錬金術士街へ
本の三分の二を持たされて、俺はエルフ少女の後を歩く。
「やっぱりぼくって可愛いから、つい声かけたくなっちゃうのも仕方ないッスよねぇ」
振り向きながら彼女は笑った。
「ええと、これをどこに運ぶんだ?」
「もちろんわが家ッスよ? お茶くらいはごちそうしてあげるッス」
「そのしゃべり方、なんとかならんのか?」
オークだった頃はエルフに恐れられて、あまり話す事も無かったが、炎竜王征伐の功績が認められてからは、何人かのエルフと会話をした。
こういうノリのやつは初めてだ。
「な、なんスか! しゃべり方くらい自由でいたいッス。というか……」
足を止めて少女は振り返ると首を傾げた。
「まだ名乗ってなかったッスよね」
「俺はゼロだ」
「へー。ゼロさんッスね。ぼくはシルフィーネ・カライテン。シルフィでいいッス。森の都の国立魔導学院を最年少首席卒業した秀才英才大天才なんッスよ」
えへんとエルフ――シルフィは胸を張る。なんというか、立てたまな板のような平坦さが強調されたな。
「そういうことは自分で言って誇ることなのか?」
「ちゃんと言わないといつまでも子供扱いッスからね。年功序列なんてクソ食らえッス」
上が詰まっているってのは、あまり風通しの良い社会じゃなさそうだ。
エルフは他の種族よりも長命で、若々しい外見を長く維持できるらしい。それにしたってシルフィは幼い見た目だが、これで百歳と言われてもなんの不思議もない連中だ。
とは、ガーネットからの受け売りである。
まあ、生まれて一年どころか二十日程度の肉体年齢の俺よりは、確実に年上だろう。
シルフィは溜息交じりに訊く。
「にしても変わった名前ッスね。故郷はどこの森ッスか? 案外同郷だったりして?」
「それが……この地下迷宮世界に来てすぐに、記憶喪失になったみたいなんだ」
足下でナビが、うんうんと首を縦に振った。
妙にこなれたやりとりをする俺を、蒼い猫は信頼しているみたいだ。
「えええッ!? そんなんで良くここまでたどり着けたッスね。よっぽど幸運か、それともすごい魔法の才能の持ち主だったんスか?」
下からのぞき込むようにしてシルフィは興味津々といった顔だ。
「たぶん幸運だったんだろうな。撃つ魔法全部が魔物の弱点属性で、しかも急所に命中してたみたいだし」
五回ほど死んだ成果だ。
そういえば、お前にも一度殺されてるんだぞ、こっちは。
「なるほどぉ。ただ者じゃあないって雰囲気だけど、しかし記憶喪失ッスか。こうして喋ってると、そんな感じしないッスよ?」
彼女は俺の隣に立って歩き始めた。
「日常生活に支障を来さない程度には覚えてるんだが、あいにく故郷の事や……お恥ずかしながらエルフがどういう種族だったかなんてことまで、すっぽり記憶が抜け落ちてるんだよ」
「ふえぇ! 興味深いッスね。知識はエルフの宝ッス。それをすっぱり無くして動じないなんて、あなたってば大物かも」
知識――エルフたちは魔法を学問として考えている。地下迷宮世界にも知識や見識を広めにやってくるのが多いらしい。
とは、この街で暮らした日々の中で耳にした話だ。
シルフィが耳をピンっと立てた。
「あっ! 次の交差点の角を右ッスよ。そうしたら錬金術士街は目と鼻の先ッス。いやぁ荷物持ちがいてくれて楽ちん楽ちん。助かるッスよ」
楽しげに言うシルフィに連れられて角を曲がると、そこは街の東側――魔導書店や錬金素材の店などが軒を連ねる、知識と知性が集まった錬金術士街だった。




