同じ明日にはならなくとも
屈強なドワーフたちの行き交う通りに、華奢なエルフの二人連れというのは黙っていても目立つ。
シルフィがぶつくさと呟いた。
「髭もじゃで短い足をセカセカさせて、ドワーフっていつも必死っぽいッスね」
「こらこら、これからしばしばお世話になるんだから、口の利き方には気をつけろよ」
ぷくーっとシルフィはほっぺたを膨らませた。
「なんでドワーフなんかの肩を持つんスか」
「種族の違いを認め合って、互いに協力していくことで状況を打破できるかもしれないんだ。自分から関係を破壊しにかかるんじゃない」
「お説教垂れるなんて、ゼロさんのくせに生意気ッスよ」
俺は軽くシルフィのおでこを人差し指で弾いてから、煙火とけたたましい金属音の溢れる街を進んだ。
鍛冶職人街の中心にある、海底鉱床に続く祭壇までやってくる。
ここが真理に通じる門への入り口だ。
新月の夜、炎竜王の鍵を手にした者に道は開かれる。
足下でナビが俺に忠告した。
「この祭壇はドワーフたちが専有する鉱床に通じているみたいだね。他の種族だけで中に入ると、戻ってこられないという話だよ」
ちらりと足下に視線を送って頷いた。ナビの情報は街に溢れる伝聞までだ。ここから真理に通じる門に飛べるとは思ってもみないようだった。
今、話すようなことじゃないな。
シルフィが鉱床に続く祭壇をじっと見る。
「変な祭壇ッスね。転送の魔法陣が不安定ッス」
「そんな事もわかるのか?」
「黒魔法を修めるエルフなら、古代文字は必修ッスよ? っていうか、ゼロさんが異常ッス。記憶喪失でも身体が覚えてるなんて、黒魔導士らしくないッスね」
魔法の使い方はイメージで、ナビから基本を教わっただけだ。
シルフィは「にしてもむさっ苦しい街ッスね」と不満タラタラだ。
「見学はこれくらいにして、目的の店に行くとするか」
俺はかつての帰り道を歩き出す。
歩幅も小さくなって背も低くなったが、流れる街の景色が愛おしく懐かしく思えた。
ナビがせかせかと小さな四肢を躍動させて、俺の前に出る。
「ところでゼロ、この街でキミに知り合いがいるとは思えないんだけど」
俺はナビではなくシルフィに告げた。
「ギルド長のリチマーンが言ってたろ。あいつの錫杖を作った名工がいるって。赤毛の女職人だ」
俺は道行くドワーフに声を掛けた。
「よお兄弟。仕事はどうだった?」
赤鼻のドワーフは煤まみれだ。
「なんだいエルフの兄ちゃんよぉ。いつから俺らは兄弟になったってんだ?」
「そう固いこと言いなさんなって。その煤の付き方からして、このあとひとっ風呂から酒場で一杯ってところか?」
俺の言葉に眉を山のようにして、髭を撫でるとドワーフは笑った。
「おっ! なんでぇこの街の粋ってもんを嗜んでるようじゃねぇか。酒が飲めねぇエルフにしちゃ、珍しいな。で、なんか用かい兄ちゃん?」
「この辺りに凄腕の女鍛冶職人がいるって噂だけど、知らないか?」
ドワーフはがははと笑って、目と鼻の先にある店舗兼工房を指差した。
「それならガーネットの事だ。どんな男もあいつにゃかなわない。腕もセンスもピカ一よ。けどまぁ兄ちゃん、悪い事は言わんから、仕事の依頼はよしといた方がいいぜ?」
「そいつはまたどうして?」
「一流の職人に依頼するなら、相応の金が必要ってことよ。端た小銭じゃどーにもならん。見たところ新米冒険者だろ?」
「忠告ありがとな。まあ、社会科見学のつもりで冷やかしてみるよ」
「そーするこった! 手頃な装備が欲しけりゃ、この先にある岩窟亭で当たっているといいぜ。予算さえきちんと提示すりゃあ、兄ちゃんみたいなやつなら気の良い連中が誰かしら相手してくれるさ」
上機嫌に鼻歌交じりで、ドワーフは公衆浴場方面に歩いていった。
俺の背後に隠れてプルプル震えながらシルフィが言う。
「ぜ、ゼロさん怖くないんスか? 初対面の、しかもドワーフ相手に無茶苦茶ッスよ!」
「何を怖がる必要があるんだ。別に取って食われるわけでもなし」
「く、食われるッスよ! あれがドワーフだったからまだよかったものの、オークなんかだったらもう、男女関係なく食われるッス!」
そういえば自分以外のオークに会ったことはないが、街での評判はあまりよろしくない。
つい、そんなオークばかりじゃないと、反論したくなったがぐっとこらえた。
「まあ他の種族だからって、そこまで構えることないって」
「なんか大物ッスねゼロさんって。本当にこの街についたばっかりなのか、疑わしいし」
「ええとだな……記憶が無いから怖い物知らずなんだよ。俺は」
ナビへの言い訳も含めた返答をしつつ、俺はガーネットの工房に向かう。
つい、住居でもある二階の勝手口に行きそうになったが、工房直営の店舗入り口の前に立った。
看板は営業中。ガーネットの店は店主の気まぐれで不定休だが、今日は居るようだ。
扉を開くとカランコロンとドアベルが鳴った。
店内は静かだ。工房から熱気は感じられず、女店主は店のカウンターの向こうで、小さな丸椅子に腰掛けて小型ナイフを磨いていた。
「いらっしゃい。ま、適当に見てって。今日あんま気乗りしないんでオーダーメイドはお断りね。あと、値札ついてないのは相談……っと」
ピカピカに磨き上げた軽銀鋼のナイフを、ガーネットはコトっと机の天板に置いた。
ゆっくり椅子から立ち上がると、彼女の方が俺よりも背が高い。
相変わらず惚れ惚れするスタイルの良さだ。
そんなガーネットの顔を、シルフィがビシッと指差した。
「あ、あなたさっきぶつかったガサツなドワーフじゃないッスか!」
「はぁ? 誰だいアンタ」
首を傾げるガーネットは、どうやらシルフィの顔に憶えがないようだ。
被害者(といっても、自分からぶつかりにいったのだが)のエルフ少女はムッとした顔でガーネットをにらみつける。
が、ギロリとにらみ返されて、すぐに俺の後ろに隠れた。弱すぎるぞお前。
「んで、いきなり人の店に押しかけて、因縁つけてくるとはどういうつもりだい? エルフのカップルに作ってやる新婚指輪なんて、アタイの店じゃ取り扱ってないんでね」
不機嫌にさせてしまったようだ。
「まあそう言うなって。実はこの街一番の鍛冶職人の噂を聞いて、さっきも道行くドワーフに教えてもらったんだけど、ガーネットが一番だっていうんで……あんたがそのガーネットか? 綺麗な赤い髪だな。噂通りだ」
あえて丁寧な口振りはしない。他人行儀を彼女は嫌う。気さくなため口が気楽な性分だ。たとえ相手がエルフだろうと、よそよそしいよりは馴れ馴れしい方が良い。
俺の後ろで服の背中の布をギュッと握って、シルフィが「馴れ馴れしいにもほどがあるッスよ! 知り合いでもないのに!」と囁く。
お前が最初に仕掛けたから空気が険悪になったのに、まったく……。
ガーネットはずいっと俺の顔を上からのぞき込んだ。
「ふーん。エルフにしちゃ度胸があるね。それにさりげなくこの髪の色を褒めるなんて、アンタさ、よくわかってるよ。一つ質問なんだけど、アタイのことを言い表すならなんて言葉を選ぶか教えてくれないかい?」
迷うこと無く俺は答えた。
「イイ女だな」
途端にガーネットの頬が緩んだ。
「わかってるじゃないさ! エルフだってんだから、どんな言葉で飾ってくるのかと思えば、びっくりするくらいシンプルでアタイ好みの回答だよ」
背後でシルフィが「こんなデカブツオバサンのどこがイイ女なんスか」と愚痴る。
「聞こえてるよ! つーかさ、アンタら付き合ってるようにも見えないねぇ。訳ありかい?」
俺は頷いた。
「ああ、話せば長くなるんだが……」
俺はガーネットに先ほどまでのいきさつを説明した。
新しくなった錬金術士ギルド長に目をつけられていることや、俺とシルフィが探す最強魔法について。それを手に入れて次の階層を見つけたいという願いなどなど。
「ふーん。今時珍しいねぇ。みんなこの街の暮らしに満足してるってのに、わざわざ危険を冒すなんてさ。冒険者にとっちゃ終着点みたいな場所だろ? 錬金術のことはわかんないけど、鍛冶職人には夢の場所だよ。掘っても掘り尽くせない鉱山が街の真ん中にあって、好きなだけ装備や道具が作れるんだしさ」
「俺はそれがこの階層の罠だと思ってるんだ。これ以上先に冒険者を進ませないためのな」
ふうと溜息をついて、ガーネットは丸椅子にぺたんとお尻を乗せた。
そんな女店主にシルフィが抗議する。
「そ、それは勝ち組の意見ッス! 負け組錬金術士はギルドに搾取される運命ッス!」
「嬢ちゃん錬金術やんのかい? あのぼったくり価格どうにかなんないのかねぇ?」
皮肉っぽく言うガーネットに、シルフィはショーケースの中の短剣を指差した。
「ショートソードが一本二百万メイズなんて、そっちこそぼったくりッスよ!」
呆れたようにガーネットは笑う。が、俺にはわかる。
「なあ、その剣を見せてもらえないか?」
「落として傷物にすんなよ?」
ガーネットは無造作に剣を取りだした。
やっぱりだ。どっしりとしているものの、重すぎない。細腕の俺にも扱える重さながら、強度は高く素晴らしい仕事ぶりだな。
刃文も美しい波を描いていた。
「こんな業物をたった二百万メイズか。ずいぶん安売りしてるんだな」
「アンタは嬢ちゃんよりちょっとは詳しいみたいだねぇ。そいつはキャンセル品なんだ」
「オーダメイドなら素材込みで六百万メイズってところか」
ガーネットが目を丸くする。俺は続けた。
「柄は高強度な聖白金だな。刃は軽銀鋼だが、少し鈍い色をしてる……もしかして隕石鋼の合金か?」
女店主は胸をしたから寄せてあげるように腕組みして、俺に質問をぶつけた。
「だとしたら配合比率はどの程度かね?」
「強度と扱いやすさのバランスを考えれば……6%ってとこだな。それに触媒として4%の銀灰鋼を、ヘパイオの種火でおこした炉で製錬した合金ってとこか」
ガタッと椅子を鳴らすとガーネットは立ち上がって、俺に手を差し伸べた。
「気に入った! 配合比率は間違ってるけどな!」
正確には隕石鋼7%に銀灰鋼3%。完璧に当てると不審がられると思って、わざと不正解したんだが……それでもガーネットの信頼を得るには充分だったらしい。
足下でナビが驚いたように目を丸くする。
「自信あったんだがハズしたか」
「エルフにしちゃあ上出来だよ。つーか、どっかで鍛冶を学んでたのかい?」
「それが記憶喪失なんだけど、鉱物の知識は残ってたみたいでさ。現物を見たらなんとなくだけど、思い出したんだ」
苦しい言い訳にも聞こえるかもしれないが、ナビが不審がる様子はなく「すごいやゼロ。キミにそんな知識があったなんて思いもしなかったよ」と、いつものナビのままだった。
剣を返却すると、ガーネットは笑う。
「あっはっは! こんなに愉快なのは久しぶりだね。アンタらの話なら、もう少しだけ訊いてみたくなったよ。今日はもう店じまいにして、飲みに行こうじゃないさ?」
シルフィが俺の後ろで「え、えええ!? 飲みにって……お茶じゃないッスよね」と困惑する。
「ああ。そうだ岩窟亭にしよう!」
先ほど道ばたで話をしたドワーフの口から出た店名だ。もちろん、ガーネットが常連なことは知っている。
「おっ! 兄ちゃんいい趣味してんじゃん。行こう行こう!」
「その前にまだ名乗って無かったな」
思えばガーネットは相手を気に入っても名前を覚えようとしないところがあった。
「アタイはガーネットだよ」
「俺はゼロ。後ろのはシルフィだ。よろしくな」
「のはとは失礼ッスね! っていうかゼロさんのコミュ力半端ないッス」
相手がガーネットだからできる芸当だ……と、思いつつも言葉には出さなかった。




