火山の王
火炎鉱山の最下層――
赤いマグマの泉の中央に島があった。
その中心に鎮座する巨大なドラゴン。隠れる場所は無く、まるで闘技場の剣闘士の気分にさせられる。
観客はいないが焼け付くような熱気が溢れていた。
島に続く一本道にガーネットと二人、並び立つ。
「どうやらここが終着点らしいな」
俺の言葉にガーネットは息を呑んで頷いた。
「まいったね。震えてきたよ」
抱えるようにした連装式石火矢の引き金に彼女は指を掛けた。
ここまで、弾丸は温存している。俺も氷の投げナイフには手をつけていない。
火炎鉱山を根城にする魔物たちを流氷砕きでなぎ払い、ここまでやってきた。
正直、格上の魔物ばかりだ。それを蹴散らせるのは、ガーネットが作った特級品の装備のおかげだった。
「行くか……ガーネット」
「本当にいいんだね? アイツを倒しても、なんも手に入らないかもしれない……死ぬかもしんない。アンタが付き合う理由だって……」
肝心なときに気弱になるんだな。
「景気づけにキスしてくれよ」
「わ、わかった! そーだよね。ここまで来たんだ。雪山でも一緒に死にかけたし……」
俺が膝を着いて屈むと、ガーネットはヘルムのフェイスガードを跳ね上げて、頭を抱くようにしながら唇を重ねた。
普段は激しく貪るようなそれが、そっと触れるだけだ。
震えていた。そんな彼女の髪をそっと撫でると、かすかな震えが収まる。
「あ、あんがと。なんか……落ち着いたよ」
そっと離れて彼女は笑顔を見せる。
立ち上がり、俺も右手に流氷砕きを構えた。
俺たちの背後からするりと抜け出すようにして、ナビが前に出る。
「あれは炎竜王アグニールだね」
名前だけで階層の主だというのが丸わかりだ。
かつて挑んだ冒険者たちが、たった一人の生き残りをのぞいて全滅させられた炎の化身は、全身を赤熱した鱗で覆っている。
背には巨大帆船の帆のような翼を広げ、深紅の瞳がギロリと俺とガーネットを見据えた。
ナビに視線で「下がっていろ」と合図する。
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
その直後――
牛一頭を丸呑みできそうな顎を開き、咆吼とともに炎竜王は火炎の渦を俺たちめがけて吐き出した。
「氷炎防壁!」
ガーネットの白魔法が俺を包む。氷結晶を仕込んだ盾を前に構え、アグニールの燃えさかる息を防いだ。
空気が焼き付くが、呼吸は乱れることなく火炎放射を受け止める。
鎧と魔法による防御のおかげだ。
波のように押し寄せる炎に、俺は盾を構えたままチャージタックルした。
まっすぐ続く炎竜王の玉座の間――中央の島へと駆け抜ける。
「着いてこいガーネット!」
「アンタの背中……マジでおっきいね」
竜の口から吐き出された炎熱が弱まっていった。
耐えきったところで俺を壁にして、ガーネットが背後から炎竜王の顔面めがけて石火矢を斉射する。
バスンッ! バスンッ! バスンッ! バスンッ!
四連射は全弾命中し、赤熱する鱗に霜を降らせた。
グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
悶絶するように炎竜王が顎を天めがけて上げる。
のけぞった隙に距離を詰め、その身体を支える後ろ足めがけて、俺は流氷砕きを両手持ちすると超高速のラッシュを叩き込んだ。
ズドン! ヅガン!
二重の衝撃が大地を揺らし、流氷砕きが炎竜王の鱗を剥ぎ取るように吹き飛ばす。
が、かすり傷ってところだろうな。
相手は見上げるほどの巨体だ。こんなデカブツとやり合えるなんて……。
俺は……幸せ者だ。
普通なら五秒と持たず消し炭にされているだろう。
こんな過酷な環境でも、動けるし戦える。
「火力支援! もっとぶちかましてやんな!」
ガーネットの魔法でさらに力が漲った。
炎竜王は身体を回転させて、尻尾で俺をなぎ払う。
鞭のようにしなる尻尾に、俺は抱きついた。弾き跳ばされて溶岩に落ちればいかに氷結晶の装備でもひとたまりも無い。
必死で掴む。タイミングを間違えれば吹き飛ばされる。
ここ一番にとっておきたかったが、集中した。
世界がスローモーションがかったように見える。相手の力を受け止め、しなやかに受け流すイメージをしながら大木のような尻尾を両腕でガシッと捕まえる。
熱い抱擁だ。まさか魔物相手にこんな使い方になるとは思わなかったが、振りほどかれないようぎゅっと抱く。
炎竜王アグニールは尻尾を地面に叩きつけた。
尻尾と大地に挟まれるようにして押しつぶされる。肺から息が全て呼吸が止まった。
それでも力は抜けない。
「撃てガーネットおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
「ゼロになにすんのさあああああああ!」
俺が声を上げると同時に、彼女も同調したように引き金を引いた。
無数の氷結弾が炎竜王の顔面を捉える。弾着とともに解き放たれる氷結晶の絶対零度が、燃えさかる炎竜王の息を凍てつかせた。
尻尾を振り回す勢いが無くなったところで、俺はようやく手を離して着地する。
再び流氷砕きを構えて、今度も脚を狙った。
ラッシュで再び脚を削る。地味だが動きを封じるのは俺の基本戦術だ。
その間にガーネットが石火矢の弾倉を付け替える。
フシュー! フシュウウウウウウウウー!
氷結弾に冷凍にされた炎竜王の顔から、ボロボロと鱗が剥がれ落ちた。
その鼻息は荒く、体内から燃える炎混じりだ。
視線はじっとガーネットを見据えていた。やばいな。彼女の方が危険と思ったらしい。
「こっちを向きやがれ!」
ベルトに収めた氷結投げナイフをアグニールの顔に二発撃ち込む。
ギュオワアアアアアアアアアアアアアア!
石火矢の弾丸ほどじゃないが、効果は抜群だ。
投げたうちの一発はドラゴンの頬の下あたりに突き刺さり、鱗を失った赤黒い表皮を凍り付かせた。
そしてもう一発は――巨大な瞳に命中したのだ。
悲鳴が地下空間を揺らし、周囲のマグマがさらに沸騰したようにボコボコと煮え立つ。
氷結ナイフはドラゴンの瞳を凍り付かせた。ヤツの右半分の視力を奪ったようだ。
「ガーネット! 死角に回り込め!」
「ひゅー! ナイフで目玉をくりぬくなんて容赦ないな! ナイスだ!」
機敏な動作でガーネットが竜の目の届かぬ方へと回り込む。
ここまで完封だ。たとえどれだけ強力な魔物だろうと、それを倒すために準備し、資金をつぎ込み、鍛錬すれば戦える。
勝利が見えてきたが、だからこそ油断せずに行こう。
「尻尾の範囲に近づきすぎるなよ!」
「わーってるって!」
ガーネットの射撃は一貫してドラゴンの頭部狙いだった。
これにも理由がある。魔物とひとくくりにしているが、死霊やゴーレムでもない限り、ドラゴンといえども基本的には生物なのだ。
頭部は急所。それは俺たちもコイツも変わらない。
加えて、炎のブレスを封じる効果も頭狙いにはあった。
ダメージを有効的に与えながら、相手の強みを潰していく。
グルウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
何か得たいの知れない威圧感に、俺はガーネットの元に駆ける。
「こっちは大丈夫だって~!」
容赦なく竜の顔面に撃ち込んでいたガーネットの手が止まった。
見ればドラゴンは己の翼で繭のように身体を――顔を守っている。
まずいぞこれは。
「俺の後ろに隠れろガーネット!」
盾を身構え壁になった直後――
ドルウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
怒声とともに炎竜王アグニールは燃えさかる火炎の息を足下に向け、己が脚ごと地面を焼き払った。
足場の全てを燃やし尽くす炎の壁を、俺は盾で防いでガーネットの居場所を作る。
最初のブレスよりも強烈だ。
鎧に仕込んだ氷結晶にヒビが入る。
暑い……熱い……燃えるような灼熱だが、この炎の波から背を向け逃げることはできなかった。
すぐ後ろには、守らなければならない大切な人がいるのだから。
炎の嵐が過ぎ去るのを、俺はひたすら待った。
待ち続けた。
身体が焦げようがお構いなしだ。
ガーネットが魔法を唱える。
「遮炎防壁!」
氷炎防御じゃないのか?
上書きされた炎の防壁でも、身体の延焼は止まらない。
「アンタならきっと耐えられる。耐えてくれるって信じてる。だから……背中から撃ってごめんな」
背後で銃声が鳴り響き、俺の身体は凍結した。
氷結弾の一発をガーネットは俺に放ったのだ。
だからか。氷炎防御では氷結弾の冷凍効果も半減してしまう。
今の俺には心地よい。
オークは寒さに強いのだ。
全身からプスプスと黒煙を上げながらも……俺は生き残った。
すかさずガーネットが中級回復魔法で俺の身体を癒やし、再び火力支援をかけた。
凛とした声が響く。
「次の攻撃で全部出し切るよ!」
「おう……だからなんとしても、あいつの頭を下げてくれ」
翼の膜を広げて片眼を失った炎竜王が俺たちに向き直った。
その脚は俺の攻撃と、自身が放ったブレスのダメージで疲弊している。
俺たちの方へと向かう足取りも重く、よたよたとしていた。
ガーネットが叫ぶ。
「アタイの全部をブチ込んでやるよ!」
資金と技術。彼女がこの地で培ってきたなにもかもが、石火矢の弾丸となって炎竜王に撃ち込まれた。
銃身の赤熱を抑え込む氷結晶がボロボロと崩れ去る。だが、お構いなしだ。
撃ちきって次の弾倉に取り替え、すぐに射撃を再開する。
炎竜王はその場に釘付けになった。
俺も走り込みながら、残りの投げナイフを全て炎竜王の顔に叩き込む。
出し惜しみは無しだ。
これで決められなければそれまで。
覚悟とともに俺とガーネットの放った氷結の集中打は、ついに炎竜王アグニールの身体の芯まで凍てつかせた。
その巨大な爬虫類の頭部が氷漬けになる。
透明な氷の棺に収まったようだ。巨体がぐらつき前のめりに倒れた瞬間、俺の中のスイッチがカチリと音を立てた。
ここだ――と。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
獣のようなウォークライを上げて一気に肉薄すると、跳躍してドラゴンの鼻面の上に立つ。
力を溜めた。溜めに溜め、全身の筋力を振り絞った。
ドラゴンは凍てつき反撃してこない。
充分に力が溜まりきったその頂点で、俺はラッシュを炎竜王の額に撃ち込んだ。
ズガガガガガッ! ドガガガガガガッ!
会心の手応えとともに流氷砕きはドラゴンの頭部を粉砕したのだ。
頭が粉みじんに砕け散ると、炎竜王の肉体から赤い光が洪水のように湧き上がった。
ああ……ああ……やった……やったんだ。
砕いた頭部も赤い光に溶けて消える。
振り返ると、ガーネットが石火矢を放り投げて万歳していた。
「「ッッッッッッッッッシャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」
二人一緒に声を上げる。
途中で石火矢の放熱が追いつかず、銃身を支えるガーネットの左手は真っ赤に焼けていた。だが、それがどうしたといわんばかりだ。
拳を握って振り上げる。
炎竜王から溢れる赤い粒子は二つに分断され、凝縮してアイテム化した。
一つは小さな鍵となり、もう一つは虹色の炎を揺らす見たことも無いほど美しい種火へと姿を変えた。
どうやらガーネットの夢を叶えることができたみたいだな。
赤毛の鍛冶職人に投げキッスを放って告げる。
「俺たちの取り分は山分けだろ。レディーファーストだ。好きな方を選んでくれ」
彼女は顔を真っ赤にして笑顔で俺に言う。
「何かっこつけてんのさ……えっと……本当にかっこよかったけど……」
「途中で機転を利かせてくれたガーネットのおかげだ。それで、どっちにするんだ?」
鍵と種火。その鍵がなんなのかはわからないが、彼女に必要なのがどちらかなんて、本当は訊くまでもない。
「ありがと……ゼロ」
そっと七色の炎を揺らす種火を手にして、ガーネットは涙を一粒だけ落とした。
「マジであったんだなぁ……虹の種火。コイツがあれば神代鋼の装備が作れるよ」
「感動して泣いてるのかガーネット?」
「ち、ちがうって。ちょっと煤が目に入っただけだっての!」
さらに炎竜王の肉体から吹き上がり続けた赤い光を、ナビが紅玉でかき集めた。
俺は残った鍵を拾い上げる。
素材はわからないが、炎竜王の吐く炎の如く、真っ赤な鍵だった。
~~最終ステータス~~
名前:ゼロ
種族:オーク・ヒーロー
レベル:99
力:A+(99)
知性:G(0)
信仰心:E(39)
敏捷性:A+(99)
魅力:A+(99)
運:G(0)
余剰ステータスポイント:0
未使用ステータストーン:0
装備:流氷砕き レア度S+ 攻撃力223 火炎属性の敵に50%の追加ダメージ
黒曜鋼の手斧 レア度B 攻撃力87
氷結晶の投げナイフ レア度A 攻撃力107 火炎属性の敵に30%の追加ダメージ 敵を氷結させる効果あり
氷結晶騎士甲冑一式 レア度S 防御力205 魔法も含む火炎属性攻撃を70%軽減 盾で守ることでAランク以下の炎熱攻撃を完全遮断
火炎鉱山向けの上質な服一式
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
チャージタックル 攻撃対象を吹き飛ばす体当たり 即時発動 再使用まで三十秒 ラッシュとの併用不可
集中 一時的に集中力を上げて『行動の成功率』を高める 再使用まで五分
投げキッス 再使用まで0秒
熱い抱擁 相手を抱きしめて身動きを封じる 魅力の高さに応じて抵抗されなくなる 再使用まで三十秒
英雄の覇気 全ての種族から讃えられ、嫌悪していた種族にも受け入れられる
魔法:初級回復魔法 小さな傷を癒やし少しだけ体力を回復する
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
恋人:ガーネット
種火:ヘパイオの種火




