表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/163

誰かのために生きること

 ――二十日ほどが経過した。


 海底鉱床はドワーフたちに掘り進められ、入り口付近の鉱石は取り尽くされてしまったらしい。


 俺のような初心者も鉱石採取のために、さらに地下深くへと鉱石掘りに進むことになった。


 魔物は強くなったが、こちらも装備は整っている。


 黒曜鋼の手斧は襲い来る魔物を切り裂いて、軽銀鋼の防具が身を守る。


 魔物の種類は巨大モグラのメイズメイカーだけでなく、デスワームという大蛇のようなミミズなどだ。


 ひたすら鉱石を掘り続けるだけの、金属ブロックを重ねたようなゴーレム――キカイジンという魔物は、良い採掘ポイントを独占していることが多い。


 倒すと連中が集めた鉱石を一挙に手に入れることができた。


 が、俺が見上げるほど図体もでかく、非常に硬い魔物なので、一人では刃が立たない。


「ほら! こいつを倒してごっそりいただくよ! 火力支援魔法パワゲイン!」


 ガーネットの白魔法が俺の肉体を強化した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 ウォークライで気合いを入れる。


 これで怯んでくれればやりやすいのだが、キカイジンは怯まない。まるで感情が無いようで、不気味な魔物だ。


 力を溜めて敵の出方を一瞬だけ待った。


 キカイジンの鉄塊のような腕が俺めがけて振り下ろされる。


 鈍重な動きだな。


「遅いっ!」


 見切って身体を翻し、サッと避けるとともにため込んだ力を解放した。


「食らえええええええええええええッ!」


 瞬きする間に二連撃――ラッシュを叩き込む。


 ベコンッ! と、キカイジンの胸がえぐれるようにひしゃげた。


 その巨体が赤い光となって溶けたかと思うと、金銀を初めとしたレアな鉱石に生まれ変わった。


「ヒュー! ため込んでたじゃん。アンタと組むようになってから、キカイジンが貯金箱だわ」


 上機嫌でガーネットが戦利品を胸元の赤い宝石に収集する。


 スキルを使い切って息を吐きながら、ほくほく顔の赤髪ドワーフに訊き返した。


「ガーネットの実力なら独りでも倒せるだろ?」


「まあやれなくはないけどさ、避けて通って採掘した方が早いからねぇ。アンタもだいぶ鉱石の声が聞こえるようになったみたいだけど、まだまだ半人前だし」


 自慢げにふふっと笑うガーネットに「いつまでも追いつける気がしないっての」と、愚痴で返した。


 自分のリュックから水筒を取り出して、こちらに投げて渡すガーネット。


「さっき飲みきってただろ? アタイのやるよ」


「お、おう……ありがとうな」


 息が上がったところで、彼女の水筒に口をつけてふと思う。


 これって間接的に……。水筒を傾ける手が止まると、ガーネットが不思議そうに首を傾げた。


「なんだよ? アタイの飲みさしがいやってのかい? じゃあ返してもらうから」


 返す間もなく水筒を取り上げられた。残りをガーネットは飲み干して「ぷはー! つーか、今夜も岩窟亭に付き合えよ!」と、愉快そうに笑う。


 俺が口をつけたんだが、気にしていないのか。


 薄暗い坑内の足下に赤い光がぽっと浮かんで見えた。


 戦いが終わってナビが少し離れたところから、俺の足下にすり寄って呟く。


「キミはガーネットに好意を持たれているね」


 頷いて返していいのか悩むようなことを言うなよ。ったく……。




 ガーネットと二人で二日に一度のペースで鉱床を探索し、採掘した。


 それ以外の日は店番だ。彼女の工房は人気なようで、オーダメイドの武器を頼みに、開店日には連日冒険者たちがやってくる。


 工賃は最低でも百万メイズから。材料費を抜きにして、小さなナイフ一本でその値段だ。


 この最果ての街でヘパイオの火種を使う鍛冶職人は五人といないらしい。


 中には種族的に敵対しがちなエルフの客さえいた。


 ガーネットの仕上げる武器は美術品か工芸品のような美しさがあって、最果ての街から故郷に帰ると決めた冒険者が、記念に彼女の作品を求めるのだ。


 今日も工房から金属を叩き、たたき、鍛え、削り、整え、美しく磨き上げる音が響く。


 時折、ガーネットの声もそれらのリズムに混ざって、店舗の方まで響いてきた。


「つーか面倒い! マジ彫金とかやってらんねー! それに刃紋なんてテキトーでいいじゃん切れればなんだってさー。アタイが作りたいのは武器だっつーの!」


 獣人族の剣士に依頼された小刀は、柄の彫金も細やかで、宝石類がちりばめられたまさに宝剣だ。


 材料持ち込みで、それだけでも数億メイズはくだらないらしい。


 今回の工賃は五千万メイズだが、ガーネットの得意客だからとまけにまけてその値段なのだとか。


「もうやだー! 鈍器作りてええええええ!」


 工房から悲鳴が木霊した。


 なんでこんな性格なのに、一千万メイズ二千万メイズの仕事がポンポン入るんだ。


 ガーネットは飲み代に上限を設けない性格だが、彼女自身は身なりに金をかけたりする方じゃない。


 例えば綺麗なドレスを仕立てる職人も、この街にはいるのだが興味がないという。


 宝飾品なら自分で作った方がセンスも技術も最高レベルだ。飲み食い以外にお金の使い道が無いらしい。


 作業が一段落したらしく、工房から店舗にガーネットは顔を出した。


「店番あんがとね。アンタ、顔は怖いけど客受けは悪くないよ。それに番犬にはうってつけだし。ゼロがいれば強盗の方が逃げていくっていうか、アンタに凶悪犯の弟子入り志願するかもね。歩くカツアゲみたいな? エルフなんて、アンタに声かけられたらその場で失禁土下座だよ」


 冗談っぽく彼女は笑う。集中して作業をしていたのか、うっすらと額に汗を浮かべていた。


「悪かったな悪人面で」


「あっ! 怒った? おー怖い怖い。めっちゃちびりそう」


 人差し指で俺の頬をツンツンつついて、ガーネットは「わははカッチカチ!」と笑う。


 しかしまあ、逆らえないというか反論する気も起きない。


 衣食住の面倒をみてもらいつつ、空いた時間に彼女の指導で鍛冶技術を教わっているのだ。本気で鍛冶職人として大成しようという連中が訊けば、俺は嫉妬で背後から刺されてもおかしくない。


「工房空いたから自習な。わかんないところがあったら呼んでよ」


 店番という名の休憩時間に、ガーネットが揃えた工房で最高レベルの機材資材を使わせてもらいながら、俺は金属の精錬や装備作りのまねごとをさせてもらった。


 ガーネットと交代で工房に入ると、炉に妖精の種火を灯して作業する。


 先生が良いおかげもあって、不器用なオークのわりにそこそこ作れるようになった。


 もちろん敏捷性を向上させた器用さも貢献している。


 まだ黒曜鋼も軽銀鋼も扱わせてもらえないが、鉄鉱石に様々な素材を組み合わせて合金を製錬し、それで鍬だの鎌だの農耕具を作る。


 武器でもないし、当然ガーネットの店に置いてもらえるクオリティーじゃないので、鍛えた道具は鍛冶職人ギルドに買い取ってもらった。


 農場で働く獣人族に、格安で使いやすいし頑丈だと評判は上々だ。


 この街の誰かの役に立てたと思うと、満たされた気分になった。




 その日の夜、岩窟亭で食事を済ませてから、汗を流しに公衆浴場にはしごした。


 風呂上がりの帰り道――ひっそり眠りにつきつつある街の目抜き通りを、火照った体を冷ますように並んで歩きつつ、ガーネットに質問した。


「何か欲しいものとかないのか?」


 夜になり閉まった店の建ち並ぶ通りに、ふと呟く。


 まだ乾ききらない重たそうな髪を指先でつまみながら、ぼんやりとした天球の月明かりを見上げて、ガーネットは返した。


「まーお金だけは貯まる一方だけどさ……使い道がないんだよねぇ。つかね、アタイが格安で仕事しちゃうと他の鍛冶職人連中に悪いし」


 特に親しい間柄でもなければ、仕事料に法外な額をふっかける。それでもガーネット頼みたいという冒険者たちは、少なくない。


 彼女の手がけた作品を美術品として故郷に持ち帰るもよし。実用品としては文句無しの性能だ。


 俺の口から溜息が漏れた。


「世話になったお礼に何かプレゼントしたかったんだが……欲しいモノなんてないのか」


 性格は豪快だが、掃除も洗濯も料理もなんでもこなすガーネットに世話になりっぱなしだ。洗濯を手伝えばビリビリに破いてしまったりと、力仕事以外で俺は貢献できていない。


 するりと俺の前に回り込んでガーネットはじっと顔を見上げる。


「ちょっとー。そういうことプレゼントする相手に直接訊くぅ? アタイが何が欲しいかアンタなりに考えてみてよ? そしたら……なんだって嬉しいもんだよ」


「そ、そういうものなのか」


「ほんっっっとわかってないねぇ。そんなんじゃモテないよマジで」


 ぷいっとこちらにお尻を向けて、ガーネットはスタスタと行ってしまった。


 足下でナビがあくび混じりに鳴く。


「怒らせちゃったみたいだね」


「誰かに感謝の意を表するってのは、けっこう難しいんだな」


 地下迷宮世界でも夜風はどこからか吹いてくる。


 ブルッと背筋が震えた。


 前を行くガーネットが立ち止まり、振り返る。


「ほら、早くうちに帰ろうって! 湯冷めしちまうよ!」


 頷いて俺も歩き出す。もう一度彼女の隣に並ぶと、ガーネットは俺の腕に寄り添うようにぴたっとくっついて呟いた。


「アンタの胸毛をむしってタオルにしたら、やっぱゴワゴワなんだろうね」


「やめてくださいお願いします」


「ぷふー! なにその口調! ぜんっぜん似合わないし」


 影を一つにして、俺とガーネットは家路につく。


 この暮らしが少し惜しい。


 今日までに働いて稼いだ金と素材で、そろそろ俺の武器が作れそうだ。


 俺の依頼を最後に、ガーネットは街を出るという。


 その前に出来ることなら、感謝の気持ちをなにか形にしたかった。



名前:ゼロ

種族:オーク・ハイ

レベル:55

力:A+(99)

知性:G(0)

信仰心:G(0)

敏捷性:D(56)

魅力:F(17)

運:G(0)

余剰ステータスポイント:0

未使用ステータストーン:0


装備:黒曜鋼オブシディナの手斧 レア度B 攻撃力87

   軽銀鋼アルミナの防具一式 防御力70


スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分

   力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒

   ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒


種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。


仲間:ガーネット

種火:妖精の種火

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ