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別の未来へ

 目を開くとそこはジメッとした洞窟の中だった。


 何が起こったのかすぐに理解する。三年前にもこれと同じことがあった。


 俺は死んだんだ。


 そしてまた、この地下迷宮世界の第十階層にいる。


 外の世界に出てからの三年間。幸せな時間は……幻だったんだろうか?


 まだこの腕の中には、愛娘とガーネットの感触が残っている。


 じっと見ると、俺の手は崩れた透明なゼリーになっていた。


 腕も足も顔も区分の無い俺は、そっと視線を上げる。


 洞窟の出口から光が射し込んだ。


 そこに小動物がちょこんと座る。


 俺が目覚めたのを確認して、小さな四肢を早く速く動かしてそいつは俺の元までやってきた。


「やあ、目を覚ましたようだね」


 開口一番そう告げて青い猫――ナビは目を細めた。




 積み重ねてきたものを全て失って、最初はひどく落胆した。


「どうしたんだいゼロ? 元気が無いように見えるね」


 オークに戻った俺を気遣うようにナビが訊く。


「…………」


 返す言葉が無かった。ナビは俺がいなくなった事も覚えていない。いや、知らないようだ。


 俺はガーネットとともに、彼女の故郷に帰ってはいけなかったのかもしれない。


 今も心に穴が空いて、言葉もまともに出ないんだが……。


 地下迷宮世界について一つだけわかったことがあった。


 このまま誰も何もしなければ、三年後に外の世界が滅ぶ。


 恐らくその震源地は、ここなのだ。


 真理に通じる門を探し出すことが、あの破壊を止める手立てになるかはわからない。


 森の中で足を止めると、俺は膝を着いて視線を下げた。


 ナビの頭をそっと撫でる。


「ごめんな……」


「ああ、なんだかとても気持ちいいよ。触れられると嬉しくなるんだ。どうして謝るのさ?」


「ごめん……ごめんな……」


 しばらくその場でうずくまるようにして、俺は動くことができなかった。


 目から涙がボロボロおちる。


 ナビはただ、そんな俺を首を傾げて見つめるばかりだった。




 すべての涙を絞り尽くして俺は立ち上がった。


 迷っている場合じゃない。外の世界がああなってしまうなら、地下迷宮世界だって同じことが起こるに違いない。


 その危機に気づいているのは、世界でただ独り――未来を垣間見てきた俺だけなんだ。


 立ち上がると決意が湧いた。


 迷っている時間はない。三度目トライ挑戦リトライだ。




 最果ての街に到達したのは十二日目の事だった。


 といっても、階層ごとに昼夜のズレはあるのでおおよその日数だが、ともあれ最短記録には違いない。


 勝手知ったる最果ての街の目抜き通りで、俺は三度みたびその光景に遭遇した。


 白いローブ姿のエルフの少女が、腕に本を抱えて人混みの中をこちらに向かって歩いてくる。


 そこに……赤毛の鍛冶職人がフラリと現れた。


 エルフの少女が近づいているのに気づいていない。


 彼女は歩きながら、建ち並ぶ露店を見つめていた。


 本を抱えたエルフの少女と鍛冶職人がぶつかり、その腕から本がばらまかれる……その前に俺は名前を呼んでいた。


「ガーネット……ガーネットなんだよな!」


 立ち止まると赤毛のドワーフはこちらに向き直った。


 その薄い褐色の肌も、金色の瞳も何も変わらない。


「ん? アタイに声をかけるなんて珍しいオークがいたもんだね?」


「お、おう。その……なんていうかだな……」


 やばい。出し尽くしたはずの涙がまた溢れそうになった。


 生きている。彼女はまだ生きているんだ。


「ん? なになに? つーか褌一丁なんて、アンタあれだな。新人だろ!」


「今朝ついたばっかりだ。それでその……この街一番の鍛冶職人に武器を作ってもらおうと思ってな」


 ガーネットは目を丸くした。


「おおぉ……すげぇ。アタイってば街に着いたばかりの新米冒険者にまで名前が知れ渡ってたんだ。ちょっと気分いいかも。けどさ、超一流の武器職人に依頼する以上、それなりの覚悟はしてもらうよ?」


 彼女は人差し指と親指で輪を作るようにする。お金は大丈夫か? というジェスチャーだ。


 ゆっくりと頷いた。そんな俺に足下でナビが言う。


「すごいやゼロ。初対面なのに、まるで相手のことを知り尽くしているみたいな交渉術だね」


 どう言えばガーネットが喜ぶのか、どうすればガーネットがよろこぶのか。


 彼女の嬉しいも楽しいも、一緒に経験してきたから身に染みついている。


 好きな食べ物も飲み物も、もし子供が生まれて女の子ならつける名前だって……。


 今にもこぼれ落ちそうなおおぶりな胸をブルンと震えさせて、ガーネットは言う。


「よーし! んじゃ行こっか! まずは集めた素材の換金だな」


 彼女の隣を歩いて、俺は迷うことなく、この街で暮らした時に何度も通った鍛冶職人ギルド方面に赴いた。




 ギルド本部に到着する前に、まずは適当なエルフの露店でキノコを売却した。死霊沼地産の毒茸だが、こういったものが錬金素材になる。


 相場はわからないしオークということで買いたたかれたかもしれないが、八千メイズになった。


「流石に裸の男が隣にいたらガーネッ……あんたも気まずいだろ?」


「好きなように呼びなって。つーか恥ずかしい格好してるって自覚あったんだねぇ」


「この金で服を買おうと思う」


「だから露店でキノコを売ったってわけかい。わかってるじゃん。エルフ連中の好みってのがさ?」


「エルフは黒魔法や錬金術に長けるって話だからな」


 売った金でひとまず麻の衣類とサンダルを買った。これでようやく恥ずかしくない格好だ。


 そのままガーネットと共に鍛冶職人ギルドに向かう。


 建物内の買い取りカウンターに申請した。


 高めに買い取ってもらえる素材に傾向があった。鉱物資源系はドワーフたちが海底鉱床でかき集めるので、良い値段がつかないのだ。


 そこで街に着くまでの戦いでは動物系の魔物を狙い、鉱床では手に入らない魔物の骨や角に皮などの素材を集めておいた。


 しめて二百二万四千七百メイズ。前回より八十万メイズほど多い。


 カウンターで金を受け取ると、隣で赤毛が揺れた。


「ずいぶん集める素材を絞り込んだ感じだけど、偶然かい?」


 ガーネットは先ほどから、親切にアレコレ教えてくれる……のだが、時々俺の方が先回りしてしまうこともあった。


「色々と教えてくれてありがとうなガーネット。お礼に食事をごちそうしたいんだけど……」


「それならアタイの行きつけの店があるんだ! きっと気に入るよ!」


 岩窟亭だろうな。うっかり彼女よりも先に、注文しないように気をつけよう。


 なんだか騙しているみたいで少し気が引ける。


 出会ったあの日と同じガーネットにホッとしたのもつかの間、寂しさを覚えた。


 ギルドを出ると、自然と足が岩窟亭のある方に向く。


「あっ! ちょっと……なんでアタイがこっちに行くって知ってるわけ?」


「え、ええとだな。偶然だ」


 下からのぞき込むように、金色の瞳がじっと俺の顔を見据えた。


「アンタ本当に初めてこの街に来たのかい?」


「昔から勘が良くってな」


「ん~~。なんか不思議な感じがするよ。初めて会ったんだよねアタイらって」


 素直に首を縦に振ることができなかった。


「外の世界のどこかですれちがったことくらいは、あるかもしれないな」


「そうだねぇ。ま、いっか」


 彼女はそっと手を差し出した。


「迷子にならないように手を握ってやるよ」


「子供扱いするなよ」


「冒険者としてはアタイが先輩なんだし、後輩はだまって従いな!」


 彼女の手の体温に懐かしさを感じる。


 歩き出してすぐに立ち止まるとガーネットは俺の顔を見上げた。


「そーいえばさ、世界を救ったっていう勇者様も……まるで最初からなんでも知ってるみたいだったんだって」


「そ、そうなのか。そいつは初耳だな」


「なーんだ。アンタやっぱりオークだね。アタイなんて子供の頃から勇者様のお話を聞かされて育ったけどさ、そういうのも情操教育? ってのと、神様への信仰心を育てるためなんだよ」


「信仰心か……」


 ステータスの割り振りは今まで通り、力を最初に上げて敏捷性につぎ込むのは変わらない。


 魅力ではなく信仰心を上げることで、俺自身も白魔法を扱えるようになるんだが……。


「ま、信心深いオークなんて逆に珍しいつーかキモイし」


 今回も最後は魅力に割り振ろう。


 ガーネットの身体が忘れられないという正直な気持ちと、大きな変化を起こせば今までの経験が活かせない『別の未来』になりかねないからだ。




 炎竜王征伐まであっという間だった。


 ガーネットと繋がり深い仲になったのも同じだ。繰り返すことに罪悪感やむなしさを感じる。


 それでも、彼女ともう一度やり直すことができた。


 地底火山の地下深く――マグマの湖に浮かぶ島の中心で再び炎竜王を倒して虹の種火と赤い鍵を手に入れた。


 マグマが引き潮のように水位を下げて、浮かび上がった新しい道を俺は進む。


「あっ! ちょっと待ってってばゼロ! アンタ不用心だね」


「大丈夫だ。たぶんこの先に炎竜王アグニールの守る宝がある」


 彼女を引き連れ神鉱石の壁までやってきた。


 最高の採掘場所と対面して、ガーネットが瞳を潤ませる。


 彼女の夢が叶った瞬間に再びこうして立ち会うことができた。


 俺の手の中には……前回と同じようにして手に入れた金鉱石から作った指輪がある。


 このままもし、何もしなければ……彼女は故郷に凱旋して、他の誰かと幸せに暮らすのかもしれない。


 同じ事を繰り返すのはダメだ。


 それなのに性懲りも無く、再現するためだと自分を偽って指輪を作ってしまった。


「なあガーネット。訊いてくれ」


 採掘に取りかかろうとしたところで、俺は彼女を呼び止めた。


 振り返って興奮気味にガーネットは言う。


「ちょ、ちょっとなんだい! 今良いところなのに!」


「お前はその……これで夢も叶って……故郷に帰るんだよな?」


「そ、そうだよ。え、ええとさ、アンタも良ければアタイの実家に来るかい?」


「気持ちは嬉しいんだが、あいにく俺にはこの地下迷宮世界でやらなきゃならないことがあるんだ」


 告げた途端、ガーネットは小さく肩を落とした。うつむいて伏し目がちになりながら、彼女は言う。


「そっか。そいつは残念だねぇ」


 落胆させてしまった……と、思いきやガーネットは顔を上げた。


「で、アンタはここで何をするっていうのさ?」


「それはその……」


 口ごもって視線を落とすと、足下でナビがうんと一度だけ頷いた。


 まさか……話せっていうのか?


 思えばナビが目的について第三者に話すなと言ったことは無かった。


 青い小動物は目を細めて俺にだけ聞こえる声で告げる。


「協力を得られそうならボクは彼女に相談することに賛成だよ」


 なら、ガーネットに言うだけ言ってみるか。


「ガーネット。俺はこの地下迷宮世界のどこかにある『真理に通じる門』ってやつを探してるんだ。それがどういったものなのかはわからない。もしかすれば、門のカタチすらしてないかもしれない」


 赤毛の鍛冶職人は黙ったままだ。足下のナビはじっと俺の顔を見つめている。二人は俺の言葉を待っていた。


「その門の向こう側に、俺は行かなきゃならないんだ」


 ガーネットにはナビが見えていない。だから俺たちとは言えなかった。それはナビも承知しているようで、うんと小さく首を縦に振った。


 マグマの熱気に赤毛がふわりと揺れる。


「わりとなんでも知ってるアンタにも、わからないものがあるんだ。アタイのどこが気持ちいいとか、全部お見通しなのに」


 大真面目に言ってガーネットはうなずくなり、両手をぽんっと合わせるように叩いた。


「じゃあさ、アタイも一緒に行くよ! その門の向こうまで一緒にさ。アンタがいる場所が、アタイの居場所だ。そしてアンタの居場所はアタイの隣だよ」


 エヘンとガーネットが胸を張った途端――


 涙が溢れて止まらなくなった。


「お、おいおい何泣いてんだよ男だろ! みっともない……つーか、そんな泣くほどのことかぁ? ああもう、これじゃあアタイが泣かせたみたいじゃんか!」


 そっと俺に近づいて前に立つと、腕を伸ばして指先で彼女は涙を掬うように拭う。


 まったく想像していない返答だけど、ガーネットらしかった。


「いいのか? お前には帰る場所だってあるし、故郷に待ってくれているたくさんの人がいるんだろう?」


「そういうのが嫌で飛び出してきたんだし、二十階層より先があるなら見てみたいじゃん。もしかしたら、ここにある神鉱石よりもすごい鉱石があるかもなんだし。探求のためなら、きっとご先祖様も許してくれるって!」


 あっはっは! と、ガーネットは豪快に笑い飛ばす。


 釣られて俺も涙が止まると笑いが漏れた。


「死ぬ時は一緒だよゼロ」


 差し出された手を


「そうはならない。俺が守るよ……ガーネット」


 強く握り返す。


 指輪を渡すのはもう少し先の事になりそうだ。


 ガーネットとより深く心が通じると、独りで戦う限界を超えた“力”の息吹が目覚めるのを感じた。


名前:ゼロ

種族:オーク・ヒーロー

レベル:99

力:S+(100) 限界突破

知性:G(0)

信仰心:E(42)

敏捷性:A(99)

魅力:A(99)

運:G(0)

余剰ステータスポイント:0

未使用ステータストーン:0


装備:流氷砕き レア度S+ 攻撃力223 火炎属性の敵に50%の追加ダメージ

   氷結晶フラクリスタルの投げナイフ レア度A 攻撃力107 火炎属性の敵に30%の追加ダメージ 敵を氷結させる効果あり

   氷結晶フラクリスタル騎士甲冑ナイトメイル一式 レア度S 防御力205 魔法も含む火炎属性攻撃を70%軽減 盾で守ることでAランク以下の炎熱攻撃を完全遮断

   火炎鉱山向けの上質な服一式


スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分

   力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒

   シックスラッシュ 次の攻撃が6連続攻撃になる 即時発動 再使用まで三十秒

   チャージタックル 攻撃対象を吹き飛ばす体当たり 即時発動 再使用まで三十秒 シックスラッシュとの併用不可

   集中 一時的に集中力を上げて『行動の成功率』を高める 再使用まで五分

   投げキッス 再使用まで0秒

   熱い抱擁 相手を抱きしめて身動きを封じる 魅力の高さに応じて抵抗されなくなる 再使用まで三十秒

   英雄の覇気 全ての種族から讃えられ、嫌悪していた種族にも受け入れられる


魔法:初級回復魔法 小さな傷を癒やし少しだけ体力を回復する


種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。


恋人:ガーネット

種火:ヘパイオの種火

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