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何者でもない存在によってエルフ少女は孤独から癒やされる

 ガーネットとシルフィが装備を完成させた。


 杭打式杖パイルバンカースタッフは炸薬の強化に合わせて剛性が高められ、以前より一割ほどの重量増だ。性能は三倍を保証するとガーネットは笑って見せた。


 手にしてみて、グリップなど軽く調整してもらうと、今日は女鍛冶職人の工房に預けることにする。


 何せもっと大切なものを持ち帰らなければならなかった。


 シルフィはといえば、連日徹夜続きで風呂もろくに入っていなかったらしい。


 ボサボサの髪に目の隈もひどい有様だった。


「ふえぇ……ゼロさんの背中温かいなぁ」


 歩くのもままならない彼女を背負って、俺はガーネットの家から錬金術士街を目指して歩く。


 街は夕暮れだ。天球は赤く燃え、民家のそこかしこから食事時特有の匂いが漂った。


 目抜き通りの人混みを避けて裏道を行くと、ほとんど通行人もなく二人きりだ。


「眠ってもいいんだぞ?」


「も、もったいないッスよ。しばらくゼロさんを我慢してきたんスから。首筋の匂いを堪能するッス」


 はふはふすんすんと、彼女は息づかいを荒くした。


 変態っぽいぞ。まったく。


 まあ、がんばったのだから好きにさせよう。


「ハァ……ハァ……ゼロさんだぁ。ホッとするッス。まさかボクと離ればなれの間に、他の女にうつつを抜かしてないッスよね?」


 うつつを抜かした覚えはないが、つきまとわれてはいたな。


「心配するのも仕方ないよな。俺はイケメンだから」


「そ、そそそそうッスよ! ゼロさんは自覚がなさ過ぎッス。金髪ロン毛ストレートの美形男子エルフで、黒魔法の達人なうえに記憶喪失のミステリアスさ。たまらないッス!」


「そういうもんかね」


 足取りはゆったりだ。シルフィの体温がじわっと伝わってきて、俺のそれと混ざり合い心臓の鼓動まで同じリズムを刻みだすような、不思議な感覚がした。


「あ、あの……ゼロさん。おうちに帰ったらシャワーしてご飯を食べて……あの、そのあとお願いがあるッス」


「なんでも言ってくれ。俺にできることならだけど」


 シルフィのためにも上級以上の魔法の情報を、シロガネから引き出したかったんだが……有益な土産話の一つもないなんて、ちょっと情けないな。


 シルフィはそっと俺の頬に唇を寄せた。


「今夜はいっぱい……愛してほしいッス……」


 他に人通りもない裏路地で彼女は俺にギューっと抱きつきながら、熱を持った頬をすり寄せてきた。


 黙ってうなずく。


「うはー! 嬉しいッス。最近ずっとご無沙汰ッスから」


「おっさんみたいな口振りだな」


「お、おっさんとは失礼な! これでも心臓が口から飛び出しそうなくらいの、大胆発言なんスよ? 女の子から言わせるなんて、ゼロさんは罪作りすぎッスね」


 ガーネットは泊まっていけと言ったのだが、シルフィが一旦自宅に戻りたいと言ったのも、二人きりの時間が欲しかったんだろうな。


「疲れてるみたいだし眠いんじゃないか?」


「ふっふっふ~♪ こんなこともあろうかと、めちゃくちゃ効く精力剤のレシピをクインドナさんに教えてもらってるッスよ。常闇街秘伝のレシピッス」


 なんてことを教えるんだ。


「というわけで、愛の巣にレッツゴーッスよゼロさん」


 求められれば応じてしまう自分の下半身の節操無さを、俺は棚に上げることにした。


 ふと、背後から妙な気配を感じて立ち止まり、振り返る。


 三歩遅れてナビが着いてきていた。


「どうしたんだいゼロ? そんな神妙な顔して?」


 俺は視線でナビに返す。シルフィがいるので声には出せないが、ナビは「ボクは大丈夫さ。真理に通じる門さえ見つけてくれるなら、なんでも協力するよ」と、普段通りの“導く者”だ。


 背中に感じた気配はフッと消えた。


 着いてきているナビは健在なのだから、やはり何ものかに“観察”されていたのかもしれない。


 背中でシルフィが呟いた。


「公衆浴場が混浴だったらゼロさんとイチャイチャできるんスけどねぇ」


「こらこら。急に何を言い出すんだ」


「好きだから、ホントはできるだけずっと一緒に居たいんス」


 俺は再び前を向いて歩き出す。天球の赤い光がだんだんとしぼむように光量を落とし始めた。


 シルフィは囁くように続ける。


「炎竜王を倒して姐御の夢が叶ったら、今度はボクの夢ッスね」


「最強魔法か。まだ、雲を掴むような話だな」


 存在するような気配はあるものの、探索には至らない。どうにかシロガネを説得できないものだろうか。


「時間はいっぱいあるッスよ。ボクらの寿命は長いし、それだけずーっとゼロさんとも一緒にいられるッス。家族は欲しいけど、最強魔法を見つけたあとでもいいッス……」


 地下迷宮世界では子供を授かることはない。


 魔物は湧き出続けるのに、それも不思議だった。


「時間……か」


 彼女は未来を知らないから、エルフらしくのんびりとした時間感覚なのも仕方の無いことだ。


 三年で世界は終わる。長寿のエルフにしてみれば三年なんて取るに足らない年数なのかもしれない。


「ボクの計画では、向こう十年がめどッスね。あ! ゼロさんが早く子供が欲しいなら……べ、別ッスけど。姐御の夢を叶えて返済もできたら、森の都に帰るのもいいかなぁって……ち、父上はカタブツッスけど、母上は理解してくれるッスよ」


 モジモジと彼女は小さなお尻をくねらせるようにした。


「最強魔法を探そう」


 俺はこの地下迷宮世界から外の世界に出るわけにはいかない。


「そ、そうッスね! 初志貫徹が大事ッス。Aランクの錬金術士にもなれたし……ううん、ボク一人じゃきっと、ずーっと低ランクのままだったッスね。こうしていろんな所に連れ出してくれて、姐御みたいな素敵な人とも引き合わせてくれた。ゼロさんはボクの恩人ッスよ」


「お前自身のがんばりあってこそだろ。俺はシルフィが元々持っていた力を解放するための、ほんのきっかけ作りをしただけさ」


 出会いは最悪のカタチだったかもしれないが、殺されたのも前世オークの自業自得だ。


「ボクは決意したッス。数え切れないくらい大切なものをもらったから、今度はゼロさんのために、なんだってしてあげたいッス。ボクのできること。知識も力も全部ゼロさんに使うッスよ」


「お、おう……ありがとう」


「だから、こ、これからもずっとぞっと……ボクでいっぱい気持ちよくなって欲しいッス」


 フッ……と、天球の明かりが切り替わり、赤い空は一瞬闇に閉ざされると、薄ぼんやりとした月明かりが夜の街に静かに降り積もった。


 背中のシルフィと見つめ合う。


 自然と互いの唇が触れあった。

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