初めての死闘
蒼穹の森における最強の魔物――獅子ウサギ。
燃えるようなたてがみを生やした巨大なウサギ型の魔物だ。
体毛は茶色で大型のクマほどの巨体だが、長い耳や手足の作りはウサギのそれである。瞳は金色をしており、じっと森から続く獣道を見据えていた。
手先は器用らしく、巨大な杵を手にしている。それを易々振り回すというのなら、膂力は他の魔物たちと一線を画すレベルだろう。
こうした強い魔物はたとえ冒険者に倒されても、森のどこからか新しい個体が現れて祭壇を守る……とは、ナビが街で耳にした情報だ。
足下でナビが俺に告げた。
「月に一度、夜の光球が完全に消える新月の時だけ獅子ウサギは眠るみたいだよ。あと二週間待てば安全に先に進めるね」
「そういう情報は早く言えって」
判っていれば比較的安全な湖畔でチャンスを待つという選択肢もありだった。
「ゼロ……ボクはキミを導く者として自分なりに考えているつもりだよ。事前情報の全てをキミに伝えても混乱するんじゃないかな?」
赤い瞳をくりっとさせてナビはじっと俺の顔を見上げる。これは俺が良くなかったな。強敵を前にして、柄にも無く緊張したらしい。
「お、おう……その、悪かった。配慮してくれたんだな」
「ボクの方こそごめんね。これからは少し先の事でも相談するよ」
こいつはこいつなりに俺の事を考えてくれているんだし、ここで責めるのはお門違いだ。
「なあナビ。獅子ウサギについて分かる範囲で教えてくれ」
「すぐに戦うつもりかい?」
「武器もあるしスキルも覚えた。そもそもこいつを倒せないなら、この先やっていけない……違うか?」
身体も大きく鈍重なオークの俺が、見晴らしの利く開けた草原の真ん中に陣取る獅子ウサギに奇襲を仕掛けるのは不可能に近い。たとえ森の中を迂回して背後を取っても、ウサギ系の魔物なら接近途中でこちらに気づくだろう。
あの長い耳はいかにも音や気配を拾いそうだ。
覚悟の眼差しを向けた俺に、ナビは小さく頷いた。
「わかったよゼロ。獅子ウサギはウサギだけあって素早いんだ。それから蹴りが強力だよ。ジャンプからの武器の振り下ろし攻撃には気をつけてね」
「蹴りまであるのか。まあウサギが脚力を活かさない手はないよな」
ここにたどり着くまで、両手両足の指の数では足らないほどの魔物を葬ってきた金色槌――ゴルドラモルゲンシュテルンの柄を両手で握って、俺はゆっくり息を吐く。
ナビが耳と尻尾をうなだれさせながら忠告した。
「本当に無理だと思ったら退却をオススメするよ。祭壇を守る魔物は一定以上離れると追ってこないらしいからね」
陽動にも引っかからず守るべき祭壇を放棄しないとは見上げた根性だ。
ナビに告げる。
「魔物にはお前のことが見えないとはいえ、戦いで巻き添えを食うかもしれないからな。ここで待っていてくれ」
「わかったよゼロ。きっとキミなら勝てるよ」
赤い瞳がかすかに潤んだように見えた。
ナビの励ましに頷いてから肺いっぱいに息を吸い込んで、腹にまで空気をため込むと、吐き出す勢いとともに俺は声を上げた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
獣のような咆吼とともに、大樹の陰から飛び出すと猪突猛進する。一直線に標的へと向かい、モルゲンシュテルンを獅子ウサギの脳天めがけて叩きつけた。
が、俺の一撃は素早く構えられた杵の柄に阻まれた。獅子ウサギに押し返されて半歩下がった途端、杵が鼻面をかすめる。
やばいにおいがプンプンだ。事前情報通り、こいつは図体に見合わず素早い。力で互角でも俺には速さが足りていない。
再びモルゲンシュテルンを食らわせようと身構えた時には、獅子ウサギの前蹴りが俺の腹に炸裂していた。
「――ッ!?」
派手に後方に吹き飛ばされて、俺は草原を転がった。衝撃が内臓にまで届いて、一瞬呼吸が止まったじゃないか。ったく、オークじゃなければ今の一撃は致命傷だ。
敏捷性と力を兼ね備えているなんて、まったく困った魔物だな。
俺は立ち上がろうとして、判断をキャンセルするなり、その場で樽のようにゴロゴロと転がった。
たった今、俺が倒れていた場所に空から獅子ウサギが降ってきて杵の一撃を加える。
ズドンと射貫くような音が草原に響いた。
ナビが注意しろといっていたジャンプ攻撃だ。転がっていなければ、立ち上がる間に頭部を吹っ飛ばされていたかもしれない。
杵の一撃によって地面が陥没し、今し方俺のいた場所に小さなクレーターができあがる。叩きつけた杵は地面にすっぽりはまって埋没し、獅子ウサギはそれを抜くのに手間どっていた。
その隙に立ち上がり、モルゲンシュテルンを構え直して敵を注視する。
ズボッと杵の先端を地面から引き抜くと、獅子ウサギもこちらをじっと見つめて鼻をヒクヒクとさせた。
よくぞ避けたな。次は外さん……とでも言わんばかりだ。
あのジャンプ攻撃を食らったら、さすがにやばい。やばい。やばい……が、勝機はそこにあった。
モルゲンシュテルンの柄をギュッと握りしめ、じりじりとすり足で距離を詰める。今の俺がコイツに攻撃を当てられるとすれば、カウンターしかない。
互いに手も足も出さず間合いが詰まる。俺は再び得物を大上段に構えた。両腕を振り上げ腹を晒すと、すかさず獅子ウサギの蹴りが飛んでくる。
かかったな! わずかに後ろに跳ぶ意識を持ちながら、獅子ウサギの蹴りを受けて再び俺は草原に転がされた。
が、今度は蹴りを受けるのも計算のウチだ。一呼吸おいて身をよじり、寝返りをうつように転がりながら立ち上がった。
そして叫ぶ。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
仕掛けた時と同じような叫び声だが、今度のそれはスキル混じりのものだった。
ウォークライ。自分自身を鼓舞し相手を怯ませる技は、空中に飛び上がった獅子ウサギが、落下の加速を込めた一撃を打ち下ろす寸前で、その威力を発揮した。
体勢を崩して杵を振り下ろしながら着地した獅子ウサギは、杵をまっすぐではなく斜めに地面に叩きつけて陥没させ、無防備になった。
そこにすかさずモルゲンシュテルンの一撃を加える。獅子ウサギの横っ面を吹き飛ばす勢いでフルスイングした。
バキャンッ! と砕ける手応えが両手に伝わるが、余韻に浸る間もおかず二発、三発と打ち据える。
杵から手を離してよろめいた獅子ウサギが、前掛かりで俺にしがみつこうと両腕を伸ばす。が、冷静に一歩下がってから、その手を避けて得物を下段からアッパースイングし、あごを砕いた。
それがトドメの一撃となった。
顔を空に向けたまま獅子ウサギの身体が光に分解される。すかさず森の木陰からナビが飛び出して、その光を額の赤い宝石で回収した。
「すごいよゼロ。まるで前に一度戦ったことがあるみたいな手際の良さだね」
緊張が解けた途端、どっと疲れを感じた。肩で息をしつつナビに返す。
「ハァ……ハァ……ナビが事前に忠告してくれたおかげだ」
「おめでとう。今の戦いでレベルが上がったよ。ステータストーンを使うかい?」
「ああ。頼む」
ナビの額の宝石から光が溢れてまとまると、六面体ダイスに早変わりした。
握って「6よ出ろ」と念じてから放り投げる。
草原を転がったステータストーンの出目は3だった。
名前:ゼロ
種族:オーク
レベル:7
力:F+(24)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:ゴルドラモルゲンシュテルン レア度B 攻撃力80
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分