ロードマップ
祭壇は十メートル四方の正方形で石造りだ。まるで切り出してきたかのように継ぎ目がなく、触れてみるとひんやり冷たい。
ナビが小さな跳ねるように駆け上がって、祭壇の中心に立つ。
「さあこっちだよゼロ。ボクのそばに来て」
促されるまま祭壇に乗り中央に歩み出ると、足下に幾何学模様のような魔法陣が広がった。円と記号と文字で構成されたものだが、なにが書いてあるのかはさっぱりわからない。
もし知性が高ければ仕組みを読み解くこともできるんだろうか?
足下でナビが尻尾を揺らした。
「あれ? ずいぶんと落ち着いているね。ボクはてっきりキミが驚いて、転送途中で逃げてしまうんじゃないかと心配していたんだ」
「驚きはしたけど、それ以上に『どういう仕組みなのか?』と思ってな」
「それはボクにはわからないよゼロ」
まあ、魔法の事にせよ考え出したら切りが無い。倒した魔物が光に消えるのも、その光を集めてステータストーンにできるのも不思議な話だ。
「それじゃあ転送を開始するね」
「ああ、やってくれ」
俺の身体は倒された魔物と同じように、光に分解されると魔法陣の中に溶けて消える。
視界は白く染まって、瞬きすると同じ祭壇の上に立っていた。
だが、空――天井は紫色の濃い霧に覆われて、先ほどまでの緑豊かな森が嘘のように、陰気くさい場所に出る。
ナビが小さく息を吐いた。
「転送は上手くいったみたいだね。ここは迷宮の第十一層。冒険者たちの間では『城塞廃墟』と呼ばれているフロアさ」
石畳よりも滑らかに舗装された継ぎ目のない道に、いくつもの住居跡とおぼしき建物が連なって並んでいる。中には数十メートルを越す巨大なものまであった。まるで城だな。
街路に植えられた木々は剪定する者もいないためか、好き放題に生い茂っている。
遠くに見える高い塔と、街の周囲を覆う灰色の壁に圧迫感を覚えた。
「なあナビ。さっきの森とはえらく違うな」
「そうだね。この先の事も話しておくかい?」
「ああ。軽くでいいから教えてくれ」
「わかったよ。第十二層は『星屑砂漠』さ。広大な砂の海だよ。出発地点には冒険者たちが残した砂漠越えの装備があるから、利用させてもらうといいんじゃないかな。途中途中のオアシスで給水をしていこうね。ナツメヤシの実がなっているから、それも食べるといいよ。オアシスの位置はボクが把握しているから、迷うこともないし安心してね」
砂漠越えとは恐れ入ったな。まだこの十一階層に来たばかりで、次の心配をするには早すぎるかもしれないが……それでも先々の事は今のうちに教えてもらおう。
「その次はどういう場所なんだ?」
「十三階層は『大深雪山』になるよ。防寒具は登山口に冒険者たちが残していってるけど、油断はできないね」
暑い砂漠から一気に極寒の雪山ってか。本当に地下なんだろうか? ナビは続けた。
「十四階層は『巨石平原』になるね。不思議な巨石のオブジェがあるんだ。環境は安定しているけど、魔法を使う魔物が多いよ」
充分に鍛えながら進まなきゃいけなさそうだな。
「とりあえず二十層まで続けてくれるか?」
「わかったよ。十五階層には『なにもない』んだ」
「なにもないって……なんだそりゃ?」
「白い壁と床と天球だけだよ。広さもさっき抜けてきた森と比べれば狭いね。入り口の祭壇から出口の祭壇が遠目に見えるくらいさ。魔物もいないから、素通りできるね」
妙に引っかかるな。考えるだけ無駄かもしれないが、なにもないが“ある”ことに意味がないとは思えなかった。なにせ森だの砂漠だの雪山だのと、階層ごとに特徴があるようだし。
「続けるねゼロ。十六層は『地底湖島』さ。フロア全体が湖で、群島を橋を渡ったりイカダを使って進むんだ。島と島を繋ぐ橋には強力な魔物がいるから要注意だね」
だんだん気が遠くなってきた。さらに三つも階層が残っているのか。
「十七階層は『死毒沼地』になるよ。死霊系の魔物が徘徊する湿地帯で、麻痺の胞子を吐き出すキノコや、毒の沼地がいたるところにあるんだ」
となればせめて、治療できる程度に白魔法を学んでおくべきか。しかし中途半端にスキルポイントをつぎ込むのは経験を無駄にしかねない。俺はしゃがみこんでナビの顔を見つめた。
「なあナビ。俺がこれから信仰心にスキルポイントを割り振っていったとして、何レベルくらいで毒の治療ができるようになるんだ?」
ナビはふるふると首を左右に振る。
「それはボクにはわからないよ。前に言った通り、ステータスやスキルについてのアドバイスはしてあげられないんだ。ごめんねゼロ」
ばつが悪そうなナビの頭をそっと撫でる。
「お前がいてくれるだけで心強いよ。俺の事なのに俺にもわからないんだから、ナビが知ってるわけないよな」
シルクのような柔らかい手触りの毛並みで、撫でているこっちが癒やされそうだ。ナビも気持ちよさげに目を細めた。
「触れられるってこんなに嬉しい気持ちになるんだね」
俺がそっと手を離すと、少し名残惜しそうな顔をしてから、尻尾をゆらりとさせてナビは説明に戻る。
「十八階層は『火炎鉱山』だね。溶岩の川が流れる火山地帯だよ。通り過ぎるだけなら危険は少ないけど、鉱山にはとても珍しい鉱石があるらしいんだ。採掘しにいって帰ってこない冒険者は後を絶たないんだってさ」
見つければ一攫千金……っと、欲をかくとマグマよりも熱いしっぺ返しをくらいそうだ。
「十九階層は『世界樹上』だよ。巨大な木の上を、枝を伝って進むんだ。足を踏み外して落ちた冒険者たちがどうなるかは、誰も知らないそうだよ」
最果ての街を目の前にして、最後の試練も手強そうだな。
つまりはそんな苦難を乗り越えて、街に集った冒険者たちは誰もが超一流ってことかもしれない。
ふと疑問に思った。
「なあナビ。最果ての街についた冒険者たちはなにをするんだ? やっぱり例の“門”とかいうのを探すのか?」
ナビの耳と尻尾が力無くうなだれる。
「中には二十一階層を探す冒険者もいるみたいだけど、基本的にはあの街で暮らし続けているね。世界樹上には地上世界ではお目にかかれない霊薬の素材が手に入るみたいなんだ。火炎鉱山まで足を伸ばして鉱石を探したり……見つけた素材を街で加工、調合してから故郷に持ち帰り、また戻ってくるのを繰り返す冒険者も多いよ。地上まで定期的に戻るキャラバンもいるみたいだし」
だから砂漠や雪山の階層には、それを越えるための装備が置かれているのか。ナビは「二十階層は地上世界と遜色ないどころか、気候も安定していて食料も豊富だから居着いてしまう冒険者も多いみたいなんだよね」と、締めくくった。
もしかしたらその街自体、冒険者を先に進ませないために用意された蟻地獄のような罠なんじゃなかろうか。
たどり着く前からそんなことを考えてしまった。
俺はゆっくり膝を伸ばして立ち上がる。
「先は長いが進むしかないみたいだな」
見据える先は灰色の廃墟群だ。まずはこいつを抜けないとな。