ギルド長との確執
まずは資金作りのために、錬金術士ギルドに向かった。
建物の大きさや規模はドワーフたちが出入りする鍛冶職人ギルドと大差無いが、あちらの建物が無骨な砦というなら、外観からして宮殿というか、白亜の塔という雰囲気だ。
シルフィの紹介もあって、街にたどり着くまでに手に入れたアイテム類を換金する。
しめて八十八万七千六百メイズ。オークの時よりも手に入った素材も少ないので仕方ないが、エレメンタル系が落とすレアな魔法晶石が、錬金素材としてそこそこ良い値で売れた。
しかしまぁ、もう少し高く売れると思ったんだが、錬金素材の相場の感覚がわからないうちは、素直に承諾するしかなさそうだ。
一階の買い取りカウンターで用事を済ませたところで、シルフィが俺にウインクする。
「なかなか良い額ッスね! あー、そういえば実験器具の乳鉢が欲しいなぁ。最近ちょっとフチのとこが欠けてきちゃって」
「自分で買ったらいいだろうに」
「ケチー! ぼくに投資してもいいんスよ? ほらほら遠慮なさらずにぃ」
甘ったるい声で俺にすり寄るシルフィに、溜息が漏れた。
「錬金術士っていうのはバカみたいに高い金を取るんじゃないのか?」
「それは当然! 無償で働くことは罪ッスよ」
「なのに金が無いのはおかしな話だな」
ツンと尖った耳の先端が、しなびた花のようにうなだれた。
「いやぁ……欲しいモノがありすぎちゃって。一流の魔導士にして錬金術士には、最高の道具と素材が必要なんスから。これがまたお高くて」
ガーネットの場合は素材に関して自給自足だったから、元手が掛からない分だけ利益を貯め込んでいた。
掛かるのはもっぱら酒代くらいなものだ。
俺はシルフィに告げる。
「じゃあせめて自分で素材集めをすればいいだろうに」
「ええぇ……働きたくないッスよ。コツコツやるのは苦手ッス」
問題児発言いただきました。
「それにッスねゼロさん! 最近はピンハネはされて素材はあんまりお金にならないし、かといって調合の道具はお高いままでもう、色々と大変なんスから!」
金か……ああ、金だよなぁ。
ガーネットに依頼するためには金策が必要だ。
というか、再び彼女を仲間にできるのが一番なんだが……。
また、ガーネットを死なせる……いや、殺すことになるかもしれない。
シルフィも同じだ。
真理に通じる門の守護者は、少なくとも俺一人で倒せる相手じゃない。
だから協力者は不可欠。
二人を死の運命に引きずり込む権利なんて無いのはわかってる。俺の罪というなら、全てが終わった後でいくらでも裁かれよう。
永遠にこの魂が消えてしまったって構わない。
やり直せる俺にしか止められない危機が、この世界に忍び寄っているのだから。
はぁ……しかし、しんどいな。自分の死は何度でも受け入れられるようになった。それはそれで、普通じゃなくなっていると思う。
誰かを巻き込んで失敗してやり直すのは、たとえその未来が“無かったこと”になるとしても、罪悪感で心が潰れてしまいそうだ。
繰り返すうちに慣れてしまうんだろうか。
「なーに真剣な顔してるんスか?」
不思議そうにシルフィが首を傾げて、俺の顔をのぞき込んでいた。
「いや、別に。なんでもないぞ」
「ふーん。っていうかゼロさんって、エルフの中でもけっこうイケメンかも。髪の毛も手入れしてないのが嘘ってくらい綺麗でサラサラだし」
「そういえば長すぎて邪魔だな。切ってくれる店はあるか? 無いならシルフィに頼みたいんだが」
「も、もももったいない! 邪魔っていうなら、そうっすね。髪留めでも買って後ろにまとめるといいッスよ。子馬の尻尾みたいに」
ここはエルフの先輩である彼女の忠告に従おう。
シルフィが続ける。
「にしても、イケメンだし親切だから、てっきりぼくはナンパされたと思ったのに、ゼロさんってば中身はがっかりキャラだそ」
「お前も可愛い顔してダメエルフじゃないか」
「ひ、ひどいッス! まだぼくのこと、ろくに知りもしないでダメだなんて!」
「そりゃあお互い様だろう」
「あんまりだあああああ! ぼ、ぼくの方がこの街じゃ先輩なのにいい! ギルドの場所とか教えてあげたのにいい!」
大きな蒼い瞳を潤ませてシルフィは抗議した。
「はいはいわかったわかった。シルフィはダメじゃない。立派で親切なエルフだ」
と、呆れ気味に言うなりシルフィは涙を引っ込めて、腰に手を当てふんぞり返った。
「当然ッス! ほらもっと褒めて褒めて。ぼくは褒められて伸びるタイプだから」
傷つきやすそうな外見がびっくりするほど、図太いやつだ。
そういうところが悪い意味で他者の期待を裏切るから、ダメエルフなんじゃないかと、つい思った。
足下でナビがあくびを一つ。
「これは相当なダメエルフだね。協力者は必要だけど彼女でいいのかいゼロ?」
小さく頷いて返す。
その言葉に少し心を揺さぶられたのは確かだが、彼女はエルフの国の学院なるものを主席卒業したというのだし、優秀に違いない。
性格の問題点はこれからじっくり鍛え直せばいいだけのことだ。
彼女のように、この世界の続きを見たいと思っているエルフが街に残っているのは珍しいことのようだ。
ギルドのロビーには「過ぎたる探究心は身を滅ぼす」と、標語を掲げた看板が掛けられていた。
俺がその看板を見上げていると、隣でシルフィが「何事もほどほどにってことなんスけど、こういう姿勢に愛想を尽かしたのか、街を去るエルフも少なくないんスよね」と苦笑いだ。
「実力に見合わない冒険に出たってことだよな」
「諦めて故郷に帰った連中ッスよ。負け犬ッス」
こりゃまた辛辣でいらっしゃる。
さて、とりあえずギルドでやることも済んだし、次は……と、建物を出ようとしたその時――
やや甲高い、かんに障る男の声がロビーに響いた。
「おんやああ? どこのどちらさんかと思ったらカライテン家の出来損ないこと、シルフィーネちゃまじゃござんせんか?」
金色のラインが入った黒いローブに、手には十指すべてに大粒の宝石がついた指輪を嵌めた、目の細い長身のエルフがこちらにやってきた。
白にも近い金髪で色素は薄く、やや病的に青みがかった顔色をしている。
手にした錫杖は……そのデザインから一発で誰の作品か視界できた。
こいつ、ガーネットの作った装備の所有者だ。
前に一流鍛冶職人に訊いた話だが、錫杖やロッドといった黒魔導士の装備に関しては、オーダー通りの素材と長さで製作して、仕上げは錬金術士に丸投げするのだそうだ。
かつて手にした流星砕きも、重さを軽減する術式を組み込んだもので、恐ろしく金の掛かった武器だった。
錫杖にも宝石類がちりばめられている。集中して“視る”と、どんな魔法かはさっぱりわからないが、宝石の一つ一つに魔法が掛けられているのだけは理解できた。
ササッとシルフィが俺の後ろに隠れる。
「さ、さあ。この世にはそっくりさんが三人いるというし、知らないッスね」
ゴージャスエルフは錫杖を俺に(正確には背後のシルフィにだが)ビシッと突きつける。
「おだまりやがらっしゃい! 最果ての街でチンチクリンのお子様胸平らエルフなんてあーたくらいなもんでしょうに」
ゴージャス(以下略)は腰をクネクネとくねらせる。
これまたずいぶんとクセのある男のようだ。
振り返ってシルフィに確認した。
「ずいぶん変わった知り合いみたいだな?」
「ううぅ……最悪ッス。知り合いなんかじゃないッスよ」
俺はゴー(以下略)に向き直って確認した。
「シルフィはそう言ってるんだが、本当に知り合いなのか?」
「そういうあーたはどちらさんで?」
「俺はゼロ。この街には今朝、着いたばかりだ」
「んっふっふっふ! なーるほどなるほど。ではあたくしの事を知らないのも仕方の無いこと。この度、錬金術士ギルドの長を拝命したリチマーン・アルヘイムの名をじっくり心に刻み込みんさい。エルフとしてこの街で暮らしていくつもりなら絶・対・服・従。よろしくて?」
こんな奴がギルド長なのか? 鍛冶職人ギルドのゼムとはえらい違いだな。
「ずいぶんと良い錫杖だな。本体はドワーフの名工が作ったんじゃないか?」
使い手がそれに見合わないようにも思うんだが、他に返す言葉も見つからない。
すると錬金術士ギルド長――リチマーンは機嫌良さそうに細い目を一層、糸のようにした。
「あんらぁ~? モノがわかってございますのね」
「どんな職人か気になるな」
「街一番を自称する赤毛の女ドワーフでございましてよ。ずいぶんふっかけられたけど、口だけじゃあない仕事ぶりでしたーよ」
名前は出なかったが、十中八九ガーネットだ。
装備の素晴らしさに俺が気づいたことで、気を良くしてリチマーンは続けた。
「しかしま、一発で見抜くなんて、後ろに隠れてるチンチクリンより見所あり! よかったらギルドの働き口を斡旋してあげましょーかね? どーせ大した魔法は使えないでしょーし、お茶汲みなんてぴったりじゃあござんせんか?」
俺はゆっくり首を左右に振った。
「ご厚意には感謝するが、やることがあるんでな」
「やることぉ? まさか最強魔法探しなんて戯言じゃあござんせんことよね?」
俺の背後でシルフィが野犬のように「うーうー」とうなり始めた。
「なんで知ってるんだ?」
素っ気なく訊くとリチマーンは白い歯を見せて笑った。
「そこのほら吹き娘ったら、前のギルド長に上申書まで作ってお願いに来たわけよ。未踏地域探索のチームを編成して欲しいだなんて、バッカげてるでしょ? 街でセコセコ働いてりゃあいいのに、なんで死に急ぐかわかーんなーい!」
身体をよじるようにしてリチマーンは目を丸くしながらシルフィを凝視した。
シルフィが吠え返す。
「し、死ぬとは限らないッスよ! 新しい発見があるかもしれないのに!」
「死ぬでしょ? 死ぬ死ぬ。あーたみたいな嘘つきクソ雑魚なめくじ以下のゴミエルフが、探求だの冒険だのたらし込んで扇動して、何人犠牲になったことやら。あたくしがギルド長になったからには、もう犠牲者は出さない……ん~いや訂正。あーたが最後の犠牲者ってことでよろしく」
どういった因縁かはわからないが、明らかにシルフィは目の敵にされている様子だ。
俺はリチマーンに背を向けて、シルフィの手を引いた。
「やることは済ませたし、もう行くとしよう」
「う、うう……どさくさに紛れて女の子の手を握るとか、ゼロさんってば大胆ッス」
彼女の困り顔にこっちも苦笑いだ。つい、ガーネットと同じような接し方をしてしまった。
「わ、悪い」
「いいッスよ別に」
そのままロビーを出ようとすると、背後から甲高い罵声が飛んでくる。
「無視しつつイチャつくたー良い度胸でございますわね。そこの新人。顔、覚えましたからぁ。名乗らなくても買い取り査定に来たなら記帳してるでしょーし、ギルド敵に回して生きていけると思わないでおくんなまし」
ひどいヤツに目をつけられたな。ギルドっていうのは何かと力になってくれるものだと思っていたんだが、対応を間違えたかもしれない。
街の目抜き通りを歩きながら、俺は改めて確認した。
「なあシルフィ。さっきのギルド長が言ってたことなんだが……」
「あいつの言ったこと、気になるッスか?」
どことなく弱腰が透けて見える口振りだ。
「言いたく無いなら無理には訊かない」
「…………一つだけ」
指を一本立てて、思い詰めた顔のままシルフィは言う。
「最強魔法の存在を信じていたエルフが、次々いなくなちゃったのは本当ッス。ぼくが言った言わないは関係なく、みんなそれを探しに街までやってきた。けど……誰も帰ってこなかった。だから責任を取るカタチで、前のギルド長は辞めた……というか、リチマーンに辞めさせられたんスよ」
「辞めることなんてないだろうに」
「そうッスよね。だけどもう、戻ってはこないッス。前のギルド長は故郷に帰っちゃったみたいで……冒険に出るも出ないも自由だと思うんスけど、リチマーンがギルド長になってから買い取り査定は安全対策費とかいうわけわかんない名目でピンハネされるし」
ということは、俺のさっきの買取額が思ったよりも振るわなかったのは、あいつの仕業が。
許せん。
「なんであんな野郎がギルド長の椅子に座ってるんだ?」
「お金ッスよ。それとなんでかわからないんスけど、教会に寄付までして関係を強化してるんス。別に天使族や教会に敵対しようなんて思わないッスよ。魔法に関する考え方の違いはあっても、それとこれとは別問題ッスから」
そういえば、俺がエルフになった時にナビが言っていたような気がした。
知識と信仰心、その両方が魔法という奇跡の結果を起こす。アプローチの仕方が違うからといって、優劣は無い……って考え方だ。
「なあシルフィ。教会と錬金術士ギルドが密接になると、何かまずいのか?」
「独立性が保てなくなるッス。教会の言いなりになるッスよ。まあ、天使族がそんなことするとは思えないけど、権力を笠にやりたい放題を実際にしてるッスからね」
リチマーンはかなり優秀らしい。悪い意味で。
「逆らえば錬金術士ギルドを出入り禁止かもしれないな」
「そーなったら故郷に帰るよりほかなくなるッス。最悪だああああ絶望だああああ」
なぜリチマーンがシルフィを嘘つきだのほら吹きだのと目の敵にしたのだろうか?
それにムカつくギルド長はシルフィについてこうも言ったのだ。
カライテン家の出来損ない
彼女が相談してくれるくらいの信頼を得ないことには、込み入ったことを訊けそうにないな。
「ところでゼロさん、どこに向かってるんスか?」
「どこってそりゃあ……」
ドワーフたちの街――鍛冶職人街。勝手知ったるこの場所に俺は戻ってきた。
名前:ゼロ
種族:エルフ
レベル:45
力:G(0)
知性:C(77)
信仰心:G(0)
敏捷性:C+(79)
魅力:G(0)
運:G(0)
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
種族固有能力:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し
知人:シルフィ
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。