武器とスキル
翌朝――
幻影湖を越えると遭遇する魔物の種類が変化した。
はぐれ銀狼や角ウサギは姿を消して、巨大昆虫が増えたのである。どうやら魔物にはテリトリーがあるらしく、湖畔から先の森は昆虫たちの楽園だった。
イノシシサイズのカブトムシ――マキシビートルは、その硬い殻に手を焼いた。がっぷり四つに組んでひっくり返し、比較的柔らかい腹側を攻撃すれば倒せるものの、手間が掛かる。
イヌワシほどの大きさの蜂――鳥喰蜂は針がやっかいで、刺されるとしばらく身体の動きが鈍ってしまう。オークの回復力をもってしても、麻痺毒を無効化とまではいかないらしい。
それでも羽さえもいでしまえばこちらのものだが、素早く跳び回る鳥喰蜂を掴むのに苦労した。
問題は蒼穹の森でも大型に分類される魔物だ。
俺の身長より二回りほど大きい体長二メートルを越す巨大ナメクジ――グラウンドスラッグ。
こいつのテラテラと濡れた表皮は掴み難いうえ、軟体なので打撃の効果は薄い。
幸い、ナメクジはのしかかってこようとするばかりで動きも遅く逃げることはできるのだが、分かれ道など要所要所で出くわすため迂回したり大樹の陰に隠れてやり過ごしたりと、苦戦というよりは我慢を強いられた。
「武器が欲しいな」
大樹に背を預け、巨大ナメクジが幻影湖方面に這いずっていったのを確認してから、俺は吐息混じりに呟いた。
武器になるかと思ったのだが、そこらで拾える朽ちた枯れ木の棒程度では、振るっただけで折れてしまう。薪にしかならなさそうで、正直、己が拳で殴った方が強かった。
俺の溜息にナビが応える。
「武器や防具やアイテム類は、魔物を倒した時に手に入ることがあるよ。使いにくい装備はボクにまかせて。分解して保管しておくから。
一度分解してしまうと元には戻せないけど、素材の方が換金率が良いしね。最果ての街についたら換金しようね」
「お前、そんなことができるのか?」
「ボクはキミを導く者だからね。任せてよ」
戦う以外はお任せって感じだな。ありがたく頼らせてもらうとしよう。
しかし、この調子じゃ街に着くのは何日先だろう。そう思った矢先の事だ。
ブイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
と、煩わしい羽音を立てて、森の奥から金色の塊が俺めがけて飛んできた。
子犬ほどのサイズのカナブンだ。金属塊のようなそれは、俺のみぞおちめがけて突っ込んできた。ドスッと重苦しいボディーブローが炸裂する。
が、オークの厚い腹肉に衝撃は阻まれた。突撃の勢いを失った金色カナブンを俺は両手で掴むと地面に叩きつけ、踏み潰す。
ぐしゃっと音を立てて金色カナブンが光の粒子に還元された。
と、同時にナビが声を上げた。
「レア魔物のコンジキブイブイを倒したよ。しかもアイテムをドロップしたみたいだね」
一度は四散した光の粒子が寄り集まって、それは両手持ちのメイスになった。全長1.5メートル。太い金色の金属製シャフトの先端に、黄金のトゲ付き球がついている。肩から掛けられるマウントベルト付きだ。
こいつで殴られると痛いじゃ済まないだろうな。刺突粉砕の破壊力は、腕力が全てな今の俺にこそ、うってつけである。
拾い上げて柄の部分を掴むと、実にしっくりきた。
「おお、いいじゃないか。重量感といい握った感じといい。これなら全力で振り回せそうだ」
足下で小躍りするようにナビが尻尾を揺らす。
「それはゴルドラモルゲンシュテルンだね。レア度Bで、十階層で手に入ることは珍しい武器だよ。素材にもできるけど装備するにはぴったりだね」
「運の項目は全然上げてないんだが……ま、いいか」
あえて運にポイントを費やす意味は無い気がした。
手に入れた得物を軽く振るってみると、風圧で茂みや木々の葉が震えるように揺れた。
剣術だの弓術だのと技術を要さず、ただ力一杯殴りつける。シンプルなのがいい。
「その装備なら二十階層まで通用するんじゃないかな。さっそく敵と戦ってみよう」
ナビに促されてすぐさま標的を探した。
今の俺はまさに鬼に金棒だ。遭遇した魔物めがけて、お構いなしに突っ込んだ。
狙うはマキシビートル。武器なしでは手間の掛かる相手である。
こちらに気づく前に突撃し、不意打ちで頭部めがけてトゲ付き黄金球を叩きつける。金属塊のように硬かった殻が簡単にへしゃげて、組み合う間もなくマキシビートルは光に消えた。
レベル6になったのはその直後の事だ。
さっそく出たステータストーンで得たポイントは2と低かったものの、手に入れた武器の強さを考えれば誤差の範囲ってやつだな。
名前:ゼロ
種族:オーク
レベル:6
力:F+(21)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:ゴルドラモルゲンシュテルン レア度B 攻撃力80
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
「なんだこのスキルってのは?」
「固有能力だね。ウォークライは戦いの雄叫びさ。相手に聞かせることで戦意を削いで、自分自身の闘争心を燃え上がらせる技だよ」
「声を出して気合いを入れる……ってことか?」
「その気合い入れをもっと自分の力として認識して行うことで、スキルはスキルとして発動するんだ。声で相手に気づかれるから奇襲には向かないね」
もともと敏捷性をまったく上げていないから、先制攻撃の権利なんて最初から捨てている。
「一度使うと五分間は使えないから気をつけて。今のペースなら一度の戦闘につき一回使えるかどうかだね」
最初に使うか、ここぞという時に使うか悩ましい。が、行動の選択肢は増えるに越したことはなかった。
幻影湖を出発して半日、虫たちの支配領域を抜けると、再び動物系の魔物のテリトリーに入った。
襲ってくるのはウサギ系ばかりで先制攻撃を受けがちだが、反撃で楽々勝利を重ねること数度――
鬱蒼と茂る森がパッと開けた。そこだけ切り取ったように草原で、中央に石造りの台座が遺跡の如く鎮座している。
やっと最初の目的地である祭壇にたどり着いたみたいだな。
すぐに飛び出さず俺は森の木の陰から様子をうかがった。
まず中央の石造りの台座を遠目から確認する。オークの視力は優れているとも劣っているとも言えなかった。
あれ? なにと比べてだろうか。ともあれ、鷹の目とは言えないが、遺跡らしい雰囲気は見て取れる。
台座は明らかに人の手によって作られた物だ。
ナビが街で仕入れた情報によると、地上世界から冒険者たちがやってきた時から、階層と階層を繋ぐこの祭壇は、各階層の地底世界を照らす光球と同じくすでに存在していたらしい。
石の台座には供物を捧げる特別な祭壇という雰囲気があった。いつしか迷宮に挑む冒険者たちの間にその名が定着したのも、自然なことだったのかもしれない。
迷宮の階層は祭壇によって繋がっている。階段で下っていくのを勝手にイメージしていたが、ナビ曰く、祭壇の上に乗ると転移魔法で次の階層に飛ばされる仕組みなのだとか。
問題は、そんな祭壇の前に立ち塞がるひときわ大きな魔物だった。