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視線 <●><●>

 ※


 お仕事を受けてくれてありがとう。ゼロ、シルフィ。


 今回の納品で、あたしからお願いできる依頼はなくなってしまったの。


 また、何かあった時には二人の力を貸してちょうだいね。


 ええと、今日はそのお礼のこともあるのだけれど、少し気になることがあったのでお手紙を書きました。


 最近、あたしのお店に来ていたエルフのお得意様が、ぱたりと来なくなってしまったの。


 それも三人も。一人だけなら街を離れたのかと思うのだけど、なんだか少し怖いわ。


 三人ともお別れの挨拶も無かったし、そのうちの一人は、うちの従業員のに「お金ができたらまた遊びに来る」って約束していたのよ。


 何か事情があって急に故郷に帰ってしまったのかもしれないけど……心配だわ。


 こんなお仕事をしていると、街の噂はいっぱい聞こえてくるのよ。


 どうもエルフばかりが姿を消しているみたい。


 二人はきっと大丈夫と思うけど、充分に気をつけてちょうだい。


 ドナとの約束ね。


 かしこ


 ※




 今朝はシルフィと手分けして、彼女は納品系の仕事探し。俺は回収係を仰せつかった。


 開店前の岩窟亭で納品報酬と手紙を受け取ると、その文面に溜息が出る。


 エルフの行方不明事件については過去に……いや、ここではない未来で心当たりがあった。


 あれは俺がまだオークだった頃――


 ガーネットと一緒に二度目の炎竜王アグニールを撃破したあたりで、鍛冶職人ギルド長のゼムから訊いた話だ。


 エルフが行方不明になっている……と。


 詳しいところまでは確認しなかったが、ドワーフのギルド長がライバル関係にあるエルフの事件を心配していたのが心に残っていた。


 まあ、ドワーフまで行方不明にならないかという心配だったのだろうが、どうやらこの世界でも事件は続いているらしい。


 消えたクインドナの店の常連客エルフには、何か共通点があったのだろうか。


 三人がエルフであること以外は、夜の店に出入りしていたくらいだな。


 調べたところで一銭にもならないだろうが、ドナの忠告は気にしておこう。


 俺はその足で鍛冶職人ギルドに向かった。


 ドワーフたちが採掘道具を背負って、次々と海底鉱床方面に出勤していく。


 掘って採って溶かして作る。懐かしいようなうらやましいような気持ちだ。


 ギルドの砦のような建物一階――買い取りカウンターのあるフロアでシルフィと合流した。彼女は俺を見つけるなり、小走りでやってくる。


「ゼロさんゼロさん! そっちはどうッスか?」


 小さな犬みたいだな。なんだか可愛いというか愛らしい。


「首尾は上々だ。ただ、クインドナからの仕事の依頼は一段落みたいだな」


 エルフの行方不明事件については、シルフィも噂程度には知っている。が、一応改めて伝えておこう。


「それでドナからの伝言なんだが、どうもエルフの行方不明者が増えているらしい」


 シルフィは不思議そうに首を傾げた。


「増えてるんスか?」


「ドナの店の常連客だったエルフが突然、音信不通になっちまったようなんだ」


 クインドナからの手紙を見せるとシルフィはサッと目を通した。


「ふむふむ。ドナさんの店は男性客をとるんスよね。それならぼくは可愛い女の子だから、全然大丈夫ッスよ! 犯人はきっと性欲に支配されたエルフを天誅してる自称正義の味方ッス」


 なんて正義を行使しやがるんだ。迷惑な犯人め。というか無茶苦茶な犯人像を作りやがって。


 呆れる俺に、ぐいっと平らな胸を張ってシルフィは自信満々だ。


 このところエルフの少女は機嫌が良い。仕事を順調にこなして、錬金ギルドから紹介される細々とした依頼をこなしていた時よりも、不安定ながら実入りもいいしな。


 二人で溜めた一千万メイズ近い金だが、それらは耐熱装備と耐寒装備の予算だな。


 あまりで俺の黒魔導士としての装備を調ととのえたいんだが、杖を振って魔法を撃つイメージがイマイチしっくりこなかった。


 まあ、おいおい考えていくことにしよう。


 シルフィが俺の腕をとってくいくいと引く。


「ところでゼロさん。ぼくの方もばっちり仕事を見つけたッスよ。ちょっと遠いんスけど、十一階層の城塞廃虚の魔物がターゲット!」


「まあ、蒼穹の森までだって往復してきたんだし、それくらいは構わないんだが……」


 突然俺の脇腹のあたりを、肘の先でぐりぐりしてシルフィは笑う。ぐりぐりぐりぐりって地味に痛いから。


「なんだか乗り気じゃないッスね? ドナさんのお仕事ほどじゃないけど、依頼の品を納品できたら最低でも五十万メイズで買い取ってくれるみたいッス」


「それはすごいな。けど、大丈夫なのか? 俺たち攻撃面はかなりのものだけど、魔法防御以外の防御はからっきしだぞ?」


 意識を失うような致命傷でなければ俺は自己治癒ができるのだが、問題はシルフィだ。


 小柄で華奢で、当然撃たれ弱い。回復魔法の一つもあれば、もう少し無茶が利くんだが、なかなか世の中うまくいかないものだ。


 シルフィは「一応、あの辺りの魔物の情報提供はされてるッス。魔法耐性の高い魔物もいるッスけど、そいつらは相手にしなければなんとかなるんじゃないッスか?」と、楽天的だ。


 このところ失敗らしい失敗もないから、自信がついたのかもしれないな。


「自信を持つのはけっこうだが、油断に繋がるようじゃまずいぞ」


「死にたがりな戦い方をするゼロさんにだけは言われたくないッスよ」


 べーっ! と、舌を出して彼女は俺をにらみつけた。


 まあ、この調子ならシルフィにも“場合によっては逃げる臆病さ”が残ってそうだ。


 さてと……シルフィが鍛冶職人ギルドで見つけてきた依頼をこなせば、目標額の一千万メイズには届きそうだけど、その前に駄目元で一つ試してみるとするか。


「まあそう怒るなって。依頼について詳しく訊かせてくれ」


 シルフィに切り出しつつ俺は歩き出した。


「あっ! ちょっとゼロさんどこに行くんスか?」


「野暮用だ。一緒に着いてきてくれ。話は歩きながら聞くから」


 シルフィは「もう! 勝手なんスから。うう……けど、最近なんかゼロさんに逆らえないッス。調教されつつあるッス」と、冗談っぽく呟きながら、俺の隣に小走りで並んだ。




 そして――


 エルフの少女を引き連れて、やってきたのは街の中心にドカッとそびえ立つ光の総本山。


 大聖堂だ。ドワーフや獣人族も見られるが、聖堂付近は天使族の姿が一気に増える。


「あ、あわわわ……やばいッスよここは!」


 聖堂に踏み入ろうとする俺の服の裾を引っ張って、シルフィは首をいやいやと左右に振った。


「何もとって喰われやしないだろうに」


「周り見えてるッスか? エルフのエの字も無いッスよ!」


 対立というわけではないが、教会と錬金術ギルドは相互不干渉的というのが最果ての街における暗黙の了解らしい。


 知らぬ存ぜぬを決め込んで、俺はシルフィの腕をとって引っ張りこむ。


「ひいいいい! やめるッス!」


「俺たちはどうせ錬金ギルドのつまはじきものだろ? それにほら、シルフィだっていつか誰か素敵な人と、こういうところで挙式したりするかもしれないんだし。下見のつもりで行ってみようぜ」


 途端にシルフィの顔が耳の先まで真っ赤に染まった。


「きょ、きょ、きょおおおおおおお!」


「大声出すなよ。迷惑だろ?」


 感情がまるで存在しないような天使族の信者たちは、黙々と祈りを捧げている。


 耳の先を力無く垂らして観念したシルフィの手を引き、俺は奥にいる司祭の元へと向かった。


 司祭は若い天使族の青年だ。頭からフードをかぶっており、柔和な微笑を浮かべている。


 喜怒哀楽のどれにも属さない、ただただ穏やかな顔つきだった。


 背中の翼は立派なもので、巨大な白鳥のようだ。


「エルフの方が祈りにこられるとは珍しいですね」


「ああ。次の旅の安全祈願もしていこうと思うんだが、司祭様に相談があって参上した」


「わたくしで力になれることでしたら、なんなりと」


 意外に話せるじゃないか。多額の寄付がなければ白魔法を教えてくれない銭ゲバ守銭奴教会というのは、俺の勝手かつ一方的な思い込みだったか。


 単刀直入にお願いしよう。


「俺に初級回復魔法を教えてください。お願いします。必要なら寄付もします」


 ナビには「エルフは白魔法が使えない」と言われて、実際オークの頃に使えた白魔法を使うことはできなかった。


 そもそも信仰心を上げていないのだし、無理は承知だ。


 頭を下げると司祭は俺の肩にそっと手を当てて膝を折りしゃがみ込んだ。


「そのように頭を下げないでください」


 おお! まさかの脈有りか!? 顔を上げると司祭は変わらぬ微笑のまま、俺に告げた。


「そして、どうかお引き取りください。わたくしではお力にはなれそうにありません」


 眉一つ動かさない司祭には、有無を言わせぬ“凄み”があった。




「ほんと常識外れにもほどがあるッスよ! 白魔法を使おうとするエルフなんて前代未聞ッス!」


「いやぁ~白も黒も同じ魔法なんだし、道中で回復魔法一つあるのと無いのとじゃ大違いだし」


 腕を後頭部に回して掻きながら、シルフィに背中を押されて大聖堂の外に出る。


 救いは周囲の信者たちが、俺たちには気ほども興味を示していないことだ。


 無視が心地よかったりありがたかったりするなんて、貴重な経験だな。


 シルフィだけがキャンキャンと子犬のように、俺に向かって吠え続けた。


「まったくもってダメエルフッスよゼロさんは! 魚が空を飛べますか? 鳥が海を泳ぎますか?」


「ペンギン型の魔物は泳ぐし、地底湖島の海には空飛ぶエイとかいるだろ?」


「魔物基準で考えるのもブッブーッスよ!」


 両手を胸元で×の字にさせて、シルフィは俺を下から見上げるようにして睨む。


 が、ふと――


 俺は振り返った。大聖堂の扉は開け放たれ、中は薄暗い。最奥に光射すステンドグラスの神々しくも荘厳な絵巻が広がっているのだが……。


 視線を感じた。


 誰かに見られているような気がする。


 が、司祭ではない。彼は信者に祝福を授けているところだ。俺の事など眼中に無かった。


「どうしたんスか? ぼーっと聖堂の中を見て……まさか、まだ諦めてないんスか?」


 シルフィは怪訝そうだ。


「いや、そうじゃないんだが……なあシルフィ。誰かに見られてないか?」


「だーれも、ぼくたちに興味なんて示してないッスよ?」


 俺は足下を確認する。


 ナビはずっと俺から離れすぎることなく、今は足下付近にまとわりつくように着いてきていた。


「どうしたんだいゼロ?」


 ケロっとした顔でナビは俺に訊き返す。


 どうやら視線を感じたのは俺だけのようだ。


 前にもたしか、常闇街付近まで行った時に似たような気配があった。


 もう一度、聖堂の奥をエルフの瞳で見据えると……気配など最初から“無かった”ように立ち消えた。


 うーむ、気のせいなのだろうか。監視されたり狙われるような恨みの買い方なんてしただろうか。


 あっ……してたなそういえば。


 もしかするとリチマーンの手の者かもしれない。白昼堂々襲ってくるようでもなかったが、街の中でも少し注意が必要かもしれないな。

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