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天空の扉

 最果ての街に次の新月の夜が訪れた。


 立ち入り禁止の立て看板が置かれた鍛冶職人街の中心にある祭壇の前まで俺とガーネットはやってくる。


 彼女の手が生み出した最強装備をこの身を包んで、今日まで出来る限りの準備をしてきたつもりだ。


 頭のてっぺんからつま先まで、伝説の勇者が使ったという神代鋼オリハルコン製の鎧と盾による完全武装。


 聖剣も打てるという鍛冶職人の冗談に、一瞬揺らいでしまったが――武器もこれまで通り両手持ちの鈍器ウォーハンマーをお願いした。


 完成した大鎚――その名は「星虹の巨鎚」


 虹と星の意匠を組み合わせた両手持ちの巨大なハンマーは純度100%の神代鋼製だ。


 さらに投げナイフホルダーにも、神代鋼製のナイフを十本収めてある。


 基本は打撃。遠距離ではナイフで牽制。今まで通りの戦い方しかできないが、その威力も防御力も格段に上がった。


 製作者のガーネット自身も、ボディースーツの上に神代鋼の軽鎧を装着していた。


 近接用の片手持ちの戦鎚と、炎竜王を倒した時から改良を重ねて各部品を神代鋼で強化した石火矢で武装する。


 発射する弾も神代鋼だ。薬莢も神代鋼で作ったため、従来よりも強力な調合レシピの錬金火薬を採用したらしい。


 強靱な竜の鱗も撃ち抜く貫通力は、同じ素材の投げナイフとは比較にならない。


 これだけの装備を揃えても不安だ。


 新月の海底鉱床がどんな場所なのか想像もつかない。


 火炎鉱山を攻略できたのも、入念な下準備のおかげである。


 いざとなれば……と、つい思う。


 もう三回も復活している。保証はないが俺は死んでもまたあの地点に――unknownとなって洞窟に戻されるんじゃないか?


 もう死にたくはないが、進むことで得た知識を持ち帰ると思えば……。


「俺が先に行く。五分経って戻らなかったら……」


 言葉を濁しながらナビとともに祭壇に上がった。


「それでアンタだけ帰ってこないなんて寂しいじゃないさ。死にたくはないけど、いなくなったヤツをずっと待つのは死ぬよりも辛いよ」


 起動する前にガーネットも祭壇に立つと、俺の手をそっと握った。


 指先まで覆う鎧の手甲越しでも、その温もりを感じたように錯覚する。


 転送の瞬間を待つと……。


 足下でナビが声を上げる。


「どうやらボクらは条件を満たしたようだね」


 青い小動物の額の紅玉から、炎竜王アグニールの落とした赤い鍵が浮かび上がった。


 同時に足下に描かれた転送の魔法陣の紋様が変化する。


 隣でガーネットが声を上げた。


「なんだいこりゃあ!? こんなカタチの魔法陣見たことないよ」


「行こう……ガーネット」


「ホント、アンタと一緒だと一生退屈しないで済みそうさね」


 驚きつつも彼女はうなずいた。


 ガーネットの手を軽く握り返す。視界を白い闇が包み込み、そのまぶしさに目を閉じた。


 握った手は離さない。


 隣に彼女を感じながら光が途切れるのを待つと――


 足下から声が響いた。


「到着したよ。真理に通じる門の……真下だね」


 そっと目を開くと、そこは真っ白い継ぎ目の無い場所だった。


 十五階層と良く似ている。


 ただ、違う事といえば、本来あるべき祭壇が無いことだ。


「片道切符か。まいったな」


 白い空間の空を見上げると天井に巨大な観音開きの扉があった。


 いや、天井すべてが扉と言った方がいいのかもしれない。


 重厚な扉には、当然手を伸ばしても届くことはない。


 空でも飛べなければたどり着けないだろうに。


「ヘンテコな世界だと思ってたけど、こりゃあ……ヤバイな」


 ガーネットもあっけにとられていた。


 俺は二人に訊く。


「どう思う?」


 ガーネットは「どうって言われてもさぁ。あの向こうに行く方法なんてさっぱりだよ」と、俺の気持ちを代弁するように言う。


 一方、ナビはといえば――


「間違い無いね。あの向こうがボクらの目的地さ」


 何か上に昇るためのものはないか、ぐるりと周囲を見渡すと……この階層――仮に二十一階層の中心方面に祭壇(?)らしきものが遠目に見えた。


「とりあえずあれのところまで行ってみるか」


「引き返しようがないからねぇ。ま、なるようになるって」


 励ますように言うガーネットは、きっと本当は不安だろうに。


 何かありますようにと祈りながら、俺たちは白い継ぎ目無い石床を歩く。


 歩くにつれ、近づくとだんだん遠目にぼやけていたそれの輪郭がはっきりとしてきた。


 巨石の支柱が円を描いて並んでいる。


 その光景に見覚えがあった。


「まるで巨石平原の遺跡じゃん」


 平原の石碑と違って真っ白い石だ。


 精巧に切り出した四角柱で、表面には魔法文字が刻まれていた。


 六つの巨石の柱の一つだけ、その魔法文字がうっすらと光っている。


 ナビが光る巨石を見上げて言う。


「選ばれし者を天に誘う道みたいだね」


 俺はナビの言葉を復唱する。


「選ばれし者を天に誘う道……か」


 ガーネットが俺の顔を下からのぞき込む。


「アンタ、この文字が読めるのかい? 学があるなんて意外っていうか……チョー似合わないんだけど」


 オークが博識で何が悪い。とは言い返せないな。


「いや、その……」


 ナビは俺にしか認識できない。こんなことならナビの存在をガーネットに説明しておいても良かったかもしれないな。


 もちろん、彼女が俺を信用してくれた後じゃないと、変なヤツ扱いがますますひどくなるだけだけど。


 足下でナビは言う。


「どうやら天井の扉は封印されているみたいだね。ここも同じだよ。次の階層に向かう祭壇の前には、門番がいる。この天に誘う道の封印を解けば、おそらく戦いになると思うよ」


 ナビの言葉に小さく頷いて返す。


 青い猫は続けた。


「ごめんね。どうやら起動している支柱一つにつき、独りしか決戦の地に送れないみたいなんだ。ボクはキミの勝利をここで待つよ」


 あれだけ俺と離れることを嫌がり続けたナビらしくもない。


 ってことは、ガーネットはどうなるんだ?


 周囲をぐるりと見れば、同じような純白の石柱は五本ある。


 光っていない柱の一つに俺は向かった。


「ちょ、ちょっといきなりどこに行くのさ? なんかこの光ってる柱が怪しいだろ?」


 ここに来るのに「条件」があり、鍵となったのはきっと……この赤い鍵だ。


 光っていない柱の魔法文字をじっと観察した。


 さっぱり読めないのだが、文字に埋もれるように鍵穴のような窪みを柱の中心に見つけた。


 その鍵穴に赤い鍵を射し込むと、まるで溶けるようにスッと鍵の先端が穴の中に収まった。ひねると何かが解放されたように、柱は鍵を呑み込んで魔法文字に赤い光が灯る。


 炎のような赤だ。


 ナビがやってきて声を上げた。


「どうやらもう一人分の天に誘う道が開けたみたいだね」


 視線を落とすとナビは小さく首を左右に振った。


「ボクじゃキミの力にはなれないよ。これまでずっとずっと、頼んでばかりで申し訳ないけれど、どうか彼女と行ってくれないかな」


 この石柱を使えば戦いだ。ナビはずっとそうだった。俺を導くが戦うことはできない。


 一度膝を畳んで腰を落とすと、そっとナビの頭を撫でてから立ち上がった。


 振り返ってガーネットに向き直る。


「炎竜王の鍵で柱が起動した。どうやらこいつは祭壇と同じ転送装置みたいだ」


「へぇ~~。っていうかここ、海底鉱床じゃないよね?」


「鍵を持っていたらから、この場所に導かれたのかもしれないな」


 鍵と石柱がセットだということは、こうして起動したわけだから繋がりが一目瞭然だ。


 もし、鍵もなければどうなったんだろうか。


 不思議な事に、最初から柱は一つだけ起動していた。


 俺は天を仰ぐ。


「なあガーネット。この柱を使うと……あの扉を守る門番と戦うことになりそうだ」


 彼女は石火矢を小脇に抱え直した。


「言ったじゃないか。なんとかなるって。そのために準備してきたんだ。炎竜王の時だって、ちゃんと上手くいった。今度もきっとそうなるよ」


「いいんだな」


「もちろんだよ。アンタがいる場所が、アタイの居場所さ」


 ガーネットは赤い光をたたえた石柱の前に立つ。


 俺も白い光を放つ石柱を前にした。


 それぞれの石柱からさらに光が溢れて、俺たちの身体を包む。


 ふわりとした浮遊感とともに、天に釣られるように俺とガーネットの身体が宙を昇りだした。


 足下を見ると青い獣がじっと俺の姿を見上げている。


 元から小さかったナビの姿が小さく、小さく、小さくなった。


 麦の粒ほどの大きさになり、足下が白い霧のようなものでぼやけて石柱さえも見えなくなる。


 天地の境目がなくなり頭上にあったはずの巨大な扉と、俺は正対していた。


 足下は白い雲が固まったような“地面”ができている。


 身体を包む光は消えて、近くにガーネットの姿もあった。


 正面に鎮座する扉はあまりに大きく、距離感がつかめない。


「なんか気持ち悪い場所だわ。うまく言えないけどさ」


 ガーネットの呟きに俺も首を縦に振る。


 そして――


 地面から巨大な影がゆっくりとせり上がった。

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