目指せ一千万の道
目標はひとまず一千万メイズを稼ぐこと。それぐらいできなくて、最強魔法も神鉱石も手には入らないだろう。
強い魔物を倒して貴重な素材を手に入れるのが、最も近道だ。
とはいえ、二十階層に棲息する魔物は比較的大人しい。
最果ての街を中心に、街の周辺や穀倉地帯に出るのは、作物を食い荒らすような害獣くらいだった。こいつらの駆除という仕事もあるにはあるが、魔法をぶっ放して畑まるごと焼き払うなんてことになったら、目も当てられない。
弱い魔物に用はないのである。
それこそ海底鉱床や、森の奥地にでも深入りしなければ、強い魔物と出くわすことは無さそうだ。
が、しかしである。海底鉱床はドワーフがいなければ迷子になるのが目に見えているし、森に入るにしても獣人族の案内人がいないと、効率の良い稼ぎは見込めない。
案内人を雇うにもお金が掛かるのだ。
なにより魔法の属性を活かすのであれば、極端で厳しい環境こそが最良だろう。
炎と氷と雷という、属性と相性を利用しない手は無いのだから。
なので俺は、数メートル先が熱気で揺らいで空気が歪む。呼吸するだけで肺が焼けそうな炎熱地獄を選択した。
「だからって勘弁して欲しいッスよぉ。熱いし息苦しいしぃ。ボクみたいなエルフの美少女に火炎鉱山ほど似合わない場所はないッス!」
青い差し色の入ったローブ姿で、手には杖を構えてシルフィがブーたれた。
俺は杖は買わずに、革製の指ぬきグラブを装備している。
困ったことに、魔法力のコントロールがまだ安定しないせいか、杖で増幅すると余計に魔法が不安定になるのだ。
それに、魔法の放出についても手のひらから放つ“拡散”と指先に集める“収束”で、使い分けるには、杖を使わない方が直感的でわかりやすかった。
杖やロッドを使わない黒魔導士は、シルフィ曰く「非常識にもほどがあるッス」とのことだ。
装備の浮いた分も合わせて、手持ちの金をはたいてキャンプ用品やらザックやら、冒険に必要な道具一式を買いそろえ、やってきたのが第十八階層の火炎鉱山だった。
本当なら燃えにくく熱にも強い耐熱素材のローブが欲しいところだが、そういったものを買えるほど財布に余裕は無い。
熱に強いアラミダ布の装備が恋しい。そこかしこから上がる火の粉や魔物の吐く炎で、普通のローブなどあっという間に燃えてしまいそうだ。
鉱山一階――沸騰する赤い川の流れる坑道で、俺とシルフィは“狩り”を始めた。
鉱山なら鉱石を採掘すれば修行と一石二鳥に思えるのだが、あいにく俺もシルフィも火炎鉱山で採れるような、良質な鉱石を掘り出す技術を持っていない。
「もういきなり汗だくッスよぉ」
「ちゃんと水分補給しつつ上空警戒な」
坑道を進み大空洞地帯に出ると、柱のような岩が建ち並ぶ。その柱と柱の間に火炎蜘蛛が巣を張っているのだ。
連中のテリトリーに入った途端、巨大な蜘蛛が空から降ってきた。
俺はシルフィに横っ飛びでタックルをして、落ちて来た巨大蜘蛛の飛びかかり攻撃から彼女を守った。
伊達に知性だけでなく敏捷性も高めていない反応速度ってやつだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ! 虫じゃないッスかキモイッス!」
事前に説明していたのに、シルフィは悲鳴を上げる。
「驚く前に攻撃しろって! 初級氷撃魔法!」
獲物を仕留め損なって着地した火炎蜘蛛に、シルフィを抱えるようにして倒れたまま俺は右腕を突き出し、手のひらから氷結するツララを撃ち出した。
シュババッ! シュババッ!
二連射する。魔法に反応して火炎蜘蛛は大きくバックステップで距離を取ったが、それに合わせて魔法は追従し、直撃すると長い多脚の先端まで、蜘蛛の身体を氷漬けにして粉砕した。
赤い光が溢れるや、ナビが上機嫌に尻尾を振って近づき、その光を額の紅玉に回収した。
「ふぅ。なんとかなったな」
「い、いい、いつまで抱きついてるんスか!」
「おお、悪い悪い」
シルフィの身体を解放し、先に立って手を差し伸べると「次は大丈夫ッス。ちゃんと攻撃に合わせるッス」と、彼女は俺の手を取らずに立ち上がった。
危ないところを助けてやったんだが、可愛くないヤツだな……ったく。
「「初級氷撃魔法ッ!!」」
二匹の火炎蜘蛛を前に、俺とシルフィの声が同時に響いた。二人分の氷撃が同じ標的に向かって飛ぶ。
「ちょ! 今のタイミングならゼロさんは左にいる蜘蛛を狙うべきッスよ!」
「いやお前の方が左のやつに近いだろ!」
「物理的な距離は魔法じゃ関係ないッスから! ああもう!」
火炎蜘蛛一匹が俺とシルフィの魔法でガチガチに凍り付く。
無傷のもう一匹が糸を吐き出して、シルフィの身体に巻き付き締め上げた。
ふわっとしたローブが密着状態になったが……ああ、うん。胸だけでなく腰のくびれもあんまり無いんだな。
と、そんな確認をしてる場合じゃない。
「初級氷撃魔法!」
すぐさまツララを連射して、シルフィを拘束した火炎蜘蛛を凍らせ打ち砕いた。
1.5匹分の経験をナビが回収する。どうやら最初の一匹は、俺の魔法とシルフィの魔法が同時に炸裂して、経験も山分けになったようだ。
身体に巻き付いた蜘蛛の糸が赤い光に溶けて消え、シルフィはぐったりと耳を垂れさせた。
「なんでこんなキモイ虫と戦わなきゃいけないんスか」
「愛くるしい小動物系の魔物を相手に全力攻撃するよりは、憎らしい敵の方がやりやすいんじゃないか?」
「ポジティブというか物は言い様ッスね……ハァ……こんなに暑いと魔法の構築に支障を来すッスよ。もーやだー! 汗でびしょびしょッス。下着までべったりッスよぉ。不快指数が限界突破ッスう~。つかーれーたー! シャワー浴びたいッスよ~!」
まだ一時間も戦っていないのにコレか。
どうやら火炎鉱山の環境はエルフには相当応えるらしい。
オークだった時の俺も暑さや熱さには弱かったが、そこは装備の良さでなんとかカバーしていたわけだ。
で、今の俺はというと息苦しさは感じるものの、超回復力の恩恵からか、魔法を撃つ集中力は充分に確保できていた。
「自分の運動不足を棚に上げるな」
「エルフは基本的に頭脳労働ッスからね」
シルフィはエヘンと胸を張るものの、普段の生意気っぷりはすっかりなりを潜めていた。しょぼくれながら付け加える。
「ゼロさんがエルフのくせにタフすぎるんスよ」
「まあ鍛え方が違うからな」
「だいたい火炎鉱山の魔物相手に戦い慣れしてるエルフなんて、聞いたことないッス」
エルフは弓術型なら森の魔物や空を飛ぶ魔物を得意としている。
黒魔導士型のエルフはというと、魔法に弱いエレメンタルなど、与しやすい相手を選んで戦うらしい。
確かにそれは楽かもしれないが、同じような魔物ばかり相手にしていると応用が利かなくなりそうだ。
探求を目指すシルフィだったから、火炎鉱山まで着いてきたのかもしれない。他のエルフじゃ提案却下だろうな。
とはいえ、シルフィ自身が思っていたよりも、火炎鉱山は温くない。
俺はレベル99――オーク一生分は鍛えてきた。
ということも考えると、最初から俺は並みのエルフではないのだからずるい。
一度は制覇してる俺と、初見の彼女を同列にはできないな。
ペースを落としてシルフィに合わせた方がいいかもしれない。
「よし、じゃあ今日はこれくらいにしておくか。お前じゃ俺に合わせるのは大変だろうし」
「女の子相手なんだし、もっと言い方があるんじゃないッスかね~ゼロさん」
あっかんべーをして虚勢を張るシルフィに、俺は「まあそう言うなって。良いところに連れていってやるから」と笑って返した。
初日の狩りはここまでだ。
儲けとしては少ないが、火炎蜘蛛の糸繭を二つ手に入れることができた。
そのままでも一つ二万メイズで売れるだろう。これをシルフィが錬金術でアラミダ糸にすれば、革製品や布を扱う裁縫ギルドでもう少し高く買い取ってもらえる。
まあ、手数料だなんだ差し引いても手元に六~七万メイズくらいは残るだろう。
一千万メイズへの道は険しいな。