パイロープの夢
――結果、ぐでんぐでんになった彼女を背負って、日の落ちた人気のない街を俺は歩く。
「くはぁ! アンタ図体でかいからずるいんだよぉ」
酒焼けした息を俺の耳元に吹きかけてて、ガーネットは火照った頬をぴたりと俺の身体に寄せてきた。
時折振り返って、ナビがきちんと着いてきているか確認する。
「キミの勝利はボクの勝利さ」
いや、まあその……俺が勝ったことを誇ってくれるなら、それでいいんだが。
「ほらぁ何立ち止まってんの! はいどーはいどー! 馬になんなさいよぉ」
俺の背中に大ぶりな胸をぐいぐい押しつけて、ガーネットは負けたというのに上機嫌だ。
口振りが夢見ごこりにまどろんdね、すっかり酔っ払いだな。
「で、次はどっちだ?」
「工房はぁ……きっと右ね」
ごちそうになったお礼ついでに、彼女を自宅兼工房まで送ることにしたのだが、先ほどから同じ場所をぐるぐる廻っているように思えてきた。
「らいたいねぇ~~武器鍛冶職人なんて時代遅れなのよぉ」
突然ガーネットは自分の仕事を全否定しだした。俺の背中で。
「超一流の職人が泣き言か?」
「るっさいわねぇ~~外の世界は平和すぎるのよぉ」
「平和って……そういえば、さっきちらっとだが魔物がいないって言ってたよな?」
「まぁねぇ。もっと昔はいっぱいいたのよぉ。戦乱の世界だったんだからぁ。光の神が使わした勇者様がねぇ……邪神を退けて平和になったってぇ」
そんな歴史があったのか。
「じゃあ、魔物が巣くうこの迷宮世界ってのは、特殊なんだな」
「まあねぇ。平和なご時世にわざわざ危険を冒すから冒険者って呼ばれるのよぉ」
「外の世界はその……国同士の戦やらはないのか?」
「国は種族ごとにあるけどぉみんな棲み分けてるしねぇ。アタイなんてこれでもけっこうな名家なのよぉ? どうだまいったかぁ」
ぐいぐいぐいと背中に三回胸を押しつけて彼女は言う。
「おいおい、さっきから当たってるんだが」
「当ててるのぉ。サービスしてあげてるんだからぁ」
こりゃあ、悪酔いしてるな。ナビが言った通り、口がずいぶんと滑らかで、ガーネットは何か訊いてほしそうにも見えた。
「名家のお嬢様ってのが、どうにも想像しがたいんだが」
「このにじみ出る気品がわかんないわけぇ? アタイのご先祖様は勇者の聖剣を鍛えたんだからねぇ? お父様の次はぁアタイが継ぐんだからぁ」
「そいつはすごいな。世界を救った英雄の剣を作ったのか」
「でしょでしょ?」
「なら迷宮世界じゃなくて、帰って家業を継ぐ修行とかした方がいいんじゃないか?」
「んもー! アンタはアタイのお父様じゃないだろ! 同じ事言ってぇ」
俺の背後で不機嫌そうに口を尖らせたのが、言いっぷりから想像できた。
「だぁいたいねぇ、聖剣なんて鍛えても使う勇者様がいないっつーの! 邪神倒してぷいっと消えちまって二百年よ? まあエルフみたいに長命なら生きてるかもしれないけどさぁ」
俺の首に両手を回してくっつきながらガーネットは囁いた。
「なあ……このままゲロしていい」
「やめてくれ!」
「じょーだんじょーだん。あっはっはっは」
あははじゃないだろ。たちの悪い酔っ払いめ。
「じゃあ結局、なんでガーネットはこの最果ての街で鍛冶職人をしてるんだ? これこそが修行の一環なのか?」
「ここには武器の需要があるからねぇ。鍛冶職人としての修行にゃ違いないけどぉ……アタイの夢はさぁ……聖剣を越える武器を作ることさ」
「聖剣を越える……か」
「だいたい聖剣が一番なんて誰が決めたってのよ? 聖棍棒とか聖鎖鎌とかがサイキョーでもいいじゃんねぇ?」
同意を求められても困るが、反論するとくだを巻きそうなので俺は頷いて返す。
「でしょでしょー! アンタやっぱり話のわかる男だよ! 気に入った!」
今度はバンバンと両手で俺の肩を叩いた。
「おいやめろって危ないから」
「ちゃんとアンタが支えてくれてりゃ大丈夫だろ? はぁ! 今日は本当に久しぶりに笑って食べて飲んで楽しかったぁ!」
「次の曲がり角はどっちだ?」
「んとねぇ左だたぶん」
曖昧な指示をしやがって。迷宮世界だというのに、どこからか吹き込んでくる夜風の心地よさが、酒で火照った体をすり抜けていく。
フッ……と、空気が変わった気がした。
星の無い天井を見上げてガーネットが呟く。
「でさ、アタイは自分が見込んだ相手にぴったりの武器を作ってやりたいのさ。最高の素材を最高の技術で仕上げた、聖剣を越える武器をね。もし世界がピンチになっても、勇者様が戻ってきてくれる保証なんてないだろ? だったら今、ここにいる連中で戦わなきゃなんない。剣だけ作れてもダメなのさ」
俺は立ち止まった。
「その夢は叶いそうか?」
「アタイだけの勇者様ってのはまだ現れないからねぇ。それになにより、素材が無きゃどーにもなんないし」
「鍛冶職人街の祭壇から鉱山に行けるんだよな?」
「あそこで手に入るのって、外の世界じゃ超高品質な材料なんだけどね……まだ足りない……誰も足を踏み入れてない採掘場所があるんだ」
「そこに行けば最高の素材が手に入るのか」
「あるとは限らないけどねぇ……第十八階層の火炎鉱山。その最奥になら、もしかしたらあるかもしれないのさ。神代鋼の鉱石がね」
未確認情報ということは、簡単にはたどり着けない場所なんだろうな。
「行けばいい……ってわけにはいかないんだよな?」
「なにせ炎竜王フレアスターの巣だからねぇ。仲間を皆殺しにされて、命からがら逃げ帰ってきた冒険者は、それから一度も火炎鉱山に足を踏み入れてないんだよ。きっと、想像もできないほどの地獄を見たんだろうねぇ」
口振りは寂しげだ。
「ガーネットは仲間を募って挑戦しないのか?」
「死ぬ可能性が限り無く高いのに同行するモノ好きや、お人好しや命知らずってのはそうそういないのさ。みんなこの街の暮らし心地が良いんだ。アタイもその一人だから、とやかく言えないんだよ」
飯の旨さだけでも生きていて良かったと思える。
「ここが冒険者にとってのゴールで楽園だからねぇ。海底鉱床に行けば好きなだけ鉱石が掘れるし、実り豊かな森があって海があって田畑もあってさ。ただ、不思議なことにこの世界じゃ子供が生まれないんだ。だから歳を取ると自然とみんな故郷に帰っていくのさ」
「そいつは本当に不思議だな」
「変な場所だよホントに。魔物はいくらでも沸いて出るのにねぇ」
俺はここで……迷宮世界で生まれたんだろうか。だとすれば魔物と同じだ。
何かに擬態する魔物なのか? ううむ、考えるのはやめておこう。悩んで出る類いの答えじゃないし、たとえ真実を知ったとしても幸せにはなれなさそうだ。
俺はゼロ。それでいい。
再びガーネットの指示を受けて、俺は歩き始めた。
俺の背中に体重を預けてガーネットは続ける。
「だから去るモノや、時々馬鹿やって命を落とす連中がいる一方で、アンタみたいな新参者がフラリとやってくる。街の住人は入れ替わるけど、増えすぎもせず減りすぎもせずだいたい一定なのさ……かく言う、そろそろアタイも潮時かもね」
「ここの暮らしに飽きたのか?」
「アタイにはこれ以上、先に進む勇気がないんだよ。仲間を失う辛い思いもしたくない。だからアンタがアタイの最後のお客さんさね」
「最後だなんて言わず、続けてもいいんじゃないか?」
「一人娘だからそうもいかないのさ。実家に戻ればすぐに親の決めた誰かと結婚させられて……はァ……実を結び種を残すとはいえ、花の命は短いねぇ」
ひときわ大きな溜息を吐いたかと思うと、ガーネットは笑った。
「まあまあ心配しなくてもダイジョーブ! アンタのためにばっちり仕事してあげるから」
心強いが、そういえば飲んでいる最中は飯の美味さに感動してばかりで、作ってもらう武器についてなんの打ち合わせもしていなかったな。
まあ何をするにせよ、まずは金額だ。
「なあガーネット。超一流の職人への依頼料はどれくらいかかるんだ?」
「アンタのこと気に入ったからさ、依頼料はそうだねぇ……相場の十分の一でいいよ」
「技術を安売りしすぎじゃないか?」
「といっても、アンタの有り金全部でも足りないけどね」
所持金およそ百三十万メイズで十分の一未満だと!?
どういう金銭感覚だ。
「高いな……というか、大負けに負けてもらっても払えないのか」
「言ったじゃん。身体で払ってもらうって。アンタけっこうたくましいからさ、一緒に汗流そっか? 鉱床で」
変な意味じゃなくて良かった。いや、そういうお誘いならそれはそれでとも思ったんだが……と、いかんいかん。思考まで乱暴者のオーク化しちまってるな。
「ドワーフじゃないと良い鉱石って見極められないんだけどさ、そこはアタイがばっちりどこを掘るか監督してあげるから。あと、鉱床の中には魔物がいるんで、そいつらと戦ってもらうよ。取り分は均等。こっちがノウハウ提供してあげるんだし、悪い話じゃないでしょ?」
露払い兼労働力か。
「それで頼む。というか、折半でいいのか?」
「今日、アタイに勝ったご褒美さ。つーわけだから、宿代もバカになんないし、しばらくうちに泊まっていきなよ」
話しながら歩くうちに工房にたどり着いたらしい。立派な煙突の建った工房兼住居は、二階建てで一階部分が武器屋になっていた。
「いいのか? 何から何まで世話になって、ちょっと気が引けるんだが」
「オークのくせにらしくないねぇ! ま、そういうところも気に入ったんだけどね。遠慮しなくっていいって。アタイに飲み勝った男なんだ。丁重におもてなしするよ。酒に強い男ってのはドワーフの世界じゃイケてるんだぜ? あっ……おしっこでそう。このまま漏らしていい?」
「だから冗談はやめ……」
「マジなんだけど……あっ……あっ……やばいやばいやばい……急いで! も、漏れッ!」
俺は大急ぎでガーネットから鍵を受け取ると、建物の中に入って彼女をトイレまでエスコートした。
翌日からガーネットとの共同生活が始まった。
名前:ゼロ
種族:オーク・ハイ
レベル:49
力:A+(99)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:F(17)
運:G(0)
余剰ステータスポイント:38
装備:粉骨砕身 レア度C 攻撃力78 骨のある相手に+10% 軟体にー20%のダメージ
三日月の斧 レア度E 攻撃力27 植物系に+10%のダメージ
真珠岩の盾。レア度D 防御力13 時々魔法を反射する
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
仲間:ガーネット