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秘匿された場所

 火炎鉱山から戻ると、その日は岩窟亭には行かずにガーネットの家で二人きりで飲み食いした。


 仔猫のように甘える彼女と、ゆったり過ごして夜が明ける。


 翌朝になって、手に入れた神鉱石と炎竜王征伐の報告のため、俺たちは鍛冶職人ギルドを訪れた。


 簡素で無骨で質実剛健を絵に描いたような、きらびやかさの欠片も無いギルド長の執務室で、大きな樫を前に俺とガーネットは並び立つ。


 髭を蓄えたドワーフの男――ギルド長のゼムは机の天板に置かれた神鉱石と、ガーネットが手にした虹の種火に目を丸くした。


「こいつぁすげぇな。階層の主を倒した冒険者も初めてなら、虹の種火も神鉱石も初めてみるぜ」


 鉱石を手にして感触を確かめつつ、ゼムはヒゲを撫でる。さっそく鉱山に神鉱石の発掘隊を編成するとギルド長は言うのだが……。


「ゼムギルド長。階層の主も祭壇の守護者と同じ可能性があると思うんだが」


「ゼムでいいぜオークの……ええと、名前は?」


「ゼロだ」


「なんか似てるなオレと。まあいいか。懸念してるこたぁわかってるつもりだ。炎竜王が復活する可能性は充分に考えられる。まあ無茶はさせんさ」


 加えて神鉱石を手に入れたとしても、虹の種火を持つのはガーネットだけなので、製錬も加工もできないとギルド長は苦笑いだ。


 報告を終えたところでガーネットがギルド長に訊く。


「んでさおやっさん、真理に通じる門ってのを探してんだけど訊いたことないか?」


 コトリと神鉱石を置いてゼムは首をひねった。


「ん~~そいつぁ二十一階層に続く祭壇のことか? だったらお手上げだな。オレらの先駆者たちが方々探し回ったあとなんだ。ここが最果ての街って呼ばれるようになったのは、誰にも先を見つけられなかったからだしよ」


 ゼムの言葉にうなずくしかなかった。ここが終着点と言われてもおかしくはない。


 子孫が繁栄しないことを除けば、外の世界よりも豊かな街だ。


「探してる連中は今じゃ珍しいくらいで、長命なエルフの連中にいるかどうかってとこだけどよ……頭の切れるあいつらにも見つけられない……つーか、ここの所様子がおかしくてなぁ」


 俺は前回の記憶を思い出した。


「エルフが行方不明になってるのか?」


「おっ! にーちゃん良く知ってるな。迷宮世界から故郷に帰るなら住居でもなんでも引き払う準備をするだろ。なのにフッと消えちまう。まあ、ドワーフで同じような事が起こらん保証はないが、今の所エルフだけでな」


 きな臭いのは相変わらずだ。もしかしたらエルフの失踪が、世界の終わりの引き金になったのだろうか。


 今はあの未来を訴えても信じてもらえないだろう。言ったところで余計な混乱をまねく恐れしかない。


 ガーネットが腕を組んで自慢の胸をしたから押し上げるようにした。


「エルフの自作自演なんじゃね? ま、そんなことする意味はわかんないけど」


 俺はナビに視線を送った。ナビはぴょんっと執務机の天板に乗ると、赤い光を紅玉から発して鍵を取り出す。


「炎竜王アグニールを倒した時に、虹の種火といっしょにこんなものを落としたんだ」


 真っ赤な鍵だ。


 机の引き出しからルーペを取り出すと、ギルド長は鍵を手に観察した。


「鉱石でもガラスでも宝石でもねぇ感じだな。オレにわかるのはそれくらいだ」


 錬金術士ギルドに相談した方がいいかもね。とは、ガーネットの言葉だ。


 ギルド長にもわからない素材か。ゼムはヒゲを指で整えてから顔を上げた。


「ただまあ、この階層のどっかにオレはあると思ってんだよ。次の階層への扉がさ。いや、ギルド長になって探すことをやめちまったし、あったらいいなってのはもう、ただの願望なんだが……それこそ誰も行かないような場所にあるのかもな。例えば海の底とかよぉ」


 ガーネットが小さく溜息をつく。


「本当にあんのかねぇ。真理に通じる門なんてさ?」


 確証は無いが、このままだと世界が終わる。それを阻止するヒントの鍵は、文字通り炎竜王が落とした赤い鍵なのだと、俺は思うのだ。


 考えこむ俺を見てガーネットが少しだけ焦ったように取りつくろった。


「あっ! ごめんごめんゼロのこと疑ってるわけじゃないんだ。けどさ、誰も探してないとこなんて数えるほどじゃないのかい?」


 言われて納得した。ガーネットの着眼点に盲点を突かれたぞ。


 俺はギルド長に向き直った。


「この街で……いや、二十階層で冒険者が立入り禁止になってる場所っていくつくらいあるんだ?」


「ん~~立ち入り禁止かぁ。オレが知る限りじゃパッと思いつくのは大聖堂だな。中央の礼拝堂は開放されちゃいるけど、他の棟や施設は立ち入り禁止だ。神様を守るためだっつーし、あんまり不信心なこたぁしちゃいけねぇぞ」


 情報を漏らしてからギルド長はハッと気づいたように俺たちにくぎを刺した。


 ドワーフは信仰心も高い。ついうっかり口を滑らせるあたりもドワーフらしいっちゃらしいか。


 もし大聖堂のどこかに真理に通じる門があるなら……。


 ガーネットが「そういえばさー」と、オレの背中をパンパン叩いた。


「立ち入り禁止って言えばだけど、アタイも一つだけ心当たりがあるんだよねぇ」


「どこなんだガーネット?」


「海底鉱床だよ。新月の夜に掘り師が帰ってこれなくなったっていうじゃん」


 ギルド長がガタッと椅子を尻で蹴るようにして立ち上がった。


「待て待て待て待て! まさか行くとか言わねぇだろうな? 危険すぎる!」


 俺はこの街に来てまだ一ヶ月も経っていない新人で、ほとんどよそ者だ。オークのコミュニティーにも交わらない、はぐれオークってところだろう。


 だからこそ空気を読まないで訊いた。


「その死んだ掘り師ってのは強かったのか?」


 ギルド長は小さく息を吐く。


「オレが先代のギルド長に訊いた話じゃ、坑夫マイナーとしては超一流でも鍛冶職人クラフターとしては二流以下。戦闘に関しちゃ、独りじゃ到底この街までたどり着けないヤツだったらしい」


 掘ることに特化したというよりも、掘る以外に道は無かった男だとゼムは付け加える。


 ガーネットが瞳をキラリと輝かせた。


「んじゃあ許可くれよおっちゃん! アタイらの強さはその神鉱石が証明してるだろ?」


 どうやら新月の夜の海底鉱床探索に、ガーネットは乗り気なようだ。


 どんな危険が待っているかもしれない。


 それでも彼女は執務机の天板に両手をバンッ! と、ついて身を乗り出した。


「お、オレとしちゃあよぉ……そいつはオススメできねぇ。つーかガーネット……オマエさんにゃやらなきゃならない使命があるんじゃねぇか? 家名を継いで子孫を残すってよぉ。せっかく虹の種火も手に入れたのに、どうして危険に飛び込む必要がある?」


「んなの決まってんじゃん。ゼロが行くところがアタイの行く場所だから」


 前掛かりだった身体を引き戻し、俺の隣に立ってガーネットはそっと手を握ってきた。


 ゼムの眼差しは厳しく真剣なものだ。ギルド長が改めて問いかける。


「いいんだなガーネット?」


「このデカブツの男前なオークに一生着いていくって決めたのさ。ドワーフが一度決めたら頑固だってことは、おやっさんの方がドワーフ歴長いんだしわかってるでしょ?」


 ゼムはそっぽを向いて「好きにしやがれ。どうなってもしらんぞ」とさじを投げるように言った。




 この地下迷宮世界は謎だらけだ。


 大聖堂の事も気になるが、まずは新月の夜の海底鉱床からだな。


 それに二十階層に真理に通じる門があるとも限らない。


 海底鉱床のように、なんらかの条件が揃えば別の姿を見せる階層もある……というのは、ただの予測に過ぎないのだが……。


 第十五階層――なにもないあの空間の事も、心のどこかに引っかかり続けていた。

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