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パンツハンターXX

 第十六階層――地底湖島の群島地域からボートで進んだ先に、別の島を見つけた。


「よーし! 今日はあの島ので冒険だ! きっと見たこともない魔物に出会えるぞ!」


 目標にした島の方から、ボートが一隻ぷかぷかと、こちらにやってきた。


 すれ違うように横付けすると、銀髪の少女が俺に告げる。


「……警告。この先の封印地域への侵入を禁ずる。従わない場合は、実力をもってこれを排除する」


 銀髪を揺らしながら少女はボートの真ん中に立って、グラグラと揺らしだした。こちらのボートもあおりを受けて大きくうねるように揺れる。


「ちょっ……おまえ! やめろ! 止めてくださいおねがいします沈んでしまいます!」


「……私は空、飛べるから」


「はいはい戻る! 戻ります! これ以上先には行かないって! だから止めて!」


 シロガネは俺が新しい島に上陸する前に、実力を行使して追い返した。




「よーし! 次のオアシスまで進めば、もっと強い魔物と戦えるぞ!」


 夜の星屑砂漠は雪山とは違った、乾いた寒さだ。階層を下る祭壇の先、さらに続く砂の丘を越えたところで、銀髪の黒翼天使が砂の上にちょこんと膝を抱えて座っていた。


 黒いドレスのスカートから、やんわり太ももがのぞく。


 砂のついた白い肌をたどっていくと、付け根には純白の布地が、柔らかく彼女を包んでいた。喪服のような黒い出で立ちだからこそ、映える純白の薄布だ。


 パンツ見えてるぞ。うむ、見なかったことにしよう。ここには誰もいない。俺はなにも見ていない。


 砂漠には道らしい道もないので、避けて通ろうとすると、赤い瞳がじっと俺に訴える。


「……警告。この先の封印地域への侵入を禁ずる。従わない場合は、実力をもってこれを排除する」


「そ、そうだったんだぁ。ふーん。いや、気づかなくて悪いな。俺もシロガネと事を構えたいわけじゃないんだ」


「……警告。パンツの確認を禁ずる。従わない場合は、実力をもってこれを排除する」


「それって下着を排除するってことか?」


 やったぜ。スケベが向こうからやってきた!


「……推奨。貴方が着用しているパンツを差し出すなら恩赦を与える。そうでない場合、慈悲は無い」


 おいおいおいおいおいおい意味がわからない! なんでエルフの男のパンツを天使族に差し出さなきゃならんのだ?


 シロガネが白い槍を手に立ち上がったので、俺は回れ右をして全速力で引き返した。


 砂の海に無数の雷撃が雨のように落ちる中――


 かろうじて逃げ切りパンツを守った俺、偉い。




「よ、よーし! 世界樹上の上層に挑戦だ。きっと大丈夫問題無い。なにせ迦楼羅みたいな魔物がいるんだし、階層の主レベルじゃない程度に強いやつと戦えるから、俺わくわくしてきたぞ」


 迦楼羅がいた樹上のテーブルも、いくつかある上層エリアの一つでしかない。


 上層を進み、とあるテーブルに入った途端――


 空からはらり、はらりと黒い羽が舞い降りた。


「……警告。この先の封印地域への侵入を禁ずる。従わない場合は、実力をもってこれを排除する」


 ゆっくりと彼女は舞い降りた。純白を俺の頭上に晒しながら。


 見えてしまうのは不可抗力だ。


「いやいやいや、看板無かったぞ! これまでだって封印地域の看板も無いのに、ちょっと理不尽じゃないか?」


「……パンツを捧げよ」


「はい、帰ります。失礼しましたッ!」


 テーブルから引き返すついでに、頭にきたので迦楼羅のテーブルに行って単身ボコしました。が、強い魔物は一度倒すとしばらく出て来ないようで、レベル上げには足りないな……こりゃ。




「もうこうなったらヤケだ! やけ酒だ! マスター! 麦酒ピッチャーで持ってきてくれ!」


 岩窟亭の奥にあるテーブルにドカッと座るなり、俺は昼間から飲んだくれることにした。


 ガーネットとシルフィが、がんばって装備作りをしているのに、その裏で酒をあおるなんて……ある意味、美味しすぎる。背徳的な快感を覚えるぞ。


 しばらくして、いつもの給仕係の狐少女がピッチャーを抱え得るようにして、やってくるかと思いきや――


 ピッチャーではなくミニグラスサイズの麦酒をトレイからテーブルにおいて、メイド服風エプロン姿のシロガネが俺に告げた。


「……警告。多量の飲酒は健康を損なう恐れあり。ピッチャーではなくグラスを推奨」


「推奨って……お、お前、岩窟亭でバイトしてたのか?」


「……注文を受注。五秒以内に検討」


 言うなりシロガネは「五……四……三……」とカウントダウンを始めた。


「じゃ、じゃあどうしよっかなぁ。ええと揚げ芋のぉ……いや、最初はやっぱり茹で豆がいいかなぁ……うーむ、全部美味いから迷うんだよ。そうだシロガネも一緒に飲まないか? 酒が無理でも果汁なら」


「……二……一……受け付け終了。マスター、一名様お会計」


「おおおおおい! まだグラスに手もつけてないだろうに!」


「……お会計」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」




 ダメだ。階層のちょっと深いところにいくと、どこからかシロガネがやってきてしまう。


 今日は火炎鉱山で魔物と戦ったのだが、いくつか良い素材を手に入れたものの、レベルの壁は目前らしく、鍛錬にはならなかった。


 ドワーフのような鉱物資源採取のセンスがあれば、火炎鋼を掘って帰るんだが、それもエルフの俺には難しい。


 そのまま帰るのもシャクなので、山を下りると麓の川沿いにある温泉で、ひとっ風呂あびることにした。


 服を脱いで湯に浸かると――


 銀髪の少女が露天風呂のヘリに座り込んでいた。


 太ももからまたしても、かすかに白い布地をのぞかせながら。


「……警告。長時間の入浴は乾燥肌の原因。浸かりすぎは疲労も誘発」


 彼女は立ち上がると、放り投げるように俺が脱いだ服の中から白い槍でパンツをするっと持ち上げた。


「……没収制裁強行」


「え、ええええええッ! 待って! 待ってくれええええ!」


 目の前で漆黒の翼を羽ばたかせて、荒れ狂う風を起こすと彼女は天高く一瞬で昇っていった。俺のパンツを槍先に引っかけながら。


「なにがしたいんだ……シロガネ」


 その日はノーパンで帰りました。ヘクション!




 さすがに“何も無い”十五階層には彼女もやってこないだろう。


「……警告。この先の封印地域への侵入を禁ずる。従わない場合は、実力をもってこれを排除する」


 背後から響いた声に振り返ると、いつの間に回り込んだのかシロガネが立っていた。


 彼女の神出鬼没ぶりは恐ろしくすらあるな。


 だが、ここなら魔物もいないし、ある意味落ち着いて話しができそうだ。


「ええと、ここも封印地域なのか?」


「……あっ」


 素で間違えたのか、表情筋をまるで動かさないままシロガネはどことなく間抜けな声を漏らした。


「ここ最近、色んなところで会うよな? もしかしてシロガネって、俺の事が大好きなのか?」


 わざとそれらしく訊いてみると、彼女は沈黙した。


「…………」


 いや、黙って見られると言った俺の方が恥ずかしいだろ。


「ま、まあいいや。で、今日も俺を監視したり観察したりなのか?」


「……肯定」


「楽しいのか?」


「……私にはそのような感情は存在しない」


「俺はシロガネに会えるのが、最近じゃ楽しみになってきたぞ」


 おかげでレベルは据え置きだが、意外な登場の仕方をするので、楽しみになりつつあった。


 シロガネは真顔のままうつむく。


「……理解……不能」


 いや、こっちがだよ。謎多き黒翼の天使め。俺は改めて訊く。


「で、この何も無い十五階層にも封印地域があるのか?」


「……返答を拒否する」


 それって間接的に「あります」と認めたようなものじゃないか。


 つまりシロガネはこの何も無い階層の秘密を知っている。


 彼女が教会の所属であるなら、教会も同じだ。


 ただ、聞き出すのは難しそうだな。せめて俺自身が教会の内部の関係者にでもなれれば、知るチャンスもあるかもしれないが……。


「……?」


 黙り込む俺にシロガネは首を傾げた。怪訝そうな顔だ。俺はお前の奇行が始まってから、心の中はずっと怪訝だったけどな。


 しかし、こんな少女にもかかわらず、彼女は天使族が使わない黒魔法の……しかも上級以上の魔法を使うことができた。


 ヘカトンケイルを沈めた雷撃魔法は、まさに上級を越えた超級だ。


「え、えーとだな……シロガネは黒魔法も使えるんだよな。誰にならったんだ?」


「……返答不能」


「そ、そうなのかぁ。俺もシロガネみたいな上級以上の超強力な魔法を使ってみたくてさ。そうだ! こうして何度も会うのも何かの縁だし、俺にあの雷撃魔法を教えてくれよ!」


「……拒否」


 うわぁ取り付く島の無いこと鬼のごとし。


「そ、そうだよな。うん。秘中の秘を赤の他人に教えるなんて無理だよな。あー、けどさシロガネ。お前は俺たちが知らない魔法を使うんだし、そうだ! 最強魔法の噂とか知らないか?」


「……解答拒否」


 知っているけど教えない? ということだろうか。


 なら朗報だ。最強魔法は存在するんだ。しないかもしれないけど、可能性は高まった気がした。


 さてと……。俺は表情を引き締め直した。


「まー、しょうがないな。うん。じゃあ最後に質問なんだけど、どうして俺をつけ回すんだ? いや、監視したり観察したりパンツを奪ったり……目的はなんだ?」


「……」


 赤い瞳が俺を避けるように遠くを見つめた。


 返答不能や解答拒否と言われればそれっきりなのだが、彼女はぼそりと呟く。


「……貴方を救うため」


 言うなり彼女の身体は俺の目の前で存在が希薄になり、うっすらと消えてしまった。


 エルフの目で集中しても、その存在を確認することはできなかった。

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