新装備のお披露目
ガーネットに依頼してから二週間があっという間に過ぎ去った。
その間に行った“狩り”で二百万メイズほど金策したのだが、彼女への依頼料を考えると焼け石に水だ。
こうも高額になったのには理由がある。
材料費をガーネットが負担しているためだ。
一応、返済のめどは立っている。彼女が求める神の鉱石のありかは、ここではない未来で確認済みだった。
鍛冶職人ギルドで納品し、その足でガーネットの店に赴くと――
店のショールームのカウンターで、ガーネットが肩肘をついて俺の帰りを待っていた。
「そっちの修行も良い感じに進んだみたいだねぇ? エルフにしちゃあ、ちょっとは筋肉ついたけど、まあドワーフのアタイから言わせりゃまだまだって感じさね」
「装備の出来具合はどうだ?」
「あとはアンタが手にして微調整だよ。最後にシルフィがアンタにしか使えないよう、専用術式を施せば完成ってとこかな」
目配せで工房に俺を招いて、ガーネットは先にそちらに行ってしまった。
彼女に続いて工房に入ると、目の下に大きなクマを作って憔悴しきったシルフィが、作業机に突っ伏している。
「ははは……ゼロさんお帰りなさいッス。二週間もご無沙汰で、ぼくってばゼロさん成分が足りなくて死にかけたッスよ」
「俺の成分って……いや、ずいぶんと苦労をかけたみたいで申し訳ないな」
「愛する人のためなら喜んで徹夜するッス。けど、姐御のタフさについていくのは、エルフの軟弱さだとキッツいッスね。ははは」
よろよろになりながら身を起こしてシルフィは立ち上がる。が、フラリと倒れそうになった。
彼女の身体を支えるように抱きしめる。エルフの体臭はかすかなものだが、彼女にしては臭うな。
俺がガーネットを見据えると、彼女は手のひらを扇のようにヒラヒラとさせた。
「いやいやいやいや。シルフィの集中力がすごくってさ。一応休むようには言ったんだけど、アタイが仕事してるのに、寝てられないって」
俺の胸の中でエルフの少女は小さく頷く。
二人ともこの二週間、俺以上の戦いを繰り広げてきたようだ。
ガーネットほどの名工と、シルフィクラスの錬金術士が力を合わせて作り上げた装備――
それは今、工房の中心にあるテーブルの上で、薄い布にくるまれてひっそりと俺を待っている。
包みは二つ。一つは小さいプランA。もう一つは大きく長い竹箒ほどはあるプランB。
「ありがとうシルフィ……それにガーネット」
赤毛を手櫛で前から掻き上げるようにして、イイ女はらしく笑った。
「あっはっは! いや、こっちこそ感謝だよ。アンタの出したプランBのアイディアだけど、実はわが家に伝わる武器にも通じるものがあってさ。錬金火薬をカートリッジに封入して、炸裂のエネルギーを利用するってヤツね」
俺の案じゃなく、教えてくれたのはガーネット自身だ。オークの頃、前衛を務める俺に会わせて彼女は遠距離攻撃用の石火矢を作成した。
プランBは、その石火矢と黒翼の天使が投げ放った槍の応用だ。
立ちくらみから回復して、シルフィはそっと包みの結び目を指でつまむ。
「錬金術の必要なところは、ぼくがばっちり加工したッス。加工精度が必要だったんで、手持ちの道具じゃ無理なところはその……ごにょごにょ」
「なんだよごにょごにょって」
ちらりとシルフィはガーネットに視線を向けた。どうやらお金を前借りしたようだ。
「その分、出来映えはバッチリッスよ! ではご開帳~!」
ファサッ……と、布がはだけて出て来たのは、機械仕掛けの仕込み杖だ。柄の部分に石火矢のような引き金があり、薬莢を仕込んだカートリッジが装着されていた。
装填数は六発。自動排莢ではなく、手動式で柄の脇にレバーがあった。
ほとんど石火矢のようだが、弾丸を撃ち出すものではない。
白い聖白金の柄の中に、細く鋭い隕石鋼の槍が内蔵されていた。
引き金を引けば、薬莢の爆発力によってこの槍が射出され、標的を貫通するというものだ。
足りない腕力を錬金火薬で補うのである。
杭打式杖。
俺が依頼した通り……いや、それ以上の出来映えだ。
「持ってみていいか?」
「片手で扱えるくらいにゃなってるよ」
ガーネットの許しも出たところで、俺は右手で持ち上げてみた。
軽量化の術式が施され、見た目よりも軽い。この大きさと複雑な機構を兼ね備えているにもかかわらず、重さはロングソードほどに感じた。
ずしりと重いが、重量バランスが良いのか扱いやすい。槍の素材に隕石鋼を使っているのが嘘みたいだ。
シルフィが緊張の面持ちで俺に訊く。
「ど、どどど、どうッスか?」
「これならギリギリ片手で扱えそうだ。お前の術式のおかげだよシルフィ」
疲れ切っていたはずなのに、シルフィはピンっと尖った耳を立て、目をまん丸くした。
「良かったッス! はぁぁ……ほんとがんばった甲斐があったッスよ。それじゃあ最後に銘を入れてゼロさん専用の装備にするッスね」
こんな変態武器を使うのは俺くらいなものだろうが、すでに杭打式杖には古代文字で俺の名が――ゼロという名が刻まれていた。
俺が柄を握った状態で、シルフィが魔法をかける。名前が一瞬、青白く光り、所有者である俺と“繋がった”感じだ。
シルフィはエヘンと胸を張った。
「これでゼロさん以外が使おうとしても、内装した術式にロックがかかって撃てないッスね」
「試射が楽しみだな」
ガーネットが口元を緩ませる。
「錬金火薬の薬莢が一発一万メイズだからねぇ。赤字になんないように気をつけなよ」
そう言いながらガーネットは仕上げとばかりに杭打式杖に二点支持式の肩紐を通した。
「一応、そのまんまでもそれなりの魔法の杖として使えるからねぇ。まあ、杖としての性能はほどほどなんで、過信は禁物だよ」
「いや充分だよガーネット」
杭打ちのアイディアだけ伝えていたが、ちゃんと保険を掛けてくれるあたり、ガーネットの仕事は相変わらず細やかだ。
通常時は並の杖。
だが、一皮剥けば強敵用の秘密兵器は金食い虫だ。
その威力も未知数だが、魔法に対する装甲を持った魔物を相手にする時や、万が一の近接戦闘の切り札と言えた。
シルフィがもう一つの包み――プランAを開く。
「こっちも装備してみて欲しいッス。ゼロさんの注文通り作ったッスよ」
それは手のひらから前腕まで覆う手甲だった。左腕用で前腕部分は盾として使えるよう、聖白金製だ。
指先部分は関節と関節の繋ぎをサハラマンタの薄く強靱でしなやかな革を使って、そのまま楽器がつま弾けるほど柔軟に作られていた。
指を覆う部分や手のひらには金属片が手の形に添うように配置された。
魔法とも親和性が高い軽銀鋼を主体とした合金だろう。動きは阻害されないが、装着すればガッシリと包み込んで守ってくれる安心感があった。
魔導式手甲。改変魔法の負担を軽減し、高い圧縮率の魔法を指先から放っても、肉体を保護する防具にして武器だ。
ガーネットがまじまじと魔導式手甲を装着した俺の左腕を見つめた。
「どっかキツイとことかないかい?」
「ぴったりだよ」
「おー! アタイってば天才じゃん」
不意に不器用ながらも作った指輪の事を思い出す。今度は彼女が俺に“ぴったり”を与えてくれた。
シルフィが頷いて魔導式手甲にも錬金術の銘を入れる。さらに俺の腕との一体感が生まれた。オーバーな言い方かもしれないが、まるで元から身体の一部のように馴染み、何もつけていないような感触だ。
右手に杖を。
左手に手甲を。
どうやらこれが、俺の黒魔導士の流儀になりそうだ。
「似合うか?」
「ばっちりッスよゼロさん! 超カッコイイッス」
そこまで言われると照れくさい。が、そんな俺にガーネットは紙飛行機を折って飛ばした。
こつんと額に直撃して床に落ちたそれを拾い上げる。
なんだか嫌な予感がして飛行機を開き一枚の紙に戻すと――
「締めてきっかり、一億メイズ……か」
シルフィが手伝ってくれたおかげでこの程度で済んだとも言えるのだが、その場でエルフの少女はへなへなと膝を折った。
ガーネットが笑う。
「まあ気を落とすなって! 返済期限は設けてないからさ」
大変お優しいことです。はい。
まあ、ずっと借金を背負っているとシルフィがアレコレ心配しそうだし、装備の使用感を確認して、早めに“攻略”に移るとしよう。
狙うは十九階層の主――炎竜王アグニールの首級と守られし財宝だ。
名前:ゼロ
種族:エルダーエルフ
レベル:80
力:E(37)
知性:A(99)
信仰心:G(0)
敏捷性:A(99)
魅力:D(52)
運:G(0)
装備:杭打式杖 レア度S 魔法力95 攻撃力177 装填数6
魔導式手甲 レア度A 魔法力112 防御力45
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
種族固有能力:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる
恋人:シルフィ
仲間:ガーネット
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
????: 左右両手で別の魔法を繰り出す能力




