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ご祝儀価格



 大聖堂を出るとシルフィを連れて鍛冶職人街にとんぼ返りした。


 ガーネットの店に着いたのは昼前だ。


 彼女はあくび混じりに店番をしていた。最近どうにもつまらない。退屈だと顔に書いてある。


 オーダー帳も白紙だった。店の前の看板には「ただいまオーダー受付停止中」の書き込みだ。


 俺とシルフィの顔を見るなり、彼女の目がキラリと光った。


「おっ! ゼロにシルフィじゃん! 久しぶりだねぇ」


 ここのところクインドナの依頼やらで、少しご無沙汰だったんだが……じっと見つめられると心が痛い。


「姐御! お金貯めたんッスけど、オーダー受けて無いんスか?」


 ぴょんぴょんとウサギが跳ねるようにシルフィはガーネットの元に行く。


「あ~。なんかさぁ……どの依頼もパッとしないのさね。超一流の武器職人が宝飾品みたいなナイフだの錫杖だの……ぶっちゃけ作るの飽きちゃったんだよねぇ。もっと実用性がありながらも、面白い仕掛けがあるような武器を作りたいじゃん」


 そうした想いが生み出したのが、かつての相棒――流星砕きだ。片手持ちの時は軽く、両手持ちの時は重くなるという仕掛けも、ガーネットのアイディアだった。


 最果ての街から先の世界を求める真の意味での“冒険者”がいなければ、彼女が満足する仕事そのものが発生しないのだ。


 故郷に帰る決意をしたのも、きっとそういうことなのだろう。


 先ほどの報酬と合わせて一千十二万メイズ。


 本当なら氷炎環境適応防具に消える予定だったんだが、先日のヘカトンケイル戦で明かに装備の力不足が露呈した。


 素手で魔法を撃つには限界がある。現状では、魔法力の回復と肉体の回復の双方に超回復力を分散させてしまっている状態だ。


 俺の魔法に耐えうるだけの装備があれば、肉体の損傷を気にせず上級魔法をさらに圧縮して使うこともできるだろう。


 俺もガーネットの元に歩み出て、彼女に告げる。


「今までに誰も依頼したことがないような武器の制作を頼みたい」


 途端にガーネットの表情が引き締まった。値踏みするように俺の顔を見つめる。


「ふぅん……しばらく見ないうちに男ぶりを上げたじゃないか」


 途端にシルフィが俺の腕に抱きついて、警戒するようにガーネットを見据えた。


「だ、ダメッスよ姐御! いくらご恩のある姐御でも、ゼロさんはその……ぼ、ぼくの……」


 再びガーネットの表情が緩んだ。


「おやぁ? そーかそーか! アンタら今、そういうことになってるんだね。それで……やることはやったのかい?」


 それは男と女としてという意味以外にとれない質問だった。


 シルフィが赤くなったのを見て、それを返答と受け取るとガーネットは笑う。


「恥ずかしがらなくていいっての。二人ともお似合いだよ」


 素直に祝福してくれるガーネットに、胸の奥が痛む。


 この世界での彼女とは友人であり、仲間なのだ。


 ガーネットは俺の顔をビシッと指さした。


「女を泣かすんじゃあないよ?」


「わ、わかってるさ。お前がそういうことくらい」


「――?」


 ガーネットは不思議そうにキョトンとした。が、カウンターの向こうから店内フロアに出ると、そのまま店の玄関から外に出て営業中の木札をひっくり返す。


「今日は店じまいにして、アンタのご依頼をうかがってやろうじゃないかい? ご祝儀価格でたっぷりサービスしてあげるからさ」


「よろしく頼む!」


「良い返事じゃないかい。製作の話だから工房で聞くよ」


 俺とシルフィは炉や工具や冶金道具の揃ったガーネットの工房アトリエに通された。


 どれもAランクの一級品ばかりだ。が、しばらく炉に火は入っていないようで、道具類もうっすら埃をかぶっていた。


「んで、ゼロはどんな武器が欲しいんだい?」


「案は二つあるんだ。予算は一千十二万メイズ。実現可能な方を予算内ギリギリで作って欲しい」


 ご祝儀がどの程度かはわからないが、軽銀鋼アルミナ製辺りに落ち着くだろうな。


 隣でシルフィが「防具用じゃないんスか?」と俺に確認した。


 まあ、ある意味防具とも言えるな。


 エルフにとって攻撃は最大の防御なのだから。


 俺はガーネットに二つの案の詳細を説明した。素材については彼女から叩き込まれた知識がある。話合いはスムーズに進んだ。


 シルフィはぽかーんとした顔をしたままだ。専門分野じゃないから、話に加わりようがない。


「へぇ……アタイにそんなもん作らせようなんて、この好き者め。プランAなら予算内だけどプランBの方はちょっと外注になるかもしれないとこがあるねぇ」


 好き者とは誤解を招きそうな言い回しながら、ガーネットは二つの案それぞれについて一発で理解してくれた。


 やっぱり彼女は天才だ。


 と、思った矢先にシルフィが挙手をした。


「あ、あの! 素材の強度とか全然わからないんスけど、その外注になるプランBの問題って、錬金術ッスよね? ここに頼れるぼくがいるじゃないッスか。姐御に協力させてほしいッス!」


「おっ! そっかそっかぁ! じゃあさシルフィ……こういう術式が欲しいんだけど……」


 ガーネットも錬金術の知識はないが、錬金術がどういったことができるのかは知っている。


 赤毛のドワーフの言葉をシルフィはすんなり理解した。


「それなら任せて欲しいッス。ええと、こっちのプランAの概要もだいたい理解できたッス。ゼロさんの戦闘スタイルは、いつもそばで見てきたッスから」


「んじゃあプランAの方も手伝ってもらおうさね。で、どうだいシルフィ? いけそうかい?」


「つまり魔法に反応して強化するよう術式を組み込むってことッスよね。できれば関節部分は柔軟な素材が良いッス。材料が足りないなら採ってきて使える状態にまでもっていくスよ!」


 二人は俺をおいて盛り上がり始めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 二つとも作るような流れになってないか? そんな予算は……」


 ガーネットは「だからご祝儀だって言ったろ? どうせ作るんなら最高のモノにしたいし、足りない額はご祝儀分をさっいて、ツケにしといてあげるからさ。あっはっはっは! こいつはアレだね。二つまとめて億だね」と豪快に笑った。


 お、億の負債……。おいおいおいおい!


「シルフィもガーネットを止めてくれ」


「なにを言ってるんスかゼロさん! 姐御のご厚意ッスよ? それにプランAもプランBもゼロさんなら同時に使いこなせると思うッス。むしろどっちかだけなんて、それこそ片手落ちッスから」


 確かに俺も両方を使い分けるつもりでいたが……。


 ガーネットが俺の腕をグイッと掴んだ。


「うーん。引き締まってはいるけど細すぎるねぇ。プランBは軽量化の術式を組み込むにしても、振り回すにゃそれなりの腕力がいるから……アンタ、しばらく筋トレだよ」


「ファイトッスよゼロさん! 製作はぼくと姐御の女子力にお任せッスから」


 胸を張ってトンっと軽く拳で叩くと、シルフィはガーネットよろしく「わははは」と笑ってみせた。


 どうやら案の二つとも製作することも、負債が億になることも、俺の筋力増強もすべて決定事項になったらしい。


 足下でナビがのんきにあくびをしてみせた。

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