゆっくり呼吸を整えてから両手で杭打式杖改握って、唱える。
「槍術式上級氷撃魔法ッ!!」
俺の杖から発した超巨大な氷の刃が竜の頭を半分に切り分け、振り下ろすと全身を一刀のもとに両断した。
炎竜王アグニールは赤い光の粒子の雨を降らせる。
ナビが楽しげにそれを額の紅玉に集める中、虹色の種火と赤い鍵が生まれた。
俺は赤い鍵をそっと手にする。
三度目だ。氷神ヴァナルガンドの鍵と合わせて二つ。
まだ他にも鍵はあるのかもしれないが、確実にわかっているのはこの赤い鍵と鍛冶職人街にある祭壇が連動して、新月の夜にだけ次の階層――心理に通じる門への道を開くということだけだ。
氷の槍は炎竜王の肉体とともに消え去り、ガーネットがやってきた。
「この種火はお前にしか扱えないだろ」
「え? い、いいのかい? これって虹色の炎の……最高クラスの種火さね?」
目を白黒させる彼女に俺は無言で頷いた。ここまで装備を作ってもらったお礼にしたって、種火一つじゃ足りないだろう。
「んじゃ、遠慮無く使わせてもらうよ。にしてもさぁ……アンタすごいわやっぱり。けど、アタイの改良した杖だって、良い仕事してただろ?」
火力支援が切れたらしく、ずっしりと杖は重さを取り戻した。
「ああ。ガーネット抜きじゃ攻略は不可能だよ」
「まさかエルフのアンタたちと共闘できるとも思って無かったけどさ、ついにやったんだね……アタイら」
主を失った小島の先で、マグマの海が割れて道が生まれた。俺は指差してガーネットに告げる。
「あの先にあるんじゃないか。神代鋼の元になる鉱石ってのがさ」
「おおぉ……いかにもって感じだねぇ」
ガーネットはうずうずしていた。すぐにも向こう岸に渡って調べたいようだ。
「行ってきなって。シルフィも俺もすぐに行くから」
「悪いね! んじゃあひとっ走り見てくるよ!」
足取り軽くガーネットは向こう側に向かった。
振り返り、俺はシルフィの元へと歩み寄る。彼女はまだ地面に膝を着いたまま、肩で息をしていた。
「ハァ……ハァ……なんだか……本当に……やばいッス……」
「やばいって……まさか氷結晶の装備が故障したのか?」
「そうじゃないッス……冷却はバッチリッスよ。ちょっと立たせて欲しいッス」
手を差し伸べるとエルフの少女の小さな手が応じる。握って引っ張り上げた。
「よいせっ……と。フゥ……氷神に続いて炎竜王なんて、ボクらもしかして最強なんじゃないッスか?」
「いや、まだまだだろ。何せ俺もシルフィも最強魔法を手にしてないんだから」
遠く渡った向こう岸に視線を向ければ、ガーネットが赤い髪を揺らして満面の笑みで手を振った。
「おおおおおーーーーい! あった! あったよマジで神鉱石! しかも掘りきれないくらいだよおぉ! こりゃあ三人で山分けしても一人一億なんて目じゃないね! さっきの種火があればなんだって作れそうだよ! 愛してるよー! 二人ともッ!」
投げキッスまでするガーネットに俺も手を振って返す。
以前とは違うカタチになったが、赤毛の鍛冶職人から信頼と情熱が込められた愛を、俺は受け取った。
加工賃だのなんだのを差し引いても、俺とシルフィの負債が帳消しになって余り有る価値がある。
これでガーネットの夢――神代鋼の装備を作るという願望は成就するだろう。
次はシルフィの番だな。ただ、最強魔法の手がかりは相変わらず見つからず、探そうとすると教会の封印地域にぶつかってしまうのだけが、問題だった。
名前:ゼロ
種族:エルダーエルフ・アレンジャー
レベル:98
力:C(65)
知性:A(99)
信仰心:G(0)
敏捷性:A(99)
魅力:B(82)
運:G(0)
装備:杭打式杖改 レア度S+ 魔法力128 攻撃力256 装填数8 予備カートリッジ2
魔導式手甲 レア度A 魔法力112 防御力45
火炎鉱山用上級装備一式
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
種族固有能力:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる
恋人:シルフィ
仲間:ガーネット
称号:氷炎の覇者
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
????: 左右両手で別の魔法を繰り出す能力