別れの約束を破棄しても
さらに数日が経過して、海底鉱床への祭壇は新月の前日ということで閉鎖された。
行き場を失ったドワーフたちは、岩窟亭を始めとした酒場で朝から酒を浴びている。
が、俺とガーネットは違った。彼女の工房に籠もりきりだ。
オークに剣は似合わない。
最果ての街で一番の巨匠が俺のために鍛え作り上げたのは、大戦鎚だった。
ヘパイオの種火が起こした熱気の余韻を窓を開けて夜風と交換する。俺は昨晩からずっと、工房でガーネットの助手をしながら、その完成に立ち会ったのだ。
高強度の聖白金の柄は1.5メートルほどで、その先端に取り付けられた鎚頭はシンプルな……それこそ金鎚を巨大化しただけの無骨さだった。
彫金などの装飾は一切無く、超重量を叩きつけて潰すという破壊にのみ特化した形をしている。
特筆すべきはその素材――隕石鋼。
この素材は強度もさることながら、同じ大きさで換算すると軽銀鋼の十倍以上の重さだった。
打撃武器はその重さこそが破壊力だ。
夜の闇よりも暗い漆黒の鎚頭にそっと触れながら、ガーネットがうっとり目を細める。
「この素材を鍛えられるのもアタイだからこそだよぉ。んは~。ホント強度はもちろんだけど、このずっしり詰まった感じがたまらないねぇ」
「口振りが怪しくなってるぞ」
「いいだろぅ会心の出来映えなんだからさ。ほら、アンタとアタイで作った可愛い息子だよ? これからはずっと一緒にいてやってくれよなぁ」
俺は重たい素材を指示通りに運んだりしただけで、共同作業というより使いっ走りだ。
その重量から背中にマウントするベルトも、高強度な魔獣の革で裁縫職人に特注した。
無邪気な子供のように笑って、ガーネットが俺の手を取る。
「ほらほら柄を握って持ち上げてみて!」
「お、おう……」
持ち手の部分には、第十階層の蒼穹の森の奥に棲むという、虹色蚕という魔物の糸で織った特殊な布を巻いてある。
手に吸い付くような感触だ。試しに片手で持ち上げると、嘘のように軽く感じられた。
「なんつーか拍子抜けする軽さだぞ?」
柄のシャフトの重さしかないような感覚に、俺はガーネットの顔をのぞき込む。
「不思議だろう? エルフに依頼してシャフトの部分に制御魔法をかけておいたのさ。両手で握ってみなよ?」
いったいいくらくらい掛かったのか、聞いたら寿命が縮みそうだ。
二十日ほどの俺の採掘分なんて、ガーネットにとっては微々たる金額だろうに。
「ほら早く早くぅ」
せめて彼女の望み通りにしよう。
長い柄の持ち手に左手を添えた途端、ズシンと鎚頭が石造りの床に落ちた。
硬い床にめり込む鎚頭に、俺は目を丸くする。
「急に重たくなって肩が外れるかと思ったぞ!」
「片手持ちにしてごらんよ?」
添えた左手を離すと、再びシャフトの重さだけになった。どういう仕組みかさっぱりわからん。が、魔法の力なんだろう。
腕力を鍛えてきた自分をあっさり否定されたような気がした。
「ハァ……重量を制御する魔法ってやつなのか?」
「ちゃんとアンタ自身の魔法力で起動してるんだから、アンタの力だよ?」
「俺は魔法はさっぱりなんだが」
「微弱な魔法力は誰だって持ってるのさ」
ふと、俺を殺したエルフの少女を思い出した。彼女は細腕に重たい本を何冊も重ねて、やっとの思いで歩いていたのだ。
重さを相殺するような便利な魔法があるなら、なぜ使わなかったんだろう。
もしかすると、かなり高度な魔法なのかもしれない。
「な、なぁガーネット。この軽くなる仕掛けに、いくらくらいかかったんだ?」
「心配すんなよ男だろ? いいっていいって、半分はアタイの趣味なんだし、ゼロの欲しいものとアタイの作りたいものが一致しただけなんだから」
言い終えると彼女はそっと伏し目がちになった。
「最後に良い仕事ができて良かったよ。これで……故郷に帰る決心もついたから。自分で武器を打つのもこれが最後だろうね」
普段の元気がフッと消えて、しおれた百合のように頭を垂れる。
「こんなにすごい武器が作れるのに、やめちまうのか?」
「前に話しただろ? うちは聖剣鍛冶の家系なんだ。技術もだけど、血筋も絶やすわけにはいかないって。もうこの街でやれることはやったしね。アンタみたいなおもしろいヤツは、たぶん最初で最後だよ」
ゆっくりとガーネットは顔を上げる。どことなく寂しげだ。
「やりきったっていうわりに、笑顔じゃないぞ」
「そうだね。本当はその戦鎚も、隕石鋼じゃなくてこいつを使いたかったんだけどね」
ガーネットのペンダントから光が溢れて、彼女の手のひらに集まると小さな鉱石になった。
今日までに見たことが無い、光の加減で虹色に輝く原石だ。
「綺麗な石だな」
「こいつは神代鋼って言ってね、勇者様の剣の素材になった特別な鉱石なんだよ」
ガーネットと出会った日の夜、彼女が言っていたっけ。聖剣の素材となる希少鉱石だ。
「珍しいものなのか?」
「外の世界でもごくわずかだね。その一つを実家から持ってきたのさ。こいつを製錬できる種火さえあれば、新たな聖剣を打ち直していつ勇者様が戻ってきても安心なんだけどねぇ」
「ヘパイオの種火じゃだめなんだな」
「ご先祖様はこの神代鋼と同じく、虹色に輝く種火を使ったっていうんだけどさ……お父様の代でその火種は燃え尽きちまったのさ」
「どこで手に入るんだ?」
「魔物を倒せばみつかるんだけどね……迷宮世界のどっかにあると思ってほうぼう探したもんだよ。けど、独りで行ける場所には限界があって……どいつが持ってるのかもわからんし、アタイじゃ倒せない魔物が持ってるんならお手上げさ」
「じゃあ俺と一緒に探しに行こう。新装備の威力も試したいし、ガーネットだって見たいと思わないか?」
ずっと沈みがちだったガーネットがハッと目を丸くした。
「い、一緒って……死ぬかもしれないんだよ?」
「恩返しくらいさせてくれてもバチは当たらないんじゃないか? もちろん死ぬつもりもないぞ」
工房の入り口付近から、ナビの視線を背中に感じつつも俺は志願した。
ガーネットは首を大きく左右に振る。
「だ、ダメだって! あんな危険な場所……」
どうやら目星はついているみたいだな。
「そこに行けば新しい種火が見つかるんだな」
「確約なんて無いんだよ? ただ危険な目に遭うだけかもしれないし……」
「安心しろ。俺は不死身の男だ」
実際、一度死んで甦っているんだから嘘じゃない。
もう一度死んで復活する保証はないが。
じっとガーネットを見つめると、ついに彼女は吐息とともに折れた。
「わーったわーった! アタイの負けだ! けどさ、本当にそうしてほしいからとかじゃなくて、マジでそこんとこだけは信じてほしいんだ。愚痴ったのはアタイが悪かった。ごめん。謝る」
いつもの彼女がだんだん戻ってきてくれて、俺もホッとした。
「そこは素直に『ありがとう』でいいんだぞ」
「あ、ああ、ありが……とう」
拍子抜けするほど素直なガーネットに、こっちが驚かされてしまった。
ともあれ、約束通り武器は完成したものの、もうしばらくガーネットとは契約延長だな。
再び両手で大戦鎚を持ち上げて、俺は作者に訊いた。
「ところでこのハンマーの名前はなんていうんだ?」
思い出したようにガーネットは胸を張った。ぶるんと大ぶりな果実を揺らして笑う。
「あっはっは! そういや名前つけてなかったわ。んじゃあ……流星砕きなんてのはどうだい?」
「星も砕くとはすごそうだな。俺も気に入ったよ」
こうして俺は最強の相棒――流星砕きを手に入れた。
ガーネットがゆっくり頷く。
「やっぱ様になるねぇ。鬼に金棒ってやつだ」
「しかしデカイから鉱床で振り回すには不便だな」
「安心しなって。もう鉱床には行かないから」
ガーネットは一度ゆっくり息を吐いてから、次に目指す場所を俺に教えてくれた。
「二人で行けるとこまでだけど、明日は火炎鉱山にピクニックだわ」
ドワーフの経験からか、そういった噂があるからか……海底鉱床では手に入らない鉱石は、十八階層の奥深くにある可能性が高いってわけか。
各階層を通ってきただけで、そのほとんどはまだ俺にとって未知の領域だな。
ずっと黙ったままのナビがいつのまにか、俺の足下にやってきて呟いた。
「強い武器も手に入ったし、これ以上ガーネットと一緒にいる意味はあるのかい?」
彼女がいる前で言葉にすることはできない。
ただ、俺はゆっくり頷いた。ナビは前足で顔を洗う仕草をしながら「わかったよ。キミがそう決めたのなら、その判断に従うよ。ただ、ボクにはキミしかいないんだ。絶対に無茶はしないでね」と、くぎを刺した。
ガーネットが笑う。
「んじゃあ目標も決まったし、今日は完成記念にアンタのおごりで飲み明かそっか!」
「ああ。財布が空になるまで付き合うぜ」
ガーネットを引き連れて夜の街へと繰り出した。
新月で暗い中、外灯がぽつぽつと魔力の光で道を照らす。
背後からひたひたと着いて来る気配に、時折振り返りつつ俺はガーネットと共に、すっかり馴染みになった店を目指した。
名前:ゼロ
種族:オーク・ハイ
レベル:56
力:A+(99)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:D(58)
魅力:F(17)
運:G(0)
余剰ステータスポイント:0
未使用ステータストーン:0
装備:流星砕き レア度S 攻撃力221
黒曜鋼の手斧 レア度B 攻撃力87
軽銀鋼の防具一式 防御力70
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
仲間:ガーネット
種火:妖精の種火




