大聖堂
火炎鉱山から戻ると、その日も必要な分だけ素材を残して換金し、岩窟亭でガーネットと酒の盃を酌み交わした。
今まで通り、何も変わらない。
ただ、これまで以上に彼女との距離は縮まった気がする。
風呂にはすでに入ったので、その日は明け方近くまで飲み明かした。
「う~おんぶしてぇ」
「しょうがないな……ったく」
「にへへぇ。アンタやっぱりいい男だよ。アタイが見込んだだけのことはあるぅ」
店じまいで岩窟亭を追い出されると、ガーネットをおぶって家に戻った。
いつも通り彼女の家のリビングにあるソファーに横になろうとすると――
「もうあんなことしちゃったんだし、こっちで一緒に……ね?」
着替えたばかりの真新しい下着姿で彼女は言う。
普段の豪快さはなりを潜めて、彼女はしおらしい。顔が赤いのは酒のせいばかりじゃなさそうだ。
改めて言われるとこっちも気恥ずかしくなる。
「ほ、ほらぁ……早く早くぅ」
「わ、わかった。あ、あのええと……お世話になります」
「お世話しっぱなしだから今さら遠慮なんてしても手遅れだってば」
目を細める彼女に連れられて同じベッドに枕を並べた。
もともと大きめの寝台だったが、俺のせいでガーネットは窮屈そうだ。
「や、やっぱりソファーに戻ろうか? 狭いだろ?」
「ばーか。狭い方がいいじゃんか。アンタとさ……くっつけるんだから。これからは夜も寒くないねぇ」
言うなり俺の腰の上に馬乗りになって、彼女は唇をそっと重ねてきた。
おやすみのキスにしては長くゆっくりと絡み合う感触だ。
どうやらまだ、眠れなさそうだ。
――翌朝。
彼女の寝室のベッドの上で、小鳥のさえずりと一階のキッチンから立ち上る朝食の匂いに釣られて目が覚めた。
ナビがベッドの上に跳び乗って俺の顔をのぞき込む。
「おはようゼロ。昨晩は眠れたかい?」
「そういえばその……お、お前は見てたのか?」
「生殖行為をしても地下迷宮世界では子孫を残せないみたいだよ」
魔力灯を消した部屋は暗いのだが、それでもばっちりと見られていたらしい。
気まずさはあるものの、ナビの方はあまりそういったことを気にしない質みたいだ。
ありがたいと思っておくべきか。もともとこの導く者は、常識や感情といったものからズレたところがある。
外見の愛くるしさから俺も問題には思わなかったが、少し……不気味だ。
そもそも俺はこいつに言われるまま、真理に通じる門を探しているんだが……。
いや、疑ってどうする。
ここまでたどり着けたのも、俺が強くなれるのもナビあってのことじゃないか。
ナビは無邪気に目をクリクリとさせながら「そろそろ朝食の支度が整うんじゃないかな?」と、俺に起床を促すのだった。
朝食のテーブルをガーネットと囲む。昨日までとなんら変わらないはずなのに、妙に意識してしまった。
「つーかさ、アンタのサイズで慣らされたらヤバイね」
「朝からいきなりなんてこと言うんだ!」
「え、えっとそっちはその……アタイは大満足っていうか……初めてだったんだけど……」
しどろもどろになってガーネットはうつむいてしまった。
「ほ、ほら一流なのは鍛冶職人なだけでね……自信はあるけど……ちゃんと出来てるかなぁって不安になっちゃってさ」
こっちだってそりゃあ……うん。恥ずかしそうな彼女をこのままにはできない。
「俺も……気持ち良かった」
途端にガーネットは笑顔になった。
「そっか良かったぁ。あたしってば完璧じゃん。器量よしだし鍛冶も家事もどっちも得意だし」
普段の自信たっぷりな彼女に戻って……いや、それ以上に自信をつけている気もするが、ともあれ一安心だ。
正直に感想をのべて、歯が浮いてパンの味もさっぱりしないけどな。
ぐいっとテーブルの上に身を乗り出してガーネットは俺の顔をじっと見つめた。
「じゃあ教会行こっか!」
「教会って……お祈りでもするのか?」
「契約の儀式だっつーの!」
unknownだった俺に記憶はない。だが、そういったことは理解できているつもりだ。
教会にはいくつか役割がある。この地下迷宮世界では子供を授かることはないらしいが……冠婚葬祭を取り仕切るの役目があるとすれば、やはり教会なのだろう。
彼女の口からそういうことを言わせてしまったのが、男として恥ずかしい。
けど、こんな関係になったのだから、男として責任を果たさねばと思った。
最果ての街の中心にある大聖堂――教会の本部もかねた建物は、見上げると首が痛くなるくらい高い鐘楼を備えた、ひときわ巨大な建築物だ。
聖堂を中心としたエリアが教会の直轄地である。
様々な種族が入り乱れてはいるのだが、エルフの姿は見られなかった。
そのぶん、背中に羽を生やした天使族がよく目につく。
教会の関係者だろうか。白を基調としたゆったりとしたローブ姿の天使族が多い。
街に来てしばらく、天使族を見かけることはあったが、彼ら彼女らにはある特徴があった。
笑わないのだ。感情表現豊かなガーネットのそばにいるからかもしれないが、天使族はほとんど感情を表に出さないらしい。
かといって付き合いにくいということもなく、彼らの店で買い物をしても普通に会話もできるし、俺がオークだと偏見を持たれることもなかった。
「あっ! 天使族の女の子なんか見て……アンタだめだよ。感情を表さない天使族もアンタのアレを見たらきっと泣いちゃうから。鬼棍棒っていうか破壊神でしょ」
「よりもよって神聖な場所でなんてことを言うんだ」
「あっはっは! ともかくさっさと済ませちゃおっか?」
ずいぶんとその、重大な事なのにあっさり言うんだなガーネットは。
俺の手は先ほどから緊張で汗ばみっぱなしだ。
その手をとってガーネットは引っ張り込んだ。
「めっちゃ濡れ濡れじゃん! なんでアンタが緊張すんのさ?」
そういうガーネットの手も、うっすらと汗を掻いていた。
大聖堂に脚を踏み入れる。天井は高くステンドグラスから射し込む光が神々しい。
聖堂の奥、入り口からみた正面に、教会の十字と円を組み合わせた十字架が飾られていた。
正面奥の天井付近にある巨大なステンドグラスは、何か物語の絵巻のようだった。
ガーネットが指差す。
「そういえばアンタ教会は初めてだっけ。そのステンドグラスで出来た絵は、光の神様が邪神と戦う絵なんだって。教義を絵にすりゃ文字が読めなくても神様のすごさが一発でわかるっしょ?」
白い影のような後光射すシルエットが光の神だ。そのシルエットと水平線状に鏡映しになったように、黒二も近い紫色の影がある。
紅い三つの目を持つ――それが邪神だとガーネットは教えてくれた。
そして光の神と邪神の間に立つ人の影が、世界を救った勇者なのだとか。
「ちっちゃい頃からお父様に訊かされてきたんだよ。邪神を倒した勇者様のお話ってやつね」
光の神の威光を受けて戦う勇者の足下に倒れ伏す邪神――ガーネットの説明を受けると、ステンドグラスの物語は自然とそう見えた。
どこからかオルガンの伴奏が聞こえる。
深呼吸を一つ。が、逆に緊張が増した。
何も考えないまま、こんな場所に来てしまった。
ガーネットはやっぱり……契約というからにはその、俺と……。
「な、なあガーネット……」
「んじゃあ行ってくんね。ちょっと待ってて」
え? あれ? 俺はここでイインデスカ? なにそういう方式なの? 知らないがドワーフ式がそうだっていうなら、待機するけど。
困惑する俺を残し、赤い髪を振り乱して小走りで彼女は十字架の前に立つ司祭の元に向かった。
何やら祝福めいた魔法を受けると、すぐに戻ってくる。
「あ、あのガーネットさんや。いったい何をしてきたんです?」
「え? 光の神様と追加契約して白魔法覚えてきたんだよ。遮炎防壁を凍気や吹雪も防げるようにしたのさ。氷炎防壁ってやつ」
自慢げに胸を張り、そのたわわに実った果実を強調しながらガーネットは続ける。
「それから中級回復魔法も覚えたんで、ちょっとした致命傷ならなんとかなるね。あっ……残念だけど蘇生魔法は無理なんで、死なないようにね。あれはほとんど天使族の専売特許だから」
致命傷はちょっとしないだろうに。
しかし蘇生魔法……そんなものもあるのか。
魔法の知識がさっぱりな俺に、足下でナビが鳴いた。
「白魔法は教会に寄付金を支払うことで強化できるんだ。信仰心が高ければ安く済むみたいだね」
慎ましやかな聖女とは言いがたいガーネットが、いくら払ったかは想像もつかないが「久しぶりにお金使ったって気がするわ」と、彼女はニッコリ笑ってみせた。
というかだな……何を勘違いしてたんだ俺は。てっきり俺が彼女と契りを交わすのかと思い込んでいた。
黙り込む俺の顔を下からのぞき込んで、ガーネットが真顔で訊く。
「あ! ついでに結婚でもしちゃう?」
「そういうのはついでですることじゃないだろ!」
「ってことは、アタイのこと真剣に考えてくれてるんじゃん。クソ真面目か!」
「わ、悪かったな」
ガーネットはそっと首を左右に振った。
「ううん……アンタのそういう不器用なとこが好きだよ」
無性に恥ずかしいです。マジで。
超一流の鍛冶職人の手に掛かれば、加工難易度がAランクの炎鉱石もお茶の子さいさいだ。
もちろん、不器用な俺は作業の手伝いが精一杯である。
軽銀鋼の胸当ては、全身を覆うプレートアーマーに改められた。
フルフェイスの兜もついた完全甲冑だ。
彫金などはされておらず無骨な外観だが、炎鉱石から製錬した火炎鋼をふんだんに使った鎧である。
関節部分は軽銀鋼を糸状にして編んだメッシュ状の鎖帷子が仕込まれており、重量こそあるが装着して動きにくいということはほとんど無かった。
全裸とはいかないが、まるでつけていることを感じさせない。
これが街でも五指に入る鍛冶職人の本気の仕事ぶりってやつか。
「重いし暑いが今の俺なら充分に動けそうだ。恐れ入った。どうしてこんなにぴったりなんだ?」
温熱効果があるだけに、砂漠や火山に着込んではいけない装備だな。
「そりゃあアンタの身体のカタチはばっちり覚えたからねぇ。アタイ自身の身体で! あっはっは!」
一仕事終えてガーネットは陽気に笑った。
さらに腕に装着、固定するタイプの大盾も作る。流星砕きを構えれば歩く要塞という雰囲気だ。
オーク冥利に尽きる重装甲。ナビと二人、最果ての街を目指していた、ほとんど素っ裸なあの頃が嘘のようだ。
鎧の下に着込む服も、保温性の高い白雲羊の毛織物を服職人に発注した。
それから雪山登山に必要な道具類と、それを入れるリュックサックも新しいモノにした。
新装備はしめて総額――一億メイズ。もし、材料を買って制作を外注したら、それくらいはする……とは、ガーネットの見立てである。
彼女自身もプレートメールではないのだが、身体のラインが出るボディースーツのような装備である。腰のくびれも胸も肌は一切露出していないのに、くっきりと強調されたようで……正直、俺には目の毒だ。
スーツそのものに火炎鋼を仕込み、防寒性能を上げつつ動きやすさを追及したのだとか。
「おんやぁ~。アンタこういうピッチリ系の服が好きなのかい? 変態だな。今度、ゼロにもピッチリスーツ作ってあげよっか?」
「いらないから! っていうか着せる気か!」
「ペアルックだよ? アタイとアンタの仲だしいいじゃん!」
冗談のつもりかと思ったんだが、ガーネットの目は爛々としていた。
本気っぽいな。彼女が実行に移す前に、大深雪山攻略始めるとしよう。
名前:ゼロ
種族:オーク・ハイ=スピード
レベル:77
力:A+(99)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:A+(99)
魅力:D(56)
運:G(0)
余剰ステータスポイント:0
未使用ステータストーン:0
装備:流星砕き レア度S 攻撃力221
黒曜鋼の手斧 レア度B 攻撃力87
火炎鋼完全甲冑 レア度A 防御力171 魔法も含む氷結属性攻撃を50%軽減 火炎属性の被ダメージが20%増加
大深雪山向けの服一式
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
チャージタックル 攻撃対象を吹き飛ばす体当たり 即時発動 再使用まで三十秒 ラッシュとの併用不可
集中 一時的に集中力を上げて『行動の成功率』を高める 再使用まで五分
投げキッス 再使用まで0秒
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
恋人:ガーネット
種火:妖精の種火




