分岐点
「この先に進めるみたいだね」
炎竜王を倒し、その財宝を手にしたところでナビが俺に告げる。
軽い地鳴りがしたかと思うと、島を囲む赤熱したマグマの水位が下がって、先へと通じる道ができた。
ガーネットがじっと道の先を見据える。
「うっわ……めっちゃお宝の匂いがプンプンじゃん」
軽い足取りで彼女はスタスタと道を歩き出した。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「帰りに道がふさがるようなら、アタイはこの世界を作った底意地の悪い神様を恨むね」
俺の心配性を笑い飛ばして、彼女は引き潮ならぬ引きマグマでできあがった道を歩ききり、対岸に到着するなり目を輝かせた。
「やっば……この壁やばいって。ほら早く来なよゼロ! 一生かけても見られない光景だよ」
「あ、ああ。ったく……」
罠の可能性も捨てきれないが、ガーネットの笑顔に根負けして俺も新たに生まれた道を進む。
その先で彼女の隣に並び立つと、そそり立つ壁を見上げた。
他の壁とは色味が違う。
ガーネットはそっと触れたかと思うと、愛おしげに壁に頬ずりした。
「んんん~~♪ 間違い無いね。こりゃあ精製前の神代鋼だよ。アタイも精製済みのものしかしらないけど、わかるんだ。さしずめ神鉱石の大鉱脈ってとこかね」
俺には見えないものがガーネットには見えているみたいだ。
さすが超一流の鍛冶職人だな。
「とりあえず掘れるだけ掘ってみるから」
「何か手伝えることはないか?」
「ん~~無いね! アンタが掘りだそうとしたら全部パーになるよ」
ハッキリ言ってくれるので逆にすがすがしい。
それからしばらく、熱気にあてられながらガーネットは採掘を続け、俺はできあがった道が再びマグマの満潮で閉じてしまわないか、じっと監視を続けた。
一時間が経過して、ガーネットは胸のペンダントの紅玉に神鉱石を収めながら溜息をつく。
「んはぁ~~さすがに無理かぁ」
「取り尽くしたのか?」
「その前に採掘道具がお釈迦になっちまったよ。今度はこの鉱石から神代鋼を製錬して、そいつで採掘しなくちゃ……って、思ったけど、まあ充分といえば充分かも」
「どれくらい採掘したんだ?」
「さあねぇ。まあ、元々流通してない超希少な金属だし、値段もつけようがないんだけど……百億メイズくらいの価値はあるかも」
赤字覚悟のはずが収支は大幅に黒字のようだ。
「す、すごいな……なんだか途方も無い額だ」
「って思うじゃん? けど神鉱石だけあっても価値はないのさ。こいつを鍛えるにはさっきのドラゴンを倒して手に入れた虹の種火が必要でね。だから鍛冶職人ギルドでも、神鉱石はそこらの石ころと大差ないんだよ」
「それは残念だな」
「心配ないって! アタイが武器でも防具でも打てばいいんだ。そいつをため込んでそうな冒険者に、とびきり高く買ってもらうよ。なにせ勇者様と同じ素材の武器なんだし」
「やっぱりその……こいつよりもすごいのか? ちょっと寂しいな」
ガーネットが作ってくれた流氷砕きを手に俺は訊く。
「大事にしてくれんのは嬉しいけど、より良いものができたならアンタにはそいつを使ってほしい。装備が強ければさ……アンタだって死ににくくなるだろ? もう、アンタがいない世界なんてアタイにゃ考えられないよ」
そう言うとガーネットは俺のヘルムのフェイスガードをあげて首に腕を巻き付けるように抱いた。
「だから、一番最初のお客さんはアンタだよゼロ……とびきり最強の武器と防具を作るからね」
「ガーネット……」
彼女の唇が近づく前に、俺の方から奪うようにキスをした。最初は驚いたように目を丸くしたガーネットも、すぐに身を委ねてしばらく俺たちは抱き合った。
火炎鉱山を出るとすぐには戻らず、ガーネットの作った温泉に向かった。
乳白色の湯は今日も適温を保っていて、さっぱりと汗を流して生き返った気分になった。
二人一緒に湯船の中で肩を寄せ合うと、自然と手と手の指が絡む。
「なんか外の方が興奮するんだよねぇ……ン……アッ……ンム」
求められると抵抗できないのが悔しいが、それくらいガーネットは魅力的だった。
無事、最果ての街にたどり着いた時には、夕闇が舞い降りていた。
帰りの道中ではほとんど魔物に襲われることもなく、さっぱり汗を流して空腹が限界だ。
店に戻る前に、自然と足が岩窟亭に向いていた。
店の奥にいつものテーブルに二人でつく。
出会った頃が懐かしい。
今日も岩窟亭には一仕事終えたドワーフたちが詰めかけて、ガヤガヤわっはっはと陽気で楽しげに飲み食いしていた。
「なにもなくたってドワーフは乾杯するけど、今日は文句無く祝杯だねぇ」
運ばれて来たキンキンに冷えた麦酒のピッチャーを、チンっと縁と縁を合わせて鳴らすと、ぐいっと飲み干した。
「ふぅ……美味いな。本当に」
つい言葉が漏れる。
「ぷはー! なんつーかさ、アンタにゃお礼の言葉もないよ。アタイ独りじゃ無理だった。今頃きっと、店を畳んで故郷の土を踏んでたよ」
「二人の勝利ってやつだな」
装備があっても使うヤツがいなけりゃ成り立たない。
武器が弱けりゃ話にならない。
そういう意味じゃ、俺とガーネットの相性はぴったりだ。
すると――
「おうガーネット! 今日はいつになく上機嫌じゃな」
たっぷりとヒゲを蓄えた小柄なドワーフの職人風が俺たちのテーブルに、ジョッキ片手にやってきた。
眼帯をしたそのドワーフにガーネットは笑う。
「やぁおやっさん。こっちは大戦果さ。あっ! 紹介するよ。こっちのデカイのはゼロ。その……あ、アタイの大切な人……だ」
口ごもるガーネットにヒゲ眼帯のドワーフは「そんなの見てりゃわかるって。しょっちゅう連れ回されて大変だなぁ色男!」と、オークの俺の背中を景気よくパンパン平手で叩いた。
って、大切な人……か。恥ずかしさと嬉しさが両方こみ上げてくる。
おやっさんは自分の顔を指さした。
「で、俺ぁギルド長のゼムってもんだ。最近は色々物騒でなぁ。エルフばかり消える事件が起こってたんで……まあ、故郷に帰ったのかもしれんが、ともあれ我が鍛冶職人ギルドとしても、同胞が行方不明にならんよう、しばらく目を光らせてたんだわ。けどまぁ岩窟亭の酒と飯が恋しくなって、来てみりゃ良かったよ。あのガーネットにアンタみたいな立派な筋肉ダルマのカレシができてんだからさ!」
わっはっはっは! と、ゼムと一緒にガーネットも笑い出した。
筋肉ダルマはきっとドワーフにとって褒め言葉なんだと思うことにしよう。
しかし……俺とガーネットが迷宮を攻略している間に、街ではエルフの失踪事件が起きていたのか。
麦酒をあおる俺をよそに、ゼムはガーネットに訊いた。
「んで、カレシができておめでとうってことでいいのかガーネット?」
「ん、い、いやぁそれもあるんだけどさ……明日、ちゃんと報告に行くつもりだったんだけど、こいつを見てくれ」
ガーネットはペンダントを取り出すなり、テーブルの上に火炎鉱山の最奥で掘り出した神鉱石の欠片を出してみせた。
さらに七色の炎を揺らす虹の種火も手にする。
ゼムの目つきが変わった。先ほどまでの愉快で失礼でぶしつけなほどのフレンドリーさが、真剣な眼差しに変わる。
「こいつは……そうか。そうかやったんだなガーネット。これで故郷に錦を飾れるじゃねぇか。おめでとう。本当は俺の次のギルド長をしてもらいたいくらいだが、お前さんにゃ使命があるからな」
「ま、まだ早いっておやっさん。神代鋼を製錬して、そいつを武器に仕上げられるまではここに残るつもりだからさ」
そうだった。
ガーネットの夢は叶ったんだ。彼女は続ける。
「それにアタイだけの功績じゃあないんだよ。ゼロがいたから虹の種火も神鉱石もここにあるんだ」
ゼムは俺の手を両手でぐっと包むように握った。
「そうかそうか! オークってやつは不器用で粗野で乱暴でどうしようもないヤツも多いけど、アンタは別だ! よくガーネットを守ってくれた!」
「俺は別に……自分のできることをしただけだ」
「いやいや謙遜するなんてますますオークらしくもない。男なら堂々と胸を張ってくれ! よし! 今夜はこの街の鍛冶職人にとって記念すべき夜だ! 訊けッ! 皆の者!」
店中のざわめきがピタリと止んだ。さすがギルド長のカリスマ性か。
ドワーフはもちろん、他の客や獣人族の従業員まで息を呑んで、俺とゼムを見つめる。
「今夜はこの御仁――我がギルド最高の職人であるガーネットの思い人にして、火炎鉱山の奥地より虹の種火と神代鋼の原材料たる鉱石を持ち帰った、英雄に祝福と祝杯を掲げようではないか!」
席を蹴るようにしてドワーフたちが立つと、ジョッキを手にした。
ガーネットもピッチャー片手にそれに倣う。
「皆の者! 英雄であるゼロに乾杯ッ!」
「「「「「「「「「「乾杯ッ!!」」」」」」」」」」
ドッドッドッドッド!
店を揺るがすような揃った足踏みとともに、盃が掲げられる。
え、ええと……どう反応したらいいんだ。
困惑する俺のそばにやってきて、耳元でガーネットが囁いた。
「こういう時はお返しに、ドワーフのみんなが喜ぶことをしてやるのさ」
ああ、そういうことか。ドワーフが喜ぶことといえば、今はこれしか思いつかない。
俺はゆっくり息を吐いてから、立ち上がり顔をあげて全員に告げた。
「ありがとう! 今夜は俺のおごりだ。好きなだけやってくれ!」
「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」」」」」」
再び岩窟亭が先ほど以上に大きく振動した。
ガーネットも目を細めてうんうんと、胸を揺らして頷く。
「わかってきたじゃんゼロ。もうアンタは半分ドワーフみたいなもんだよ」
もはや注文という概念はなくなった。
厨房は火の車で、次から次に料理を作っては足りていないテーブルに運んでいく。
なぜか俺も手伝って、酒のピッチャーを各テーブルに運ぶハメになった。
見てられないとガーネットも参戦する。
獣人族の給仕にまじって、主賓のはずの俺たちまでてんてこ舞いだ。
ドワーフたちは俺の肩や背中をバンバンと叩き、荒っぽく祝福する。
「なあニーちゃん! ガーネットと結婚すんなら式にゃ呼んでくれよ!」
そんな話題まで上がりだしたが、ガーネットはかすかに頬を赤らめて「ば、ばーか! お前みたいなデリカシー無いやつ呼ぶかよ!」と、笑顔で返した。
ドワーフたちの胃袋をなめていたと後悔したのは、深夜二時の事だ。倉庫からかき集めた食材まで使い切り、岩窟亭はその日、開業以来最高の売り上げを記録した。
ガーネットの元でコツコツ貯めた俺の貯金は吹っ飛んだが、どいつもこいつも満足げな顔で帰っていくのが、少しだけ嬉しかった。
そもそも貯めて装備を買うというような使い道の無い金だ。いっそ、こんな使い方の方がすがすがしい。
まあ、ガーネットが街を去れば独りで生きていかなきゃならんのだが……幸い、鍛冶職人ギルドとの繋がりも強まったし、食っていく分の路銀稼ぎなら今の実力があればなんとかなるだろう。
軽くなった財布の代わりに、酔い潰れたガーネットをおぶって帰る。
彼女は後ろから俺の首に両手をかけて、耳元で呟いた。
「幸せぇ……アタイはドワーフとしてのすべてを手に入れちまったよ。これ以上の事なんてもう、無いだろうねぇ」
俺の手の中には、先日作った指輪があった。
財産の全てだ。
俺は……その指輪を……。
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