わくわくエルフ生活はじめました
エルフは黒魔法と弓術が得意だという。
弓矢の得意なエルフに知り合いはいないが、その魔法の威力なら身をもって体験済みだ。
門番攻略には、あの強力な黒魔法を学ぶ必要がある。
敏捷性>知性にしたのは、身体のキレを優先したためだ。
どのみち、レベルが99になる頃には知性も敏捷性も上がりきっているだろう。
知性優先で別の種族になった場合でも、オークの俺がドワーフたちに受け入れられたようにエルフに接触できると考えていたんだが、自分自身がエルフになれた今の状況はベストだな。
森を前にして、ナビがじっと俺の顔を見上げた。
「キミは選ばれし者だけど、油断は禁物だよ」
「ああ、そうだな。心配してくれてありがとうナビ」
蒼い尻尾をゆらゆらさせて、小動物は嬉しそうに目を細める。
「キミはとても優しい人みたいだね。一緒にがんばろうゼロ」
俺を殺した時とはまるで別人ならぬ別猫だ。
俺を焼き殺した時のナビは、別の何かと中身が入れ替わったようだった。
これまで一緒に旅をしてきた記憶も俺の魂に深く刻まれている。
最果ての街につくまで、俺にとっては唯一話せる相手だ。
赤い瞳をキラキラさせて、俺が歩き出すのをナビは待っているようだった。
つい心を許してしまいたくなるが、ぐっとこらえる。
こうして新しい肉体を手に入れて、落ち着いてきた。知性を上げた効果かはわからないが、歩き出す前に少しだけ考える。
ナビとの関係。基本方針は表面的にはこれまで通りで行こう。こちらからトラブルを起こす必要はない。
ともかく、この導く者が暴走(?)するタイミングはわかっているだけで二つある。
一つは俺と離れること。少なくともこいつの視界内に俺はいなくちゃならない。
ただし、unknownのままコイツと契約しなければ問題は起こらないようだ。代わりに俺もレベル上げができず、詰んでしまうんだが。
もう一つは、俺が未来の“可能性の記憶”を知っていることを伝えること。
発言には注意が必要だな。ナビにだけでなく、誰かと話す時には迂闊に未来を知っているとは言わない方がいい。
あくまで予想だとか、可能性があるとか、濁し気味にしよう。
「なあナビ。森には魔物がいるんだろう? エルフはどうやって戦うんだ?」
前足をペロペロとなめて毛繕いしながら、導く者は言う。
「弓術と黒魔法が得意だよ。ただ、今のキミは弓も矢も持っていないからね。弓は倒した魔物が落とすことがあるよ」
オークの頃に道中でいくつか拾ったが、すべて素材に分解してしまった。矢に関しても同様だ。魔法ばかりに頼って魔法が通じない魔物と出くわすのもまずい。
以前の自分とはだいぶ考え方が変わってきた。
バランスをみながら能力を調整していこう。
俺は森には入らずに、九階層に続く草原に足を向けた。
「そっちじゃないよ?」
ナビがするりと前に回り込む。わかっているんだが、森にすぐに入る気は起こらない。
オークだった頃を思い出す。
最初の頃は、はぐれ銀狼にすら苦戦した。一対一なら倒せたが、二体以上を相手にするのはキツイ。
しかも今の俺はエルフの細身だ。ナイフのような牙の一噛みが命取りになる。
俺はナビに訊いた。
「弓矢を手に入れるまでは、魔法で戦うことになるんだよな。ただ、黒魔法の使い方がわからないんだ。危険な魔物と戦う前に、まずは魔法を撃つ練習がしたいと思ってな」
「そうだね。キミはエルフになったばかりだから、練習は必要かもしれないね」
草原方面には、こちらから攻撃しない限り襲ってこないスライムくらいしか魔物はいなかった。
一ヶ月以上、観察して過ごしたのだから間違い無い。
彼らには悪いが、動く的として魔法の練習に付き合ってもらうことにした。
まったく魔法を使ったことが無いわけじゃない。
オークの俺は使う必要が無かっただけで、魅力の次に信仰心を上げて初級ながら回復魔法を覚えていた。
それと同じ感覚で初級回復魔法を使おうとしたのだが、魔法は発動しない。
ナビが言う。
「エルフは白魔法を使うことはできないよ。ところでゼロはどうして初級回復魔法を知ってるんだい?」
「傷を癒やす魔法があれば便利だと思ったんだけどな」
「キミはすごいね。想像した通りだよ。ただ、残念だったね。白魔法の神秘と黒魔法の知識は対立する概念みたいなんだ」
「なんだその難しい言い回しは」
「ともかく両立しないってことさ。神秘はなんだかわからないけど信じる気持ちが大事で、知識は感情ではなく客観的な事実に基づくんだよ」
おそらく知性が99になっても、理解できそうにないぞ。
というか、オークの時にはナビはこんな小難しいことは言わなかった。俺がエルフになったから、導き方を変えたとでもいうんだろうか。
「まあよくわからないんだが、黒魔法の使い方やコツがあれば、ナビのわかる範囲でいいんで教えてくれ」
ナビはコクリと首を縦に振った。
「おやすい御用さ。基本的な黒魔法はレベルが上がれば覚えていくけれど、特殊な魔法や高度な魔法は本で学んだり、弟子入りをして師匠に教わる必要があるみたいだね。もっとも基本になるのは炎の矢を飛ばす初級炎撃魔法だよ」
手に魔法力を集約して、それを矢の形状にイメージする。
回復魔法を試した時には上手く魔法力を集めきれなかったが、炎の矢が手のひらの上にふわりと浮かび上がった。
これを、草原で跳ねるスライムめがけて放つ。
移動する標的に対して、炎の矢は空気を裂くように飛翔すると自ら軌道を修正して、スライムに直撃した。
投げナイフのように狙って放たなくても良いようだ。
炎に包まれ水饅頭のような魔物が赤い光の粒子に変わる。その粒子を額の紅玉で集めながら、ナビは俺に告げた。
「魔法は誘導するのさ。狙って撃たなくても当てることができるんだよ」
一発撃っただけで頭がズンと重くなった。
「身体は元気なんだが、ドッと疲れた感じがするぞ」
「魔法力を消費したんだよ。ある程度休めばすぐに回復するよ」
しばらくゆっくり呼吸を整えて、次の標的を見つけると今度は魔法を天井に向けて放つ。
空中で緩く大きくカーブして、炎の矢勢いを失いながらも最後は標的に突き刺さった。
小さな爆発とともに魔物が燃える。
なるほど、どうりで避けられないわけだ。今まで散々苦しめられてきた力を、俺は手にしたということになる。
しばらく慣熟訓練だな。レベルの壁にぶち当たっても、魔法の扱い方をきっちり身体に叩き込みながら、今回は焦らずじっくりと進んでいこう。
もう、オークの時のような力押しはできないのだから。
自分が変われば、世界もそれに合わせたように様変わりした。
はぐれ銀狼がめちゃくちゃ怖い。こちらが魔法を放つよりも早く、連中は襲いかかってくる。下手をすれば手足の一本くらい、無くなっていたかもしれない。
俺を守ったのは、ナビも気づいていないオークの加護だった。
魂の記憶に刻まれた、雄々しきオークの超回復力が何度となく俺の命を救ってくれた。
「不思議だね。エルフなのに傷がこんなに早くふさがるなんて。キミが選ばれし者だからかな?」
「そうかもしれないな」
ナビの言う選ばれし者というのがなんなのか、今は改めて訊く勇気がない。
突っ込んだ事を訊けば、場合によってはナビが俺を殺しにかかるかもしれないのだ。言葉を濁したが、ナビは気にする素振りもみせず「きっとそうだよゼロ」と嬉しそうに目を細めた。
オークをやめると決めた時、全てを失う覚悟をした。嬉しすぎる誤算だが、ナビが俺のスキルを認識していないのは、やはりどこか不気味だった。
名前:ゼロ
種族:エルフ
レベル:5
力:G(0)
知性:G(8)
信仰心:G(0)
敏捷性:G+(9)
魅力:G(0)
運:G(0)
黒魔法:初級炎撃魔法
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。




