己が拳で
森の魔物は二種類に分けられる。襲ってくるものとそうでないものだ。
先ほどまでの俺と同じような、透明の水饅頭みたいなスライムたちは攻撃を仕掛けない限り襲ってはこなかった。
なのでこちらから襲いかかった。実にオークらしい所業と言えよう。
戦ってみると連中は体当たりしかしてこないが、これがけっこうな勢いである。相性が悪いことに、スライム系は打撃への耐性があるらしく、拳を武器にする今の俺では倒すのにやたらと時間がかかってしまった。
他に小さな角の生えたウサギなんてのもいたが、すばしっこくて攻撃が当たらない。敏捷性が高ければ狩ることができるのだろう。
重たい身体で逃げる相手を追うのは辛い。そこで戦う相手を“襲ってくるタイプ”の魔物に絞り、自然と迎撃という形を取るようになった。
森の茂みから飛び出してきたのは狼だ。その体毛はくすんだ銀色で、牙を剥き俺に飛びかかってくる。
「俺を狩れると思ったか」
腕に力を込めて拳を狼の鼻面に叩き込んだ。
「キャウンキャウン!」
甲高い悲鳴をあげて狼は身をよじらせると地面を転がった。が、まだ息がある。
すかさずナビが声を上げた。
「トドメを刺さないと経験値にはならないよ」
今の俺には魔物に情けをかける余裕などない。横たわり無防備な腹を容赦なく蹴り上げると、狼の身体が赤い光の粒子に変わった。
光の粒はナビの額の宝石に吸い寄せられて消える。
「はぐれ銀狼を倒したね。本来は群で行動する狼型の魔物だけど、争いに負けて群を追われた個体だよ。この『蒼穹の森』ではちょうど真ん中辺りの強さになるね。あともう一匹倒せばレベルが上がるよ」
「この調子で襲ってくる奴を倒していけばいいんだな?」
俺の問いにナビは長い尻尾を左右に揺らした。
「倒せないと思ったら逃げるのも手だからね。戦いに自信がついてから強敵に挑むのもいいんじゃないかな」
何はともあれレベルを上げて悪いことは無さそうだ。
ナビを引き連れて俺は森の奥へと進む。今度は、はぐれ銀狼が二体同時に現れた。
「二対一だよ。気をつけて」
ナビの声に身構えるより早く、二匹が左右から挟み込むように俺めがけて疾駆する。
まったく、はぐれ者同士で連携しやがって。こちらは独りだ。ナビは情報をくれても助太刀はしてくれないらしい。
右腕を振るって一匹を叩きのめしたが、もう一匹に左腕をがぶりと噛みつかれた。
オークの表皮が硬く丈夫といっても、狼の牙は研いだナイフのように鋭く突き刺さる。
腕を振り上げ噛みついた狼を背中から地面に打ち付けると「キャウン!」と、情けない悲鳴を上げて、ようやく銀狼は俺の腕から離れた。
身体を傷つけられた怒りがこみ上げて、地面に這いつくばった二匹にそれぞれ蹴りを見舞う。二匹とも赤い光にその身を変換されて、ナビの額の宝石に吸い込まれた。
「おめでとう。レベル2になったよ。ステータストーンを一つ手に入れたね。さっそく使うかい?」
「ちょっと休ませてくれ。クソッ……血が止まらないな」
勝利したものの、左腕はだらりと下がったままだ。
「戦う以上、負傷はつきものさ。だけど休んでいれば傷は治るよ。オークなら他の種族よりも回復は早いんだ」
「そいつは便利だが……痛いのはしんどいな」
白魔法で回復できれば楽だろうに。無い物ねだりってやつだな。前向きに考えよう。
力に特化したオークだからこそ、はぐれ銀狼二匹を相手にも戦えたのかもしれない。ポイント一極集中でなければ、こうはいかなかったはずだ。
呼吸を整えると出血が次第に収まってきた。本当に回復しているらしい。
左腕が再び動くようになり、落ち着いたところで俺はナビに告げる。
「よし。ステータストーンを出してくれ」
「わかったよゼロ。どんどん戦ってレベルを上げてね」
ナビの額の宝石から放たれた光が集約して真っ赤な六面体ダイスになる。浮かび上がったそれを手にすると、俺は投げる前に訊く。
「例えば6の目を上にしてそっと置いたらどうなるんだ? 毎回6を出し放題だろ」
「やってみるといいんじゃないかな」
禁止されていないなら、やってみるのも手だ。ステータスポイントは多いに越したことはない。
ダイスの6の目を上にして、そっと地面に置こうとすると――
ステータストーンは俺の手を離れてひとりでに転がった。
出た目は1だ。
「あっ……なんてこった。こうなると解ってたのか?」
非難の視線をナビに向けるが、小動物は首を左右に振った。
「出た目が1だったのは残念だね。けど、必ず1が出るというわけじゃないんだ。どんなやり方をしても出る数値はランダムさ」
「そうなのか。なら威勢良く振った方が気分的にマシかもな」
数値決めにズルは無しってことらしい。
ステータストーンは砕けて俺の身体に吸収された。もちろん、あげる項目は決まっている。
名前:ゼロ
種族:オーク
レベル:2
力:G+(5)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
ダイスの出目が悪かったものの、これでまた一歩前身だ。もう少しだけ休んだら、次の敵を探すとしよう。