VS氷神
過酷な雪山登山もシルフテックを始めとした装備のおかげで快調に進んだ。
道中出くわす魔物の群も、炎撃魔法の肩慣らしにちょうど良い。
問題はシルフィの体力不足である。冒険者として最果ての街までたどり着いたのだから、最低限の力はあるものの、裏を返せば最低限しか体力が無い。
高度が上がってくると頭痛や吐き気を催すのだが、ガーネットの回復魔法で体調を整えながらのゆっくりとした道のりとなった。
山頂付近にたどり着いたのは二度の露営のあとである。
吐く息も白く凍り付きそうな極寒だ。
地下世界の天井に届かんばかりの山頂には、白い獣の姿があった。
ちょうど昼寝の真っ最中といったところか。
氷神――ヴァナルガンドは巨大な白狼という出で立ちで、遠吠えは山の頂上から階層中に響き渡り、その大音声に震えた山は雪崩を起こす。
獣の身のこなしはそのままに、銀狼を十倍サイズにしたような化け物だ。
炎竜王アグニールといい、世界樹上にいた迦楼羅といい、魔法かそれに近い攻撃手段もあるに違いない。
山の峰から中央の窪地をのぞき込みながら、ガーネットが戦鎚片手に俺に訊く。
「んで、どーすんだい? 寝てるんなら採掘だけこっそりってのもアリだと思うけど」
俺はそっと窪地の斜面を指差した。
氷塊石が採掘できる横穴のトンネルまで、外周部から回り込まないといけなさそうだ。
「たぶん氷塊石はあの横穴だ。あれを潰さないようにしないとな」
手に杖を握り込み、息を切らせてシルフィが頷いた。
「あのでっかいのをやるんスね」
「迦楼羅が行けたんだ。なんとなかなるさ」
作戦はすでに練って二人には道すがら説明済みだ。
最終確認を終えて、ガーネットも覚悟を決めた。
「あいよ。まさか炎竜王の前にこんな大物相手にするとはねぇ」
討伐隊を返り討ちにし続けてきた巨獣に挑む。それだけでもプレッシャーだ。
なのにガーネットは少しだけ楽しそうに口元を緩ませた。
「ガーネット……シルフィを頼む」
結局のところ、黒魔導士の戦い方というものは変わらない。
先に見つけて気づかれる前に最大火力を叩き込む。
窪地で距離はあるが、遮蔽物は少なく見通しも良い。
クレーターのようにえぐれた側に出て、俺たちは三人まとまったまま雪で覆われた斜面を静かに滑り落ちた。
底に着くと、目視で五十メートルほど先に白い巨体が気持ちよさそうに寝息を立てている。
体長二十メートル。まさに化け物サイズの肉食獣だ。
他に魔物の気配無し。魔法の有効射程圏内だ。
シルフィが杖を掲げて魔法を構築した。
瞬間――
ヴァナルガンドの耳がピンと立ち、鼻をヒクヒクとさせてこちらに顔を向ける。
なるほど一筋縄じゃいかないか。こっちの攻撃を気取ってその身体を起こす。
が、遅かったな。すでにシルフィの魔法は完成し、俺もそれに合わせるように杭打式杖をシルフィの杖と交差させた。
「「上級炎撃魔法ッ!!」」
二つの魔法、二人の声が共鳴して、ただ重なるのではなくその威力は数倍に膨れ上がる。
シルフィの放つ獄炎火球は周囲に光輪をまとい、一直線にヴァナルガンドめがけて飛んだ。
グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
獣の叫びについ耳を塞ぎたくなるが、こらえる。
山のあちこちから崩落の波音が聞こえた。
獄炎火球がヴァナルガンドに直撃――したかに見えたが。
「魔法障壁ッ!?」
あの一瞬でヴァナルガンドは火球の飛来する方角に数枚の障壁を張り巡らせた。
その身体をぐいっと雪原に沈み込ませたかと思うやいなや。
「肉体硬化!」
ガーネットが先読みしてシルフィの身体に防御力向上の魔法をかけた。
完了と同時にヴァナルガンドは跳躍して俺たちの目の前に立つ。
デカイ……が、白く美しい毛皮に一瞬見とれそうになってしまった。
まるで猫のように柔軟な前足を横になぎ払う。鋭い爪はサーベルの多重剣檄だ。
シルフィは後ろに跳んだ。が、避けきれず毛皮を切り裂かれる。肉体硬化と、この戦いの直前に仕込んだ軽銀鋼の鎖帷子がなければ、切り裂かれていたかもしれない。
登山中は体力温存のため装備を軽くしていたが、保険のつもりで用意したものが命綱になった。
「鈍重魔法!」
後方に吹き飛ばされながらも、シルフィは続けて魔法を完成させた。
まるで羽毛のように軽やかな巨体が、ズシンと新雪に深く沈む。
ヴァナルガンドの機敏な動きにシルフィは制約をかけたのだ。入れ替わりでガーネットが前に出る。
「うおおおおりゃああああ!」
戦鎚で前足に一撃を加えた。彼女の戦鎚も改造強化され、ヒットすると炸薬が小さな爆発を起こす仕掛けがしてあった。
本来の敏捷性ならヴァナルガンドも避けきれただろうが、鈍重魔法がそれをさせない。
二人が前に立つ間に、俺は素早く白い巨体の側面に回り込んだ。
前足一本に打撃を与えた程度では、ヴァナルガンドの頭が降りてくることはないか。
それならこちらが近づくしかない。
「中級氷撃魔法……氷柱壁!」
足下に氷柱の壁をイメージして魔法を改編した。
氷点下の環境も味方して、ぐいっと二十メートル越えの壁が産まれる。その上に立つと、右腕に抱えるようにして杭打式杖を構え、ヴァナルガンドの背中めがけて飛び降りた。
「くらえええええええええええええええええええええ!」
着地と同時に頸部めがけて杖の先端を打ち下ろし、トリガーを引く。
ズドン!
重苦しい音とともに、隕石鋼の杭が打ち込まれた。が、貫通しない。
即座にレバーを引いて排莢し、二発三発と撃ち込む。
その間、本来であれば振り落とそうと大暴れするはずのヴァナルガンドだが、正面ではガーネットが戦鎚片手に大立ち回りをし、掩護射撃するように、後方で体勢を整え直したシルフィが初級炎撃魔法を連射していた。
グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
威嚇の咆吼ではなく苦しむような声が響き渡った。
それはただの叫びではなく、青い光を帯びた魔法力が全てを凍てつかせる氷の嵐を呼び起こす。
上級上級氷撃魔法……いや、それ以上の氷撃だ。
絶対零度がガーネットとシルフィに襲いかかった。
「魔法障壁!」
「氷炎防壁!」
防御魔法を二人が重ねる。吹き荒れる氷の刃は障壁と防壁を切り裂いた。
その勢いは衰えてなお、上級氷撃の威力だ。
ガーネットが盾を構えてその直撃を受けた。
「――ッ!?」
自慢の赤毛を白く染め、彼女の身体がみるまに氷漬けになる。が、引かない。その背後にはシルフィがいた。
「アタイの装備を……舐めるんじゃねえええええええ!」
女名工、吼える。
鎧の各所に分散配置させた火炎鋼が、燃えさかり蝋燭の消える最後の一瞬のような火花を散らした。
彼女は耐えきってみせたのだ。
その間に、俺は空になったカートリッジを交換して魔法薬莢を再装填し、撃ち込む! 撃ち込む! 撃ち込む!
ガツンッ!
ついに手応えを感じた。
本来ならガーネットの役割は、俺がすべきところだ。
彼女に盾を押しつけてしまったことへの罪悪感すらあった。
その代わりというのもおこがましいが、次の一撃で――決める。
深々と突き刺さった隕石鋼の杭の表面に、シルフィが構成し刻印した古代文字が浮かび上がった。
「食らえ……上級炎撃魔法!」
右手から放った魔法は杭打式杖を通じて白い獣の体内に直接流れ込む。
さらに魔導式手甲に包まれた左手も杭打式杖に添えて、左手からも魔法を放った。
「上級炎撃魔法ッ!!」
両手から二つの上級魔法が杖を通じて血のようにヴァナルガンドの身体を隅々まで駆け巡り、炎熱が脳を焼き切り、四肢を極寒の世界にいながら消えぬ炎で燃やした。
身体のバランスを取るちからも失い、俺は瞬間的に出せる魔法力の全てを巨獣に捧げると、そのままフラリと落下して雪の中に墜ちる。
同時に白い獣も全身を炎に包まれながら、時間がゆったりと流れるように静かにその身体を雪の上へと横たわらせるのだった。
ヴァナルガンドは赤い光に溶けて消え、その光をナビが浴びるように吸い上げる。
赤い粒子が消え去ると、討伐の証と言わんばかりに、青い鍵が残されていた。
「はは……ははは……やったぜ」
仰向けになって倒れたまま見上げた空に、一瞬だけ黒い巨大な翼の影がよぎる。
瞬きする間にその影は消え失せた。
なんだったんだ。もしかして……この前の黒い翼の天使族か?
ともあれ、エルフになってからは初。
通算、二体目の階層の主越えだな。
名前:ゼロ
種族:エルダーエルフ・アレンジャー
レベル:93
力:D(49)
知性:A(99)
信仰心:G(0)
敏捷性:A(99)
魅力:B(82)
運:G(0)
装備:杭打式杖 レア度S 魔法力95 攻撃力177 装填数6 予備カートリッジ2
魔導式手甲 レア度A 魔法力112 防御力45
寒冷地用装備一式
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
種族固有能力:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる
恋人:シルフィ
仲間:ガーネット
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
????: 左右両手で別の魔法を繰り出す能力