ドワーフ姐御と飲みに行こう!
俺とシルフィをお供に引き連れてガーネットが岩窟亭の扉を叩く。
店の奥にあるお気に入りの席につくと、獣人族の給仕の少女がやってきた。
まだ天球は明るいが、仕事を終えて風呂上がりの一杯を楽しむドワーフたちで、店内はガヤガヤわははと賑やかだ。
尖った耳を押さえるようにしてシルフィが眉間にしわを寄せる。
「なんて騒がしい場所ッスか。こんなとこでくつろぐなんてどうかしてるッス」
「酒場なんてこんなもんだろう」
返しながら俺は店のメニューからさっそく注文しいた。
「ガーネットには麦酒をピッチャーで。シルフィはどうする?」
「ど、どどどうするってお酒は身体に毒ッスよ? アルコールは錬金素材ッス」
ガーネットがニンマリ笑う。
「そーいやエルフって下戸らしいな。なんで酒場にいるわけ?」
すかさず俺は返した。
「なんでも経験だからな」
ガーネットは俺の顔をじーっと見据えた。
「つーかさ、どうしてアタイがピッチャーで麦酒飲むの知ってるんだ?」
「ジョッキじゃ足りないって顔に書いてあった」
「へー。言ってくれるねぇ。じゃあ、アタイが何を食べたいかもわかるのかい?」
俺はメニューから茹でたサヤ入りの豆に、肉の煮こごりとチーズにオムレツ。肉の串焼きと香ばしい揚げ物を頼んだ。
ふんわり尻尾を揺らして、エプロンドレス姿の獣人少女がオーダーを厨房に通しに行く。
「うわ……アンタえーと……ゼロだっけ? アタイの趣味とドンピシャなんだけど」
「そうか? 適当に選んだだけだぞ」
「よっし! もう付き合え! アタイと付き合えアンタ!」
すぐに給仕係を呼び戻して、ガーネットは俺にジョッキの麦酒を。シルフィには酒の入っていない柑橘のジュースを頼んだ。
「嬢ちゃんもこれなら飲めるだろ? あとそーだね。追加で揚げ芋と茸のオイル焼きね。ベーコン抜きで」
「え、えっと……」
「今夜はアタイがおごるから、遠慮せず食べなって。どーせエルフなんだし肉が苦手なんだろ」
俺はつい、訊き返してしまった。
「え? そうなのか?」
「チーズだってダメなやつはいるっていうしな。なんでも食わないから、そんなひょろっひょろなんだよ」
と、言いながらもシルフィが食べられそうな料理と飲み物を追加するあたり、さすが自他共に認めるイイ女だ。
大人の余裕にシルフィは「あ、ありがとうッス」と、珍しく素直な反応を見せた。
「んじゃあ、なんにもないけどかんぱーい!」
三人でグラスを合わせる。圧倒されているようでシルフィは恐る恐るだ。
さっそくガーネットはピッチャーの中の麦酒をグイグイといきはじめた。
俺はといえば、ピッチャーほどではないがジョッキに満たされた泡立つ黄金の液体に、身構える。
エルフにとって酒は毒だ。文字通りの意味かもしれないが、こいつをせめて一杯くらいは飲み干さないと、ガーネットは認めてくれないだろう。
「まあ無理しなさんなって」
哀れむようなドワーフの視線に、俺は覚悟を決めた。
一気に麦酒をあおって飲み干す。
のどごしは心地よく、苦みも香りは以前よりも数段強烈だ。
やばい。身体が拒絶反応を起こしている。
エルフが酒に弱いのは本当みたいだ。顔から火が出たように熱くなり、頭はフラフラだ。
シルフィが俺の襟首掴んで持ち上げる。
「ちょ、なに一気に飲んでるんッスか! 死にますから!」
ガーネットはヤレヤレという表情をしていた。
「あんま首締めるような持ち方したらヤバイって。吐くなら店の外にしとくれよ?」
ああ、なんてヤワな肉体なんだ。
この程度の酒、オークなら……。
その時――俺の中の魂に刻まれた記憶が力を解き放った。
見る間に酒の毒を中和していく。
最果ての街にたどり着くまで、魔物の毒や麻痺を受けてもひそかに無効化してくれた、この力は――雄々しきオークの超回復力だ。
俺はジョッキをテーブルの天板に置くと、給仕係の獣人少女を呼んだ。
「お代わりをピッチャーで頼む」
かしこまり~! と、少女はオーダーを厨房に持ち帰る。
同席する二人が俺を一身に見つめた。
「酒が強いエルフってのは初めてだね。アンタ面白いよマジで!」
「ど、どどどどうなってるんスか!? ゼロさんって……ただ者じゃないッス」
酒の一杯を飲み干しただけで一目置かれるとはな。
続けて料理が運ばれる。
エルフには重たいメニューが多い中、シルフィはサヤ入りの豆をいたく気に入った。
「なんスかこの豆! めっちゃ美味しいんですけど! 普通は乾燥させるッスよね。鞘ごと茹でるなんて……新発見ッス」
自慢げにガーネットが大ぶりな胸を張った。
「美味いだろぉ? エルフは酒をやんないから、つまみなんて食わないだろうしな」
「ちょっと塩味が強すぎるッスけど……うう、こんなに美味しいものがあったなんて悔しいッス」
涙目になりながらシルフィは豆を食べ、チーズを一欠片つまみ(これはクセが強くて口に合わなかった)、揚げた芋を夢中になって食べた。
「うは! ほっくほくのサクサクッス! 油で揚げると野菜がめちゃくちゃ甘いッス!」
俺は確認する。
「エルフは揚げ物はしないのか?」
「蒸すか茹でるか煮込むくらいッス。っていうか、そんなことも忘れたんスか?」
両手にスティック状の揚げ芋を持ってぱくつきながら、シルフィはあきれ顔だ。
お前の食いしん坊すぎる行儀の方が問題だろうに。
ガーネットは三杯目のピッチャーを飲み干して俺に訊く。
「アンタさ、肉も行けるんだねぇ」
「嫌いじゃないが、ちょっと匂いにクセを感じるな。やっぱり芋や豆の方がしっくりくるみたいだ」
一通り料理を試したが、オークの時にはただただ美味いだけだったメニューが、臭みを感じていた。そこはどうしても今のエルフの舌になるらしい。
ともかく味覚が繊細だ。塩味は一層強く感じるし、肉の強い旨味に舌が麻痺するようだった。
茸のオイル焼きや豆類の方が、どこか食べていてホッとする。
それでも肉料理に手をつけてしまうのは、オークの魂がそうさせるのだろうか。
「変な顔しながら肉を食うエルフってのは、見てて飽きないねぇ」
「変な顔? 不快にさせたなら悪い」
「いんや。なんか、確かめるような神妙な面持ちで食ってんのが受けるってだけさね。二人ともエルフにしちゃあ素直だし、気に入ったよ」
正直に本人を前にして暴言が出るシルフィもひっくるめて、ガーネットは俺たちを友人と思ってくれたのかもしれない。
「実はアタイもちょっと行き詰まっててね。目的があってこの街にたどり着いたんだけど、そろそろ故郷に帰ろうかって思ってたのさ」
シルフィは食べる手を止めてガーネットの言葉に聞き入るように、少しだけテーブルの上に身を乗り出した。
「目的ってなんスか姐御」
「姐御って、下手すりゃエルフのアンタの方が年上だろうに」
外見=年齢とならないのがエルフという種族だ。
「いやいや姐御と呼ばせてほしいッス。成功者ッスよ。ご飯までごちそうしてくれるなんて、これはもう尊敬するしかないッスから」
飯で釣られるとは弱すぎるぞシルフィ。と、オークとしてこの街にたどり着いたばかりで、餌付けされてしまった俺が言える義理じゃあないか。
「エルフに尊敬されるなんて、アタイってば徳が高いねぇ」
自分で言うあたりガーネットらしいな。シルフィがさらに迫った。
「一流の仕事をして稼ぎ出す成功者の姐御が行き詰まるなんて、どういうことッスか?」
「まあねぇ……この迷宮世界のどこかに探してる鉱石があるのさ。その鉱石を製錬して装備を作るのがアタイの夢なんだけどね」
「それってどこにあるんスか?」
「たぶん火炎鉱山の地下深くだろうけど、これが色々面倒でさ」
炎竜王アグニールが守る神鉱石。それがガーネットの夢だ。
「面倒がらずに取りに行けばいいじゃないッスか!」
「アタイ一人じゃ無理だし、金で人を雇うのも気が引けるんだよ。決して楽な道じゃない」
探求者の魂の火が消えかけているガーネットに俺は告げる。
「なら、少し時間をくれないか。俺はまだ修行不足だが、黒魔法を学んで強くなる。足手まといにならないくらいになったら、お前と一緒に火炎鉱山のどこまでだって行くぜ」
「ば、バカ言ってんじゃないよ? 燃えやすそうな棒切れみたいな腕で、あの炎熱地獄は無理だっつーの」
じゃっかんくだを巻くようにしながら、ガーネットがピッチャーをあおる。
「なら炎熱対策のために大深雪山の頂上までいって、氷結晶を掘り出してそいつで装備を作ればいいだろ」
瞬間――
ブバーッ! と、ガーネットの口から霧状の麦酒が俺の顔に吹きかけられた。
「けふッ! げふッ! あ、アンタ急に何言い出すんだい! ってか、ごめん」
顔も服も酒まみれだ。俺は動じずガーネットに告げる。
「俺は本気だ」
真剣な眼差しをぶつけると、ガーネットは一度伏し目がちになってから、小さく頷いて顔を上げた。
「一緒に飯を食っただけの見ず知らずの相手に、命を賭けるなんてアンタ……頭いかれてるよ」
「冒険者が冒険するだけの話だろ。どこもおかしくない」
「アタイはドワーフで二人はエルフ。本当ならこうして一緒のテーブルを囲むのだっておかしいじゃないさ?」
「前例が無いなら俺たちが最初の一組になればいい」
「嬢ちゃんはびびってるみたいだけど?」
「武者震いってやつさ。シルフィは優秀すぎて、今の錬金術士ギルド長に目をつけられるくらいなんだぜ」
シルフィは「優秀なのは認めるッス。けど、目をつけられるって悪い意味でだから!」と、俺の言葉を訂正した。
腕組みをしてガーネットは訊く。
「アタイに何を望むんだい? もちろん、協力するっていうのはそういうことだろ? 飲めない酒を飲んで、食わない肴も食って、身をもってドワーフを理解しようとするバカエルフが、何を要求するつもりさね」
「ガーネットのすべてが欲しい」
つい、言葉が過ぎてしまった。ガーネットは首を真上にあげて笑う。
「あーっはっはっは! そいつは傑作だね! 残念だけどアンタはアタイの趣味じゃないよ。アタイを背負っても足先がついちまいそうだし。男はまず物理的にデカくなきゃ」
交渉失敗……もっと慎重に言葉を選ぶべきだったか。
ガーネットは再び俺に向き直る。
「けど心意気は気に入った。すべてはやれないけど、鍛冶職人として……うんにゃ冒険者としてなら協力してあげるよ。ま、その前にアタイの夢を叶える手伝いはしてもらうけどね。互いに命を張るんだ。それで平等ってもんなんだから、アンタがヤワなままじゃ話になんないよ」
「もう一度誓うぜ。足手まといにはならん」
シルフィが「勝手に話進めすぎッス」と、不平を漏らしたが、このガーネットとの契約はエルフの少女の夢を叶える大きな力になるはずだ。
なにせガーネットの作る装備品は、この街で一番なのだから。
岩窟亭を出ると空は茜色に染まり始めていた。
契約は(仮)ではあるがひとまず成立。俺が強くなるという条件を満たせば、この(仮)が取れるという寸法だ。
ガーネットにシルフィの家の住所を教えて、ひとまず今日は解散となった。
「風呂なら公衆浴場がオススメだから。つってもドワーフだらけのこの街でエルフは浮くだろうけどさ。湯船だけに! んじゃあ、アタイは帰るとするよ」
上手いこと言ってやったと自慢げに胸を張り、ほんのりと薄い褐色の頬を赤らめて、女鍛冶職人は家路についた。
「姐御のジョークのセンスは壊滅的ッスね」
「そう言うなって」
遠のく赤毛の背中を見送って俺は付け加える。
「明日から修行だな」
途方に暮れたような顔でシルフィが苦笑いだ。
「というか酒臭いッス。エルフの風上にもおけないッスね」
「ドワーフの流儀に合わせればこうもなるさ」
「どうやって酒の毒気に耐えたんスか? 何か霊薬でも調合して、事前に飲んでたとか」
「錬金術はさっぱりだ。そこはそれ、根性と努力と経験ってやつだよ」
シルフィはますますあきれ顔だ。とはいえ、俺を見る視線はどことなく、良い方に変わったように思える。
「それにしてもすごいッスね。ドワーフの鍛冶職人の中でも、かなりの大物相手なのに動じないなんて……あのクソ忌々しいリチマーン相手にも物怖じしないし、どんだけ神経が図太いんスかゼロさんは」
妙に感心したような口振りだ。
「お前だって中々のもんだったぞシルフィ。相手の目の前で陰口叩けるんだから」
「陰口じゃないッス。正当な指摘ッスよ。それにしても……姐御はすごいなぁ。最初ぶつかった時は正直ムッとしたッスけど、あれもぼくが本を抱えすぎて、フラフラしてたのが悪いんだし」
どうやらシルフィはガーネットのイイ女な行き方に尊敬の念を抱いたらしい。
というか、決め手となったのは揚げ芋だろう。一人で山盛りの芋を食べてシルフィは感激していた。その美味しさもガーネットの功績として、エルフの少女の中では数えられているのかもしれない。
改めて俺は言う。
「約束通り、俺はガーネットに協力を取り付けた。正直なところ、火炎鉱山の地下深くっていうのはかなりヤバイ。お前を巻き込んだことは謝罪する」
「そんなそんな望むところッスよ。危険から逃げてちゃ何も始まらないッス。その点はご心配無く」
シルフィの瞳には決意の光が漲っている。
「というわけで、俺の魔法修行に付き合ってくれ。弱いままじゃガーネットと組めない」
「いいッスよ。というか、ぼくが今日からゼロさんの家庭教師になるッス。いやもう師匠と呼んでくれてもいいッスよ」
エルフの少女がそっと俺に手を差し出した。
その手を握り返す。これで契約成立だ。
「にしてもほんとに酒臭いッスね」
「締まらないな、ったく」
「正当な指摘ッス。抗議は認めないッスよ」
ようやくリラックスした笑顔を見せたシルフィに、俺は安堵の息を吐いた。
名前:ゼロ
種族:エルフ
レベル:45
力:G(0)
知性:C(77)
信仰心:G(0)
敏捷性:C+(79)
魅力:G(0)
運:G(0)
黒魔法:初級炎撃魔法ファイアボルト 初級氷撃魔法アイスボルト 初級雷撃魔法サンダーボルト
中級炎撃魔法ファイアストーム 中級氷撃魔法アイスストーム 中級雷撃魔法サンダーストーム
脱力魔法ディスパワン 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法ディスアグレ 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
種族固有能力:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し
師匠:シルフィ
仲間:ガーネット
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。




