帰るべき場所の違い
過酷な環境ということで、装備も整え直した。麻の服は改められ、難燃性のアラミダ布という火炎蜘蛛の糸を織って作った特別な布を使った服に着替えた。
足下もサンダルでは危ないと、頑丈な三角牛革製ブーツである。
それに軽銀鋼の防具と腰には黒曜鋼の手斧。背中にメイン武器となる流星砕きという布陣だ。
さらに追加装備として、革ベルトにナイフを十本装備して肩からたすき掛けにした。
ナイフは柄が無く刃だけの特注品――というか、俺が自分で打ったものだ。
かつてできなかったことへのリベンジだった。
準備も万端。大地を踏みしめ天を仰ぐ。
見上げれば火山から噴煙が地下世界の天井へと昇り、赤茶色の大地のそこかしこで、熱せられた地下水が蒸気となって噴き出している。
枯れたような木々ばかりで辺りに緑はなく、砂漠の乾いた暑さとも、海辺の心地よい日差しとも違う、ドロドロとした熱気が肌にまとわりついてきた。
掻いた汗がすぐに乾かない。蒸し風呂のような季候だ。脱げるものなら通気性の悪いアラミダ布の服を脱いでしまいたい気分になった。
――第十八階層、火炎鉱山。
最果ての街を目指した時には、山を迂回するようにしてほとんど素通りしたのだが、何の因果かこうして挑むことになったのは、不思議な気分だ。
俺とガーネットとナビは、山の中腹にあるキャンプまでやってきた。
「アンタ汗びっしょりだね? 茹で蛸みたいじゃん」
「暑いのは苦手なんだ。そっちはずいぶん快適そうじゃないか?」
涼しい顔のガーネットが不思議でならない。
「まあちょっと汗ばむくらいだね。アタイは鍛冶職人だから慣れっこなんだよ。そもそもドワーフは元々暑いのは得意なのさ。それにいざとなれば白魔法で熱を防ぐこともできるし」
自慢げに胸を張る彼女の谷間に、つい視線が吸い込まれそうになった。
褐色の肌はほんのりと蒸気して艶っぽい。
オークの俺が寒さに強いように、これも種族の違いってやつかもしれない。
ガーネットが俺の顔を指さした。
「見るのはタダだけど触ったら料金もらうからねぇ」
「金で解決できるのかよ!?」
「アンタには特別料金でいいよ」
指を二本立てるガーネット。その本数にいくつの0が後ろに並ぶのだろうか。
足下でナビが顔を上げて俺に告げた。
「ゼロはおっぱいが好きなのかい? 一揉み20メイズならお買い得だね」
色々ズレてますよナビさんや。だいたい、ガーネットは無防備すぎる。
オークは性欲魔人みたいなことを言っていたのも彼女なら、胸を押しつけてきたり俺の腕に抱きついてきたり……。
からかわれているんだろうな。彼女には故郷で決められた相手がいる。種族も違う……って、何を真剣に考えてるんだ俺は。
「ほらほら行くよ! とりあえず火炎鉱山の中は地下三階まで覚えてるからさ」
ナビは耳を伏せると「ボクは鉱山の中の事は知らないんだ。導く者として力になれなくてごめんねゼロ」としょげてしまった。
鉱山というだけあって、洞窟内を掘り進めたような痕跡がそこかしこにみられた。
中は意外にも明るい。うすぼんやりと発光する鉱石や、赤いマグマの川が洞窟内とは思えない明るさで、道々を照らしていた。
海底鉱床は地下洞窟という趣だったが、まるで切り立つ赤い岩の谷間を進むような気分だ。洞窟の天井も高く、通路も馬車一台が通れるくらいに広い。
「光ってる石は先駆者たちが掘らないで残した物だから、触るんじゃないよ?」
「ガーネットは前にも鉱山に来たんだよな?」
「ここから三つ下の階まではね。そこで断念したよ……おっと、お客さんだ」
切り立った崖の上から、真っ赤な巨大蜘蛛が飛び降りてきた。火炎蜘蛛だ。
手足が長く体長五メートルほどの巨体だ。
「アタイが弱らせるからトドメはアンタが刺すんだよ」
経験の積み方は様々だが、こと魔物に関してはトドメを刺した者がその恩恵のすべてを得られる。
ひょいっとナビが後ろに跳んで俺に告げた。
「あれは火炎蜘蛛だね。今のゼロのレベルでは太刀打ちできない魔物だよ。逃げることをオススメするね」
ナビの指示はあくまで俺が独りということを前提にしていた。
だが、今は違う。ガーネットと、彼女が作ってくれた特別な武器があるのだ。
流星砕きの柄を片手持ちに構える。
火炎蜘蛛は腹から糸を吐き出した。ガーネットの身体にまとわりついて、彼女の動きを鈍くしたが……止まらない。
「これくらいなんてことないんだよ。火力支援魔法」
自分自身に強化の魔法を使うと、粘つく糸を引きちぎって、ガーネットの戦鎚が火炎蜘蛛の足を折る。潰す。ひしゃげさせる。
片側の脚を全て破壊したところで、火炎蜘蛛の巨体が斜めになって倒れ伏した。
チャンスだ。重い身体も敏捷性を高めたことで、矢のように勢い良く飛び出すことができた。
狙うは蜘蛛の頭胸部だ。流星砕きを振り上げ、頂点に達したところで両手持ちにすると全力で振り下ろす。
「ウォークライラッシュ!」
必殺の掛け声とともに、上から振り下ろした流星砕きが超重量で蜘蛛の頭を殴り抜け、そのまま地面を穿つ。地震のような揺れが起こった。ラッシュの効果で流星砕きを振り上げる。
アッパースイングが再び蜘蛛の頭を顎の下から殴り上げ、甲高い奇声とともに赤い巨体が光に消える。
ガーネットを包んでいた糸もふわりと光に溶けて無くなった。
ふぅと息を吐いた途端、ガーネットが俺の胸に飛び込んでぎゅっと抱きしめてくる。
「すごいじゃんすごいじゃん! なに今の!」
「あ、ああ。ウォークライとラッシュで二連撃を狙ったんだが、ガーネットが火炎蜘蛛の脚を折って頭の位置を下げてくれたおかげだよ」
「けど一発だよ! 実質一撃で火炎蜘蛛を倒したようなもんじゃん!」
岩陰に隠れていたナビが、スタスタと歩み出て火炎蜘蛛の経験値を吸収する。
「それもこれもガーネットが作ってくれた流星砕きの威力のおかげだ」
しごく真面目に答えると、彼女は伏し目がちになった。
「ば、バカッ……褒めるなよ。嬉しいけどさ、そいつを使いこなせるアンタの腕前あっての話なんだから」
バカとなじられたのに、不思議と悪い気はしなかった。
火炎鉱山一階の魔物は虫系が多い。この炎熱地獄に適応した火炎蜘蛛を筆頭に、炎を吐くクライムアントという巨大赤蟻や、不死蝶という燃えて爆ぜる鱗粉を撒く蝶の魔物もいた。
火炎蜘蛛は跳躍力があって、突然どこからかジャンプ奇襲を仕掛けてくるのだが、倒し方のパターンは「脚を折って頭か腹を潰す」とシンプルだ。
クライムアントの炎はやっかいだが、ガーネットの白魔法――遮炎防壁で炎熱を防げば、あとはデカイだけの蟻である。火炎蜘蛛より硬いものの、流星砕きの敵じゃない。
やっかいなのは、ヒラヒラと空を舞う不死蝶だが、こういった輩も一応ながら対策済みだ。
敏捷性を高めたおかげで、投擲武器がある程度扱えるようになったのだ。
柄の無いナイフは面白いように、不思議な軌道で跳び回る蝶の羽を貫いた。上手く飛べなくなったところを、流星砕きで仕留める。
もちろん、ガーネットが敵の注意を引きつけてくれるおかげだ。
俺はただ攻撃にのみ集中すれば良かった。
レベルは一気に上がっていった。装備が整うと格上相手に勝負できるのは経験からもわかっていたが、供に戦ってくれる仲間の効果もまた絶大だ。
スキルも増えた。覚えたチャージタックルは、おそらく力と敏捷性の両方が高くなったから発現したのだろう。
まだ使い所は思いつかないが、相手を吹き飛ばす体当たりというところだ。
火炎鉱山での戦いもこなれてきたところで、鉱山一階の資源回収にも挑戦したのだが……。
「アチャー。魔物相手にゃ戦力だけど、採掘の方はダメっぽいね」
ガーネットが苦笑いで俺に告げた。何がだめかというと、鉱山一階の鉱石は海底鉱床のそれよりも採掘難易度が高いらしい。
上手く掘り出すことができず、鉱石を無駄にしてしまった。
「すまん。敏捷性は高めてるんだが……ちょっと俺には難しいみたいだ」
正直少し落ちこんだ。そんな俺にガーネットは微笑みかける。
「アンタが不器用なことくらい知ってるって。そんなしょげるなよぉ……そうだ! おっぱい揉むか?」
胸を張る彼女に一瞬、手が動きそうになって理性がそれを止めた。
危うく言われるままにしていたところだ。
「うは! 今、手がビクッ! ってなった! なんだー揉みたいんじゃん」
「あ、あのなぁ。あんまり茶化さないでくれよ」
ガーネットなりに俺を気遣ってくれているみたいだが、こんなアプローチの仕方なのはやっぱり俺がオークだから。
おっぱいを揉んだら元気になると思っているのだろうか? 大抵の男はそうだろう。
ガーネットは「我慢できなくなったらアタイを襲うんだよ? 街で他の女の子や、よりにもよってエルフなんか襲っちゃだめだかんね?」と、冗談めかしく笑ってみせた。
火炎鉱山の攻略は順調に進み、一日目にして一階の魔物を倒せるようになった。
街に戻って戦利品を整理し、装備をさらに強化する。階層をまたぐため、休養もしっかりとった。
二度目の火炎鉱山挑戦はその三日後。地下二階で魔物も強化されたが、流星砕きとガーネットとのコンビネーションは、強敵たちをものともしない。
レベルはさらに上がり、敏捷性の項目の天井が見えて北。
三度目の挑戦――初日から数えて一週間で、俺たちは火炎鉱山地下三階まで制覇した。
敏捷性は99になり、さらにスキルが増えて、余剰ポイントは結局魅力につぎ込んでしまった。今から中途半端に知性や信仰心に振るよりは、特化して何か新しいスキルを得られる可能性をとったのだ。
そして俺の種族がさらに変化を起こした。といっても、オークからハイオークの時のような、劇的な進化はない。ゴツゴツした指も相変わらずだが、以前よりも器用に動かせるようになったくらいだ。
でっぷりとした腹が若干引き締まり、全身の筋肉が引き締まった……といっても、全体的にはオークのシルエットが変わるほどの変化じゃあないんだが。
ガーネットは「なんか前は前で丸くて可愛かったけど、マッチョなのも悪くないね」と、俺の変化をすんなり受け入れてくれた。
その日の終わりに岩窟亭で踏破記念の祝いの酒をあおりながら、すっかり上機嫌にできあがったガーネットは、俺のほっぺたにキスをしながら囁く。
丸いテーブルを対面して座っていたこれまでと違い、彼女は俺の隣に椅子を並べた。
「アンタサイコーだよぉ! 故郷にゃ戦士はいっぱいいたけど、アンタほどの男はいないね。うん、断言できる!」
「おいおい、飲み過ぎじゃないか?」
駆けつけピッチャー三杯だ。火炎鉱山が暑くて汗を掻くとはいえ、今日のガーネットはペースが早すぎる。
「んなことないって! じゃんじゃん飲んでじゃんじゃん食べて、いっぱい笑おう。あっはっはっはっは!」
彼女の夢は火炎鉱山のさらに地下深くに眠っている。
グビグビと麦酒をあおっていたガーネットが、口元に白い泡のひげをつけて目を丸くした。
「やばっ! おしっこ漏れそう」
「報告はいいからトイレに行けって!」
「ええぇめんどくさいぃ。トイレまでおんぶしてってぇ」
「しないからな」
「んもー! けちー!」
けちかどうかという問題じゃないだろうに。諦めたらしくガーネットは席を立つと、ゆらゆらと頭を揺らしながら店の奥に消えていった。
ナビが足下からぴょんと俺の膝の上に乗る。
「火炎鉱山の調査は順調だね。きっと無駄にはならないよ。真理に通じる門は、この世界のどこにあるかもしれないんだ。未踏の地を無くしていくことも重要だからね」
岩窟亭の店内は寄ったドワーフたちで、わいわいガヤガヤ騒がしい。独り言に耳を傾ける者もいないだろう。
「そうなのか。遠回りさせているようですまないなナビ」
「案外、遠回りに見えてもそれが一番の近道だっていうこともあるさ。だけど、この先は今まで以上に慎重にいかないとね」
俺は黙って頷いた。
火炎鉱山の奥地には、冒険者たちが束になってもかなわなかった階層の主がいるに違いない。おそらくガーネットが求める神代鋼を鍛える種火は、階層の主かそれに近しいところにいる魔物が持つんじゃないだろうか。
今の所、流星砕きの破壊力のおかげで充分に戦えているのだが、二人と一匹で進むには火炎鉱山は厳しいかもしれない。
かといって仲間を集うのは難しいだろうな。
火炎鉱山でも大深雪山でも、階層の主に挑んで生きて帰った者はいないのだから。
最果ての街で平和に楽しく暮らして、満足したところで外の世界に帰れば、この地下迷宮世界で手に入れた宝の一つもあれば、富に加えて名声も得られるようだし。
俺もナビも外の世界に居場所はない。だからこそガーネットに付き合えるんだ。
無理強いもできないだろうから、ガーネットはずっと夢を抱いたまま、打ち明けられずにいたのかもしれない。
ナビがスッと膝の上から飛び降りた。どうやら彼女が戻ってきたらしい。
「いやー。出た出た。なんか勢いがすごいんだよね~。もう軽く滝だったわ。湯気とか出てたし。あ、そうそう、湯気と言えばさ、火炎鉱山の麓に天然温泉あるんだよね。攻略前に野生の露天風呂とかいってみる? もち混浴だけど」
席についてそうそう下ネタを浴びせてくるガーネットに「本当にお嬢様なのか?」と疑問を投げかけると「疑うんなら実家に招待してあげるよ! 宮殿みたいな屋敷だしビビるよマジで」と、彼女は笑った。
足下でナビが「だめだよやめてよ行かないよねゼロ?」と、急に不安げな声を上げる。
「ああもう、信じるよ。お前がお嬢様だって」
「あっはっはっは! まあ信じざるを得ないよねぇ相棒。アタイってば気品がにじみでちゃってるし。つらいわー生粋のお嬢様なのがつらいわー。あ! ピッチャーで麦酒おかわり~!」
今夜も彼女の介抱をすることになりそうだな、こりゃ。
名前:ゼロ
種族:オーク・ハイ=スピード
レベル:71
力:A+(99)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:A+(99)
魅力:E(34)
運:G(0)
余剰ステータスポイント:0
未使用ステータストーン:0
装備:流星砕き レア度S 攻撃力221
黒曜鋼の手斧 レア度B 攻撃力87
軽銀鋼の防具一式 防御力70
火炎鉱山向けの服一式
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
チャージタックル 攻撃対象を吹き飛ばす体当たり 即時発動 再使用まで三十秒 ラッシュとの併用不可
集中 一時的に集中力を上げて『行動の成功率』を高める 再使用まで五分
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
相棒:ガーネット
種火:妖精の種火




