巨兵蹂躙
中央の本体はギルド本部並みの建物が乗っかるほどの大きさで、伸びた四肢はまるで蜘蛛のようだ。
立ち向かうよりは逃げる方が先決だが、着地と同時に俺の右手は超巨大ゴーレムに向けられていた。
「逃げろシルフィ!」
「な、何してるッスかゼロさん!」
「いいから早く!」
ここは俺が食い止める。と、いうわけではない。
指先に雷撃の力を凝縮して放つ。
「上級雷撃魔法!」
ドシュウウウウウウウウウウウウッ!
指先から凝集雷光が火線を宙に走らせた。
限界まで圧縮し、解き放ったことで俺の右手の人差し指はあらぬ方向に折れ曲がり、感覚が無くなった。どうやら潰れたか。
指一本を代償に、狙うは敵の巨体を支える足の一柱。その関節部だ。
青白い閃光が射貫く……寸前で、関節部分に魔法障壁が発生して弾かれた。
「クソッ! 化け物か!」
足の一つも潰せば逃げやすいと思った俺のあては、超巨大ゴーレムの防御力によって外れてしまった。
「あの威力の雷撃魔法が通じないなんて……」
唖然としたまま立ち尽くすシルフィの腕を引っ張り、広場から廃虚の街に逃げる。
巨大ゴーレムはゆったりとした動きで四足を動かし、建物を潰しながらこちらに向かってきた。
俺もシルフィも走る。灰色の廃虚群を縫うように“塔”のある方へと向かう。
が、緩やかに見えてもゴーレムの一歩で追いつかれた。
甲高い悲鳴のような音を響かせて、ゴーレムの身体から無数の閃光が走る。
「シルフィ! 魔法障壁だ!」
「ハァ……ハァ……ど、どっちにッスか!」
「あの化け物の方に向けてだ! 早くッ!」
シルフィが立ち止まり、杖を掲げて魔法障壁を展開する。それに合わせて俺も左手で魔法障壁を重ねた。
ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
巨大ゴーレムの身体の至る所から、四方八方へと閃光が走り抜けた。先ほど俺が放った火線の数倍の威力の魔法を、数百カ所から四方八方へと放つ。
狙いなどつけていない。無差別攻撃だ。
廃虚群の高い建物がゴーレムの閃光に焼き切られ、崩落し土煙を上げた。
その光線の一本が中央の塔にも走る……が。
直撃するも塔にも巨大な魔法障壁が発生し、ゴーレムの一撃を防いだのだ。
あの塔は……生きている。
生物としての生死ではなく、建物として機能している。もしやあの塔そのものがなんらかのゴーレムの可能性すらあるぞ。
「来るッス!」
「ふんばれよシルフィ」
逃げ場はなく下手に動けば崩落の瓦礫の雨を浴びかねない。
超巨大ゴーレムの火線の一つが俺たちにも照射された。
やばい……受けきれるか……これ。
ドスンと左腕が重くなる。
馬鹿げた威力だ。階層の主級を倒したことはあるが、炎竜王アグニールが可愛く思えた。
左腕一本、引きちぎられるような魔法の圧力に耐えきれず、俺の魔法障壁は吹き飛ばされた。
「守るッス……ぼくがゼロさんを守るッスよ!」
残されたもう一枚の魔法障壁――シルフィのそれを打ち破らんと火線は勢いを増した。
俺の左手は麻痺したように動かない。
シルフィの身体が地面に沈み込んだ。
細い手足で押し潰し流そうとする魔法の濁流を、シルフィは一身に受け止める。
苦悶に歪む表情のまま、彼女は俺に告げた。
「けど……実は逃げてほしいッス。もう……無理かも……」
一粒の涙が少女の頬を伝った。
震えている。怯えている。
「ぼくが追っかけたせいでこうなったッスから……うっ……はや……く……もう……耐え……られ……な……」
見捨てて逃げろだなんて、できるわけないだろう。
俺は右手を彼女の肩に添えた。彼女の身体を通して自分の魔法障壁を放つイメージをする。
「な、なにしてるッスか」
「もう少しだけ粘ってくれ。上手くいけば……防ぎきれる」
魔法改編はセンスだというが、もしかすれば俺はエルフの常識にとらわれていないから、何の制約も受けずにできるのかもしれない。
シルフィに習った全知識を総動員しながら、彼女の魔法に俺の魔法力を注ぎ込んだ。
薄く削られ弾き跳ばされる寸前の魔法障壁が、その形状を変化させる。
鏡のように。
「反射魔法壁」
超巨大ゴーレムの火線を防ぐのではなく、偏光し偏向しその攻撃対象を変更した。
俺たちへと向けられた破滅の光は、そのままゴーレムの本体へとそっくり返される。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
自身が放った火線に本体を撃ち抜かれて、大爆発を起こすと超巨大ゴーレムの巨体が大きく揺れた。
外敵からの攻撃には魔法障壁が発動するらしいが、反射された攻撃には適応されないらしい。
シルフィがガクリと膝を着いて、杖で身体を支える。
「ハァ……ハァ……びっくりしたッス……というか……あんな黒魔法は見たことがないッスよ。新しい魔法を開発するなんて……ゼロさんって何者なんスか」
「記憶が無いってのも常識にとらわれないから、あながち悪いもんじゃないかもな。さあ、今のうちに逃げるぞ」
反射のイメージをしたのはとっさのことで、自分でも上手くいったことに驚いてすらいる。
彼女に肩を貸して歩き出した。
左腕はぴくりともしない。
右腕もシルフィを抱えるのでやっとだ。
黒煙を上げた超巨大ゴーレムに背を向けて、足を引きずるようにしながら歩きだしたのだが……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
一度は沈み書けた巨体が再びせり上がった。
超巨大ゴーレムは再び立ち上がると、今度は無差別にではなく俺たちを補足する。無数の赤い光線が、土煙上がる大地を走査した。
その光に威力はない。が、恐らく索敵をしているのだろう。
補足されるのは時間の問題だ。
「ここまで……か……」
シルフィにはもう魔法障壁を張るだけの力は残っていない。
彼女を媒体にしなければ反射魔法壁を張ることは難しい。
死ぬことへの恐怖はあるが、繰り返す度に心が麻痺していく自覚もある。
だが、シルフィは違う。
赤い光の乱舞する中、彼女は力無く口を開いた。
「ゼロさん……ははは……もうダメみたいッスね」
「まだ諦めるな」
根拠の無い言葉はエルフの少女に見透かされていた。
「死ぬ前にすごいものを見せてもらって感謝してるッスよ……こんな時だから……言うッスけど……実はぼく……ゼロさんのこと……」
俺の顔をじっと見つめて彼女は涙を浮かべた。
彼女だけでも守りたい。
俺が死ねばすべて無かったことになるのかもしれないが、それでも痛い思いも辛い思いもシルフィがする必要は無いんだ。
「最初は変わってるって思ったけど、だんだんすごいってわかって……尊敬するようになって……変かもしれないけど……その……しゅ、しゅきに……男の人として……あうぅ……噛んだッス。どうもしまらないッスね」
「こんな時に……」
「今、言わなかったら次は無いッスからね。いつの間にか好きになってたッス……ゼロさん」
最後に目一杯虚勢の笑顔を作る。
俺はまったく気づいていなかった。厚意が好意になったなんて。色々と……ダメだな。
「だから最後は一緒にいたいッス」
彼女はそっと俺の身体を抱きしめた。
俺も左腕はダラ下がったまま、右腕をほっそりとした腰の後ろの回して抱き返す。
白魔法さえあれば。装備が整っていれば。
改編魔法は生身で撃つには身体が持たない。負傷を癒やす術があれば、腕のダメージを回復してまだ戦える。
何かを探すように赤い光が、一つになった俺とシルフィに注がれた。
数百の殺意が浴びせかけられる。
俺はその赤い光を背に受けた。せめてその殺意にシルフィがさらされまいとした。
再び、魔法力が高まり超巨大ゴーレムから破壊の光が放たれる――
終わり……なのか。彼女を守ることも叶わずに。