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シルフィの目的



 シルフィの自宅兼魔導錬金研究室は、錬金術士街の端にぽつんとあった。


 目抜き通りを横断して、裏道の寂れた場所にぽつんと立った小さな一軒家だ。


 自宅部分は平屋で、地下室が本体と言っていいかもしれない。


「店はやらないのか?」


「品物は作るッスけど、ギルド買い取りか知り合いのお店においてもらってるッスね」


 地下の研究室に案内されて、その実験機材の紹介を受けつつ俺は彼女が入れた茶をすすった。


 第十九階層――世界樹上で採れるハーブのお茶だ。エルフは酒は飲まず肉類も食べない。エルフの身体には、そういったものは刺激が強すぎるらしい。


 実際、街にたどり着くまでに味覚の変化は感じていた。


 蒼穹の森の柑橘は酸味の中に、ほのかに甘みも感じたのだ。


 ナツメヤシはより甘く思えた。


 そういえば、オークだった頃、ガーネットがエルフの茶を買ってきたことがあったっけ。


 二人して「お湯じゃん」と突っ込んだのを思い出した。


 それとは別のハーブ茶かもしれないが……シルフィの出してくれたお茶は、ほのかに花の香りがする、品の良い甘さだった。


 研究室のソファーに腰掛けた俺の対面に、椅子をもってきて背もたれを前にすると、前によりかかるように座ってシルフィが首を傾げる。


「どうッスか? 特製ブレンドッスよ」


「花の香りがして上手いよ」


「お! なかなか繊細な味覚をしてるッスね。花柊はなひいらぎの実が良い風味になるだなぁ。やっぱぼくってセンスあるよね」


 最果ての街で、こうして家を構えている冒険者たちは自信家が多いのかもしれない。


「なあ、シルフィ。良かったらこのあと、錬金術士ギルドに連れて行ってくれないか?」


「あー! ゼロさん、街には今朝ついたばっかりだっけ?」


 鍛冶職人街には詳しいのだが、正直、錬金術士街の勝手はさっぱりだ。


 ギルドの場所さえ把握していない。


「ひとまず、しばらく暮らす宿代くらいは確保しておかないとな。素材を売りたいんだ」


「おー、記憶は無いのに街のルールは知ってるんスか?」


「あ、ああ。親切に教えてくれる人がいたんだ」


 知り合ったからといって、シルフィの家に厄介になるわけにもいかないだろう。


 シルフィは後ろに体重をかけて、椅子の脚を軽く浮かせて馬にでも乗るような感じで言う。


「だからぼくにも親切にしてくれた……と?」


「そういうわけじゃないんだが、困ってるように見えたからな」


 彼女の作業机の上には、八冊の本がドサリと置かれっぱなしだ。その背表紙をじっと見つめて訊く。


「まったく読めない文字なんだが、いったいなんの本なんだ?」


「古代文明の文字ッスね。地下迷宮世界には古代人の痕跡がいっぱいッスから」


「古代文明っていうと、蒼穹の森の次にあった……」


「十一階層の城塞廃虚なんて、まさに文明崩壊後じゃないッスか。あそこにある建物って、どれもぼくらの建築技術じゃ作れない代物ッスよ?」


「地下迷宮世界には、もっと進んだ文明があったってことなのか?」


「他の種族より長生きなエルフも古代人の痕跡しか見つけられてないんスよ。この最果ての街だって、もともとあったんス。冒険者が手直しして住むようになっただけで、以前の住人はどこに行ったんスかね?」


「もしかして邪神に滅ぼされたのか?」


 脳裏に浮かんだのは、ガーネットの故郷もろとも世界を呑み込んだ、、闇が覆い尽くすあの光景だ。


「邪神はせいぜい千年前ッスよ。エルフの最長老なら、当時の戦いを覚えてるかもってところッスね」


 ご長寿すぎるな、まったく……と、何に比較したのかわからないが、そんな感想が漏れた。


 ああ、きっとドワーフの平均と比較してしまったんだろう。鍛冶と功績を愛する種族の寿命は、長くても百歳ほどだ。


 カタンカタンと椅子の足で床を鳴らしていたシルフィが、スッと立ち上がった。


「ゼロさんは記憶が無いんスよね? なのにこの街で何をするんスか?」


「俺は……」


 真理に通じる門への筋道は、すでに立った。


 問題はあの化け物――神代鋼オリハルコンの装備ですら倒すことができなかった、六つの腕を持つ巨人をどうやって倒すかだ。


 あの巨人は一度倒しても復活し、その身体がエレメンタルのように変質した。


 遺跡平原で俺自身、エレメンタルが魔法に弱いというのは体験済みだ。


 エレメンタルと同じ属性の魔法は吸収されてしまうが、他の属性の魔法を撃ち込めば不安定になって爆発する。


「最強の魔法を手に入れたい」


 そう告げた瞬間、シルフィがぐいっと俺の目の前に顔を近づけてきた。


 吐息の掛かる距離だ。


 俺の右手を両手で包むようにして彼女は言う。


「マジッスか? 信じてるんスか? っていうか知ってるんスか?」


「お、おい、顔が近いぞ!」


 白いほっぺたをほんのり赤らめて、彼女の小さな手がギュッと俺の右手を握る。


「まさか同志とは思わなかったッスよゼロさん!」


「ど、同志?」


「そうッス! 記憶を無くしていてもゼロさんは立派なエルフッスね」


 なぜか気に入られてしまったらしい。うんうんと何度もうなずいてから、シルフィは言う。


「エルフはそれぞれ自分の追い求める真理を追究してるッス。最果ての街にやってくるのは、この街が……いやいや地下迷宮世界が特異だからッスよ。ここには必ず、絶対、何か(・・)ある! 隠されてるんスよ。で、ぼくはそれが最強魔法だと思うんス」


 最強魔法。なんとなく口にしたんだが、それがどんなものかはさっぱりわからない。


「どんな魔法なんだ?」


「自分から言っておいて何も知らないんスか?」


 質問に質問で返してから彼女はプフッと吹き出して、そっと俺の手を解放した。


「シルフィは知ってるんだな」


「いやぁ、ちょっとまぁ……どんなものか想像するのは楽しいッスよ。あくまで仮説ッスけど、この迷宮世界は巨大な力を封印するために、何層にも分けて作られてるんじゃないかって思うんス。その力というのが、最強魔法……って論文を発表したんスけどね」


 がっくりと肩を落としてシルフィは溜息交じりうつむいた。


「誰も耳を傾けてくれなかったんスよ。それでも、あのまま大人しく学院で研究してれば良かったのかもしれないんスけど……」


「この街に来たことを後悔してるのか?」


「良いことばっかじゃないッスからね。実際、調査は割と手詰まりなんスよ。探求が目的で来たエルフまで、この街の居心地の良さをすっかり気に入って、迷宮がなんのために生まれたかを考えもしなくなって……ゼロさんみたいな浪漫溢れるエルフは、今時珍しいんスよ」


 ゆっくり顔を上げると、シルフィはぼそりと付け加えた。


「たまに探求者がいるんスけど、無茶な冒険に出て帰ってこないとかざらにある話だし」


 あらかた探せそうな場所は探し尽くしたと言わんばかりだ。


 だが、俺にはわかる。


 死を恐れて先に進むことを止めた最果ての街にも、さらなる未知を求める者はいるんだ。


 遠のくガーネットの背中を思い浮かべた。


 再び巻き込んでしまうかもしれない。


 もしかすれば、あの赤毛の超一流鍛冶職人に、俺はまったく相手にされないかもしれない。


 前回のように上手く行かないかもしれない。


 黙り込む俺にシルフィは首を傾げる。


「どーしたんスかゼロさん? ぼーっとしちゃって」


「いや、そのだな……エルフだけで探せる場所ってのも限界があるだろ? 他の種族に協力を仰いでみるのはどうだ?」


 シルフィは小さく首を左右に振る。


「エルフ同志だって組まないのに、他種族なんか無理ッスよ。ドワーフなんかさっきみたいにひどいじゃないッスか」


 ぶつかった時のことを思い出したようで、シルフィは悔しそうに下唇を噛んだ。


「まあドワーフだけじゃないだろ?」


「ゼロさんは意地悪ッス。天使族とも折り合いつかないし、サキュバスとかが牛耳ってる西の常闇街の連中なんて絶対に無理! 獣人族はまあ、どんな種族ともうまくやっていける感じだけど……他の種族も含めて、危険な場所を探す協力を得るには、実績が必要ッスよ」


「天使族とも仲が悪いのか?」


「んもー。そういうことも忘れてるんッスね。信じる心の大切さを説く教会にとって、疑うことから始めるエルフの考え方は水と油なわけッス。教会なんて、どうやってるのかわからないッスけど、寄付した額で上位レベルの魔法を授けてるんッスよ?」


 俺はカップをテーブルに置いた。


「金で強くなっちゃまずいのか?」


「教会が魔法を強化する技術を公開しないのは、その特権を守るためッス。あの力を解放すれば、みんなもっと先を目指すかもしれないのに。技術の独占は許せないッス」


 ぐっと拳を握ってシルフィは不機嫌そうに口を尖らせた。


 教会には教会の考え方があるのだろうが、実際のところどうなのかは謎だな。


「まあそう怒るなって。教会にもそうしなきゃならん理由があるんだろう。それにエルフだって情報を隠蔽してるじゃないか? ここに来るまでエルフが隠した通路がけっこうあったぞ」


「そ、それは……そうッスけど……先駆者のエルフが残したものッスし」


 意外にすんなり認めたな。


「で、どうして楽ができるルートを隠したんだと思う?」


 シルフィが隠したわけじゃないので、訊くのが少し気の毒だが、知っておきたい。


「技術の……独占ッスね。他の種族にまで教えたらルートの隠密性が薄れて価値がなくなるから隠したっていう……ううぅ……わかってるッスよ本当は。天使族は笑わないし泣かないし、何考えてるのか全然わかんなくて……」


 俺に背を向けると、シルフィは机の上に無造作に置かれたままの本を一冊手に取った。


 ペラペラとめくりながら視線をページに落として続ける。


「なんとなくだけど、天使族からは避けられてる感じがするんスよ。ドワーフとはケンカになるけど、ケンカにすらならないっていうか」


 俺も天使族は不思議な種族だと感じていたが、オークの俺にも接し方は平等だった。


 マイナスの印象を持たれやすいオークだったからか、普通に相手をしてくれるというだけで、好感を抱いていたのかもしれない。


 俺はソファーから立ち上がった。


「最強魔法を探すにしても、他の種族からの協力は不可欠なんじゃないか?」


「わかってるッス。というか、それができたら苦労しないッス」


「じゃあそうだな……もし、俺が他の種族と協力を取り付けることができたら、ここで雇ってくれ。助手でもなんでもいいから」


「え、ええッ!? 本気ッスか?」


「本気も本気さ」


「で、でで、出来るわけないッス」


「出来ないと決めつけるから出来ないんだ」


 俺は自信満々で胸を張った。


 シルフィもまた、ガーネットと同じく自分の夢を探している。


 その夢は、俺の願いも叶えてくれるものかもしれない。


 自分のあごの辺りを指でつまむようにして、シルフィはうなずいた。


「わかったッス。こっちも手詰まりだし、そもそも同じエルフにも相手にしてもらえない夢ッスから、ゼロさんに賭けてみたくなったッス」


「損はさせないぜ」


 実績さえあれば協力者や賛同者を集うことができる。


 炎竜王撃破の功績で街の空気が変わった未来を見てきた俺が言うんだ、間違い無い。


「で、誰の協力を求めるんスか? やっぱ比較的有効的な獣人族ッスか?」


 俺はゆっくりと首を左右に振った。


「協力してもらうのはドワーフだ」


 街一番の鍛冶職人を味方に引き入れることができれば、一気に進展するはずだ。


「ゼロさん大丈夫ッスか? ドワーフが作るモノは素晴らしいッスよ。だけど連中、無茶苦茶ガサツだし。こっちがいくらお願いしたって、無理ッスよ無理無理」


「お願いの仕方にコツがあるんだよ。まあ、任せてくれ」


「ええぇ……不安ッスね」


 とはいえ、それ以上シルフィは反対しなかった。記憶喪失な怪しいエルフに頼るくらい、彼女は行き詰まっているようだ。


 しかしそこまでして最強魔法を得る理由はなんなのだろう。


「なあシルフィ。最強魔法を手に入れてどうするんだ?」


「もちろん世界征服ッス!」


「おお、そいつはすごいな!」


 もとから小さな肩身を一層狭くしてシルフィはぼそっと呟いた。


「え、ええと……冗談ッスよ。ただ知りたいってだけじゃ、ダメッスかね?」


「いや、ダメとは言わないが、差し支えなければ知っておきたいんだ」


「そ、そそ、そっちはどういうつもりなんスか」


「俺はその……」


 テーブルの下で香箱座りをしてくつろぐナビに、一度だけ視線を落とした。


 まだ、ナビは真理に通じる門に門番がいることを知らない。


「仮にだが、二十一階層に続く祭壇がこの世界のどこかにあった場合、やっぱりその祭壇には門番というか、守護者がいると思う。おそらく、火炎鉱山や大深雪山にいる階層の主より強い。そいつを倒すには、最強の魔法はきっと役に立つ」


 シルフィが突然、瞳をうるっと潤ませた。


「あっ……やだ……び、びっくりして涙出たんスけど!」


「いや、こっちが驚いたぞ。何か不味いことでも言ったか俺?」


「言ってないッスよ! 全然! うん、はい!」


「ならいいんだが……もし次の階層に行けたら何を探すんだ?」


「そ、それは当然魔法ッスよ! 最強魔法を越える最強魔法! で、いつかみんながぼくを認めてくれるッス!」


 探求する目的の根っこは、どうやら承認欲求みたいだな。


 故郷で認めてもらえなかった鬱憤を晴らしにきたってわけか。


 もう一度シルフィは平らな胸を張った。


「はい! というわけで、この話はここまで。ドワーフの協力を得られるっていうなら、お手並み拝見ッスね」


 ものすごく上から目線で言うシルフィに、もう一つだけ質問……というか、確認しておきたいことがあった。


「なあシルフィ。突拍子も無いことを訊くんだが……もし、さっき道ばたでお前が本をばらまいた時に、拾ったのが俺じゃなくオークだったら、お前はどうする?」


 突然の質問にシルフィは固まってしまった。


 彼女の目の前に広げた手をそっと近づけて、軽く振ってみる。


「おーいシルフィ? シルフィさんや?」


 ハッとして彼女は両肩をビクンとさせた。


「な、な、ななんなんスか本当に! その質問に意味はあるんスか?」


「いやさ……エルフの女の子はオークが苦手っていうから。他種族に協力を仰ぎにいくんだし、オークに直接お願いすることはなくても、どこかで会う可能性もあるし」


「オークは本当に無理ッス。まじキモイんで」


 彼女の瞳が冷たく光る。


 それは本気の拒絶だった。


名前:ゼロ

種族:エルフ

レベル:45

力:G(0)

知性:C(77)

信仰心:G(0)

敏捷性:C+(79)

魅力:G(0)

運:G(0)


黒魔法:初級炎撃魔法ファイアボルト 初級氷撃魔法アイスボルト 初級雷撃魔法サンダーボルト

   中級炎撃魔法ファイアストーム 中級氷撃魔法アイスストーム 中級雷撃魔法サンダーストーム

   脱力魔法ディスパワン 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める

   鈍重魔法ディスアグレ 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす


種族固有能力:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し


知人:シルフィ


――隠しステータス――


特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力


種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。

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