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対応:塩

 ガーネットは氷結晶の装備作成を始めた。火炎鉱山攻略の計画は以前からあったようで、氷結晶による冷却効果を防具に持たせるプランは前世と同じ流れだ。


 ただ、彼女の武器は連装式石火矢ではなく戦鎚のまま据え置きとなり、盾を強化する守備重視だった。


 それらの装備にシルフィが錬金術を施す。


 錬金ギルドの高度な実験加工施設も、Aランク認定を受けたシルフィは自由に利用できるため、これまでとは段違いの性能が見込まれた。完成が今から楽しみだ。


 そして、俺はと言えば――


 各階層にて金策になる素材集めの旅をしながら修練を続けていた。


 杭打式杖パイルバンカースタッフのスペックを出し切るには、強化型炸薬が必要だ。小金を稼いで気兼ねなくぶっ放せるようにしたい。


 錬金ギルドでの売り買いも「氷神を攻略しシルフテックを生み出した、あのシルフィーネ・カライテン」という名声が信頼を生み、以前のような買い叩かれ方は、もうしないだろう。


 そこで狙うは十七階層――死霊沼地。エルフが単独で採取をするには、危険な地域だ。


 エルフながらもオーク由来の超回復力があるおかげで、十七階層は俺の庭だった。


 紫色の霧が濃い樹海で、素材に使えそうなキノコを集めつつ魔物を倒し続ける。


 不死系も植物系も収束型の初級炎撃魔法ファイアボルトで簡単に倒せてしまい、拍子抜けだ。


 レベルの壁が迫っていた。もう一段階強い魔物が、今の俺には必要だ。


 毒を吐き散らす菌類の森の奥や、巨大生物の骨が橋をかける渓谷の向こうには、教会が設置した看板があった。


 冒険者の侵入を禁ずるという旨の警告文は、どの封印地域も変わらないな。


 危険性は城塞廃虚のヘカトンケイルで懲りている……ものの、あの時とは装備の充実度も違う。


 毒も麻痺も回復できるのだからと、迷ったのはほんの数秒で、俺は森の最奥へと足を踏み入れた。


 先へ進むと開けた場所で、黒い大樹と出くわした。


 クチバシから瞳から足先の爪に至るまで、真っ黒な鳥が枯れた木に“なって”見えたのだ。


 葉の一枚一枚が鳥の一羽といえばオーバーかもしれないが、おびただしく禍々しく、黒い。ただただ黒い。


 ナビが足下から俺に注意勧告する。


「あれは黒凶鳥の群だね」


 一羽二羽なら最果ての街でもたまに見かけるのだが、数が集まると威圧感に凄みがあった。


 バサバサと黒凶鳥の群が枝から飛び立ち、空気の濁ったような感触が一段上がる。


 黒い羽が散って俺に降り注いだ。一瞬、身体が熱を帯びる。ただの羽じゃないな。


 どうやら毒の胞子がたっぷりと羽吹雪に含まれていたらしい。


 指先が痺れたが、すぐに回復した。


 俺を軟弱にして貧弱な獲物と思ったな……バカめ!


 凶鳥は数十羽が一つに意思統一されたように、俺めがけて襲いかかる。


 視界が黒一色で覆い尽くされた。


 鋭い爪と槍のようなクチバシによる、一斉攻撃。


 こちらは左手を天に向け広げるだけだ。


中級炎撃魔法ファイアストーム……放射散弾ショットシェル!」


 拡散した炎が黒凶鳥たちを次々と燃やし尽くした。


 もし自分がオークだったなら、空を飛び回り、一匹二匹落とした程度ではどうということもない群体を、相手にはできなかったかもしれない。


 黒凶鳥を焼き尽くし、視界がひらけるとそこに銀髪の少女が立っていた。


 長い銀糸のストレートヘアに、喪服のようなドレスと背中の黒い羽。


 まさか黒凶鳥の親玉だったのか?


 いや、そんなわけはない。彼女は俺とシルフィを救ってくれた恩人だ。


「また会ったな。いや、会いに来てくれたのか? お礼を言いたくて街で探してたんだ。そうそう、教会の司祭にも訊いたんだけど、もしかして司祭に俺が探してたって訊いたのか?」


「…………」


 近くで見ると黒翼の少女は思いのほか小柄だった。シルフィよりは背も高く、体つきも女の子らしく出るところは出ているのだが、それでもどちらかと言えば慎ましやかでスレンダーな体型だ。


 背中に畳んだ翼は、広げればかなりの大きさになりそうだな。


 手には白い槍を持ち、その切っ先は俺にではなく天に向けたままだ。


「ええと、あの……この前は助けてくれてありがとう」


 金銭を要求されても仕方ないが、できるだけそれ以外の方法でお礼できればというのが本音だ。いや、どうしても金というなら仕方ない。


 炎竜王を討伐すれば、まとまったお金になるはずだし……。


 少女はじっと俺を見据える。


 瞳は赤だ。透き通った炎を水晶に閉じ込めたような、神秘的な色合いをしていた。


「そ、そうだ! 俺をに出来ることならなんでも言ってくれよ。前みたいな足手まといにはならないから」


 杭打式杖パイルバンカースタッフ魔導式手甲ガントレットを彼女に見せる。


「…………」


 反応薄っ!?


「やっぱりお金がいいのか?」


 天使族はガメツイのかもしれない。寄付なら分割払いでお願いしたいところだ。


「…………」


 ダメだ。何も話してくれない。


 が、彼女の意志は一つだけ明確だった。


 俺が進もうとする道に立ち塞がっているのだ。


「あー、わかった。入信だな? エルフの俺でも入信できるコースやプランがあるんで、オススメしに来てくれたんだろ。やっぱり親切じゃないか」


「…………」


 半分本気で訊いたんだが、エルフらしい冗談と受け取られたのだろうか。


 少女は陶器人形のように美しい目鼻立ちをピクリとも動かさない。


 喜怒哀楽のどれでもない中立とした表情には、感情そのものが無いようにすら思えた。


 一歩近づくと、黒翼の天使族が手にした白い槍の切っ先がこちらに向けられる。


「……警告。この先の封印地域への侵入を禁ずる。従わない場合は、実力をもってこれを排除する」


 透き通ったガラスチャイムのような声だが、感情を奏でるような抑揚は最初から彼女の中に存在しなかったような、淡々とした口振りだ。


 それでいて行動は穏やかではない。


 つい、オーク時代にシルフィに殺された時のことが脳裏によぎった。


 踏み出した一歩を戻して下がる。


「おいおい待ってくれよ。物騒なのは無しにしようぜ」


「…………」


 すううっと音を立てることなく槍の切っ先が俺から狙いを外した。


「もしかして封印地域に近づいたから、怒ってるのか?」


「……否定。私にはそういった感情は存在しない」


 つい、俺は笑顔になってしまった。


「よかった。ちゃんと俺の言葉を理解してくれてるんだな。さっきから話が通じてないんじゃないかと、心配してたんだ」


「…………」


 まただんまりか。ただ、困るようなことでもないのだが、彼女は先ほどからずっと俺に向けた視線を外さない。


 まばたきすらしていないんじゃないか?


「せめて名前を教えてくれよ。俺はゼロ。実は本名は忘れちまってさ。記憶喪失なんだ」


 足下で命名者がうんうんと、青い尻尾を揺らしてうなずいた。


「で、あんたの名前は?」


「……私は存在しない」


 変わった言い回しだな。


「そっか名前が無いんだな。じゃあ俺がお礼につけてやるよ。そうだな……綺麗な銀髪だからシロガネなんてどうだ? ああ、なんか女の子らしくない響きだな」


「……シロ……ガネ?」


 おっ! 反応ありだ。


「そうそう、シロガネ! 前世まえに銀鉱石の話を鍛冶職人のドワーフとしてたんだが、色んな呼び名があるみたいでさ。銀鉱石シロガネっていうのもあるらしい」


 白い槍以外、動かなかった彼女の左手が、そっと自身に銀髪に触れた。


「というわけでシロガネって呼ばせてもらうぜ。いやならやめるが……」


「……了解した。以降、私の固有識別名をシロガネに設定する」


「変わった話し方をするんだな」


「……意思疎通に問題なし」


 いやあるぞ。俺も無礼なやからだが、そんな俺すら凌駕りょうがするとっつきにくさだ。


「ハァ……まあ、けど本当に会えて嬉しいよ。お礼も言えたからさ。改めてありがとうなシロガネ」


「……把握した」


 言い方はアレでも、感謝の気持ちはちゃんと届いたようだ。


 さてと、とはいえこの先に進むのを彼女は許しちゃくれないだろう。


「なあシロガネ。俺はもっと強くなりたいんだが、この先の魔物を相手に修行はまずいのか?」


「……問題ありと認められる」


 自然と槍の切っ先が俺に向いた。


「そっか。あっはっはっは。あー、まいったなぁ。もう少しだけ強くなっておきたいんだよ。シロガネは無茶苦茶強かったよな? どこで鍛えたんだ?」


「…………」


「シロガネは誰かとお喋りするのは苦手みたいだな」


「……肯定。会話は苦手」


「じゃあ得意な事はなんだろうな?」


「……監視」


「そっか監視かぁ……って、あれ?」


 シロガネの赤い瞳がじーっと俺を見つめると、奇妙な圧迫感を覚えた。


 街でも時折感じたアレだ。


「な、なあ。もしかして街で俺を監視してたりしないか?」


「……時折」


 してたのかよ! そして正直だなおい!


 しかし誰の差し金だろうか。やっぱり教会と考えるべきかもしれない。


 あの司祭は俺にシロガネの存在を知らないと告げたが、聖職者が嘘をつかない保証もなかった。


 小さく咳払いを挟んで俺は訊く。


「この前、大深雪山にもいなかったか」


「…………」


 今度は言葉ではなく、小さくコクリと頷いてシロガネは返答した。


「誰かに言われてか?」


「……私の趣味は観察だから」


 ええっ……感情の無い人形です的なアピールしておきながら、趣味って……苦しいだろ。嘘をつくにせよはぐらかすにせよ、もっとこう、上手いこと言えないのか。


 というか、観察が趣味ならなんで俺の前に姿を現したんだ?


「俺を見守ってくれてたんだな」


「……?」


 不思議そうにシロガネは首を傾げた。


「いやまあその……観察者が観察対象の前に姿を現して良かったのか?」


 するとシロガネは槍を振るって地面をえぐった。


 彼女の一振りでざっくりと、地面に深い傷が刻まれる。衝撃波だけであれなら、まともに食らえば俺の首なんて胴体からあっさりサヨウナラしそうだな。


「……警告。このラインを越えてはならない」


「あ、ああわかった! わかった越えないから!」


「……はい」


 不意に、本当に不意打ちで彼女が一瞬だけ表情を緩ませた。それは心底安堵したようにも見えたのだが、瞬きすると元の中立的な感情抜きの顔に戻っていた。


 幻でも見たのだろうか。


「それじゃあ俺は今日はこの辺で帰るよ。また会いたくなったらここに来れば、シロガネは警告しにきてくれるんだな?」


「…………」


 コクコクと、今度は二度、彼女は頷いた。


 本当に何がしたいのかまったくわからない。読めない。


 ただ、命を救ってくれた恩人だ。この先に進めば本当に危険だから、多少荒っぽくなったものの警告をしてくれたのかもしれない。


 口下手な黒天使は俺が立ち去るまで、一度として俺から視線を外さなかった。


 過保護なのかな?

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