封印地域の謎
第十一階層――城塞廃虚の塔までやってきた。
この辺りをうろつくドグーラは初級炎撃魔法でこちらを攻撃してくるのだが、撃たせる前にこちらの魔法で撃破していった。
シルフィが口を尖らせる。
「ドグーラって魔法が効きにくいッスよね」
「そうだな。ちょっと弾かれるというか、威力が減衰されてる気がする」
この階層の魔物だから問題は無いものの、常にこの手の魔物は魔法障壁が掛かった状態と思って対応するのが良いかもしれない。
紫色の陶器のような装甲は物理攻撃に比較的弱いものの、魔法防御力は侮れなかった。
足下でナビが鳴く。
「自動人形型の魔物は力量差があっても攻撃してくるから油断できないね」
小さく頷いて返す。
エルフになってからしばらく、ナビは変わらず俺を支援し続けている。
殺されたのが嘘のようだ。
俺たちは下りの祭壇から塔を目指した。
近づくと、その高さに圧倒される。天井の辺りは薄くモヤがかかって、塔の上層部は見えなかった。
塔の外壁に沿うようにして歩く。目的地は巨大な建造物を挟んだ反対側だ。
シルフィがそっと塔の外壁に触れた。継ぎ目の無い灰色の塊を軽くノックしたり指でなぞる。
「ほんっとに謎ッスね。入り口も無いなんて」
「確かにな。まあ、言い出すと切りが無いだろ。この地下迷宮世界それ自体が謎なわけだし」
相変わらず俺も自分が何者なのかはわからない。
わからないなりにここまでやってきた。
過去が無くたって、悲しいことも辛いこともわかる。幸せも喜びも感じる心がある。
「救わなきゃな……」
「え? ゼロさん今、何か言ったッスか?」
「なんでもないよ。さてと……標的について確認しておくか」
三歩先に進むと、こちらに向き直って後ろ歩きをしながらシルフィが頷いた。
「ターゲットはフライドロンっていう、空中をふわふわ浮くタイプのゴーレムッスね。弱点は目みたいッスよ。倒すと手に入る蛍石の水晶板を十枚ッス」
「確か他の魔物もいるんだよな?」
「塔の周辺から離れなければ、強力な魔物は出ないッスよ。ただ、城塞廃虚の奥の方はかなりヤバイみたいッスね」
「そうなのか?」
くるりと身を翻して俺の隣に戻ってくると、シルフィは肩を寄せるようにして上目遣いで言う。
「なんでも超巨大なゴーレムがいるみたいッス。ま、噂ッスけど。なんでも上級炎撃魔法以上の、ものすごい魔法を使うとか」
「もしかしたら、それが最強魔法なのかもしれないな」
俺の言葉にシルフィは少し不満げだ。
「うーん、確かに上級の上……超級炎撃魔法かもしれないッスけど、なーんかイメージと違うんスよね」
腕組みをしながら歩くシルフィに俺は訊き返す。
「シルフィが考える最強魔法ってのは、どういうものなんだ?」
「そりゃあ一撃必殺ッスよ。どれだけ強力でも炎撃魔法なら、遮炎防壁とか魔法障壁で軽減できそうじゃないッスか」
「確かにな。というか、攻撃魔法なら魔法障壁で防げるんじゃないか?」
「そこを突破して威力を発揮してこその最強魔法ッス」
「防御できないってのは最強だな」
俺の反応にエルフの少女は満足げに頷いた。
「そういうことッス! けど、超級炎撃魔法だって覚えられるならもちろん覚えたいッスよ。ただ、超巨大ゴーレムと戦うのは無理ッスけど」
「いつになく慎重だな?」
「倒せるものなら倒したいッスけど、教会にまで目をつけられたくないッスから」
「????}
俺がキョトンとしていると、立ち止まってシルフィは溜息をついた。
「もしかして知らないんスか。いや、知らないんスよね。そんなゼロさんに慣れてきた自分がちょっぴり嫌」
「もったいつけずに教えてくれ」
コホンとせき払いを挟んで彼女は真剣な顔をした。
「この城塞廃虚の塔より先は、教会が封印指定してるんスよ。教会の許可無き者の侵入を禁ズルって。危険だからという話ッス」
「それを言ったら冒険者なんてできないだろ?」
「まあ、ぼくも薄々おかしいとは思ってるんスよ。教会が侵入を禁止している区間っていうのは、いくつかあるんス。まあ、実際に奥地の方ばっかりなんでわざわざ出向く冒険者はいないんスけどねぇ」
シルフィの言葉は歯切れが悪い。
白魔法を教えてもらえなかった逆恨みで言うわけじゃないが、確かに怪しいな。
天使族は悪い連中じゃないと思う。オークの俺にもエルフの俺にも、彼らは常に中立的な反応を示した。オークだからと上級雷撃魔法をぶっ放してはこないのだ。
まあ、我慢してるのかもしれないが、だとしてもそれは天使族ってのが成熟した大人の種族ってだけの話。
ただ……教会にいた熱心な光の神信者の連中は、街にいる天使族よりもさらに異質で薄気味悪く思えた。
そんな連中が冒険者の自由を制限している。
本当にただ、危険なだけかもしれないが……例えば先ほどシルフィの口から出た超巨大ゴーレムの噂だって、そんなものは実在しないのかもしれない。
教会が封印した地域に、何か秘密があってそれを守るためのブラフ……ってのは、流石に勘ぐりすぎか。
俺はシルフィの頭にぽんっと優しくかぶせるように手をおいた。
「よーしよし。心配しなくても大丈夫だぞシルフィ。俺が守ってやるから」
普段なら手を振り払って「な、なにするんスか! 親しき仲にも礼儀ありッスよ!」と言いそうなのだが……。
「ま、守ってもらえるのって……なんだか嬉しいッスね。ぼくもゼロさんがピンチにならによう、フォローがんばるッス」
頬を赤くしてシルフィは素直に俺のなでなでを受け入れた。
もしかして……交渉のためと上げた魅力の影響か?
ぐるりと塔の外周を半周して、反対側に出た。
灰色の高い建物群が並ぶ廃虚の光景に、大きな変化は見られない。
が、上空から自動人形型の魔物がクラゲのように降りて来た。
ドグーラよりも小型で平べったい円盤のような魔物だ。
その身体は白っぽい陶器のようなもので出来ていた。ドグーラの上位種であろうビスクーラのそれに近い。
円盤の下から小さな突起が出ていて、そこに目玉のようなものがぶら下がっている。
かなり不気味だ。
その目玉が上空から、ギロリとこちらを補足した。
「さっそく行くッス! 上級雷撃魔法!」
杖を天にかざして魔法を発動させるシルフィ。タイミングを合わせられそうだったが、俺が魔法を共振させるまでもなく、円盤魔物――フライドロンは赤い光と溶けて消えた。
それから一時間ほど、塔からは離れずフライドロンを見つけては、上級雷撃魔法で倒すのを繰り返した。
途中、休憩を挟みもしたのだが……倒しても倒しても中々落とし物をしてくれない。
十匹倒して蛍石の水晶板を十枚手に入れるのも、百匹倒して十枚手に入れるのも、結果は同じだが手間と時間と労力的に後者は負担が大きすぎる。
そして、今回はその後者の状況になってしまった。
「なあシルフィ? 何体倒した?」
「十を超えてから数えるのやめたッス。それよりゼロさん! もうちょっとだけ先に進んでみないッスか?」
数をこなしすぎたせいか、探してもフライドロンがなかなか見つからない。塔の近辺はあらかた刈り尽くしてしまったようだ。
「ちょっとがどの程度かはわからないが、あまり奥まで踏み入ると教会の封印地域になるんだろ?」
「それはそうッスけどぉ……」
自称慎重派のわりに、忍耐力は無いみたいだ。とりあえず、二人で百体前後のフライドロンを倒して、水晶板は四枚手に入った。
一泊するなら砂漠に戻るよりは、蒼穹の森にある湖畔のロッジがいいかもしれない。
「今日は一度、これくらいにして十階層で休息を取るのはどうだ?」
「うーん、砂漠のテントよりは森の方が過ごしやすいッスけどぉ……アッ! ゼロさん後ろにフライドロンいるッスよ! ああ! 逃げちゃうッス! っていうか逃げるなあああ!」
四角い石柱のような建物の陰に、フライドロンはふわふわと入っていった。
それを追うシルフィを追いかける。
建物の角を曲がると、フライドロンは路地を縫うように右へ左へ。すぐに物陰に隠れてしまい、こちらに狙いを定めさせないような動きをしていた。
「あいつを今日の狩りの最後の獲物に認定したッス!」
「深追いは厳禁だぞシルフィ!」
「わかってるッスよ! けど、あいつ一匹くらいならサクッと倒して……」
シルフィが角を曲がった瞬間――
フライドロンは広場のような開けた場所の真ん中で空中静止して、じっとその目を俺とシルフィに向けて待ち受けていた。
広場の周囲は高い建物に囲まれていて、いわゆる袋小路だ。
「追い詰めたッスよ! 観念するッス!」
エルフの少女が杖を振り上げ魔法を構築すると、突然フライドロンの円盤丈夫が開いた。
シュボッ! ヒュルルルルルルルルルル……パーンッ!
攻撃かと身構え、咄嗟に俺はシルフィの前に魔法障壁を張る。
が、フライドロンは一発、花火のような閃光弾を上げると、浮力を失って落下した。
地面にガチャンとぶつかって散らばると、その身体が赤い粒子となって拡散する。
そして入れ替わりに、巨大な影が覆い被さるように空から降ってきた。
「ああ、実在したんだな」
天使族を疑った罰とでもいわんばかりに、炎竜王サイズの四足巨大ゴーレムが投下された。
装備の整わないうちに、階層ボス級とは……こいつはやばいかもしれない。




