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儲けの力学

 それから数日――


 火炎鉱山での地道な修行によって、レベルも上がった。狩りに行ける範囲も増えてきたのだが、問題は錬金素材の買い取りについてだ。頭が痛い。


 同じものばかり納品していると買取額が落ちてしまう。薄利多売は旨味が無い。


 なので狩り場を細かく変えているのだが、鍛冶ギルドや裁縫ギルドなどではどうにも扱えない代物が手に入る。


 常闇街には、なんでも買い取る闇市なんてものもあるらしいんだが、あいにくそっち方面のツテは無かった。


 錬金ギルドの買い取りカウンターで、俺は受付担当者の眼鏡エルフをにらみつける。


「どう考えても査定額がおかしいだろ! 加工済みの精霊結晶だぞ? 十万メイズはくだらないだろ!」


 水と風のエレメンタルが希に落とす遺跡平原産の希少アイテムだ。


 胸に主任のバッチをつけた担当者は、緑と青の中間のような色味の宝石のような結晶体を、白い綿手袋をはめた指先でつまみ上げた。


古代文字エンシェントの刻みが少々甘いですね」


 グッ……さすがにギルドの窓口を任されるだけあって鑑定眼は確かだな。そのことはシルフィ自身も言っていた。


「性能は充分に出てるはずだ」


 とはいえシルフィの錬金術の腕前そのものは、かなり高い。トップクラスになれないのは、彼女の使う機材のレベルが腕に追いついていないからだ。刻みの甘さもランクAの加工道具でなければ無理という話である。


 主任はそっと眼鏡のブリッジを左手の中指で押し上げた。


「こういった加工品は誰が作ったかというのも重要ですから。こちらの提示額より上がることはありません。ルールに従ってください」


 仕事はできるが融通は利かない。というか、自分の仕事にプライドを持っているからこそ、決められた査定のルールそ遵守するって感じだな。


 製作者のシルフィは待合ロビーの長椅子から立って、腕組みすると悔しそうな顔のまま……首を縦に振る。


「わかった。それでいい。ったく……」


 結局、四万七千メイズでサインした。加工の手間を考えれば赤字もいいところだ。


 買いたたかれて敗北気分を引きずったまま、俺とシルフィは早々に錬金ギルドから立ち去った。


 外に出て通りを並んで歩きながら、シルフィが吠える。


「くっっそムカツクッス! ああもう! こうなったら闇市に流すッスよ」


 そんなことが発覚すれば錬金ギルドから追放処分されかねない。


「昼間の大通りで声を大にして言うことじゃないだろう。落ち着けシルフィ」


 錬金ギルド長のリチマーンを敵に回した結果、ギルドが認定する錬金術士の信頼度評価をシルフィは最底レベルに格下げされてしまった。


 仕事の斡旋や依頼も無くなり、失業状態だ。ギルドを敵に回して、この街で生きていけるなよという、リチマーンの高笑いがどこからか聞こえて来そうだ。


 と、思っていたところで、多脚馬スレイプニル四頭立ての立派な馬車が通りの真ん中を錬金ギルドの建物に向けて走ってきた。


 豪華な装飾や金細工で飾られた客車が、不意に道の脇を歩く俺たちに横付けした。


 小窓が開いて中から顔色の悪い、細身のエルフが鼻で笑う。


「おんや~! 最近ギルドに貢献しないもんで信頼を失っているヘボ錬金術士のシルフィーネじゃありゃあせんか?」


 リチマーンだった。こう、会いたくないという一番のタイミングで出くわすのは、本当にたちが悪い。


 シルフィがにらみ返す。


「意図的にぼくを狙い撃ちにしたくせに」


「何週間も仕事をしなかっただーれかさんの自業自得でしょうに?」


 これは俺につきっきりで黒魔法を教えたことが原因だ。つまり俺のせいでもある。


 リチマーンは口元を嫌らしげに


「ま、そうでなくとも、無くて難癖いくらでもつけてさしあげますけどね。ふはっはっはっは~! コレに懲りたら実家に帰ったらどうでしょーかねー? では失礼」


 パタンと小窓を閉じて、リチマーンを乗せた馬車は錬金ギルド方面に駆けていった。


「あいつの上級雷撃魔法サンダーフレアぶちカマしていいッスか? いいッスよね!」


「こらこら、オークに迫られたわけでもあるまいに」


 自分で言っていて変な汗が背中に浮かぶ。が、シルフィは突然「ぷふっ!」と吹き出した。


「あは、あはははは! めっちゃわかるッスよその例え! 今までで一番面白いッス」


 どうやらシルフィは「オークに雷撃」がツボったらしく、機嫌の悪さもどこかに吹き飛んでいったようだ。


「あーもうお腹痛い! ゼロさんって時々すごいこと言うッスよね」


「そ、そうかぁ?」


「いや本当に不思議ッスよ。ガーネットの姐御に気に入られるのも無理ないッス」


 魅力は一切上げていないんだが……。


 そういえば、そろそろ知性と敏捷性がカンスト間近だ。


 あと一極上げるなら、狩りの効率を上げるためにも運なのかもしれないが、こと買い取りに関しては交渉力が重要になってくる。錬金ギルドではリチマーンに目をつけられてしまったのと、厳格な査定で苦戦するのだが、鍛冶や裁縫など他のギルドでは、担当者に好意的に見られる方が有利に働きがちだ。


 個人売買では言わずもがな。


 つい、シルフィに相談してしまった。


「なあシルフィ。魅力的な男と幸運な男だったら、どっちがいいと思う?」


「いきなり変な質問ッスね」


「あまり深く考えないで、直感で答えてくれ」


「そりゃあ魅力的な方がいいッスよ。ゼロさんは正直顔は好みッス。それにエルフらしくもなく妙にタフだったり、ドワーフ相手に物怖じしない度胸もすごいッスけど、異性としての魅力がまるで無いッスから」


 上げて落とすなよ。まったく。


「シルフィが考える異性の魅力っていうのはどういうものなんだ?」


 訊いた途端に彼女の耳が先端まで赤くなった。


「そ、そそそそういうことを訊かないで察してくれるのが素敵な男性ッスよ……ばかぁ」


「ばかとは失礼な。こっちは至って真面目に質問してるってのに」


「も、ももももしかしてゼロさん、女の子にモテたいんスか?」


「まあモテる方がいいとは思うが、加えて魅力的な方が交渉事には何かと有利だと思ってな。錬金ギルドの買い取りがこの調子だと、せっかくのシルフィの錬金術も活かせないだろ? 


 加工品を買いたたかれるなら、他のギルドと仲良くなって販路を広げるのも手かと思ってさ」


 シルフィはぐったりうなだれた。


「なろうとおもって魅力的になれたら、誰も苦労しないでモテモテッスよ」


 まあ、魅力をいくら上げようとも、相性を覆すにはそれこそ街でたたえられるような英雄的な実績が必要だろうし。


 オークだった頃、炎竜王を討伐して俺は街の英雄になった。


 魅力は数値に表れない実績や評判も関係してくる。


 しょげ気味なシルフィに俺は笑顔で返した。


「そう落ちこむなって。これから俺とシルフィの評判も上げていけばいいんだからさ。他の冒険者が取りに行けない素材を手に入れられるようになってからが本番さ」


 そのためにもどんな需要があるのか、知る必要があるな。


 今日は狩りには出ないで、街に数あるギルドや店をシルフィと回ってみることにした。




 魔物と原生動物の違いは、倒した時に赤い光になるかどうかという点だ。


 森のウサギやシカといった生き物は、狩猟の対象になる。最果ての街の近くに広がる森は、そういった野生動物の宝庫だった。


 狩人がいくら狩っても狩りつくせない豊穣の森だという。まあ、狩猟ギルドの連中は乱獲はせず、街での需要と供給が安定していた。


 ポイントはそれらの動物の中に希に見つかる、極上の肉質をもった野牛などだ。


 魔物並みに強く、個体数はすくないので森でも滅多にお目にかかれないらしい。


 この極上牛は一頭で五千万メイズの値がついたこともあるという。


 今の俺とシルフィにつけいる隙無し。


 農作物方面はというと、こちらはチャンスがあった。


 農業に従事する種族は様々だが、比較的多いのは獣人族やドワーフ族だ。


 常闇街になじめないオーク族やゴブリン族なんかもいるらしい。


 広がる大穀倉地帯では、様々な作物が植えられている。その作物の育成を早めたり、より実りを多くしたり、味を良くするのに錬金術で合成した肥料が役に立つというのだ。


 怪我や病気に効く魔法薬に関しては、実は需要が限られる。


 多少の信仰心と一定の寄付金さえあれば教会が治療してくれるし、ある程度白魔法を使えるようになると自分で治療ができてしまうので仕方なし。


 シルフィ曰く「治療用じゃなくて毒とかハイになるやつとか、エッチな気分になる薬の需要ならあるんスけどね」とのことだ。常闇街案件だな。


 ビジネスチャンスは間違い無くあるだろうけど、下手に関わり合いになると危険に思えた。こんなことなら、強面のオークの時に一度くらいは行っておけばよかったかもな。


 常闇街の近くまではやってきたが、昼間にもかかわらずどことなく暗くよどんだ空気に、俺もシルフィも回れ右した。


「さすがのゼロさんも無理みたいッスね。あそこはオークの巣窟ッスよ」


「誰かさんが出会い頭に魔法をぶっ放すかもしれないしな」


 いそいそと退却するのだが、ふと後ろから誰かにじっと見られているような気がした。


 こういった視線は決まってナビのものだが、青い小動物は尻尾をピンっと誇らしげに立てて、俺のあとをトコトコと着いてきている。


 立ち止まらずに首だけ振り返るが、その時には視線の気配は消えていた。




 ざっくりとではあるが、今のこの街の需要と供給について改めて考えることができたな。




1.生活に関わり合いのあるものは需要も供給も安定している。故に大きな稼ぎは見込めない。


2.毒薬や媚薬などの常闇街案件は、リスク分の上乗せも期待できるが、トラブルは多そう。


3.一攫千金が狙えるのは希少アイテム。ただし、強力な魔物と戦うために必要な装備や消耗品の需要は少ない。金持ちがその余り有る財貨を見せつけるための成金装備や、最果ての街を離れて故郷に持ち帰る特別な記念装備などが人気。(ガーネットの蓄財は主にこのパターン)




 街に夜が訪れる頃、俺たちの方からガーネットの店を訪れた。


「せっかく来たんだし、今日はアタイがごちそうするよ。まあ男はリビングでどっしり構えてなって。シルフィは手伝ってくれるさね?」


「は、はいッス!」


 エプロン姿のガーネットが有無を言わさず一階のキッチンにシルフィを連れ去った。ドワーフ流の料理を教わるチャンスだなシルフィ。


 独り、二階のリビングに取り残されてしまった。


 掛けたソファーの下からナビが顔を出す。


「勝手に寝室に入ったり物色するのはいけないよゼロ」


「そんなことするわけないだろ。ったく」


 ソファーが前より大きく感じた。


 部屋にはガーネットの匂いがする。


 ああ、なんだろうか。ここにいると、どうにかなってしまいそうだ。


 料理が出来るまでしばらく俺は、リビングで身もだえてしまった。




 食卓を三人で囲んだ。肉が苦手なシルフィに合わせて、並んだのは茹でた芋や野菜が中心だ。食事を済ませると俺とシルフィで台所を片付けた。


 ごちそうになってばかりで、まだ何一つガーネットには恩返しができていない。


 食後にシルフィがお茶を淹れた。


 ガーネットはそれにたっぷりハチミツと、教会で寄付して分けてもらったという強化葡萄酒をカップに入れる。


 お茶というよりも、もはや酒だな。


 それで唇と喉を湿らせてから、ガーネットは俺の顔を指さした。


「ちょっとは勇ましくなってきたね。金儲けで苦戦してるのは料理の最中にシルフィから訊いたけどさ、儲けたいなら他のエルフが手出ししない場所を探せばいいんじゃないさね?」


 簡単に言ってくれるがその通りだ。


「どこか心当たりはあるのか?」


「ん~。アタイはほら、ドワーフだからねぇ。初級の回復魔法しか取ってないけど、治癒や浄化系の魔法も覚えりゃ死毒沼地も行けるようになるのさ。あそこはエルフ連中が欲しがる茸だの薬効のある植物だのがあるんだろ? 欲しいものがあるのに白魔法が使えなくて苦労するなんて、ちょっと気の毒だねぇ」


 死毒沼地にエルフが行かないのは、あの辺りの魔物と相性が悪いという点につきる。


 不死系は魔法で燃やせば済むのだが、毒だの麻痺だのを使ってくる魔物のオンパレードだ。魔法薬で治療もできるが、薬代の方が高くつきかねない。


 そこで他の種族の冒険者たちが、植物系の魔物の素材や、生えている茸類なんかを集めてエルフの商店に売ったりもしている。


 かく言う俺もそうやってお金を作ったわけだし、新米冒険者が集めた素材が高く買い取られるのは、最果ての街から遠く離れた場所からやってくるからだ。


 とはいえ金策だけのために十階層まで戻るのは、流石に骨が折れる。


 こういった話は料理を手伝いながらさんざんしたのか、シルフィの顔には「万策尽きた」と書いてあった。


 そっとお茶のカップを両手で包むようにして、シルフィがうつむく。


「どこかに大金落ちてないッスかねぇ」


 おいおい、ストレートすぎるな。


 しかしまあ、このままだとらちがあかないのは確かだった。

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