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こっそり採掘

 天球から日差しが降り注ぐ。天球は近づいているのに気温は氷点下だ。


 七合目にもなると雪山は岩肌剥き出しで、白一色の道なき道を一歩一歩踏みしめて登った。


 吐き出した息が白く凍り付いて顔面に貼り付くようだ。寒さに強いオークでも、火炎鋼の装備が無ければ凍え死んでいるだろう。


 隣でガーネットが俺の顔を指さし笑う。


「なんか湯気なんてあげちゃって、火に掛けたやかんみたいでチョーウケルんだけど」


 頬を赤らめて彼女は笑う。


 時折、分厚い雲の冠をかぶった山頂から、獣の吠え声が山全体を大きく揺るがした。


 山道の脇を雪崩が押し流す。運が悪ければアレに巻き込まれて一巻の終わりだ。


 見上げてガーネットが背筋をブルッとさせた。


「つーかさ、あの声って超強い魔物だよね?」


「討伐隊が返り討ちに遭うっていうくらいだからな」


「今のゼロならワンパンKOできないかなぁ」


「目的はあくまで氷塊石だろ。無用な戦闘は避けていこう」


 とはいえ、襲ってくる魔物は依然健在だ。


 山頂から氷鷲が急降下してくることもしばしばだった。


 体長五メートルほどの巨大猛禽類は、氷結魔法――アイスボルトを乱射しながら攻撃してくるのである。


 火炎鋼の盾でそれを防いだ。通常の防具なら凍り付いてしまうところだが、火山の魔力を蓄えた火炎鋼はツララのような氷の矢をものともしない。


 遠距離攻撃が通じないとわかると、槍のように鋭いクチバシと剃刀のような切れ味の爪が俺を狙った。


 こちらも敏捷性は限界値カンストだ。流星砕きのフルスイングで迎撃すれば、氷鷲は赤い光の粒子となって砕け散った。


「ヒュ~~! やるじゃんゼロ! なんかさっきからアンタしか戦ってないし、そろそろ怪我してもいいんだよ?」


 中級回復魔法を覚えたガーネットは、ウズウズして膝をすりあわせながら言う。


「お前の装備のおかげで敵無しだし、氷塊石をもし見つけられても、俺じゃあ掘り出せないだろ?」


 そこはオークがいくら敏捷性を上げたところで、どうにもならない部分だった。


 まあ、集中すれば可能性はあるかもしれないが、希少な鉱石を確実に手に入れるならガーネットの力が必要だ。


「わかってんじゃん! やっぱアタイとアンタって最高のコンビかもね」


 満足げな彼女を引き連れて三時間ほど過酷な雪山の環境と格闘し、八合目にさしかかる手前でキャンプを張った。




 濃霧のような雲の壁を抜けると、空が開けた。


 


 数千メートル級の巨大な山をまるごと呑み込んだ地下迷宮世界の謎が、一層深まった気がする。


 腕を伸ばせば天球に手が届く……とは言い過ぎだが、九合目に到着だ。


 山頂が近づくと、雪は薄くなり青い氷河のように凍り付いた岩肌が目立つようになった。


 呼吸を荒げてガーネットが言う。


「おしっこ凍るくらい寒いなんてやっぱ無いわ山とかって。早く終わらせて帰って温かいとこでいっぱいエッチしような!」


「誰もいないからってちょっと下品すぎやしないか?」


「アタイは誰かがいても変わらないよ!」


「言われてみれば……そうだった」


 納得する俺にガーネットは「だからもうちょいがんばろーね」と、俺を励ましてくれた。




 なんとか明るいうちに到達した山頂部は、火口のようにえぐれていた。カルデラというやつだ。


 魔物の気配は消え失せて、カルデラの縁からクレーターのようにえぐれた底をじっと見つめる。


 最果ての街で一番大きな大聖堂がすっぽり収まるほどの窪みの中心に、体長二十メートルはあるだろう、純白の巨大な獣が丸くなっていた。


 声を殺してガーネットが言う。


「見るからにヤバいつーかパナいねぇ」


 俺の頭の上にぴょんと乗っかって、ナビがじっと巨獣を見据えた。


「あれは氷神ヴァナルガンドだね」


 それ以上の詳細な情報は無しだ。


 以前、ナビ自身が魔物を見分する力があると言っていたが、どうやら大深雪山の主の力を知ることはできないようだ。


 青い猫の声はガーネットに聞こえていない。俺はナビが落っこちない程度に小さく頷いた。


 確認するように二人に訊く。


「どうやら眠っているみたいだな」


っちまうか? アンタのデカブツを一発ブチ込んでやれば、アヘ顔昇天間違い無しだろ?」


 ぎゅっと拳を握り込んで赤毛が楽しげに揺れる。怖い物知らずですかガーネットさんや。


 ナビは頭の上で「眠っているようだね」とだけ言う。


「止めておこう。もし戦って勝てたとしても、相当な消耗になる。下山できなくなるほうが怖い」


 ガーネットは頷いた。


「まあ、今回は見逃しておいてやるってことにしよっか」


 相手が最果ての街の手練れを幾人も葬ってきた氷の死神だろうと、彼女の無礼っぷりは変わらない。


 金色の瞳をこらして、ガーネットは窪地の斜面に横穴を見つけた。


「たぶん氷塊石はあの中だろうね」


「そう思う根拠はあるのか?」


「女の勘に加えて超一流の鍛冶職人の勘と名門ドワーフのお嬢様の勘が、背後霊みたくそう囁いているのさ」


 自慢げに胸を張ると、ぴっちりスーツに包まれた胸がゆっさたゆんと揺れた。


「おっぱい好きだなゼロは」


「お、おう! 好きだ!」


「素直でよろしい!」


 上機嫌なガーネットが先行して、カルデラの縁を伝うように半周すると、傾斜の緩い場所を見つけてゆっくりと、音を立てないよう気をつけながら、俺たちは窪地の横穴に滑り込んだ。




 魔力灯で横穴の中を照らす。


 そこは人の手が未だに入ったことがない、水晶の迷宮だった。


 壁一面、結晶でびっしりと覆われている。


「うっひゃあ……こんなの見たことないよ」


 これにはガーネットも……いや、鉱石のスペシャリストでもある彼女だからこそ、驚きを隠せないようだ。


「さっさと済ませて戻るとしよう」


 俺にはどれが氷塊石かはさっぱり見当もつかないが、ガーネットは「ふえぇ……洞窟まるごとお宝じゃん」と、俺の言葉も話半分という感じで返した。


 足下でナビが鳴く。


「ボクも長居するのには賛成できないね」


 さっそくガーネットが採掘を始めた。


「氷塊石だけじゃなくてさ、もっと色々宝石類とかもあるんだけど……」


「ほどほどにしておいてくれよ」


「しゃーないなぁ……おっぱいが恋しいんだねぇ。今、軽く揉んで我慢しとく?」


「そういうことじゃないからッ! 魔物が寝ている隙にノートラブルで切り抜けたいんだ」


 ここまで登山で消耗しているのは、俺よりも断然、寒さに弱いガーネットだ。一戦交える余裕は無い。


 へーいへい。と、軽口を叩きながら、彼女は手早く氷塊石の採掘を進めるのだった。




 横穴の洞窟――水晶洞から出ると、窪地の底に横臥する巨大な獣に悟られないよう、俺たちはさっさと退散した。


 採掘した素材は全てガーネットが彼女のペンダントの紅玉に収めている。数百㎏単位の大量の氷塊石を手に入れたのだ。


 外の世界なら孫の代まで遊んで暮らせる額らしい。


 が、もちろん加工できなければ宝の持ち腐れである。


「アタイの手に掛かれば武器も防具も特級品に仕上がるからねぇ。まあ、外の世界じゃ氷室庫に使うのがいいだろうけど」


 平和な世界では武器職人の仕事は無いのだと、ガーネットは苦笑いだ。


「ずいぶんたくさん採ったんだな?」


「本気を出せばこれくらい余裕っしょ」


 山頂を下り始めたその時――




 グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!




 天を震え上がらせ大地を揺さぶる吠え声が響き渡った。

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