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黒い翼の行方

 比較的安全な蒼穹の森にある湖畔のロッジまで行き、そこで休息を取ってから、俺たちは最果ての街に戻った。


 依頼は完遂できなかったが、納品分だけでも買い取ってもらい二十万メイズの報酬を得た。


 死にかけた割に合わない。が、冒険者とはそういうものだと納得するしかなかった。


 どうりで誰も、これ以上“先の世界”を求めないわけだ。


 迷宮世界に深入りすれば、危険は掃いて捨てるほどあるのだから。


 さらに一つ、気づかされた。


 クインドナの依頼の安定感だ。常闇街の女帝が俺とシルフィに課す仕事は、やはり安全なのだ。今にして思えば、充分に余裕のあるものばかりだった。


 顔役として慕われるのも無理はない。


「んっふっふ~ん♪ カレシができて嬉しいな~ッス♪」


 ギルドで金を受け取って目抜き通りの歩道を並んで歩く。


 俺の腕に抱きつくようにしてシルフィは密着しっぱなしだ。


 平たく慎ましやかな胸を懸命に押しつけてくる。柔らかさの中に青い蕾のようなかたさを残した彼女の感触が、まだ手に残っていた。


 何もかもが小さくて、少しでも荒々しく扱えば壊れてしまいそうなシルフィ――


 死にかけた勢いでこんな関係になってしまったが、彼女はこれまでにないくらい上機嫌だ。


「ほらほらゼロさんも、こんなにキュートなカノジョができたんだから、もっと嬉しそうにするッスよ」


「命じることじゃないだろ」


「ええぇ! つれないなぁ。今くらい浮かれてもいいのに」


 これが二度目でなければ素直に喜べたのだが、今になって罪悪感のようなものが重しのごとく腹に溜まった。


「どうしたんスか? お腹空いてるんスか? これからはガーネットの姐御に弟子入りして、手料理がんばるッスよ!」


 その名を出されると余計に重たい。


 ガーネットと付き合う前なのだから、彼女を傷つけているわけでもないのだし、俺が勝手に苦しんでいるだけだ。


「腹は減ってないが、ガーネットの店をたずねる前に寄るところがあるんだ」


 すぐにも女名工の元に参上して良かったのだが、確認しておきたいことがある。


 シルフィはまた嫌がるかもしれないが、俺は街の中心地に向かった。




 大聖堂に入るなり、シルフィが耳まで赤くなる。


「も、もう挙式だなんて……まだ家族に紹介もしてないのに気が早いッスよゼロさん!」


 前世オークの俺みたいな勘違いをしているな。


「いや違うから」


「ええッ! じゃあもしかして、こんな神聖な感じの場所で背徳の野外プレイッスか?」


 どこでそういった知識を学んだんだ。


「頼むから落ち着いてくれ」


「けどゼロさんは開放的な場所が好きなんスよね。大聖堂の天井の高さがたまらないとか。見られるほど興奮するとか! ぼ、ぼくもゼロさんの領域レベルに追いつけるように、がんばるッスよ」


「なんの話をしているんだお前は。ともかく少しここで大人しくしていてくれ」


 前髪をそっとあげて額に軽く口づけすると、シルフィはその場で直立不動になった。


「は、ははははいッス! ここで良い子にしてるッス」


 聖堂内のローブに身を包んだ信者たちは、俺たちが何をしようが興味を示さない。


 俺は奥の壇上にいる司祭の元に独り向かう。


「おや……先日のエルフの方ですね」


「安全祈願をきちんとしていないのに、天使族に命を救ってもらったんで挨拶に来たんだが」


 俺の言葉に柔和な表情を崩さず、若い司祭は頷いた。


「迷宮世界の中でなくとも、我々光の神の子は助け合いながら生きています。エルフもまた同じですから。今度は貴方が困っている誰かに手を差し伸べてあげてください」


 模範的解答に俺は心の中で溜息をついた。


「心がけるよ。で、俺はそれでいいんだが、命の恩人を探しているんだ。直接会って礼がしたい。けど、天使族に知り合いはいないし、こうして話せるのは司祭様くらいでさ」


「なるほど。わたくしで力になれるようでしたら、うかがいましょう」


 白魔法を伝授しろというのは無茶振りだったが、人捜しなら手伝ってくれそうだ。


「俺を助けてくれたのは、長い銀髪に黒い翼の天使族だ。服は黒いドレスで喪服みたいだったな。場所は第十一階層の塔の先だ」


 教会の封印地域に肉薄していたことについては伏せておこう。


 俺の言葉を聞いた瞬間――そう、黒い翼という単語のところで、司祭の眉がピクリと反応した。


 変化はかすかなものだが、普段が変わらないだけにわかりやすい。


「黒い翼の天使族について、何か知ってるのか?」


 もう一度確認すると司祭はそっと首を左右に振った。眉が動いたのも一度きりだ。


「申し訳ございません。わたくしにはさっぱり……もし、そのような特徴の少女がやってきましたら、貴方がたのことを話しておきましょう」


 なるほど。こいつ……知ってるな。単なる勘でしかないので、これ以上問い詰める材料は無い。


 ただ、封印地域を指定したのは教会だ。まるで全貌も全容も見えない組織だが、教会とはまったく無関係の天使族がたまたま、あんな場所にいるだろうか。


 俺は司祭の言葉にひとまずうなずいた。


「わかった。よろしく頼む。ところで最後に一つ質問なんだが、天使族は白魔法だけじゃなく、黒魔法も使えるのか?」


「エルフが白魔法を使えないように、わたくしども天使族は黒魔法を使うことができません。中立的な獣人族であれば、どちらの魔法も使う素養はあるでしょうが……」


 二つの力を使うということはなく、どちらかしか使えない……と、司祭は締めくくった。


 俺は左腕を軽くさする。


 間違い無く、黒翼の天使族は超巨大ゴーレム――ヘカトンケイルにエルフすら知らない超級魔法を放ったのだ。


 そして、俺やシルフィを回復魔法で癒やしてくれた。


 白と黒――両極の魔法を使うことは不可能じゃあない。


 何か秘密があるに違いない。が、知る術もツテも今の俺には無かった。



忙しくてちょっとボリュームダウンごめんね

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