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抱き合って抱きしめ合って

「あちゃー。こりゃあ山のぬしが起きたっぽいね」


「いいから逃げるぞガーネット!」


 一度ちらりと後ろを向いてナビが着いてきているのを確認すると、俺はガーネットの身体を抱え上げて走り出す。


 先ほどまでの好天が嘘のように、ものの数秒で一気に吹雪き始めた。


 突風が吹き荒れて空気が文字通り凍り付く。


 指先から血の気が失せて、呼吸さえもままならない。火炎鋼の鎧の発熱が追いつかない勢いだ。


氷炎防壁サマルシド!」


 俺にお姫様抱っこをされたまま、ガーネットが白魔法を発動させた。


 彼女の魔法が光の衣のように全身を包む。


 寒さが和らいだ。指の関節が動くのを確認して、滑るように走る。


 厚い雲の層に覆われた8~9合目を跳ぶよう逃げた。敏捷性を限界まで高めたおかげで、重たい身体も機敏に動く。


 腕の中で魔法を維持したままガーネットが笑った。


「アンタならコロコロ転がってった方が早いかもね」


「やってみるか?」


「じょ、冗談だってば。まあ昔のアンタなら文字通り転げ落ちてただろうけどさ、こんな足場の悪い雪や氷の上を、岩壁カモシカみたいにヒョイヒョイ降りるんだからすっごいじゃん」


「登りはしんどいけど、下りは楽でいいな」


 俺たちの気配を探しながらだろうか、振り返っても巨大な影はまだ追ってこない。


 しばらく必死の逃走を続け、七合目のキャンプした場所にさしかかったその時――




 グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!




 再び天地が鳴動した。


 遅れてドドドドドと地鳴りがしたかと思うと、俺たちの背後に白い津波が押し寄せる。


 逃げ場は無かった。


 隠れられそうな岩場の陰も見つからず絶望しかない。


 腕の中でガーネットが笑う。


「まあ、こんな死に方もあるかもだけど……アンタと一緒なら寂しくないねぇ。いつか誰かに遺体を見つけてもらった時に、その先も一緒にいられるように抱き合ってよっか」


 その顔に冗談っぽさは微塵もなく真剣だ。


 かすかに長いマツゲを震えさせていた。


 俺の首にぎゅううっと腕を回してガーネットは抱きつく。


 一瞬遅れて俺は……俺たちは白い闇に押しつぶされた。




 ざしゅ……ざしゅ……と、どこからか重苦しい足音が聞こえる。


 俺はまだ生きていた。


 雪を踏みしめ固めるような、重量を感じさせる足運びの気配は頭上からだ。


 追って来た氷神ヴァナルガンドの咆吼。それが起こした雪崩に巻き込まれ雪の下に生き埋めにされたのは間違い無い。


 腕の中でガーネットは気を失っていた。ナビも隙間に収まるように身を丸めて、俺の身体を傘代わりにしている。


 雪の下に埋まったおかげで、外気に晒されず鎧の発熱が空間を作ってくれたらしい。


 が、真上にヴァナルガンドが体重をかけようものなら、陥没してもおかしくはない。


 祈るように息を殺す。


 五分――十分と経って、ついに頭上方面から気配が消えた。


 ナビがスクッと立ち上がった。


「ようやく諦めたみたいだね」


 安堵の息が自然と漏れる。


「一筋縄じゃいかないな。さすがに……」


 各階層の主を相手にするには、相応の準備が必要だと改めて感じた。


 それにしても、雪崩に巻き込まれる直前のガーネット少しだけ気がかりだ。


 誰だって死ぬのは怖いはずだ。彼女は虚勢を張っていたかもしれない。


 震えていた。だけどその瞳は、じっと俺の顔を見据えて……覚悟が決まっていたんだ。


 俺とこの大深雪山を登る決意は、命掛けのものだった。彼女は一流の鍛冶職人であり、一流の冒険者だ。


 火炎鋼の盾で雪の壁を斜めに掘り進めていく。


 モグラのように地上に顔を出すと、すっかり周囲は暗くなっていた。


 眼下に木々の生い茂る森が見える。


 どうやら雪崩に巻かれて五合目近くまで滑り落ちてきたらしい。


 ということは、ヴァナルガンドも場合によってはこの辺りまで降りてくる可能性もあるのか。手荒い見送りだったがこうして生きているだけで儲けものだ。


 登山中に奇襲を受けなかったのは幸運だった。


「おーいガーネットさんや。脅威は去ったぞ?」


 俺の腕の中でぐったりとしたまま、彼女はピクリともしない。


「なあ、しっかりしろよ。おい……まさか……」


 急激に高度が下がって彼女の体力をさらに奪ったのか、抱きしめて守っていたつもりでも、まさか打ち所が悪くて……。


 呼吸はしている。体温は低い。クソッ! こんな時に俺はなにもできない。


 回復魔法が使えれば……。


「すぐに休めるところに連れて行ってやるからな!」


 先ほど死にかけた時よりも、心臓が早鐘を打った。


 ナビが新雪の上に立って周囲を確認する。


「山小屋が近いね。案内しようか?」


 頷くと、俺は青い小動物の後を追いかけようとして……立ち止まった。


 ガーネットが……小さく口をすぼめるようにして、薄目を開けているのだ。


「あの……ガーネットさんや? 何をしてるんだ?」


「眠り姫を目覚めさせるのは王子様のキスって相場が決まってるのに、アンタってば全然してくれないからこうしてわかりやすくおねだりしてあげてんだよ」


 ひときわ大きな溜息が出る。


 こっちは本気で心配したんだ。なのに……なんてやつだまったく。


 彼女を一度雪のベッドの上に寝かせると、その両足を俺は小脇に挟んで持ち上げつつ、ぐるぐる回した。


「わー! なにこれチョーたのしー!」


 両腕を万歳させて俺にぐるぐる回されながら、ガーネットは子供のようにキャッキャとはしゃぐ。


 こっちはお仕置きのつもりだったのに、ああ、まったくお前にどうやったら勝てるんだか全然わからん。




 氷神撃破とはいかなかったが、高レベルな魔物を撃退したこともあってレベルが上がった。


 しばらくレベルの壁に阻まれていたのでダイスを振るのは久しぶりだ。


 回復魔法のため信仰心に割り振るか迷ったが、半端な投資で無駄にするのも怖い。


 結局魅力を上げると新しいスキルを覚えた。


 熱い抱擁――相手を抱きしめて身動きを封じる技で、魅力の高さに応じて抵抗されなくなるらしい。魔物に使うくらいなら、流星砕きで殴る方が早いな。


 五合目付近の山小屋で一泊すると、翌朝、俺たちは無事下山した。


「なあゼロ。昨日の夜のあれさ……上からのしかかってギューってやるやつ……プレスされるみたいですっごく興奮するんだけど。


 なんかもう手も足も動かせなくなって、そのまま食われちまうみたいな感じがゾクゾクするっていうか。アタイってば、強い男に屈服したい願望があったのかも。新しい性癖に気づかせるとか、やっぱアンタってばオークだわ!」


「お、おう……」


 覚えたての新スキルはガーネットに効果が抜群だったようだ。


名前:ゼロ

種族:オーク・ハイ=スピード

レベル:85

力:A+(99)

知性:G(0)

信仰心:G(0)

敏捷性:A+(99)

魅力:B(82)

運:G(0)

余剰ステータスポイント:0

未使用ステータストーン:0


装備:流星砕き レア度S 攻撃力221 

   黒曜鋼オブシディナの手斧 レア度B 攻撃力87

   火炎鋼アグニウム完全甲冑フルプレート レア度A 防御力171 魔法も含む氷結属性攻撃を50%軽減 火炎属性の被ダメージが20%増加

   大深雪山向けの服一式


スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分

   力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒

   ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒

   チャージタックル 攻撃対象を吹き飛ばす体当たり 即時発動 再使用まで三十秒 ラッシュとの併用不可

   集中 一時的に集中力を上げて『行動の成功率』を高める 再使用まで五分

   投げキッス 再使用まで0秒

   熱い抱擁 相手を抱きしめて身動きを封じる 魅力の高さに応じて抵抗されなくなる 再使用まで三十秒


種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。


恋人:ガーネット

種火:妖精の種火

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